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[587](11/12)549 ◆51nyTkmf/g 2005/09/11(日) 00:31:12 ID:B6e9tb4l
[588](12/12)549 ◆51nyTkmf/g 2005/09/11(日) 00:32:43 ID:B6e9tb4l

Call my name! (23)帰途

(わたし、すごいことしちゃった……)
 海に沈む夕日が窓に映る。少女が目覚めてからちょうど丸
一日がたとうとしていた。
「はぁぁ……」
「ん、どうした?」
 海岸沿いを走るバスの中、少女は最後部の座席に兄と並ん
で座っていた。乗客は少女達だけで、バスのエンジン音だけ
が車内に寂しく響いている。
「……ちょっと、疲れちゃった」
 別の意味でのため息だったが、疲労が少女の全身へ澱のよ
うに積もっているのも確かだった。
「そうか」
 兄の手が少女の肩を抱き寄せる。体に力の入らない少女は、
されるがままこてっと兄の腕に身を預けた。
「家に着くまで時間がある。少し寝ているといい」
「……うん」
 少女は小さくうなずいて目をつぶった。兄の腕は枕にする
には少々堅かったが、父のようにたくましいくて少女を安心
させる。
(あ、忍さんの匂い……)
 かぎなれた兄の汗の匂いの中に、少女の親友のに似た匂い
が混じっていた。すずかと同じ甘い匂いだったが、何か香水
をつけているのか少しきつく、それが大人を感じさせる。
(わたしもアリサちゃんやすずかちゃんの匂いがするのかな)
 最初はキスだけだった。しかし甘美なその味はまたたく間
に少女をとろかし、二人に求められるまま、心の奥底で求め
るまま肌を重ねてしまった。
後悔。していないと言えばウソになる。兄と忍の情事をのぞ
いてしまったこともそうだし、アリサとすずかとの行為はい
けない遊びだという自覚はある。本当なら止めなければなら
ないのに、少女は欲望に負けて遊びに加わることを選んでし
まった。
(だって、仲良くなりたかったから)
 少女のことを知らない二人。少女が知っている二人。そし
て、少女が知らない二人。少女の知るアリサとすずかは、あ
のようなことはしていなかった。
(わたしが知らなかっただけ? それとも……)
 名前だけではなく、思い出せない大切なもの。それが何か
分からず、ぽっかりと胸に穴が空いている。そこに今の少女
が知らないことが色々あるのかもしれない。
(それとも……)
 本当は自分などどこにも存在していないのでは。そんな恐
ろしい考えが頭をもたげる。どんなに優しくても、誰も少女
のことを知らない世界。そして、あやふやな自分の記憶。聞
くことも見ることもできない自分の名前。
「んぁっ」
 突然体内で感じた刺激に、少女は甘い声を上げる。
「すまない。起こしてしまったか」
 目を開けると、兄の大きな手がミニスカートからのびた尻
尾に触れていた。月村家を出る時には何も言わなかったが、
やはり気にはなっていたのだろう。
「ううん、まだ起きてたから」
 少女が首を振ると、兄は少女を引き寄せて自分の膝に寝か
せた。
「着いたら起こそう」
「うん、おやすみなさい」
 優しく頭をなでる兄の手が心地よい。尻尾の仕組みに気が
付いているのか分からないが、物珍しいのか兄は尻尾の表面
もなでる。無骨な見かけと異なり繊細に動く兄の指は、数珠
に微細な振動を起こさせ、それが少女を眠りに誘う。
(えと……ねむい……)
 頭の片隅に浮かんだ何かを押しやり、少女は目をつぶった。
少女を巻き込んでいる現実から。


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