(……あれ?)
目が覚める。暗い部屋。見覚えがある天井。知らず泣いて
いたのか、目が痛い。何かとても怖くて、辛く悲しい夢を見
ていた気がした。だが、それは少女の気のせい。少女はまだ、
悪夢の真っ只中に捕らわれたままだから。
(そうだ、寝ちゃったんだっけ)
裏山へ特訓に出掛けた父と兄を居間で待っていたが、我慢
できずソファーでうたた寝してしまったのだ。姉に抱き抱え
られたところまでは記憶がある。少女が寝ているとこもベッ
トではなく布団で、天井も少女の部屋とは違う和室の天井だっ
た。どうやら両親の部屋に寝かされているらしかった。少女
は首を巡らして両親の姿を探す。
「……!」
すぐ隣の布団に両親はいた。が、二人の姿に少女は息を飲
む。
(……あのー、お父さんとお母さんは、何してるんでしょう
か?)
それが何かは分っている。いわゆるキスだ。いつでも新婚
な両親はキスも日常茶飯事で見慣れているし、少女も頬にだ
が二人にしてあげたりされたりもある。だからキスぐらいな
ら少女も驚かないのだが、いま目の前で両親がしている行為
はいつものとはあまりにも異なっていた。単に唇をあわせる
のではなく、口を開いて互いに唇を挟んだり、突き出した舌
を絡めて吸いあっている。ドラマや映画で見たものよりも激
しい大人のキス。暗くはっきり見えないとはいえ、押し殺し
た息遣いや舌と唇が絡みあう音、互いに唾液を吸いあう音が
少女のもとに生々しく聞こえてくると、嫌でもその光景に吸
い寄せられてしまう。
「……ん……」
片腕を伸ばして体を起こした父の背中から、腰の辺りまで
布団がずり落ちる。パジャマを着ていないのか、父のたくま
しい背中があらわになる。その下にはフロントホックのブラ
をはだけた母の姿があり、上を向く豊かな乳房に父の手があ
てがわれている。
(え? えと、え? えぇ?)
初めてみる夫婦の営み。具体的にどうなのか分らなくても、
夫婦にそうゆう事があるのは知っていた。とは言え、目の前
の行為はあまりにも強烈で少女の頭を真っ白にし、寝たふり
も見ぬふりも出来ずにただ目を奪われるだけだった。
「…ん………ぁぁ……」
父の頭が母から離れ、二人の口の間に透明な糸を引かれる。
明かりのない暗い部屋なのに、なぜか少女にはそれがはっき
りと見えた。
「はぁぁ……」
父の顔が母の顔に隠れる。あごを上げ、甘い吐息を漏らす
母。目を閉じた母はうっとりとし、少女の目にとても気持ち
良さそうに映った。
耳元から首筋を伝い、母の鎖骨をなめ回す父。その父の頭
を母はいとおしげに両腕で抱く。その間も父の大きな手は止
まらず、母の乳房を優しく愛撫し続けている。
(…あ、あの……その………)
それは子供が見てはいけないもの。頭の隅で警鐘が鳴る。
だが、少女は呪縛されたかのように目の前の光景から目を離
すことが出来ず、瞬きすら忘れて両親の姿を凝視する。
「んんっ!」
少し強い声が母の口から漏れた。父が母の胸の頂を口に含
んだのだ。サクランボのような母の乳首を、唇で挟んで引っ
張り、舌先で押したり弾いたり、強く吸ったり。さらに父は
母の両乳房を手で寄せ、その谷間に顔をうずめる。父の手の
中で、ゴム毬のように柔らかく形を変える母の胸。少女には
細かい様子まで見えないが、それが赤子が母の乳を吸うのと
は明らかに違う行為だとは分る。なのに、母の乳房に舌を這
わせる父の顔は、乳を吸う赤子のように幸せそうな表情に見
えた。
「…ぁ…っ……ん……」
堪え切れなくなっているのか、少しずつ母の口から漏れる
声が強く多くなっている。少女が固唾を呑んで見守る中、父
の舌は胸からへその方まで下っていく。
「だ、だめぇ、あの子が、起きちゃう……」
初めて、母がすすり泣くような声で言葉を発した。それで
呪縛が解けたのか、少女はあわてて目を閉じた。胸の鼓動は
耳に聞こえるくらい大きくなり、体中がとても熱い。知らず
に息を止めていたのか、とても息苦しくて寝たふりをするの
が辛い。
「大丈夫だ。寝付きが良いみたいだし、しっかり寝ているよ」
父のささやき声が聞こえる。武術家で元ボディーガードの
父が少女の狸寝入りを見抜けないとは考えにくいが、きっと
見逃してくれたのだろうと少女は思うことにした。
「……ゃ……ぁぁ…っ………」
「…んっ………ぁっ………ぁ……」
「………はぁ…ぁ…ぁっ………」
切なげで、でも気持ち良さそうな母の嬌声。それに合わせ
るかのように、猫が水を飲むような音が重なる。
(うぅ……やっぱり……あれ…なの…?)
寝たふりなので目は閉じても耳をふさぐことは出来ない。
下手に目をつぶってしまったため、かえって両親の姿が少女
の脳裏にまざまざと思い浮かんでしまう。
半裸で絡み合う父と母。母の体をなめ回す父。のけ反って
それに耐える母。顔から胸、そして腹へと進む父が次に向か
うところ。それは、幼い少女でも容易に思い浮かんでしまう。
豊かに生い茂った母の下腹部。その想像に少女は赤面する。
(……でも…………だ…なんて……)
秘めたところをたどる指の感触が、少女の中でぶり返して
くる。触ってもいないのに下腹部がとても熱く、むずむずす
る。
(……わたしも、同じことされたら……された…ら……?)
そこを平気そうに洗っていた母でさえ、父にあんなことを
されて恥ずかしそうな声を出しているのだ。少女が同じこと
をされたらどうなるのか、想像するだけでも少女は恐怖を感
じる。
(されたらって……わたし、わたしって……)
そもそも誰が少女にそんなことをするのか。単に自分自身
を母に重ね合わせただけとも言えるが、母のされていること
の内容も考えず想像してしまったことに、少女はただ愕然と
する。
「……はぁぁ………っっ…」
殺し切れない母の嬌声が少女の頭の中に響く。それは思い
悩む少女を混乱させ、心を捕らえ麻痺させる。
自分には早い大人の行為。見聞きしてはならないこと。思
うのも恥ずかしいこと。でも、身動きもままならない少女は
逃げることも出来ない。
「……ゃ………ぁ…」
「…ぁ……ん…っ……」
「……ぁ……ぁ……! ………ぁ……っっ!!」
一際強い声があがり、どさりと布団に落ちる音がする。続
けて荒い息遣い。
(……ぁ……終わった、の、かな?)
少女はまだじっと寝たふりをしながら、心の中でほっとた
め息をついた。もう、これ以上は我慢出来そうになかった。
寝たふりがばれているのかいないのか、どちらであっても分
かってしまったら少女も両親も気まずい思いをしたに違いな
い。
(今のうちに!)
今なら寝返りしても不自然じゃない。そう思い、少女は動
こうとした。