「…………」
高町恭也。高町家長男で父に代わり二刀御神流剣術
を受け継ぐ剣の達人。少女にはちょっと意地悪で優し
い兄。
普段から無口で感情が表に出ない質だが、少女、母、
父、妹、また少女、母と家に帰ってきた面々を見比べ
ているところから、さすがに驚いているようだ。既に
電話で話を聞いていたはずだが、実際に会って少女が
母に似ていることに面食らったのだろう。それは兄も
少女が分からない、記憶にないということである。
「……まさか、かく」
「恭也」
父と母が兄を止める。兄も自分の失言に気が付いた
のか、「すまん」と少女に謝った。そして、少し間を
開けて少女の頭に手を置いた。
「……恭也だ。おかえり、・・・」
少女も期待していなかったが、やはり何の声も聞こ
えない。だが兄の気遣いは嬉しかった。
「うん。ただいま、お兄ちゃん」
夕食は兄の手料理だった。昔京都で修行した時の知
り合いから京うどんを貰ったので、当時覚えた腕を披
露することになったらしい。兄のは修行の山籠もりや
出稽古で覚えた男の料理だ。普段料理しないので少女
もほとんど食べた記憶が無い。キャンプでのカレーぐ
らいだろうか。その場の雰囲気もあったろうが、結構
おいしかった気がする。
「恭ちゃんは何でこんなにできるのよ」
料理に関してはまだやったことがない少女より下だ
とからかわれる姉が、兄の料理の腕に不満を漏らす。
かなり悔しいらしい。
「そりゃ、俺は出稽古でも出先の料理を手伝っている
からな」
「わたしには手伝わせてくれないじゃない」
「向こうの方に失礼なものは出せないからな」
「ひどーい!」
「うどんの腰も調度いいし、ツユもダシが利いて美味
しいわ」
「いや、まだまだ。母さんが作れば百倍は美味しいぞ」
「やだ、もう、あなたったら」
「母さんと比べられても困るし、俺の料理は元々父さ
ん直伝だろう」
仲の良い兄妹、仲の良い夫婦、仲の良い家族の食卓。
父と母が並び、その前に兄と姉、そして少女が座る、
いつもの光景。なのに、何となくさみしい。
(少し浮いているかなって、ちょっとは思っていたけ
ど……)
皆が少女を疎外しているのではないと分かっている。
料理をとってくれたり、ちゃんと少女に話しかけてく
れる。いつもと同じように。なのに、少女の座ってい
るところだけ、テーブルが広がって皆と遠く離れてい
る気がする。
(だから、なのかな…わたしが悪いから、なのかな……)
今でも新婚のような母と父。とても仲の良い兄と姉。
皆少女を大切にしていて、勝手に疎外感を抱いていた
のは少女の方。その罰が当たったのではないか、幸せ
なのに、それ以上を求めた罰が。その思いが、少女の
胸に重くのしかかる。
「どうしたの、・・・。食べられない?」
あまり箸の進んでいない少女に母が声をかけた。
「ん、口に合わないか?」
兄も少女のどんぶりを見て声をかける。
「ぇっ、ううん、とても美味しいよ」
実際に男の料理としても味は良い。ただ、思い詰め
た少女には味わう余裕もなく、色々あった疲れで食欲
もなかった。
「そうか。まだお代わりはたくさんあるからな」
「何人分作ったんだ?」
「ざっと十人分」
「それってノルマが二人分ってこと?」
「お母さんは無理よ。それに・・・だって小さいんだし」
また和気あいあいと話しが進む。
「わ、わたし、がんばる!」
我が儘せず欲張らず、皆の言うことを聞いてよい子
になる。それで解決するかは分からず、罰かどうかも
少女の思い込みかもしれない。それは少女自身も分かっ
ている。だが、今があまりにも辛く苦しく、何かせず
にはいられなかった。
「無理しなくてもいいよ。疲れてるんでしょ」
姉が心配そうに顔をのぞき込む。
「でも……じゃあ、自分の分をちゃんと食べるね」
「よしよし」
姉が偉いぞと頭を撫でてくれる。
少女には少女にできることしかできず、できること
は限られている。残さず食べる、無理をしない、言う
ことを聞く。ただそれだけでも、全力で。
もし、家族に見放されたら……。
もし、家族に捨てられたら……。
誰もが一度は捕らわれる悲痛な恐怖。
それに打ち勝ち、一人で生きるには、少女はまだ幼
くて小さすぎる。
それを、誰が責められるのだろうか?