ヴォイス <2>








円形の窓から射し込む太陽の光が、暖かく体を包みこむ。

心地よい揺れと波の音。

島を離れた安堵感と疲労か、いつの間にか自分が眠っていたことに気がついた。

潜り込んだときには気にもしなかったが、どうやらここは食料庫だったらしく、それを見た途端空腹感を覚えた。

そういえばここ数日、ろくに食事も摂っていない。

手近に在った赤い果実を失敬して口の中に放り込むと、甘酸っぱい味が広がった。

(美味いな、コレ・・・)

きっと世界には、あんな小さな島では決して見ることのできないものが、沢山あるのだろう、と。

少年はこれからの生活に、希望を抱いていた。

















「あーったく忙しい!」

やたらと大きな足音と、扉が開くのはほぼ同時だった。

(・・・まずい。)









「おあ!?何だってこんな所に子供がいるんだよ?」

姿を隠す暇もなく突然鉢合わせてしまった男を前に、上手い言い訳が見つからない。

こんなに早く船員が現れるとは予想していなかった。

「あ、いや・・・、その・・・」

しどろもどろの少年を一瞥し、その船員の男は赤い髪を掻き上げて大袈裟に言った。

「あーそうか!コック見習いか!丁度良かった、それ持ってついて来な。」

思わぬ展開に唖然とする少年をよそに男は麻袋を指差し、「早くしろよー」と急かした。

ここは大人しく指示に従うしかない。侵入者だと海に落とされでもしたら、間違いなく自分は魚の餌だ。

言われるがままに男の後を追うと、途中雑然とした船室に立ち寄り、真白な調理服を差し出された。

「ほら、早く着替えな。そんな格好じゃ密航バレバレ。」

男の言葉に少年はまたしても唖然とした。

侵入者だと知りながら、この男は何故。






「あんた、一体・・・」

島からの追っ手だろうか、それとも何か善からぬことを企んでいるのか。

睨み付ける少年に、男は吹き出して笑う。

「んな、怖い顔すんなって。獲って食いやしねえよ。俺も似たようなモンだしな。」

そう言って手際よく汚れた服を脱がせると、新しいそれを頭から被せた。

「ちょ・・・っ!」

何かを言い出す暇もなく、タオルでごしごしと顔を拭かれる。

「よっし、完璧だ!」

再び先程の荷物を持つと、またしても「早く早く!」と急かされた。

睨み付ける視線をさして気にするでもなく、廊下を歩く。

「そう言えば、まだ聞いてなかったなあ」

途中突然立ち止まり、人の良さそうな笑顔で、「名前だよ」と少年に尋ねてきた。

一瞬躊躇したが、答えない理由もこれといって見つからない。

何よりその男の笑顔に、毒気を抜かれた・・・そんなところだろうか。

「・・・サンジだよ。よろしくオジサン。」

溜息混じりに答えると、男は「オジサンはないだろう」とがっくり肩を落とす。

「いい名前だ。俺はシャンクス、こっちこそよろしく!」

鮮やかな赤い髪を掻き上げる仕草は彼の癖なのだろうか。

「コック志願の新入りだー!」

大声を上げて、辿り着いた扉を豪快に開ける。

「ヘマするなよ。」

そうサンジに耳打ちをしてシャンクスは厨房の奥へ足を進めた。





(いい名前、か・・・)




それが嬉しかったのは、初めて受けた優しさの所為か、それとも名前だけが残された母親の形見だからか。

こうして一人の怪しい男の手助けを得て、サンジは海上の料理人となる。

暖かく迎え入れてくれた厨房の男たちの中で、
まるで探そうとしていた自分の居場所が見つかったような気さえしていた。














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