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 ちょうど十一時になった頃、その店を出た。
「これからどうする?もう一件行こか?」
「……うん、そうだな」
 僕は、ユウヤを見上げ、コクンと頷く。
 もう一件、ってことは、まだ飲むつもりなんだ。別に、早くエッチしたいわけでは断固ないけれど、ユウヤが全然その素振りを見せないのが不安を煽る。
 ひょっとして、僕の顔が好みじゃなくて、やる気もなくなっちゃったんじゃないか。でも優しいユウヤは、そんなことも言いい出せずにいるのかも……。それか、僕が何か気に触ることを言ってしっまったのか……。
―――まさか、僕をからかってメールしてきただけ……ってことはないよな!?
「どないかした?」
「あ、ううん、別に」
 僕は慌てて首を振った。
 しばらく御堂筋をブラブラと歩いて行くと、一件のインテリアショップの前を通った。
 こんな時間だし、もちろん店自体は閉まっていたけれど、ウインドウだけはシャッターが下りていなかった。明かりの消えたそこを何気なく覗き込んだ僕は、そこに綺麗なスタンドを見付けて、思わず足を止めた。今流行りのアジアンテイストのそれは、傘の部分に繊細な金細工が施されていて、ちょっと他にはないデザインだった。
 最近、ベッド脇に置く小さなテーブルを買ったばかりで、ちょうどこんなスタンドが欲しかったんだ。何を隠そう、僕は大の小物好き。こういう可愛くて綺麗なデザインに目がない。
―――39,800円か……
 値段の方は、全然可愛くない。
 ちょっと奮発すれば買えない値段じゃないけど、今月は大阪に来るのに結構使ってしまったし、やっぱり無理だな……。
「どないしたん?アキラ」
 前を歩いていたユウヤが、ウインドウを覗き込んでいる僕を見付け、引き返そうとした。
「あ、ううん、何でもない」
 僕は笑顔を見せて、ユウヤの方に向って歩き出した。ユウヤが、そんな僕の顔を心配そうに覗き込む。
「なんか、お酒って気分でもない?」
「え?そんなことないけど」
 ユウヤは僕から視線を外し、ちょっと困ったように首を傾げた。
「だったらええねんけど……」
 しばらく何ごとか思案する様子を見せていたユウヤは、意を決したようにこちらを向いた。
「ひょっとしてアキラさ、俺のことあんまり気に入ってない?」
「え?」
 僕は、驚きに目を見開いた。
「なんか、そんな気ぃして」
 ユウヤが、真剣な顔で僕の顔を見下ろした。
 やっぱりおかしいと思っているんだ。あの掲示板に書き込んだアキラと、実際の僕がかけ離れていることを。
「そんな……ことない」
 喉の奥が、ヒリヒリする。
 僕は心の中でユウヤに謝った。ユウヤが興味を持ったアキラは、この世のどこにも存在しないんだよ。
「ホンマに?」
 ユウヤが、緊張した面持ちで僕の顔を覗き込んだ。
「うん、ホンマや」
 僕が下手くそな関西弁でそう言うと、ユウヤはふっと表情を緩めた。
「よかった!嬉しいわ。ほな、行こか?」
 ユウヤは笑顔を見せながら歩き始め、僕が付いて来ていないのを見て眉を寄せた。
「アキラ?」
「……いいの?」
「ん?」
「セックスしなくていいのかって聞いてんの」
 僕が意を決してそう言うと、ユウヤは驚きに目を見開いた。
―――なんでそんな顔するんだよ?僕達は『セフレ募集掲示板』で知り合ったはずなのに……。
「やろうよ。その為に会ったんだろ?俺ら」
「…………」
 ユウヤは、困ったように首の後ろに手をやったまま立ち尽くしていたが、僕の背後を見て、さっと手を引っ張った。
 今まで僕がいた場所を、自転車が猛スピードで走り去って行く。
「危ないなぁ。大丈夫やった?」
「うん」
 ユウヤに抱き込まれるような格好になっていた僕は、慌ててその腕の中から離れた。思ったより、ずっと固くて逞しい胸にドキドキする。
 夜の十一時過ぎとはいえ、まだまだ人通りは多い。男同士が抱き合っていたら、周囲の人の目には奇異に映るだろうから仕方ないけど、本当はもうちょとその胸に抱かれる感触を味わっていたかった。
「……ほな、ちょっと歩かなあかんけど、行こっか?」
 ユウヤが、僕を見つめて言う。
「え?」
「ホテル。ちょっと行ったとこに、男同士でも大丈夫なとこあるから」
「あ……」
 僕はドギマギとしながら頷いた。
 そうだ。僕から言い出したんだから、今更嫌だとは言えない。言うつもりもないし……。
 僕は隣を歩くユウヤの顔を見上げた。こんな格好いい男とセックスするなんて、多分もうないだろうな。
―――思い出作りってやつか。

