日ハムバッテリー(2)



 3週間後。
 日ハム対西武三連戦、第3試合。
 予告先発、西武は渡辺、日ハムは不知火だった。
「3週間前と同じカードだな…」ブルペンでの投球練習を終え、土井垣は不知火に話しかけた。
「ああ。今度は打たせはせん」タオルで汗をぬぐいながら、答える不知火。
 あれから、二人きりの時はタメ口をたたく不知火だったが、土井垣は全く気にしていないようだった。
「今日はドームだからな。フランチャイズで好きなようにやられてたまるか…シメていこうぜ。バカツキがああも続くわけがない」
「…………」不知火はただ口を歪める。この男なりの笑顔のようだ。西武戦とそれ以外の試合とでは、明らかに雰囲気が違う。
 ふと、歪んだ口脣が真一文字に結ばれた。不知火の顔を見ていた土井垣は、鋭くなった視線の先を追う。『山田か』相変わらず、にこやかな顔。
『神様がそういつまでもお前に味方すると思うなよ』土井垣の口唇も、引き締まった。


 乾いた鋭い音を立てて、ボールはミットに収まった。
『完全な見送りだ、バットを振りもしなかったぜ。不知火、上々の立ちあがりだ』ボールを審判に渡しながら、土井垣はマスクの中で一人ごちた。
 佐々木、奈良原と連続三振。前回との違いと言えば、一回の表ということだけである。
 奇しくも前と同じ、四万五千人の歓声は、奈良原が三振に倒れるとさらに大きなものになった。次に控える山田との対決に向けて。
「やまだー、また頼んだぜぇ、カモれカモれぇ!」
「しらぬいー、今度こそ押えろよぉ!」
『不知火は男のファンが多いな』新人王に向けて独走状態の山田だが、土井垣は落ちついていた。『男が惚れる男か…確かにお前はシビれるよ』

 山田がゆっくりとバッターボックスに入る。いつもと変わらぬ笑顔と会釈。土井垣も微笑み返した。『左手にバットを下げている…相変わらず絶好調ってとこか』しかし、俺の不知火も絶好調だぜ。

 不知火はサインにうなずくと、振りかぶる。

 しなる右腕。

『初球ストライクから入る』マスクごしに見つめる土井垣。

『!』バッターボックスの山田の目が鋭さを増す。『来た!前と同じだ』読み通り真芯で捕らえたつもりだったが。

『少し、詰まったな』打った瞬間、山田は感じた。

 西武側応援団に大歓声が起こったが、ライト上田は落ちついている。

『あのコースでは無理だ』それは不知火、土井垣も同様だった。



「取りました、上田。今一つ伸びがありませんでしたね、江川さん」
「不知火の球には力がありますからねぇ、しかしどんづまりで飛ばす山田も、さすが新人賞に王手なだけあります」
「第一打席ライトフライというのは…おや、奇しくも前回、オールスター明けの西武球場での試合と同じ結果ですよ。この後不知火は山田に三打席連続ホームランだったのですが、第一打席が同じ結果とは、ピッチャーとしてはいかがなものでしょう?」
「うーん、それは嫌でしょうねぇ。不知火は前回は前回と割りきって、まっさらな気分で立ち向かって欲しいですね」
「さぁ、代わって一回の裏、マウンドは渡辺久信です!」


 ライオンズ渡辺も調子よく、3人でピシャリと押えた。
「ちっ、渡辺さんも今夜はやけにコントロールがいいじゃないか…前の時とソックリだ。…何か、因縁めいてきてないか、なぁ、不知火?」
 ベンチでの先輩選手の問いかけに、不知火はただ、黙って笑みを返すと立ちあがった。
「では対山田に備えて、2回は流していきますよ、よろしく!」土井垣は代わって答えると、そそくさとベンチを出た不知火の後を、追った。


 2回、3回と試合は静かに、そしてたんたんと進む。まさに再現試合の様相を呈してきた。


「さて、4回の表を迎えて、また湧きかえります東京ドーム、トップバッター奈良原の倒れた後、次は3番山田です」
「2度目の対決、前回はどういう内容だったのですか?」
「えー、ちょっと待ってください、…はい、第一球は超遅球のストレートをファール、第2球は145キロのこれもストレートをライトスタンドでした」
「ほう、それは…、不知火にとっては最初の正念場ですね」



『また打席に入ってバットを下げる、か…』土井垣はマスクを被りながら横目でバッターボックスの山田を見る。


『前回は確か、一球目は超遅球だった』足場をならしながら、山田は思い起こす。『…まさか。前回と同じ投球パターンなんてこと…しかし』第一打席は。
『勝負師と言われた土井垣さんがそんな意地っ張りなリードをするはずがない…プライドの高い不知火ならともかく』足裏に感じる地面が、良い頃合になってきた。『さてと』

「さぁ、不知火、前回のお返しだぜ!」

『えぇっ?』ミットを叩きながら叫ぶ土井垣に山田は面食らった。『土井垣さんが?叫ぶなんて珍しいな…どういうことだ…前回のお返しって、まさか』
 マウンドの不知火と目が合う。慌てて、構えた。



「ええ、そうなんです江川さん、明訓に山田さえいなければ甲子園出場も夢ではなかった不知火なのですよ。まさに因縁の対決…おっと、マウンド上の不知火、振りかぶった!」


 対戦相手の山田の眼から見ても、安定した不知火のフォームは美しい。
『ボールが指先から離れる最後の瞬間までわからない…だがしかし』やはり!
 山田の左足が上がり、…体重が滑らかに移動する。

