『──それにしても、少し意外だわ。まさかあのシグナムさんのアイディアだなんて』
モニターに映る女性は、そう言ってころころと笑った。
相変わらず緊張感がないというか、楽観的というか。
上司のそんな締まらない様子に半ば呆れつつ、クロノは報告を続ける。
「・・・笑い事じゃないですよ。こっちは空気から何から大変だっていうのに」
『大丈夫よ、きっと。フェイトならきちんと立ち直ってやってくれるわ』
「だと、いいんですが・・・」
『心配性ねえ、あなたフェイトのお兄ちゃんでしょう?もっと妹を信頼してやりなさい』
「はい・・・」
『まぁ、用件はわかったわ。皆さんにも、フェイトが心配かけて申し訳ありません、って謝っておいて?』
「お願いします」
魔法少女リリカルなのはA’s −変わりゆく絆−
第四話 彼の者がために・後編
−アースラ艦内・訓練室−
(知らせるもんか・・・)
誰も居ない広いその部屋で、フェイトは一心に相棒の戦斧を振っていた。
自身の心にある怒り、悲しみ、悔やみ。
それら全てを、振り払うかのように。
『なのはの・・・・高町教導官の力なんて、いらない・・・・・!!』
自分の口から出てしまった言葉が、脳裏に蘇る。
何度バルディッシュを振るおうと、何度忘れようと努力しようと、それは消えることなくリピート再生されていく。
自分が後悔していることを、フェイト自身わかっている。
ユーノのことをなのはに連絡すべきだということも、そして昨日の出来事に頭を下げるべきだということも、確かに彼女の気持ちの中にあるのだ。
けれど。
(なのはにとって、ユーノは友達でしかないんだ・・・だったら・・・!!)
彼女にユーノのことなんか、任せられるわけがない。知らせたところで彼女は、大切な「友達」のことを心配するだけなのだから。
彼の気持ちも、決意も何も知らない彼女などには、けっして。
なのははその無垢すぎる残酷な心でユーノの想いを踏みにじったのだから。
ユーノがいないところで、無意識のうちに。
(知らせたって、何にもならないじゃないか・・・!!)
どうして。どうしてあの子はわからないのだ。
他の誰でもなく、なのはもユーノも、お互いの隣に寄り添っているのが、何より自然な二人だということを。
幼い日にほんの一時抱いたことのある想いも、二人のその姿を見て納得し終着させることができたフェイトだから、わかる。
きっとユーノはなのはでなければ。なのははユーノでなければ、だめなのだ。
それなのに、彼女はいつまでたっても気付こうとしない。
(どれだけユーノが傷ついて、私が我慢してたか・・・わからないくせにっ!!)
わかっていたら、「あんな事」言うはずがない。わかってないから、言えるのだ。
その拘りがフェイトに、自分自身の心が発する勧めの声に首を縦に振ることを拒絶させていたのだった。
独りよがりで勝手な独善かもしれない。大きなおせっかい、それでもいい。
なのはに謝らなければ、という気持ちも、激情によってどこかへ行ってしまっていた。
(ユーノは・・・ユーノは私が助けるんだ・・・!!!)
