『そっか、じゃあしばらくユーノ君いないんだ』
『うん、なのはに会えないって、残念がってたよ』
『ほほー・・・それはそれは』
『へ?アリサちゃんどうかした?』
『どうかしたじゃないでしょーが。大体あんたねー・・・・』
少女が思い出すのは、そんな些細な日常のやりとり。思い出すだけで顔の綻ぶ、微笑ましい会話。
────そして。
『ユーノが・・・・可哀想・・・』
親友の自分さえも初めて見る、悲しげな憤りの篭った、責めるような彼女の視線。
彼女は一言詫びると、何も言わずただ去っていくだけだった。
それは正に、心安らぐ会話が一転し───苦い記憶に替わった、その瞬間であった。
魔法少女リリカルなのはA’s −変わりゆく絆−
第二話 想い、そしてはじまり
(フェイトちゃん・・・・)
どうして、あんな目をしていたんだろう。
一体彼女は、何が言いたかったんだろう。
愛機・レイジングハートエクセリオンを手に、空いた方の手で無意識のうちに打たれた頬を押さえながら、
青く澄み渡った空の下、前日の出来事に想いを馳せていた。
(きっと、私が悪いんだよね・・・)
わからない。何故かはわからないけど、彼女を怒らせてしまったのは自分だ。
結局、そのことを謝ることができぬまま、仲直りすることができぬまま。
そんなヒマもなくなのはは自身に任された仕事を全うすべく、
この週末を辺境の次元にある時空管理局の支局で過ごしていた。
(だけど、なんでだろ・・・フェイトちゃん、どうして・・・?)
『master?』
「・・・・あ、ごめんレイジングハート。何?」
『Today's master is different from usually. Is the physical condition bad?』(今日の主は変です。体調でも悪いのですか?)
「ううん、そんなことないよ。ありがと、レイジングハート」
『Then, there is no problem.and.....』(それならかまいません。それから)
「?」
『Trainees seem to have ended training』(研修生達が訓練を終えたようです)
「え?」
愛杖の指摘に顔をあげると、なるほど。確かに広い訓練場のあちこちで新人局員達が──なのはの教え子達が──息を切らせ、思い思いに休息をとっている。
・・・その多くは、もう立つのも辛いといった表情で倒れていたり、座り込んでいたりするのだが。
「・・・・・だらしないなぁ」
なのはとしてはけっして無理な量の訓練(あくまでなのは基準で)を課しているつもりはないのだけれど。
まぁ、そんな自分の教え子達の様子に気付かずにフェイトとのことばかり考えていた自分も問題なのだろうが。
「レイジングハート、時間は?」
『It is about 15 another minutes until noon』(正午まで15分といったところです)
「そっか」
少し早いが昼休みにすべきかもしれない。きっとこのままではなのは自身、集中できないだろうし。
教える側の自分がそんな状態のままでは、教わる側の彼らに対しても失礼であろう。
(切り替えなきゃ、ね。頭を冷やさないと)
そう決めるとなのはは訓練生たちに念話で一時間後にまた集合するよう休憩である旨を告げ、
考えすぎて軽く知恵熱を起こしてしまいそうな自分の頭を軽く小突きながら、
彼らを見下ろす形で建造されている支局の建物へと向かい踵を返した。
食堂のほうから漂ってくる良い匂いに、いくぶん気持ちが落ち着いていった。
なのはが自分の務めを果たすべく働いている、そんな頃。
遠く離れた海鳴市にある八神家には、なのはとフェイトをよく知る三人、はやて、すずか、アリサが集まってお茶を飲んでいた。
「・・・・ありゃやっぱり、なのはが悪いわよね」
「うん、悪気があったわけじゃないんだろうけど・・・」
「鈍感すぎやもんなぁ、なのはちゃん」
昨日の、友達二人の喧嘩を目の当たりにした彼女たちはこうして対策会議などと銘打ったお茶会を開催して
話し合い、二人の関係についての打開策を練っているのだが。
「フェイトちゃんにとってなのはちゃんもユーノ君も大切な人やから、やっぱ許せんかったんやろうね」
「ちょっと、あれはね・・・無理ないと思う、あたしも」
なのはの言った無神経な言葉は、フェイトの気持ちを逆撫でするには十分だったのだろう。
彼女の気持ちや立場を含めて今考えてみると、フェイトが怒ったのも頷ける気がする。
「・・・で、肝心の二人はどっちも仕事でいない、と」
「うん。フェイトちゃんはアースラで通常勤務やからまだいいんやけど、なのはちゃんがな・・・」
支局に飛んでの、2泊3日の出張。本年度入局の訓練生達への特別強化訓練の監督官ということだった。
場所と任務が特殊なだけに、そう簡単に連絡をとったり会いに行ったりするわけにもいかない。
「どうして気付かないかなぁ、なのはも」
「ほんとに。一番フェイトちゃんやユーノくんと付き合い長いの、なのはちゃんなのになぁ」
「それがなのはちゃんのいいところでもあるんだけど・・・」
三人揃って前途多難の溜め息をつく。
今回のことを解決しても、きっと根本の問題がなのはに理解されるのは、大分先であろうと。
「大体フェイトちゃんもフェイトちゃんなんよ。二人のことを変に納得してしまっとるから──・・・お?」
マナーモードにしていた携帯が震えていた。
開けてみるとそこには、「アースラ・クロノ」の文字が。
「ありゃ?」
「誰?」
「クロノくんからや。なんやろ?ちょい、ごめんなー」
フェイトのことか、はたまた仕事のことだろうか。席を外し、通話ボタンを押すはやて。
「はいはい、はやてですー」
深く考えずに出たはやてを見ながら、二人は温くなったお茶をすする。
こうなってしまっては、流石に二人は蚊帳の外だ。
しかし手持ち無沙汰な二人を尻目に、次第にはやての表情と口調は変化していく。
「え?みんなを連れて?なんでまた・・・え?いや、すずかちゃん達と話してただけですけど」
「えっと、ヴィータはお昼寝中やからたたき起こすとして・・・シャマルとシグナムは今日本局に・・・」
「・・・・・なんやて!?それほんま!?はい、わかりました。すぐみんな連れてそっち向かいます。はい、はい、それじゃ」
───そして、電話を切ったはやての表情は先ほどまでの友のことを憂う年頃の女の子のものとは違い。
「ごめん、二人とも。うち出かけなあかんくなってしもた」
すずか達にはあまりみせたことのない、守護騎士達を率い戦う、優秀な歴戦の時空管理局捜査官としての顔になっていた。
「仕事?」
「うん、クロノくんとこ」
「そっか、じゃあフェイトちゃんとも一緒なんだ」
「・・・それだけやない」
「「え?」」
ヴィータを起こしに行くのだろう、ドアの前に立った彼女は、首だけをわずかに二人のほうに向け、告げる。
「事件に巻き込まれたんは・・・・・・ユーノ君や」