 山田のあの、左足の動き。
『溜めに溜めたスウィング…読んでいたな!』土井垣はマスクの下で、…微笑んだ。


『遅球!やはり同じだ』山田は思いきり引きつけて…『あっ!』バットの手前で変化。
『スローカーブ!』


「山田、初球打った!……三塁線レフトに抜けた!!山田一塁を蹴って二塁へ……ツーベースヒット!」
「当り損ねかと思いましたが、さすが山田です、上手く追っ付けてきました」


 セカンドベース上で汗をぬぐう山田。
『やれやれ…土井垣さんが急に珍しいヘンなことをするから…あれってインサイドワークなのかな?』二塁に駆け込んだ時の息は、まだ上がっている。『しかし、初球から変化球なんて…土井垣さんらしくないリードだ…。ひょっとして不知火がサインを?』



『上手くつけてきたな…さすが山田だ』
『ふん。走者山田など打ち取ったのと同じよ』



「さて、ライオンズ、迎えるは先ほど惜しい当りを飛ばした、4番清原です」
「ここは一つ長打が欲しいところですね。山田の鈍足はリーグ一ですから」
「あははは…、しかし清原は今日は当っています、不知火としては山田以上に要注意です。…さてマウンド上の不知火…ふ、ふりかぶったぁ?」
「おや、ランナーがいるのに…」
「カーブです……ボール!…しかし、どういうことなのでしょうねぇ、これは」
「山田には絶対盗塁はないということなのでしょう。土井垣の盗塁防止率はリーグbPですから」


『不知火のやつ…塁上の俺など、眼中にない、という事か』ユニフォームこそ違えど、見なれた後姿。『全く、自信満々というか大胆不敵というか…』ボールを返す土井垣の顔が、マスクの中で苦笑いをしているように見えたが、自分の足の遅さがわかっている山田にはどうすることもできない。


「こらぁ山田ー!なめられてんのにニコニコすんじゃねぇ!」西武ファンの罵声が飛ぶ。

『そんなこと言われたって…うらむぞ、不知火。……またワインドアップ!』


「またも振りかぶりました第2球、……打ったぁ、抜けた!……ボールは右中間!!」
「さすが清原、上手いところに飛ばしました!」
「…センターバック、追いついた!」


 高まる、歓声。

『!』思わず振り向く不知火。
『いける!あの当り、山田の足ならホームでアウトだ!』土井垣はマスクを放り投げる。



「バックホーム!センター好返球!……どうだ!……」


 三塁コーチの手は回っているが、自分の足の惨めなぐらいの遅さを、こういう時ほど感じることはない。
『くそっ…』だめだ、間に合わない。…なら、せめて。山田は土井垣の足元をめがけて滑り込む。


『足をすくって落球を誘う気か…なめるな、山田!』


「さぁ、ホームベース上クロスプレイになったが……、アウト!土井垣、がっちりボールを離しませんでした!」
「それにしても落ちついたプレイでしたね、土井垣、山田の足を読んでいました」
「しかしながら、いかに好返球とは言え、ホームで刺されるような清原の当りではありませんでしたが」
「いやぁ、ちょっと情けない山田でしたねぇ」
「ライオンズ、ツーアウト、ランナーは二塁です」


 続く5番は三球三振で押え、清原は二塁残塁のまま、4回表は終了した。




『山田よ…打撃もリードも俺が監督の頃よりはるかに上達したが…』土井垣はレガースを外しながら、西武ベンチ前でプロテクターを付けている山田に目をやった。『足の遅さは相変わらずだな。……ん?』
 不知火が上田監督に呼ばれている。ランナーを背負った上でのワインドアップの件に違いない。土井垣はあわててベンチに駆け込んだ。

「不知火。塁上に走者がいる場合の投球モーションはなんだ?」上田監督の声は、厳しい。
「……」
「監督、待って下さい」土井垣の片足には、まだレガースがついていた。「山田に盗塁はありえないと教えたのは俺です、清原さんにはワインドアップでしっかり投げたほうがいいと思ったので」
「土井垣お前、明訓の監督をやっていたんだったな……」上田は若いバッテリーの顔を交互に眺めた。
「殿馬や岩鬼相手には、そんなことさせやしません。他の選手だって。山田だけ、特別です。…な、不知火」
「いえ、監督、俺が…」
 しかし上田は不知火の話しをさえぎる。「わかった、わかった」
 そしてニヤッと笑い、目の前の特徴的な帽子のひさしをひっぱる。ずれて、鼻が隠れた。
「この悪たれ小僧が…もういい、いけ」もう一度二人を面白そうに眺めた後、上田はグラウンドに視線を移す。
 仏頂面で帽子を直す不知火を、土井垣はベンチの奥へと促した。


「おい、土井垣」座るなり、不知火が口を開いた。
「なんだ?」片方のレガースを外していなかったことに気づいた土井垣は、ベンチにしゃがみこんでごそごそやっている。
「なんでかばった…俺がピッチャーだからか?」隣に座りながら、視線はグラウンドに向けられていた。
「白新高校野球部、不知火守」しゃがんでいる土井垣の声は足元から聞こえる。思わずそちらを向くと、クルーカットの横顔が起き上がるところだった。「高校時代には、今日でケリをつけような」
「…わかってる」

 二人は黙って正面を向いた。
グラウンドでは左手にミット、右手にマスクを掲げた山田が、しまっていこう、と叫んでいる。
 高校時代のように。




バッテリー(3)に続く

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