それは命令無視に対するものか、はたまた余計なおせっかいに対する怒りか。
「・・・どういう、ことですか・・・・!!」
怒気を含んだ表情の少女は掴みかからんばかりの勢いで、緋色の髪の女性へと詰め寄り。
無言に佇む彼女を一方的に、問い詰めていた。
「・・・・」
「どうしてスターライトブレイカーが、なのはが・・・・!!」
「フェ、フェイトちゃん、あのね、それは」
「シャマルさんは黙ってて下さい!!私はシグナムに聞いているんです!!」
少女の激しい剣幕にも、壁際の剣士は無言で目をつぶったまま。
彼女の舐めきったようなその態度が一層、フェイトの心を苛立たせる。
「なんとか言ったらどうなんですか!!シグナム!!」
魔法少女リリカルなのはA’s −変わりゆく絆−
第十話 親友
「あなたが・・・呼んだんですか・・・!?」
夜天の書の予備デバイス、彼女達の結界を破壊したスターライトブレイカーの衝撃は、
フェイト達のいるこの石室にまでその術者の魔力波動を伴って届いていて。
轟音と地響きの中、来るはずのない増援────高町なのはの到着を彼女達に知らせ、
同時に側らで壁に身を預けていた女性の呟きと相まって、未だ整理のつかぬ綻びたフェイトの心を改めてかき乱していったのであった。
「・・・いや?『呼んだのは』、私ではないぞ」
「やっと、来たか」────、白服の砲撃魔導師の魔力を感じた彼女は、確かにそう言っていた。
ぼそりと、聞こえるか聞こえないかというくらいの、それでいて少女が聞き逃さない程度のはっきりとした大きさの声で。
聞いた少女が彼女を問い詰めるであろうことを、明らかに見越した上での、呟くような発言だった。
「ただ、お前の様子が変だったのでな。クロノ艦長に任務前の空いた時間にでも母君に相談してみるよう進言はしたが」
「な・・・・!!」
激昂しかかっている・・・いや、もうしているフェイトとは対照的に。
半ば挑発的ともとれるあくまで冷静な口調でシグナムは彼女の詰問に答えていく。
「まあ、その時にスクライア司書の話題でも出たのではないか?リンディ提督は世話焼きだからな。大方あの人が高町に気をまわして──・・・」
「ッ・・・あなたって人は・・・・!!」
いけしゃあしゃあと言ってのけるシグナム。
わざと怒りを煽っているのかとすら思える彼女の物言いに、フェイトはただ拳を握りしめることしかできない。
いつ爆発してもおかしくない彼女の様子に、見守るアルフもシャマルも、シグナムと交互に見比べておろおろするばかりだ。
「怒っているのか?」
「ッ・・・・当たり前です!!余計な・・・・!!」
「なぜだ?」
「それは・・・・ッ!!、その・・・だって・・・・」
しかしシグナムに逆に訊かれ、フェイトは口ごもってしまう。
先走った感情が手前勝手なものであることを彼女自身どこかで自覚しているからこそ、答えられようはずもない。
なのはに会いたくない、任務に参加させたくないという自分の我侭以上の説明を感情的になったフェイトがするのは、不可能であった。
ユーノのため、なのはのため。任務に必要のない余剰戦力。どんな言葉で取り繕おうと、結局その怒りの理由はフェイトの気持ちにあるのだから。
そんな自分のことをフェイトは、自己嫌悪していた。
「だって、なのはは!!」
───なのはは、ユーノの事を。
「・・・高町が、どうした?」
「・・・・なのは、は・・・」
想いだけが、先走って。
内にある感情が、言葉となって出て行かない。
───ユーノの想いを、何度も、何度も傷つけて。私の気持ちも知らないで。
誰より彼女のことを想う少年の心を察せず。
応援すると決めた、フェイトの心にも気付かずに。
いつまでも、いつまでも。
大好きな彼女の笑顔が、今このとき、浮んでくるに到っては腹立たしい。
「なのはは・・・・」
俯く彼女の目尻には、僅かに涙が溜まっていて。
先ほどからきつく握りっぱなしの拳を下ろし、肩を震わせる。
「・・・私も少しばかり姑息な手だとは、我ながら思ったよ。だがな」
「・・・」
さすがにやりすぎたと思ったのか壁から離れフェイトの肩に手を置き、シグナムは諭すように語り掛ける。
彼女だってフェイトを、傷つけるためにやっているわけではないのだ。
「頑ななままでは、いけないのではないか?彼女ともう一度話してからでも遅くはあるまい?」
「でもっ・・・・」
「フェイト・・・」
無論口下手を自覚する彼女だ、感情的になっている今のフェイトを自分一人で鎮めようとは思っていない。
