───まいったね、これは。
少年は自分に残った力でなんとか動かすことの出来る唯一の部分、首を廻して辺りを見回すと、心中で一人ごちた。
(本当に・・・・まるで力が出ないや)
以前になのはやフェイトの例を間近で見ていたから、情報として知ってはいたのだけれど。
六年前の「あの事件」の最中ならともかく、まさか自分が今更同じ状況に陥る羽目になるとは思ってもみなかった。
(まあ、発動した魔力自体は管理局でも感知してくれてると思うけど・・・)
眼鏡をかけたその文化系の外見に反しいくつかの修羅場はくぐってきたせいか、こんな状態でも不思議と彼はパニックにはなっていない。
(・・・助けを待つしか、ないか・・・)
だとすれば、少しでも体力は温存したほうがいい。魔法が使えない、今は特に。
いざという時、助けに来てくれた人達が自分の持つ情報を必要とするかもしれないのだから。
肝心な時に動けないのはまずい。
その判断の元、壁にもたれかかった姿勢のまま少年は瞳を閉じる。
(情けないもんだな・・・まったく)
何も変わっていない。あの子に頼りきりでサポートくらいしかできなかった、あの頃と、何も。
目蓋の裏に浮ぶのは、この仕事が終われば想いを伝えようと思っていた、想い人の姿。
こうなってしまってはまたしばらくはおあずけだろうか。
記憶してる限り彼女は別任務中のはずだから、この情けない姿を見られることがないのが不幸中の幸いではある。
「・・・?」
じゃり、と床の砂を踏む音と共に人の気配が室内へとやってくる。
どうやら、素直に休ませてはもらえないらしい。
「・・・・・」
それは、彼の予想した通りの人物。さすがにすぐに助けが来てくれるとは少年も考えてはいない。
片目だけ開きそちらの方を見る少年を、「彼女」はじっとみつめていた。
「この『宿』へとまた侵入者がやってきた・・・・・お前の、仲間か・・・?」
───『宿』・・・?宿、ね。なかなか気になる単語だ。
「さあ、ね・・・。けど君がその侵入者とやらを歓迎していないのは、事実なんだろう・・・?」
「・・・・・・」
───だんまり、か。ああもう。こっちはもう、口を開いてしゃべることすら億劫だっていうのに。
「僕としては、君が今目の前にいること自体、不思議なんだけどね」
───君は、なのはとフェイトの手で空に還ったはず。
「何故生きているんだ・・・・・・闇の書の・・・・いや・・・・・、リィンフォース・・・?」
魔法少女リリカルなのはA’s −変わりゆく絆−
第五話 仮宿
「ええい!!まぁたこいつらかい!!」
わめきながらも、鉄拳を叩き込む。強力な魔力の込められた拳に打ち据えられ、狼型をした獣は吹き飛び、跡形もなく四散する。
「やれやれ、ちまちまと・・・一体何匹出てくるんだよ、全く・・・」
敵の消滅を確認し、アルフほほっと息をつく。
「通路が狭かったのが幸いだな。あちらもそれほど多数でこちらを攻められん」
そういうシグナムもまた、向かってきた個体を一刀の元に斬り捨て、レヴァンティンを鞘に丁度収めたところだった。
「・・・・ザフィーラも、アルフも大丈夫?」
「は?何が。大丈夫だって。こんな奴らにやられるほどやわじゃないさ。な、ザフィーラ」
「・・・そういうことではない」
「へ?」
彼とシャマルの言葉の意味を図りかねるアルフ。
当のザフィーラは狼型の獣が叩きつけられ四散した壁のその場所を、なぞるように撫でていた。
「お前も気付いてはいるだろう・・・?奴らの素体となっているのは、我々と同じ種族の狼だ」
「あ・・・!!」
つまるところ、自分達が打ち倒し続けているのは、いわば同胞。シャマルの確認は、そのことに対する気遣いの言。
「けどさ!!」
「・・・無論だ。奴らに自分の意志はない。魔力で使役されているだけに過ぎん。そのようなもの・・・まして障害となるものを打ち破るのに、迷いはない」
「だが・・・気になるな。ただの偶然ならばいいのだが・・・。こいつらは、装備している装甲までザフィーラにそっくりだ」
「シグナム」
「お前はどう思う、テスタロッサ」
打ち倒してきた敵に沸き起こった疑問を、指揮官へとぶつけてみるシグナムであったが。
戦闘服に身を包んだ当の少女は、こちらを見向きすらせず、ただ一言、
「・・・別に。私達はユーノを助けることを第一に考えていればいい。任務を、第一に」
