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たかが一晩、あの掲示板に書き込んだアキラになり切ればいいだけだ。抱かれて感じることはなくても、感じてる振りをすりゃいいんだ。まあ女よりも誤魔化しはきかないけど……。
 フェラとかも、上手い……ってわけじゃないから、もし要求されたらそこらへんは雰囲気でなんとか誤魔化そう。
 精算を済ませ、トイレに入る。用を足した後、手を洗いながら洗面所の鏡を見た。いつもの、顔だけが妙に派手で中身はパッとしない僕が、不安そうにこっちを見返していた。
―――服、もっとマシなのにすりゃよかったな……
 僕は着ていた黒いTシャツを引っ張った。一応人気ブランドのやつだけど、去年買ったやつだし。
 しかし、今から新しい服を買いに行っている暇はない。
―――ま、いいや。どーせヤルだけなんだもん。
 僕はフウッと息をついた。なんかこれって、本当にセックス狂のヤリネコみたいな考え方だな。
 僕は殺伐とした気分で店を出た。
 道頓堀橋に着いた時、腕時計を見ると、約束の十分前だった。ユウヤはまだ来ていない。
 僕は肩から下げた鞄を持ち直し、フウと息をついた。
 道頓堀川は、川幅はそれほど広くないので、必然的に橋も短い。ここで百八十八センチの男を見落とすことはなさそうだ。
 僕は、記念撮影する観光客の邪魔にならないように、隅っこでネオンを映した川面を見ていた。みんな楽しそうだ。かたや僕は、一晩のセックスの相手を待っている……。
 なんかこれって空しいかも。いや、絶対空しい!コトが終わった時、後悔するのは目に見えていた。ユウヤが来る前に、帰ってしまおうか?
 僕はわずか数分の間に、今までこんなに真剣に考えたことないってくらい様々なことを考えた。
 あの『ユウヤ&アキラ』のユウヤみたいなヤツ、現実にいるわけない。同じ名前のヤツ見て、幻滅するのやっぱり嫌だ。すごく自分勝手だと思うけれど。
 申し訳ないけれどやっぱり帰ろうと思い、踵を返して歩き出そうとして、目の前に立っていた人に危うくぶつかりそうになった。
「あ、ごめんなさ……」
 目の前に広い胸がある。ということは、背が高い。しかも白いノースリーブ……。
 僕は、恐る恐る顔を上げた。
「もしかして、アキラさん?」
 目の前の男が、俺に微笑みかける。
「あ、はい……」
 俺は呆然とし、かなり上の方にある男の顔を見上げた。そこにいたのは、目の覚めるような綺麗な男。
 黒に近い茶色の髪は絶妙のウェーブを描き、肩にほんの少しかかる程度の長さ。黒い瞳は、街のネオンを映してキラキラと輝いていた。高い鼻梁、品の良い薄めの唇―――とにかく完璧な部品が、完璧に配置されている。
 着ている白いノースリーブは、裾の方に金と銀の糸で上品なポイントが刺繍されていて、はっきり言ってかなりお高そうだ。すっきりとした首元には、オニキスの凝ったチャームの付いたシルバーのネックレス。手首には、同じデザインのブレスレット。右手中指に、ごついシルバーの指輪。
 小物も、オシャレ度はかなり高い。
 僕は慌てて『アキラ』の仮面を付けた。
「そうだけど。あんたがユウヤ?」
「はい。よかったぁ。ホンマに来てくれたんやぁ」
 ユウヤは、柔らかい関西弁でそう言い、心底嬉しそうな笑顔を見せた。そんな顔も、とにかく凄く魅力的で、なんでこいつがあんな掲示板でわざわざ相手を探さなくちゃいけないのか、わからないほどだった。
 現に、通り過ぎていく女の子達も、チラチラとユウヤの顔を見つめている。
「ほんじゃ、行きましょか?」
「えっ……」
―――も、もうホテル!?まだ心の準備が……
「夜ご飯まだでしょ?俺のよう行く店やったら遅くまでやってるから」
「あ、ご飯……ご飯ね。うん、そうそうそう、腹減ってる、減ってる!」
 僕は、動揺したことを誤魔化すように、慌てて頷きまくった。
 こんなのじゃ、先が思いやられる。全然あの『アキラ』のキャラじゃないじゃないか。
 ユウヤの行き着けの店に着くまで、僕達は色々なことを喋った。と言っても、主にユウヤが喋って、僕は「うん」とか「ああそう」とか、相槌を打つ程度だったけれど。
―――やっぱダメだ。あんまり喋るとボロが出る。
 店は、雑誌に載ったりしてそうな、お洒落なカフェバーだった。客の半分くらいは外国人だったけれど、その中に混じっても、ユウヤはまったく遜色なく……というか、一番カッコ良かった。
「なんか緊張するわ。俺、ああいうとこで知り合った人と会うの、初めてやから」
―――僕ももちろん初めてだよ。
 僕は、内心そう呟きながら、アキラならなんと答えるか考えた。
「そうなんだ。俺は結構利用してる。すぐその日の相手見つけられて、便利じゃん?」
「そう……やね」
 ユウヤは、ちょっと悲しそうに笑って肩を竦めた。
 そんな顔を見ていると、「ごめん。今の嘘です!」って言ってしまいそうになる。やっぱり、あんまり喋らない方がいいな。
「でもなんか、予想してた通りの人やわ。アキラさんは、東京の人?」
 ユウヤは、ビールで乾杯した後、僕の方を覗き込むようにしてそう尋ねた。優しい面差しの超美形に見つめられ、ドキドキが悪化する。
「そう」
 出身は埼玉だけど。
「俺も東京に友達おるねん。恵比須に住んでる」
「へえ」
 だったら僕の御近所さんかも。
「俺、仕事は飲食関係やねんけど、アキラさんは仕事、何やってるん?」
「リーマン」
「そうなんや……えーっと……」
 ユウヤは、愛想のない僕の返事に、困っているようだった。
 というか、僕も困っている。アキラのキャラだと、ユウヤが悲しそうな顔をするし、無口になると困った顔するし、素の僕を見せたら多分幻滅するだろうから。
 二人の間に沈黙が落ちた時、丁度料理が運ばれてきて、ユウヤは救われたように僕に薦めてくれる。
「ここ、お酒も料理も美味しいねん。この甘海老とアボガドのサラダはお薦めやで。食べてみて?」
 低音で甘くて、優しい声。美声って、こういうのを言うんだろうな。関西弁っていうと、テレビから流れてくるうるさいお笑いタレントを思い出すけど、実際は別にうるさくないんだ。当たり前だけど。
「あ、本当だ。美味しい」
 思わずそう言うと、ユウヤは嬉しそうににっこりした。
「じゃ、次こっち食べてみて。スズキのカルパッチョ」
「うん」
 僕は、自分が空腹だったことをようやく思い出し、皿にフォークを伸ばした。
 しばらくそうやって夢中で食べ続けて、ふと顔を上げると、にこにこしながらこっちを見ているユウヤと目が合った。
「アキラさんって、美味しそうに食べるねぇ」
「そ、そう?」
 そんなこと、あんまり言われたことないけど。
「あ、あのさ」
「ん?」
「アキラでいいよ。呼び捨てで」
 僕がそう言うと、ユウヤは形のいい唇をキュッと引き上げるようにして笑った。
「うん。じゃあ……アキラ、ビールお代り頼もっか?」
「うん」
 頬が熱い。多分、すごく赤くなってると思う。
 照明が暗くて助かった―――と思いながら、僕はウエイターにビールを注文しているユウヤの端正な横顔を見て、ますます頬が熱くなるのを感じた。


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