「く・・・この・・・」
───動かぬこの身体が、腹立たしい。
(なのはが・・・来てるかもしれないってのに・・・!!)
少年の焦る心を、その右腕は反映せず、わずかに地面から持ち上がったかと思うと、再び糸が切れたように重力に身を任せ落下する。
遺跡のほぼ最深部に位置するこの場所にも、先刻の揺れは確かに響いていた。
同時に、フェイト達が感じたものに比べれば遥かに微弱なものではあったけれど、
その原因となった砲撃魔法の魔力の残滓も到達していて。
彼もまた、想い人の到来を知る。
「・・・知らせ、なきゃ・・・」
彼女が来ているのなら、自分の居る、この場所を。
伝えなくては、少しでも彼女達が、危険から遠ざかるよう。
「っく・・・・」
ほんの目と鼻の先に転がっている、茶に汚れ膨れ上がった大型のザック。
あの中には発掘用に持参したいくつものデバイスが眠っている。
(魔力が・・・奪われて、感知できないなら・・・!!)
最初からその内に魔力のあるものを使って、感知できるようにしてやればいい。
自分の魔力が感知できないほど弱まっているなら、別の魔力で以って気付かせればいい。
持参したデバイスひとつひとつに込められた魔力は小さくとも、全部かき集めて暴発させれば、
遺跡内という閉鎖空間でなら十分、彼女達が気付くくらいの濃度と大きさにはなるはずだ。
方法は、それで問題ない。しかし。
「・・・・っご、けぇ、・・・!!」
その目と鼻の先まで、右腕が動いてくれない。
あと十センチ、いや、五センチ程度だというのに、力が、入らない。
(くそ、ぉ・・・・)
情けない。
自分が彼女の力になれるほど、強くないことは知っていたけれど。
そればかりか、己のとった行動によって彼女を危険に晒し、それに対して何もできないなんて。
情けないにもほどがある。
魔法少女リリカルなのはA’s −変わりゆく絆−
第十一話 彼女の結論、それは失望
「なのははユーノのことを・・・『友達だから』、心配するの・・・?」
「どういう、ことなの・・・・?わかんないよ・・・」
「答えて・・・お願い・・・。なのはにとってユーノは、友達?それとも、もっと別の存在?」
ユーノ・スクライアという少年が、なのはにとってどういう存在か。
親友の問いの意味を、なのはは図りかねていて。
気付かぬうち、最悪の返事を親友へと返す。
「どうして、ユーノ君が出てくるの・・・?怒ってるのは、フェイトちゃんでしょ!?」
「・・・」
「一昨日だって!!おかしいじゃない!!『ユーノが可哀相』って、どうして?
なんでユーノ君のことでフェイトちゃんが怒るの!?私とユーノ君が友達でいちゃ、いけないの!?酷いよ!!」
──酷いのは、どちらか。
それは、彼女がフェイトの真意を知っていたのであれば、開き直りにしか聞こえない言葉であっただろう。
だが、彼女は純粋に、わからなかった。何故、フェイトが、自分の親友が。
互いの共通の、大切な友人との交友関係に憤りを覚えるのかを。
彼女も、ユーノも大切な友達だ。それの、どこがいけないというのか。
偽らざるその思いは、致命的な言葉となってフェイトの心へと入り込んでいく。
「・・・そ、う・・・。やっぱりなのはにとって、ユーノは『友達』なんだ・・・」
「そうだよ!!フェイトちゃんもユーノ君も、とっても大事な友達だよ!?それがいけないの!?ねえ、どうして!?」
「友達・・・・・、か・・・・」
──ああ、そうか。結局なのはにとって、ユーノは。
「・・・なのは、一昨日自分が言ったこと、憶えてる?」
「え・・・?」
「『ユーノ君が友達でなくなることなんて、考えられない。ずっとずっと、いつまでだって、大切な友達だよ』───」
ユーノはそう、彼女にとって、なんのことはない。自分やアリサ、すずか。はやてやクロノと同じ。
そんな存在でしかないんだ。
「・・・・そういうことで、いいんだね?」
フェイトの声からは、先ほどまでの激しさ、感情的な部分が殆ど全く、抜けていて。
口元には微笑さえ浮かべ、力の入っていない言葉でなのはへと語りかける。
事実への直面がつらくて、悲しいのに。
涙は一滴も出なかった。
「フェイト、ちゃん・・・・?」
嵐の前の静けさにも似た、穏やかな口調。
再び気持ちが沸騰する前の、ショックと後悔の、一時的な底冷えの感情。
「・・・・ユーノは、どう思ってるのかな?」
「・・・え?」
「やっぱりユーノが、可哀想・・・だよ・・・」
「ユーノは・・・・ユーノは!!」
「フェイトちゃん、それ以上はあかん」
急激に頭にのぼっていく血が、沈静化した激情を燃やしていく。
まずい。フェイトが何を言わんとしているのか理解したはやてが彼女の肩を叩き、自制を促すが。
「ユーノは!!なのはの、ことが・・・・」
「あかんて、うちらが言うことやない」
止まらない。止める気はない。
一言、彼がどれだけ辛い思いをしてきたのか言ってやらなければ気が済まない。
彼女に自分のとってきた行為の残酷さを気付かせるまでは、止められない。
「テスタロッサ、よせ」
「なのはの、ことが・・・」
そして、遂に。
(・・・・ユーノ・・・・ごめん・・・私もう、我慢できないよ・・・)
「あかんて!!フェイトちゃん!!」
「なのはのことがずっと、好きだったんだよ・・・・!!」
───────・・・彼女は、言ってしまった。
「え・・・?」
けっして言ってはならなかった一言。
彼自身が伝えるまでは何人たりとも侵してはならなかった、彼の想いを。
フェイトは勢いに任せ、高ぶった感情のままに、言ってしまった。
「ずっとずっと、なのはのことが!!世界中の誰よりも大切で、好きで!!なのはだけを見てたんだよ!?」
「フェイトちゃん!!」
六年間、誰よりも側で、誰よりも長く二人の事をフェイトは見てきた。
二人の事を大切に想い、結ばれることを願って応援していた、彼女であるが故の吐き出すような怒り。
「う・・・そ・・・」
「・・・・嘘なんて、言うと思う・・・?」
フェイトの性格を一番よく知っているのは、他でもないなのはだろうに。
「なのはは自分が・・・どれだけユーノにひどいことを言って、やってきたか、わかってるの!?」
「っ・・・それは・・・わたし、知らなくて、気付かなくて・・・」
「私は・・・なのはもユーノも、大好きだから・・・!!二人に幸せになって欲しかったから!!なのに・・・!!」
なのになのはは、今。自分の言葉で、はっきりと。ユーノの想いを否定した。
これまで幾度となくそうしてきたように、自覚せぬまま、気付かぬうちにおいて。
今現実を知り、パニックに近い状態になっているのだろう。
フェイトはそれを、赦せない。
もう彼女とユーノの仲がどうなろうと、知らない。
「・・・もう、いいよ・・・」
結局のところ、彼の想いも、自分の応援も、徒労に過ぎなかったのだ。
なぜか開放されたような、空虚感を味わいつつ。
少女は自分にも、親友にもただ失望し、脱力して天を仰いでいた。
疲れた、という表現が一番、今の彼女の心には適切かもしれない。
勿論、その疲労感は、心地よさなどとは無縁の代物であった。