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「うーん……」
 僕は、不意に眠りから醒めた。ここは―――
「そっか」
 大阪道頓堀のネットカフェ。傷心の僕は、ここで一夜を明かすんだった。壁の時計を見ると、どうやら二十分ほど眠っていたらしい。
 僕はむっくりと起き上がり、パソコンに向かった。いくらなんでもまだ来てないだろうけど、一応確認しておこう。
 フリーメールサイトに行き、受信ボックスを開ける、と………。
「ウソ……」
 なんとそこには、八通の新着メールが届いていたのだ。それら全て、例の書き込みを読んでの返信だった。
―――だってまだ二十分だぜ?
 僕は恐る恐る、一番上のメールを開けてみた。

『淫乱ネコ大大大歓迎!!』
三十二歳、百七十八センチ、七十六キロのシンシンです!
身体には自信あり!のマッチョ系だよ!
アキラのめちゃやらしいカキコ見て、もうビンビンに勃っちゃった!!
アキラの超淫乱なアソコに、俺のぶっといのぶち込みてええええ〜〜!!!
ミナミならすぐ行けるから、朝までぐっちょんぐっちょんにハメまくろう!!
マジで連絡待ってるよ(^_-)-☆

「うわ〜〜、サイテー」
 読んでるうちに、ゾワッと鳥肌が立ってきた。まあ俺の書き込みのテンションに合わせてる部分もあるんだろうけど。
他にも何通か読んでみたけれど、どれも似たり寄ったりの内容だった。
 申し訳ないけど、あとは読む気にもなれない。みんなタイトルからして、『ハメ撮りさせて!』とか『3Pしよっ♪』とかばっかりなんだもんな。
 ま、やっぱり現実はこんなもんだろうけれど。
 自分で淫乱ネコのふりしといて、文句言う筋じゃないのは重々承知だけど。バカな男を笑い飛ばすつもりが、なんだかちょっと恐くなってきたっていうのが正直なところ。
 僕はそのままブラウザを閉じようとして、ふと手が止まった。一番下、つまり一番最初にメールをくれた人のタイトル欄が『こんばんは。ユウヤと申します』ってなってたから。
―――ユウヤ?ユウヤって、あの『ユウヤ&アキラ』の攻めと同じ名前……
 だから何だって感じだけど、もしこれが本名なら、この人と僕とで、リアルでユウヤ&アキラってことになる。しかも、ちゃんと挨拶してるし、なんか結構……。
 僕は何となくドキドキしながら、メールを開いた。内容が今までみたいなエグいのなら、ソッコー捨ててやろう!なんて勝手なこと思いながら。

『こんばんは。ユウヤと申します』
アキラさん、はじめまして。
先ほど掲示板の書き込みを読んで、メールを書かせていただきました。
飲食関係で働いています、ユウヤと申します。二十四歳です。
こういう掲示板を利用するのは初めてなので、何か不手際があるかもしれませんが、どうか御容赦下さい。
今、ミナミにいらっしゃるんですよね?僕も今近くにいます。
もしよろしければ、これから会ってお食事でもしませんか?
お返事待ってます。

 僕は読み終わってもしばらく、その文章をじーっと見つめていた。
 明らかに、その他の文章とは違う。他は、淫語だらけの僕の書き込みに反応して、同じような言葉で埋め尽くされている。そりゃそうだ。そっちの方が返事貰いやすいって考えるのが普通だから。
 しかしこの人は、なんか真剣にメル友探してるみたいだ。
 なんでこんなバカ丸出しの相手に、メールする気になったんだろう。
 いつまでも同じ画面を見つめていても仕方ない。僕はブラウザを閉じようとして……でも、手がどうしても動かなかった。
―――どうしよう……この人、なんか気になる………
 返事を書きたい。もっとこの人のこと、知りたい……かもしれない。
 僕は、振られたばかりのくせに、もう他の男に興味を持っている自分に驚いた。
「ちょっと返事書くだけだから……」
 僕は誰にともなく言い訳しながら、返信画面を出して返事を書き始めた。

『アキラだよ』
ユウヤさん、こんばんは!メールありがとー!
俺は今、道頓堀にいるんだけど、大阪は詳しくないんで、いいスポットあったらいろいろ教えてほしいな〜。
んじゃ、ヨロシク☆

