6


「や……だ………」
 僕は、ベッドの上で、力なく首を振った。でもわかってる。いくら嫌がっても無駄だってことは。
 僕は途方に暮れ、縋るようにユウヤを見上げた。今僕を追い詰めている張本人であるユウヤを……。
「なんで?できるやろ?」
 ユウヤはベルトを外し、パンツのボタンに手をかけた。
「……きな…い」
「はぁっ!?あんな書き込みしといて、今更何言うてんねん!」
 ユウヤが怒りもあらわに、ベッドの上で縮こまっていた僕の腕を掴んで引き寄せた。
「いやぁっ!」
 僕は恐怖心から、掴まれた腕を思いっきり引っ張っり、めちゃめちゃに暴れた。胸の中に、後悔が渦巻く。どうして僕は、あの掲示板に書き込みしてしまったんだろう。どうしてこいつのメールに返事を出してしまったんだろう……。
「いやだっ、やあー!!」
「アキ……ッ!」
 ユウヤが僕の上に覆い被さり、その動きを封じようとする。
 暴れた拍子に、偶然膝がユウヤの脇腹にめり込んだ。
「ぐっ…」
 僕の手首を掴むユウヤの力が、一瞬緩む。僕はその瞬間を逃さず、ユウヤの手を振りほどいて立ち上がり、ベッド脇の鞄をひったくりドアに向かった。一刻も早く、ここを立ち去らなければ!
「待って!」
 ユウヤが、思ったよりも早く立ち上がり、ドアノブに手を掛けた僕の二の腕を掴んだ。
「やだっ、ご、ごめんなさい!許して!」
 僕はあんたが思うような『アキラ』なんかじゃない。地味で大人しい、そこらへんに吐いて捨てるほどいるただの亜樹良なんだ。
「アキラごめん!」
 気が付くと僕は、ユウヤのその逞しい腕の中に抱き取られていた。
「ごめん……もうせえへん。もう恐ないから……」
 さっき町中で抱き締められた時よりも強く抱き締められ、僕はユウヤの胸に顔を埋めることになってしまった。丁度、心臓の辺りに耳を押し付ける格好になり、その鼓動の早さに驚く。
―――どうしてこんなに、ドキドキしてんの?
「ごめん……アキラごめんな?もうせえへんよ。びっくりさしてもうたな」
 優しい声。初めて聞いた時、いつまでも聞いていたいと思った声。
 ユウヤは宥めるように何度も「ごめん」と囁きながら、僕の頭を優しく撫でる。
「離してよ………」
 僕はその逞しい胸に頬を押し付けたまま呟いた。まだ、顔を見る勇気はない。
「もう、逃げへんって約束してくれたら離す。俺も、襲わへんって約束するから」
 その、優しく頭を撫でる大きな手の感触に真実を感じ、僕はコクリと頷いた。
 ユウヤがそっと腕の力を抜き、僕は自由になった。いつまでも俯いているわけにもいかず、顔を上げ、ユウヤの目を見る。
「ど…して……?」
「何から話せばいいか……」
 ユウヤは苦笑し、どさりとベッドに座った。
「ちょっと試してん、あんたを」
「試した?」
 僕の声が不信感でいっぱいだったからだろう、ユウヤは焦ったように顔をしかめてボリボリと頭を掻いた。
「あんたが、ほんまはどういう人間なんか……。あの書き込みをしたアキラなら、別に俺がさっきみたいな態度見せても逃げへんやろうしさ」
 その言葉に、僕は絶句した。確かにそうかもしれない。掲示板にメッセージを書き込んだアキラなら、あんな乱暴な扱いを受けたら、怒って拒絶しただろう。決して僕のように、恐怖に縮み上がって逃げ出したりはしなかったに違いない。
「だ、だからって……酷いじゃん」
 やはり僕の態度を不審に思っていたのだ。試されていた―――というショックに、僕の声音は弱々しくなった。
「ごめん。だってさ……」
 ユウヤはそう言ったきり、俯いて唇をギュッと噛んだ。その表情は、まるで叱られて拗ねてしまった年端もいかぬ子供のようで、とてもさっき俺を襲おうとした男と同じ人間とは思えない。
「だってあんた、掲示板に書き込んだ人とは別人みたいなんやもん。無理してるっていうか、わざと蓮っ葉な演技してるみたいやったしさ」
「あれは……」
「でもよかった。俺、アキラがほんまにあんな人やったらどないしよって思ててん」
「は……?」
『どないしよ』も『こないしよ』もないだろう。ユウヤはあの掲示板に書き込んだアキラに興味を持ってメールを出したのだから。
「ごめん、あのさ……俺、あんたに黙ってたことがあって……」
 首を傾げる僕を見て、ユウヤは困ったように髪をかき上げた。
「実はメール出す前からあんたのこと知っててん。道頓堀橋であんたを見て、もう目ぇ離されへんようになって」
「え……?」
 道頓堀―――って、あの待ち合わせした橋か?
「黄昏ながらグリコの看板見上げてるあんたを見てさ、めっちゃ綺麗な人やなーって思って。それで、思いきって声掛けようとしたら、どんどん歩いて行ってまうしさ。慌てて付いてったら、ネットカフェに入って行くから、俺も……」
「ちょっ…ちょっと待って!」
 ネットカフェに入る前に、既に俺のことを見ていたっていうのか!?こいつは!
 僕の疑問が顔に浮かんでいたのか、ユウヤは御主人様に悪戯が見つかった犬のような顔で頭を掻いた。
「俺、あの店で、ずっとあんたの斜め後ろの席におってん」
「うっ……わぁっ………!」
 それはさすがに予想していなかった。僕は驚きに口をあんぐりと開けたままユウヤを見返した。
「仕切りあったけど、隙間から画面とか結構見えたで」
「ううっ……」
 あの仕切りを過信した僕が馬鹿だった。
「あんた、なんや……ボーイズラブサイト覗いとったやろ?」

―――はい……。っていうか、なんでアレがその手のサイトだって分かったんだ!