もう親友だろうとなんだろうと、なのはのことなんて知らない。ユーノのことは、この手で助け出す。
ユーノのことを友達としてしか見ていないのなら、ずっとそう思っていればいい。手助けなんて、いらない。
大切に想うだけなら、自分だってできる。ならば自分が助けようとなのはが助けようと同じではないか。
知らせてなんて、やらない。今はもう、なのはと顔を合わせたくない。
「なのはの・・・・馬鹿っ!!!!!」
こんな気持ちでは、ユーノが戻ってきて決意を遂げたとしても、きっと祝福したりなんてできない。
ぶり返した怒りによって目尻にかすかに浮んだ涙にも気付くことなく、必死にバルディッシュの素振りを続けるフェイト。
訓練に没頭することでこのやるせない気持ちを、少しでも忘れたかった。
「・・・?」
訓練室の自動ドアの音に、フェイトは手を止めた。
足音は大人のもの、しかも女性。金属の揺れる音も混じっている。だとすればここにくるとなると一人しか居ない。
「・・・・・ずいぶん荒れているのだな」
「・・・・シグナム。何の用ですか」
彼女は長年の好敵手に、振り向きもせずに応え、問うた。
「何、まだ時間はあるだろう?久々に・・・な。どうだ?」
模擬戦をやらないか────皆まで言わずとも、シグナムの言わんとしていることが、フェイトには理解できた。
そして、拒否する理由もなかった。
「たああああああっ!!!」
「・・・・」
緋色の剣士と、漆黒のマントが宙を舞い、その身を翻す。
二度、三度。斬り合う二つの人影は数瞬の鍔迫り合いの後、共に後方に飛び、距離を置いて停止した。
「・・・・どうした、テスタロッサ。太刀筋が鈍っているぞ」
「くっ・・・・・・・」
シグナムは表情を崩さぬまま、目の前の好敵手と認めた少女に指摘する。相対する彼女は大きく肩を上下させていた。
───彼女が言うのなら、そうなのだろう。こと剣や近接戦闘において、フェイトの知る限り彼女以上のスペシャリストはいない。
それを立証するかのように、どこか今日の模擬戦はフェイト自身もまた噛み合わないままだらだらと続けている感を持っていた。
双方、そう思っているのだから間違いはないだろう。
「やめだ」
「・・・シグナム?」
「やめだ、と言っている。これでは訓練にならん。体力と魔力を浪費するだけだからな。いや、もうしているか」
「っ・・・!!!」
一時間と少し、じっくりやった上でシグナムの吐いた言葉。それだけに言葉を向けられた彼女からしてみれば、屈辱だろう。
剣を下ろし、あえて落胆したかのような挑発的な態度をとりつつ、シグナムは思う。
だがそれでも、彼女には自分達を指揮する者として、しっかりしてもらわねばならない。
感情的な今の彼女ではなく、普段どおりの冷静で温和な少女に戻ってもらわなくては。
自分達だけでなく───彼女自身、普段は陥らないような危機に直面するかもしれない。
「お前がいつも通りでいてくれないと困る。でなければ、指揮を執られるこちらとしても迷惑だ」
「それは・・・・」
「何より」
「・・・?」
「主が困っている。お前は主にとって大切な友人だ。お前がそんなでは主が笑顔でいられない」
「・・・」
『フェイト執務官、データの解析が終了しました。至急ブリッジまでお戻りください。繰り返します・・・・』
時間切れだった。オペレーターや解析班の進めていた調査が終了したのだ。
たとえフェイトが模擬戦の継続を望んだとしても、もうそんな時間はないだろう。
「行ってこい、テスタロッサ執務官」
「・・・・・はい」
「少し頭を冷やしてくれると、ありがたいんだがな」
「・・・・・・」
「私は、信じているぞ」
その言葉は若干厳しいものでも、根底にあるのは自分よりも若い少女である指揮官への心配だった。
無言で立ち去る彼女に、シグナムの──いや、皆の意は少しでも届いただろうか。
(せめてもう少し、時間があればな・・・)
あいかわらず、なんと口下手なことか。
戦うという形でしかその思いを伝えることの出来ない自分が少し、歯痒かった。
けっしてフェイトの心を溶かすことができたとは言い難い。
レヴァンティンを鞘に収めると一応の結果を伝えるべく、シグナムはクロノへと念話を開く。
(───クロノ艦長)
(シグナムか?どうだった、首尾は)
(申し訳ない。正直、うまくいったとは言い難い)
(そうか・・・・いや、済まなかったな)
(いや・・・・彼女のせめてものガス抜きになれば、とは思ったのだが)
元々、そのつもりだったからこそ一時間もの長い間に渡ってつきあったのだ。
事情を知らぬままやっていたなら、ほんの数分と持たずにシグナムは呆れて模擬戦を放棄していただろう。
それほどに今日のフェイトは怒り任せ、力任せの大振りで隙だらけだった。
自分との模擬戦を通して普段通りの彼女を取り戻して欲しかったし、苛立ちを発散して欲しかったのだが。
第一段階としては芳しい結果とはけっして言えるものではなかった。
(・・・そちらは?)
(頼まれたことはやっておいた。幸いまだ本局に居たよ。引き受けてくれた)
(そうか・・・なら、よかった)
同時進行で進めていたクロノのほうはどうやら首尾よくいったらしい。
(シャワーを浴びてブリッジに戻る。主達もいるな?)
(ああ。・・・・シグナム)
(何だ、艦長)
(済まないな、妹のことで世話をかけて。遺跡内でもフェイトのことを頼む)
今更、何を当たり前のことを。
(・・・・・当然だ)
シグナムは軽く笑うと防護服を解き、待機状態に戻したレヴァンティンを手に、シャワールームへと向かった。