淡々とした声で応えただけだった。
無理をしているな───シグナムは相変わらずの彼女の冷徹な態度を、軽い失望と同時に密かにそう評した。
実際、遺跡内部組と待機組に別れ任務を開始して以来。
出発直前の模擬戦同様、彼女の動きには本来のキレというものが全く感じられなかった。
はっきりいって、本調子には程遠い。フェイトの持つ責任感の強さや正義感の強さが、完全に裏目に出てしまっている。
「急ごう、ぐずぐずしてる場合じゃない。シャマル、ユーノの反応は?」
「え?あ、えっと・・・やっぱりわからないままです。多分何らかの理由で魔力が大きく低下してるものと・・・」
「そうですか」
しかしそれでいて、申し訳なさそうに報告するシャマルとは対照的につとめて冷静さを装っている。
満足とはいえないであろう返事の内容への落胆も、不安そうな素振りもけっして見せようとはしない。
すたすたと歩き出すフェイトは普段通りではない分、冷静で容赦のない、執務官としての仮面を深く被ってしまっている。
その仮面をはがすのは、容易な作業ではないだろう。
「フェイト・・・」
「フェイトちゃん・・・・?」
・・・否、そのように感じているのはシグナムだけではなかった。
助けを待つ友と、自ら拒絶した友。二人の間で揺れる彼女が自分の選択に対してその仮面の下で葛藤し、相当の無理をしていることは
アルフもシャマルも、戦闘以外で他人に対してあまり興味を持たないザフィーラさえもが気付いていた。
「・・・たしか資料通りなら、この先に少し開けた空間があるはず。何かあるとすれば多分そこ。みんな、気をつけて」
先程現れたような使い魔の類が、今度はもっと大きな集団で仕掛けてくるかもしれないし、何か他の障害となる仕掛けがあるかもしれない。
遺跡内では何が起こるかわからないのだから。
あくまでも冷静な「指揮官」として一同に注意を促す彼女は今度もやはりシグナム達の方を見ようとはせず。
皆の方に向けられた普段からけっして大きくはない背中は覇気に欠け、いつもより遥かに儚く、頼りなげに見えた。
それこそ、シグナム達が指摘された自分達のことよりも言った彼女自身への心配へと、その思考回路を傾けるほどに。
・・・・・だからであろうか、烈火の将をはじめとする守護騎士三人が感じているはずのわずかな違和感に対して──ほんの微かな既視感を気付かずに無視してしまったのは。
その感覚は、普段通りであったとしても気付くかどうかは微妙なほど小さく、注意深くしていなければわからないであろう代物。
今自分達が「ここ」に居るのが当たり前という感覚、仲間の姿と酷似した敵。友の姿を感知できぬデバイス。見たことのない場所に対して抱く懐かしさ。
あるいは、リィンフォースの感じたことを直接彼女達が聞いていればそれらの奇妙な違和感に思い到ることが可能であったのかもしれない。
けれど重なったいくつかの要因によって、一行はその違和感に気付かぬままフェイトの後を追い進んでいく。
と。
殿をつとめるアルフの姿が通路の向こうに消えると同時に、その変化は表れた。
───『第二次防衛プログラム、起動』───
発動の証たるトリガー・ヴォイスが響き、彼女達の通り過ぎいなくなった暗い通路を、
漆黒にきらめく暗黒色の光──表現としては奇妙であってもそれ以外に表現できぬ、輝きを放つ正に「黒い光」──が、満たしていく。
光は徐々に集まり、ヒビだらけで砂塵にまみれた床面へと、何かの図形を描きだす。
三つの円を頂点に頂く、三角形の紋様の独特の形をした魔法陣。
そして内部に刻まれたルーン文字はミッドチルダ式のそれとは、明らかに異なった形、配列で。
「・・・・広域結界、発生」
「空間、封鎖」
今では廃れた技術、現在ではシグナムやはやて達を含めてごく少数しか使い手のいないレアな術式。
『ベルカ式魔法陣』、その特徴的な形状をした印を結び利用することができる人間は、限られている。
なのに、朽ち果てた通路の床に浮き出るそれはひとつではなく。またひとつ、ふたつと増えていく。
「夜天の主が庭」
「蹂躙、させはしない・・・」
そうやって描かれた四つの魔法陣の上に降り立った影もまた、四つ。
一様に黒い衣服を身につけ、流れるような銀色の髪をした、女性の姿をして。
在りし日の「彼女」の姿そのままに、手の内にはそれぞれ、一冊の分厚い本を持っていた