「あのサイト、俺の従姉妹がやってんねん」

―――はい?

「で、あの小説の相手役の『ユウヤ』って、一応俺がモデルなんやって」

――― ………………

 僕は驚きに、もはや声も出なかった。そんなのアリか!?僕の理想の男が、目の前の男をモデルに作られてたなんて!そんな偶然、あっていいのか!?
「そ、そんな話、信じられるか!」
「だって書いたヤツがほんまにそう言うとったもん」
 ユウヤは嘘をついていると思われて心外だったのか、唇をとがらせた。
 確かに、小説の中のユウヤは、長身で日本人離れした彫りの深い美形―――っていう設定だったから、外見だけだったらこの目の前のユウヤとぴったり一致するけれど、中身は全然違いそうだ。

「それでその次に、ゲイコミュニティサイト行ったやろ?」

―――はい。あそこがその手のサイトだって、よくわかったね。

「俺もちょくちょく行ってたから。ロム専やったけど。あんたがあそこ見てんの見て、コッチの人かもって思って、嬉しかった〜」

―――へえ〜………

 僕はもう、いちいち驚く気力すら残っていなかった。こいつは僕の理想の男性像のモデルで、僕が通っていたサイトに通っていてたわけだ。一昔前のご都合主義のドラマみたいな展開。
「席を立った瞬間を狙って声かけようと思っとってんけどさ、なんか真剣に掲示板見てるから、俺も同じとこ開けて見てて……へへ……」
 ユウヤはそこまで言って、なぜか照れたように頭を掻いた。
―――男前でよかったな、お前。それで顔がマズかったから、確実に不気味な男扱いだぞ……
「で、あんたが書き込むの見て、慌ててメール出してん」
 ユウヤは、真剣な表情で僕の肩を掴んだ。
「びっくりしたよ、凄いこと書くねんもん。あんなサイトで、あんなエロい書き込みしたらあかんで。もし変なのに引っ掛かったらどうすんの?」
 僕は、目の前のユウヤをじっと見上げた。お前はその『変なの』に含まれないのか?
「あんたは、一晩の相手をあんなとこで漁るような男やないやろ」
「そんなの、わかんないじゃん。僕だってムラムラすることあるし」
 僕は、この期に及んでまだそんなことを言ってしまった。
「ムラムラ……はするかもしらんけどさ。でもボーイズラブ読んで泣いとったやん!それは純愛に感動する純真な心があるってことやろ。少なくとも、あの掲示板に書き込んだ『アキラ』みたいな中身のない空っぽの男やない!」
 お前に僕の何がわかるんだよ!―――と叫ぼうとして、できなかった。
 そうだ。僕はあの『アキラ』じゃない。それは僕が一番よく知っている。
「僕は……」
 僕は言葉を続けることができず、俯いた。
「さっきはほんま、試したりしてごめんな。でも口で聞くだけやったら、絶対演技して誤摩化すやろうと思ってさ」
「もういいよ」
 僕はぶっきらぼうにそう言った。本当は、僕の正体を暴いてくれて助かったって思っている。
 僕はユウヤに会って話すうちに、知って欲しくなったんだ。本当の僕は、こんなやつなんだって。マグロで面白味のない、純愛に憧れるただのダサイ男なんだって。本当は、ちゃんとそれを知った上で抱いて欲しかった。
「たまたま俺を選んでくれたからよかったようなものの……他の男選んでたら、今頃めちゃくちゃ犯られてたかもよ?」
「そうかもね」
 僕は素直に頷いた。
「なんであんな書き込みしたん?」
「別に……理由なんてないよ。ただ何となく」
 男に振られたからヤケになって―――とは、さすがに恥ずかしくて言えなかった。
「もうあんなとこに書き込まんといてな?」
「さあ、わかんないよ」
「アキラ!」
 厳しい口調でそう言って僕を睨みつけた顔が、ちょっとさっきの恐いユウヤを思い出させて、我知らず身体がすくむ。
「分かったよ。もうしないって」
 僕は、何とか声を震わせずに返事をすることに成功した。
「よかった。あの……ごめんな?怒って……ますか?」
 ユウヤが腰をかがめ、俯いた僕の顔を不安そうに覗き込む。
「別に……」
 僕は頬を脹らませたまま答える。試されたという怒りは、いつの間にか粉砕していた。
「じゃあその……せっかくやし……と、泊まって行く?」
 遠慮がちな声。こんな綺麗な男なのに、僕なんかに気を使って……。
―――馬鹿なやつ。
 僕は、ユウヤがすごく可愛らしく思えてきて、クスリと笑って顔を上げた。

「僕、本当はベッドテクほぼゼロなんだけど、それでも抱いてくれますか?」



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