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 受付を済ませ、割り当てられた席に着く。ちゃんとブースで仕切られていて、ある程度プライバシーは守られるみたいだ。
 PC自体は何の変哲もないデスクトップだけど、椅子が低反発ウレタンのリクライニングチェアーで、一度座ると当分立ちたくなくなるほど気持ち良かった。
「うわぁ〜、こんないい椅子使ってて元取れんのかよ」
 つい、そんないらぬ心配をしてしまう。これなら気持ち良く眠れそうだ。
 ネットは家でもしている。昔はそれこそ、ゲイ関係のコミュニティとかちょくちょく覗いてたんだけれど、今はすっかり遠ざかっていた。
 僕は派手で色っぽいと称される外見で誤解されがちだけれど、結構地味で大人しい性格だ。二十六になった今でも、男性経験は二人だけ。だから遊んでる―――と思われると辛い。そういう、刹那的なセックスじゃなく、ちゃんとした地に足の着いた恋愛がしたい。でも男同士だと、そういう堅実な相手を探すのも結構苦労するわけだ。
 付き合ってる人がいても、セフレがいて当たり前―――って考え方の人も多いし。
―――まあヒデちゃんもその一人だったわけだけど。
 僕は溜め息をつきながら、YAHOO!画面を開いた。何を検索しよう……。やっぱりボーイズラブサイトかな。
 僕がネットをやっていて、一番よく見るのは何を隠そうボーイズラブサイト。そう、いわゆる『やおい』ってやつ。王道の、健気で可愛い“受け”と、格好良くて優しくて男らしい“攻め”が繰り広げる、めくるめく愛のストーリーがお気に入り。
 ゲイ向けのやつは、輪姦とかハードSMとかが多くて、あんまり好きじゃない。
―――愛がない……っつーかさ。
 創造の世界くらい、愛と夢で溢れててもいいじゃない。僕はそう思う。ヒデちゃんなんかは、僕がボーイズラブサイト見てると、決まって『こんなヤツいねぇよ!』って馬鹿にしてたけど。
 今、一番お気に入りのサイトは、『幻想月下美人』っていうところ。一日にすごい数の人が訪れる、超人気BL小説サイトだ。サイト名からしてロマンチックだけど、内容も凄くロマンチックで、受けは健気だし攻めは格好いいしで、本当に言うことない。
「あ、更新されてる。しかもこれで終わりかよ!」
 連載中だった『ユウヤ&アキラ』っていう小説が、どうやらこの回で終わりらしい。僕ははやる心を押さえて読み始めた。
 前回は、攻めのユウヤのライバルが、受けのアキラを拉致して強姦しようとしたところで終わっていたんだ。
 ドキドキしながら読み進んでいくうちに、ついに嫌がるアキラのズボンのボタンにライバルの手が掛かった。その時、部屋の扉を蹴破って、ユウヤが踊り込んでくる。
―――あ、間に合ったー!
 文字通り手に汗握っていた僕は、ホッと息をついた。
 それからはユウヤがライバルを叩きのめし、アキラの肩を抱いて部屋に送っていく。今まで両想いだったけど、ずっとプラトニックだった二人は、しばらく見つめあい、それから―――
【よかったら、部屋に上がっていって】
 アキラが、恥ずかしそうにそう言う。それから二人は部屋に入り、シャワーを浴びてついにベッドイン。
―――アキラって、バージンなんだよね。大丈夫かな?
 緊張で固くなるアキラを、ユウヤが優しくリードしてついに二人は結ばれた。アキラは初めてだったけど、優しくて上手いユウヤによって見事開花し、後ろで感じるようになる。
「羨ましいな…」
 思わず、僕は小さく呟いてしまった。
 僕なんか、いくらやっても後ろでは全然感じない。でも本当に、最初っからトコロテンしちゃう人とかもいるらしい。こればっかりは個人差があるんだろうな。
【愛してる、アキラ】
【俺も……愛してる】
 アキラが流した涙をそっと唇で拭い、ユウヤがアキラを抱き寄せる。二人は固く抱き合い、永遠の愛を誓う―――。そこでエンドマークが付いていた。
「うっわー、最高のラストじゃん」
 僕は、いつしか流れ出ていた涙を、慌ててさっきもらったティッシュで拭いた。
 僕がこのお話にのめり込んでいたのは、この受けと名前が一緒だったから……っていうのもあるんだ。
―――このユウヤみたいに、格好良くて誠実で、強くて逞しい人、どこかにいないかなぁ………
 そう思った時、『こんなヤツいねぇよ!』と吐き捨てたヒデちゃんの声が蘇った。そうなんだ、こんなユウヤみたいな男、どこを探したっているわけない。
 僕は溜め息をつきつつ、もう一度YAHOO!画面に戻った。
 次は何を見よう。しばらくユウヤとアキラの余韻に浸っていたいから、他のBLサイトは今は止めておこうかな。お馴染みの画面を見ながらしばらく考えた末、『ゲイサイト』で検索した。
 ツツツーっとスクロールしていって、以前ちょっと通っていたサイトにアクセスした。通っていたって言っても、僕はずっといわゆるROM専ってやつだったんだけど。
「お、あるある」
 BBSにアクセスし、その中からセックスフレンド募集っていう欄をクリックする。普通の恋人とか友達募集よりも、内容が刺激的で見てる分には楽しいんだ。
 そのBBSは、案の定過激な書き込みで溢れていた。
『ハメ撮りさせてくれる可愛いネコ募集!』『調教大好きなMっ子募集中〜!』『年下のガテン系に掘って欲しい!メールくれたら写真送れます!』などなど……。
―――やっぱみんな、こういうところで相手探してるんだな。僕には絶対無理だけど。
 僕は頬杖をついて、ずーっと下までスクロールしていった。
 一番下に、『50歳以上の肥満ネコいませんか?ハゲで毛深ければなおよし!』なんてのがあった。
「出た〜、マニアック〜〜」
 僕は思わずブフッと笑ってしまった。でもこういう趣味の人は結構多いんだ。
 一番上に戻ると、『新規登録』のボタンが目に入った。
「ん〜、登録……しちゃう?……んなわけねえって」
 僕は一人でノリ突っ込みしながら、そのボタンをクリックした。
 しかし、振られてヤケになって、ゲイサイトで男漁り―――って、いかにもありそうなパターン。
 新規登録には、ハンドル、メルアド、身長、体重、会える地域……などなど、結構いっぱい書く欄があった。
―――ええい!フラれついでだ。ここは一つ、登録してみっか!
 でも、もちろん実際に会ったりはしない。う〜〜んと淫乱でヤリまくりのネコの振りしてセフレ募集して、どんなバカが引っ掛かるか試してみよう。
 メールくれる人には悪いけど、こっちは振らたばっかりなんだよ。これくらいの娯楽は勘弁してほしい。……って、どういう理屈だ。我ながら支離滅裂すぎ!
 振られてハイになってるのか、なんとなく楽しくなってきて、クスクス笑いながらフリーメールを取得するために新しいウインドウを開いた。
「よし、っと。新メール一丁上がり〜」
 メールを取得し、新規登録画面に戻って必要事項を書き込んでいく。
「名前はー、んー…アキラでいいや。年令26歳……身長173センチ、体重はぁー、56くらいだったかな?―――ここまでは全部本当のことです〜」
 僕はクスクスにやにや笑いながら、メッセージを書き込んでいった。

