日は暮れていたが、革命広場の大通りはにぎわっていた。
突然、辺りに歓声が広がる。野外劇が演じられていて、ちょうど赤い服の老人が登場したところだった。
着膨れした親子連れが楽しそうに眺めている。劇の終わりに配られるお菓子が目当てなのだろう、子供たちはワクワクと落ち着きがない。
イヴはどこの国も……と思いかけてヴィッター少尉は唇の端をかすかに下げる。舞台には青い服を着た少女が現れた。冬の長老と必ずセットになっている孫の雪娘である。今日は十二月三十一日、大晦日だ。
過ぐる二十四日、ヴィッター夫妻は共和国のごく当たり前の夫婦のように、普通の日常を送った。
プレゼントをどうしようかとギリギリまで悩み、日付が変わっても悩んでいた彼だったが、フランシア伍長がまったく聖誕祭の話題に触れようとしないので、結局その日は普通の日として過ごしてしまった。
やはりあんなことを言うべきではなかったと後悔したが今更どうしようもない。
不意に冷たい風が通り抜けたので、彼は左手に荷物を抱えたまま片手で器用にコートの襟を立て、グレーの毛皮帽をいささか後退しかけた額を守るように目深に被りなおした。
ポケットの中では件の忍ばせたものが彼だけに存在を主張している。それは無視して別のポケットを探ると、懐中時計を取り出し覗き込んだ。
今帰れば伍長と合流できるが……。大晦日、二人は大家の新年パーティーに呼ばれていた。ヴィッターは出来ればしめやかに水入らずで過ごしたかったのだが、
『シャンパンに、なんとキャビアも出るんですって! キャビアよ!!』
とフランシア伍長はノリノリで、とうとう押し切られてしまった。
やがて野外劇はフィナーレを迎えたらしい。人ごみが舞台に向かって移動し始めた。
冬の長老の菓子袋を伍長のお土産に持って帰ったらさぞ喜ぶだろうと思ったが、子供たちに混ざるのは恥かしかったし、何より抱えた荷物が気になった。
彼女には、帰りが遅れたらティラミスを連れて先に大家の家に出かけてくれと言ってある。
今帰れば乾杯の挨拶に遅刻する程度だろう。
彼は人ごみに背を向け、移動を始めた。
アパートメントの室内は暖かだったが、人の気配も犬の気配もない。
灯りをつけるとツリーのクマどもが枝の間から一斉にこちらを睨んだような気がして、ヴィッターは思わず顔をしかめた。
伍長は、後ろ向きに飾るなんてとんでもない、あの顔がチャームポイントなのにと激しく主張したが、まったく若い娘の趣味はわからない。
テーブルに荷物を置いて、彼はしばし考える。二度目の乾杯には、まだ少し間がある。
例のものをコートの定位置から取り出し荷物の横に並べ、眺めてみた。
四十センチほどの、包装紙に包まれた楕円形の一部が少しくびれたシルエットと、その横のずっと小さなフラシ天の小箱。
こちらの外箱は必要ないとして。
工房で包みの中身を見せてもらったが、最後の四つ分ほど抜き取ればちょうど入る大きさになるだろう。
ヴィッターは自分の薬指の根元と包装紙でくるまれたものとを見比べた。彼女のサイズなら三つで十分かもしれない。
伍長が見つけたところで、これは人形のハートなんだとでも言えば私のまごころとして伝わるだろうか。
任務の上ではないのだと。
急に、ヴィッターは居心地の悪い気分になった。なんだか背中がむずがゆい。
女性のドレスをその気も無いのに無理やりに褒めている時のようだ。
ブランドン中尉ならこの手のことは実に巧みなのだが……と今は国境沿いの街に駐在している、直属の上官の姿を思い浮かべる。顔に似合わずけっこうモテる男で、若い頃は不思議でたまらなかったものだ。
女を口説くのに中身はいらない、歯の浮くようなくだらないセリフと大げさでロマンチックな演出があれば良い、と中尉はよく皮肉に笑っていたが、……伍長もそういうことを悦ぶのだろうか。
彼は唇を引き締めると銃を分解するような難しい顔つきで、滑らかな手触りの小箱を手に取った。
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