(4)
 店を出ると辺りは日が傾きはじめ、人々は家路を急ごうとしていた。
 共和国に到着した頃の戸外では手袋がいるほどの寒い季節はもう終わったはずだが、今日の天気予報は当たりだったらしい。
 ティラミスを石畳に下ろしながら上着のポケットのフラップを片手で触り、ボタンがきちんとかかっているのを確認してから、左手に花束を抱え右手でリードを握る。
 駅に近づき人込みが増えてきたので用心にこしたことはない。帝国よりマシとはいえ、共和国でも戦後かっぱらいなどの軽犯罪は増加傾向にあるから、別段不自然な行動には見えないだろう。
 ポケットの中身は再び忘れ、共和国の一主婦に戻る。
 今晩は冷えるからシチューにしようか。でもちょっと時間が足りないから缶詰のソースを使っちゃおう。大丈夫、あの人に違いなんかわかりっこない……。
 しかしあれこれ夕食の献立を考えながらいくらも歩かぬうちに、すれ違う人々の胸元に見えるあるものに気が付いた。
 上着の胸に黒い小さなリボンのようなものをつけている人がいる。
 共和国にこんなのつける行事があったかしら? それとも何かの流行り?
 ……いや、喪章だ。私が陸軍情報学校時代の学習をおさらいしながら通りを進むうちに、理由は向こうからやって来た。
 一目で手向けとわかる白い花輪を掲げた中年の女性に、ビラを配る学生らしい複数の若い男女。
『政府の隠蔽工作を許すな』と書かれたボードも見える。
ちょっとこれ反政府活動じゃない?
 思わずドキリとしたがここは共和国だからと納得する。帝国なら一課が黙っていないだろうけど。
「停戦の影に忘れ去れた、幼子たちのことを知ってください!」
「子供たちの悲劇に祈りを!」
男子学生がビラを、女子学生が喪章を差し出すのを受け取る。
 誌面によれば、どうやら停戦合意の数ヶ月前に多数の子供が巻き込まれる列車事故があったらしい。
 疎開児童三十数名の乗った列車が帝国側と思われる何者かによって爆破され、そのうち十七名が亡くなった。子供たちの詰め込まれた貨車は軍事物資とともに貨物列車に連結されており、彼らは国家によって人間の盾にされたのではないか……と言った旨が書かれている。
 だが戦争末期は共和国、帝国ともども非戦闘員が犠牲になることなど日常茶飯事だったから、私が気付かなかっただけなのかもしれない。
 しかし幼い犠牲者が出たにも関わらず共和国が国際社会に訴えもせず、今頃こんなビラが配られているところを見ると当時国内で情報統制でもしかれていたのか? ならば人間の盾というのもあながち誤りではないのかも……。
 いずれにせよ戦中の共和国のことなら少尉がなにか知っているだろう。
彼が仕事から戻ったら聞いてみることにして私は紙面から顔を上げ、演説に聞き入るふりをして活動者たちを観察した。
「平和と共和制を確かなものにするためにも、この戦争がいかなるものであったか我々国民は知っておかねばならないわけでありまして……」
 リーダーらしいの学生の勇ましい熱弁を他所に、遺族と思われる花輪の女性は半ば目を閉じ、自分の世界に引きこもるようにただ下を向いている。どこか地方の出だろうか、服装や黒いボサボサとした髪質がなんとなく都会の垢抜けた学生たちとは異なっていた。
 ここに彼女がいるのは本当に自分の意思なのだろうか。
 急にいたたまれない気分になりビラと喪章を無造作に空いているほうのポケットに押し込むと、私はティラミスを促し人々の集団に背を向け、家路を急いだ。

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