―――こんな……もんかな?
 僕は、自分の書いたメールをきっかり五回読み返して頷いた。
 一応、僕が作った『アキラ』のキャラは崩れていない。
 しかしこれじゃ、これから会おうと言ってるようなもんじゃないか。いいのか?相手は真面目そうに装ってはいるけれど、あんな掲示板で一晩の相手を物色しているようなヤツだぞ?
「だから実際会うわけじゃないんだってば」
 僕はブツブツと独り言を言いながら頭を抱えた。
 これを送信したら、相手は僕がすぐにでも会うつもりでいると思うだろう。そう、僕は“ユウヤ”を騙すことになるんだ。
―――しかし名前が同じなだけで、小説の中のユウヤじゃないんだから……
 そんな分かり切ったことを考えながら、僕はそのまま五分ほど迷っていたが、いつまでも迷っているわけにはいかないので、「えいやっ」と気合いを入れて送信ボタンをクリックした。
「あはは……送っちゃった」
 しっかし、ただ送られてきたメールを読むだけのはずが、ちょっといい感じの人だったからって、何返事なんかしてんだよ僕は……。
 それから掲示板の書き込みを削除し、他のメールをくれた人達に断りの返事を書いて送ると、十分ほどが経過した。
 僕は深呼吸を一つして、受信ボタンを押す。新着が一件来ていた。送信者は―――
「ユウヤだ」
 僕はごくりと唾を飲み込み、件名をクリックした。

『返信ありがとう』
ユウヤです。返事してくれてありがとう。
僕と会って頂けるんですか?とても嬉しいです!
道頓堀なら、十五分ほどで行けますよ。
橋の上で待ち合わせということでどうでしょうか?
僕は、トップは白いノースリーブ、ボトムは黒という格好です。
アキラさんは、どんな格好をしていますか?
教えていただけると、探しやすくていいかな、と思います。
それでは、会えるのを楽しみにしています。

 僕はほうぅっと詰めていた息を吐いた。
―――なんかなんか、すっげー話進んじゃってるし!しかもめっちゃいい感じの人っぽいし!
 いやいや、実際に会って話してみるまでは本当のとこはわからない。
「ってもう、会う気になっちゃってんのかよ。僕は!」
 僕は猛烈に恥ずかしくなってきて、机に突っ伏した。ちゃんと仕切りがあってよかった。こんな姿、他人から見たら、ただの挙動不審の怪しい男だろう。
 僕はノロノロと起き上がり、返信ページを開いた。
 しかし、どう書いたらいいか迷うな。単なるいたずらだったと告白して、会う気はないと書くべきだろうか。しかし、ここまで突き合わせてそれはあまりにも不誠実だ。
―――つーか、いたずらで書き込みしちゃった以上、今さら不誠実も何もないんだけど。
 僕は頬杖をつきながら、トントンとテーブルを指で叩いた。
「会えない」と書こうとするんだけれど、どうしても手が動かない。要するに、僕の気持ちはこのユウヤと会う方に傾いていたんだ。
 端から見たら、どう考えても振られてヤケになっている悲しい男の図―――だろうけど、それだけじゃない。僕は単純に、この男に会ってみたいんだ。それを認めてしまうと、少し楽になった。
 アブなそうな男だったら、速攻逃げよう。こんな繁華街で、まさかいきなりホテルに連れ込まれるわけじゃないだろうし。
 僕はその考えに縋るように一つ大きく頷き、キーを打ち始めた。

『返事サンキュ』
んじゃ、橋の上で九時半ってことでどう?
俺の方は、黒いTシャツにジーンズだよ。
髪は黒で、顔はネコっぽいって言われるよ。
んじゃ、こんな感じでヨロシク。

「あくまでアキラっぽく……ね。こんなもんかな?」
 送信し終わって、深く息をつく。本当に行くのか?行っちゃうのか!?僕は。
 初めて付き合った大学時代の先輩もヒデちゃんも、初めてのセックスは向こうから熱烈にアピールされて流されるまま……って感じで、僕からアクションを起こしたわけじゃなかった。
 でも今回のこれは違う。キッカケを作ったのは、この僕だ。

―――しかし、会うからにはヤルの前提なんだぞ?なんたって『セックスフレンド募集掲示板』で、あんなドスケベな書き込みしたアキラなんだから、僕は。

 大丈夫。会ってどうしても嫌になったら、適当に言い訳して逃げればいいんだ。

―――しかし、全然知らない男だぜ?

 でもメールの感じからしたら、そんなヘンなヤツじゃないと思うんだ。

―――だからって、元彼氏に立派なマグロの御墨付きを頂いちまったこの篠木亜樹良が、遊び人淫乱ネコのアキラになりきれるのか?

 そんな自問自答を繰り返してるうちに、返事が来た。

『了解です』
九時半に道頓堀橋ですね。
僕は身長百八十八センチ、髪は茶色です。
それでは、会えるのを楽しみにしています。

「うわっ、背高けぇ〜」
 僕は思わず仰け反った。待ち合わせする時、これはかなり目立つだろう。行き違いになることはまずなさそうだ。
「よしっ!」
 僕は意を決して、パンパンと頬を軽く叩いて席を立った。
 ヒデちゃんに振られてヤケになってるのは自分でも分かってる。だけど悔しいじゃないか。あっちは大阪に来てから浮気三昧だったのに(知らないけど多分、いや絶対そうだ!)、僕は真面目に会社と家を往復するだけの日々を送っていただなんて……。
 遊び慣れたスマートな男になって、僕を笑ったヒデちゃんと浮気相手を見返してやりたい。

―――ヤッてやる!今晩こいつとヤッてやる!!


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