「・・・高町戦技教導官は、別の次元で大切な特別任務中だ。君だって知っているでしょう、八神捜査官」
それは、いつもの彼女ではなく。
「せ、せやけど・・・・」
あくまで事務的な、執務官──指揮官としての、強張った声。
「任務中の人間を呼びつけるわけにはいかない。彼女への連絡は認められない」
「てめ・・・!!」
感情の篭っていない他人行儀で冷徹な言い回しに
激昂しそうになるヴィータを、はやての横に控えていたシグナムが制する。
「・・・・本当に、それでいいのだな?」
「何度も、言わせないで下さい。シグナム捜査官補佐」
冷たい口調とは正反対に明らかに感情的になっている少女の前では、シグナムの確認もにべもなく退けられてしまう。
一方ブリッジの空気は冷たい。これもまた全ては、「彼女」のいつもとは大きくかけ離れた冷たい態度によるもの。
艦長であるクロノでさえ、様子のおかしい妹とはやて達に視線を向けたまま、動かせないでいる。
「・・・・この任務は、『私達の任務』です。なのはの・・・高町教導官の力なんて、いらない・・・!!」
魔法少女リリカルなのはA’s −変わりゆく絆−
第三話 彼の者がために・前編
「任務開始は三時間後。詳細なデータを取り終わってから。それまで、解散」
自動扉の向こうに消えた金色の髪は、怒気を孕んで。そしてなお、一目でわかるほど、どこか寂しげだった。
「ッ・・・いいのかよ!!あんな風に勝手言わせて!!いくら今回はあいつが指揮だからって・・・!!」
「落ち着け、ヴィータ。・・・・主、お聞きしたいことが・・・」
「・・・わかっとる。・・・クロノくんにも、説明せなな?」
「・・・ああ、頼む。状況を把握したい。この任務の責任者としても、あの子の兄としても、だ」
はやての向いた先で、クロノが頷いていた。
───辺境の遺跡を発掘調査中のユーノが消息を絶ち、その遺跡内から多大な魔力反応が確認された───・・・。
はやてがあの時自宅で受け取ったクロノからの通信は、そういったものだった。
遺跡内にはロストロギアも確認されており、アースラがこの事件の担当となったため、応援にきてほしい。
クロノからの依頼にはやては二つ返事で答え、騎士達を集め彼らと合流したのだが。
狭い遺跡内部での活動を考え、アースラの直衛にヴィータとはやてが残り、
医療・調査班のシャマルを護衛しつつ残りの四人が突入。
自分も行きたいとだだをこねるヴィータをなだめながらその基本方針を決めた直後。
シャマルの言った一言が、「彼女」の態度を豹変させたのだった。
「そうか、なのはと・・・・。あの子が変だったのはそのせいか」
「ごめんなさい・・・そんなこととは知らずに、無神経に『なのはちゃんはいいの?』なんて聞いちゃって・・・」
はやてからの説明を受け、クロノが考え込み、シャマルが落ち込む。
他の一同も気まずそうにしている。
「シャマルのせいやない。せいやないんやけど・・・」
「テスタロッサの裁断が、任務規定に合法である以上、逆らうこともできない・・・か」
この事件に関して、高町なのは教導官は無関係である。
現場において消息を絶ち事件に巻き込まれたユーノ・スクライアとは顔見知りであるが、そこまでのこと。
家族でもなければ将来を誓い合った仲でもない、単なる赤の他人だ。
また、彼女は別の任務中である。
人員的に考えて彼女に緊急の救援を要請せねばならない状況でもない。
よって、彼女に対しての応援要請は必要ではない。
従って、彼女への不要な連絡は双方の任務遂行に支障をきたすおそれがあり、許可できない。
・・・これが、フェイトの下した結論である。正論一辺倒の彼女らしからぬ論に理由を知るはやてを含め一同は戸惑い、
まともな反論を返すことができなかった。