 旅の思い出。フラれた記念。

 それがこいつとの全部だ。そう、全部にしなくちゃいけない。
 しばらく歩き、僕らは一件のラブホテルに着いた。
 外観は簡素で、けばけばしさとは無縁だった。フロントに着くと、曇りガラスの向こうに、人の気配があった。
 今まで、男同士でこういうホテルに入ったことがないわけじゃないけど、僕は何となくいたたまれなくなって、ユウヤの大きな背に隠れるように立っていた。
 ユウヤは、落ち着いた様子で金を払い、キーを受け取っている。
「ごめんな。ちょっとショボいやろ、ここ」
 エレベーターの中で、ユウヤが苦笑した。
「別にいいよ。ヤルだけなんだから」
 僕は、この期に及んでも、まだアキラのキャラを保とうとしている。そのことに、自嘲が込み上げてきた。
 ユウヤは、そんな僕の顔をどこか痛ましそうな目で見下ろしながら、僕を促してエレベーターを下りた。
 ユウヤに続いて入った部屋は、かなり殺風景で、必要最小限の設備しかなかった。
 ここで僕はユウヤに抱かれるんだ。篠木亜樹良としてではなく、セフレ掲示板に書き込んだ『アキラ』として……。
「シャワー、先に浴びる?」
 僕は傍らのユウヤの見上げた。精一杯、物慣れた振りをして。
 ユウヤは、僕を無視してベッドの奥の小型冷蔵庫に近付くと、中から缶ビールを取り出して飲み始めた。
「俺にもちょうだいよ」
 僕がその背に声を掛けても、黙ってビールを煽っている。
―――もしかして、怒ってる?
 その背中は、どこか僕を拒絶しているように見えた。
 僕はしばらく、どうすることもできずにただ突っ立っていたが、こういう時、アキラならどうするのか考え、ユウヤの方に向かって歩き出した。
「ねえ……」
 その広い肩に、そっと手を伸ばす。そして、ピクリと震える肩を、ゆっくりと撫でた。
「なんか、怒ってる?」
「別に」
 呟くような、低い声。
 僕は大胆にも、その背中にコツンと額を預け、精一杯甘い声で囁いた。
「俺のこと、嫌い?」
「別に」
「じゃあ、好き?」
 ユウヤは、いきなり振り返ると、驚く僕の手首をぎゅっと掴んだ。その力のあまりの強さに、思わず眉をしかめる。
「ああ。好きやで、淫乱は」
 ユウヤは腰をかがめて間近でニヤリと笑うと、僕をベッドに突き飛ばした。
「あっ……!」

―――これが……ユウヤ………?

 笑いながら僕を見下ろすその顔は、今までの優しげなユウヤとはまるで別人のそれだった。
 僕は驚愕に目を見開き、ベッドの上で後ずさる。
「何や?そんな顔して。俺に抱かれる為に付いてきたんやろーが。淫乱ネコのアキラさん?」
 ユウヤは楽しそうにそう言い、唇の端を片方だけくいっと持ち上げて皮肉げな笑みを漏らした。
「確か、『顔射、中出し、縛り、ハメ撮り、ぜ〜んぶOK』―――やったよな?おたく」
「ユウ……ヤ………?」
 信じられなかった。ユウヤがこんなことを言うなんて……。でも、僕らは知り合ってまだ二時間しか経っていないのだ。ユウヤが本当はどんな人かなんて、僕にはわかるはずがなかった。僕はひょっとしたら、最悪のクジを引いてしまったのかもしれない。
 恐かった。目の前で、追い詰めた獲物を弄ぶように笑う男が。
「あんまり期待してなかったけど、会ってみたらえらい色っぽいおにーさんやったからびっくりしたわ。今日はツイてるなー俺」
 ユウヤはそう言って缶ビールを飲み干し、空き缶をテーブルの上に乱暴に置いた。それがコロコロとテーブルの上を転がり、カーペットの上に落ちるのを、僕はぼんやりと見ていた。まるでスローモーションみたいだな……なんて思いながら。
「ほんじゃ、フェラからしてもらおっかなー。大得意やんな?ア・キ・ラ・さん」
 目の前で、鼻歌まじりにカチャカチャとベルトを外す男を、僕は絶望と共に見上げた。


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