シグナムもせいぜい、己を布石のひとつ程度にしか位置づけてはいなかった。すべては本人同士で解決すべき問題。
自分はその準備をして少しばかりの手助けをする、ただそれだけだと。
───そして。
「・・・まぁ、あとは本人の前で・・・」
「言うたらええんとちゃうか?」
「!!」
「主はやて」
意識してか足音を殺し、彼女達が到着する。
「・・・ごめんな、フェイトちゃん。みんなに話したんは、私や。けど、後悔はしてないから」
スターライトブレイカーの炸裂からそれほど時間が経っていないのは、守護騎士達と彼女が「繋がって」いて、
迷うことなくここまでこれたからであろう。自身の身体を抱くように腕を組み立つはやては、すまなそうな表情でフェイトへと謝罪し。
一転厳しい表情を向けてから、彼女の入ってきた石室の入り口のほうへと軽く頷いて合図を送る。
「・・・さっきから大体、聞いてたから。言いたいことがあるなら、きちっと本人に向かって言うたほうがええよ」
はやての合図を受けたその先は薄暗く、僅かに人影が二つあるのが見えるだけ。
シャマルのクラールヴィントが微かに照らすこの部屋からでは、その顔までは確認できなかった。
にもかかわらず、当然と言うべきなのだろうか、フェイトは見るまでもなくそこにいるのが誰か、理解していた。
この期に及んでシグナム達が彼女を欺いてまで呼び込む相手なんて、一人しかいないのだから。
「フェイト・・・ちゃん・・・」
紅の鉄騎を伴って光の下に歩み出たのは、フェイトがおそらく、今一番会いたいと思っている。
また一方で、今一番顔を合わせることを恐れ、会いたくないと思っている相手。
「・・・なのは」
二日ぶりの親友との顔合わせは、お互いひどい顔だった。笑顔で笑いあうなんて、できるはずがない。
彼女のことだからここには単純に自分やユーノ、仲間達のことを心配して駆けつけてくれたのだろう。
しかしなのははフェイトとシグナムのやりとりを聞いてしまっている。
未だフェイトの心に抜けない棘となって残り続けている憤りの感情を、知ってしまっているのだ。
そのことが如実に現れている顔でそれでも、おそるおそるこちらへと面を向けるなのはに対し。
フェイトは、顔を合わせることができなかった。そして、しなかった。
* * *
「フェ・・・フェイト、ちゃん、あの・・・」
気付かなかった。これほどに彼女が、怒っていただなんて。
「・・・・」
彼女が視線を逸らし、こちらの顔を見ようともしないのも、無理もないのかもしれない。
影から聞いていた彼女の声は、聞いていてこちらが辛かった。聞いていたから、フェイトの怒りを改めて実感した。
「えと・・・」
「・・・・」
まだ潤んでいる瞳が痛々しくて、なのはは親友をこんなに傷つけてしまった自分を、悔いた。
───謝らなければ。まず、そう思った。
「あの、ね・・・?ごめんなさ・・・」
「やめて・・・」
「・・・え?」
謝ってすぐ、赦してもらえるなんて思ってはいなかったけれど。
少女はなのはの、謝罪の言葉すら拒否していて。
「やめて、よ・・・。謝らないで・・・。私、なのはのこと、嫌いになりたくないよ・・・」
「フェイトちゃん・・・?」
「なのはの顔、見てればわかるよ・・・。なのははまだ、わかってない」
フェイトが悲しげに憤り、顔を背け涙するその理由。あの日、彼女の頬を張った意味を。
なのははまだ、そのことが何一つわかっていない。謝罪なんて、聞きたくない。
「そんな、ことは・・・・」
「そんなことないって、言うつもり?やめて」
図星を衝かれ、なのはは視線を空に泳がせた。
「今のままでごめんなんて言われたら、私、なのはのこと赦せない。私自身のことも赦せないよ」
「・・・どういう、ことなの・・・?」
彼女がなのはのことを赦せないというのはわかる。けれど、フェイトがフェイト自身のことを赦せない。
それは一体どういうことなのか、なのはには解せなかった。
「・・・なのはが本当に謝らなきゃいけないのは、私じゃないでしょ・・・?」
「・・・・」
わからない。
フェイトは一体、何が言いたいのだろう。
「お願い。もう、気付いてあげて・・・」
「え・・・」
彼のことを。どうか彼の想いを。
そして、あなた自身の想いを。きっともうとっくにあるはずのひとつの想いに、気付いてほしい。
「答えて、なのは」
───あなたに、とって。高町なのはという、少女にとって。
「なのはにとって・・・ユーノは、何なの?」