「クロノ君、なんとかならへんの?」
「・・・できなくはない。しかし指揮をフェイトに任せた以上その判断を覆すのは僕が上官とはいえ、正当な理由なしにやるわけには」
「立場を利用した横暴、になっちゃうもんね・・・」
クロノもまた、提督でありながら彼女を心配している兄という難しい立場なのだ。
補佐席に座るエイミィ共々うな垂れる。
だが、この空気のまま任務に突入するのはまずい。
こんな気まずく噛み合わない雰囲気を抱えたままでは相互の連携にも支障が出るだろうし、
うまくいくはずの任務だって失敗するかもしれない。なのはとの仲は一時的に今は置いておくにしても、
少なくとも一同とフェイトの間だけは正常近い状態に持っていかなくては。
「クロノ艦長、私に任せてはいただけないだろうか」
「君が?」
一様に思案するメンバーの中ではじめに顔をあげたのはシグナムだった。
意外といえば意外、クロノも実際そう言いたいような表情である。
「ああ。それには艦長、あなたの力が必要だ」
「僕の?だが圧力をかけるのは無理だと・・・」
「そうではない」
艦長席のクロノに語るその手には、待機状態のレヴァンティンが既に握られていて。
一同は彼女の言う「対応策」に耳を傾ける。
彼女の説明は対して長くはなかった。
「────というわけなんだが、どうだろう」
「確かにそれやったら・・・」
「問題はないだろう。だが・・・・」
「なんだ、艦長そのジト目は」
「いや・・・まさか君がそんなこすっからい手を思いつくとは・・・・。シャマルやはやてに似てきたのか?」
「む、失礼な。あなたの妹君のことを思ってのことなんだぞ。絡め手と言ってもらいたい」
「あー、クロノ君それひどいわ」
「私そんな風に思われてたんですか・・・」
クロノの言葉に心外そうに返すシグナム、はやて、シャマル。
彼らのやりとりに冷え切っていた艦橋の空気も、いくぶん暖まってきたようだ。
「・・・まあ、いい。とりあえず頼む、シグナム。僕のほうも君の言うようにやることはやっておく」
「わかった。・・・・では主、行って参ります」
レヴァンティンの鎖を揺らし、心配げなアルフに目をやるとシグナムはフェイトを探しに艦橋を一礼して辞した。
おそらくは自室か訓練室だろう。どちらかに向かえば彼女はいるはずだ。
気持ちが沈んでいる時、フェイトは大抵どちらかにいる。
『マイスター、あの・・・』
「ん?どないしたん、リインフォース」
多少なりとも平時の空気の戻ってきたブリッジにはやてが安堵していると、リインフォースが肩の上で怯えていた。
その摺り寄せられた小さな身体から、頬に彼女の震えが伝わってくる。
「だいじょーぶやて。フェイトちゃんはちょこーっと怒っとるだけや。シグナムならきっと・・・」
『違うんです・・・あれ・・・』
「?あの遺跡がどうかしたんか?」
モニターに映る遺跡の様子に、彼女は怯えているようだった。
『うまく言えないんですけど・・・見たことあるような・・・』
「・・・ほんまか?」
『ごめんなさい、わかりません・・・曖昧で・・・。だから皆さんに言っていいものかどうか・・・』
「いや、ありがと。なんかわかったら言うて。恐がらんでええんよ」
すいません、マイスター。再び姿を消して鍵十字の中に戻っていくリインフォースの様子に気付いた者は他にいない。
(・・・ま、今はまだ黙っといたほうがいいやろな)
幸い、他の騎士達には特にあの遺跡を見て変化を生じさせている者はいなかった。
フェイトのことや、ユーノのことでただでさえごたごたしているのだから、なにかわかるまではこのことは胸にしまっておくべきだろう。
「はやてー」
寄ってきたヴィータの頭を撫でながら、はやては結構自分が難儀な位置にいるということを自覚し、思わず苦笑した。