『タイトル:ガンガンに掘りまくってくれるタチ募集中★』
今、大阪のミナミにいま〜す。
もうさっきから、アソコ疼いちゃって仕方ないんだ〜。。。
だから、今すぐ会っていっぱい掘りまくってくれるタチ大・募・集!!
ぶっとくて固〜いチ○ポ、超淫乱ネコの俺に注射して?
自分で言うのもなんだけど、顔もイケてるし、
アソコの締まりはメチャ良いって言われるよ!フェラも大得意〜〜!!
顔射、中出し、縛り、ハメ撮り、ぜ〜んぶOKダヨ!!!
っていうか、してくれなきゃヤダッ(笑)!!!!
どんな人でもいいんで、メール待ってま〜〜す!!
いっぱいいっぱい、俺で遊んでね♪♪♪


「うわぁ〜、あったま悪そー」
 自分で書いてて、ある意味感心した。
―――さーて、これをマジで登録するか?
 俺はポインタを、登録ボタンの上までドラッグした。後はカチッとクリックすれば登録される。
「えーい、いったれ!」
 僕はそのままクリックし、フォームを送信した。今までの僕なら、こんなこと絶対できなかった。
 更新して、自分の書き込みが一番上にきているのを確認する。
 心臓がドキドキしている。どんなやつから返信があるだろう。明日の朝、ここを出るまでに一通は来るかな?
 僕はウインドウを閉じ、椅子のリクライニングを倒して、フウッと息をついた。
―――僕、なんでこんなことしてるんだろう…………
 これも一種の現実逃避ってやつだろうか。まあどうでもいいや。
 しっかし僕は、どうして大阪まで来ちゃったんだろうか。ヒデちゃんのこれまでの言動からいって、来たら多分こんなことになるって、心のどこかで分かってたはずなのに。
 もしかしたら、白黒はっきりさせたかったのかもしれないな。
 ヒデちゃんと別れる切っ掛けを、無意識のうちに探してたのかも。
「……んっ………」
 フカフカのシートが、僕の身体をゆっくりと包み込んでくれる。
 眠い。少し眠ろう。
―――にしても、この椅子気持ちいいや。このまま持って帰りてー……
 僕はそんなことを思いながら、束の間眠りについた。


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