「・・・はやてちゃん、わたし、どうしたらいい?」
「なのはちゃん・・・」
気付けなかった、愛しき人に。
傷つけてしまった、親友に。
「フェイトちゃんに・・・ユーノくんに、あやまらなきゃ、だよね」
気持ちを伝えて、ちゃんと言わなくちゃ。
「ごめんなさい、って。どうやって謝ったら二人とも、赦してくれるかな・・・?」
──今更、赦してくれるだろうか。
「大丈夫や」
「はやてちゃん・・・」
「なのはちゃんの心からの気持ち、思いっきりぶつけたったらええ。きっと、わかってくれるで」
「・・・・うん・・・」
『holding out, my master』(頑張って下さい、主)
「レイジングハート・・・そうだね・・・。あなたにも、心配かけちゃったよね・・・」
そう───謝らなくてはならないのは、フェイト達に対してだけではない。
目の前のはやてや、レイジングハート。戦ってくれているシグナム達。帰りを待つアリサとすずかもだ。
心配をかけたみんなに、心から感謝し、謝罪しなければ。
「そや・・・なのはちゃん。やから・・・」
「うん・・・行こう。フェイトちゃんのところに。それに・・・」
行って、ユーノを、助け出す。そして、想いを伝え、想いに答えなくては。
みんなに心からの「ごめんなさい」をするためにも。
「ユーノくんのところに・・・行かなくちゃ・・・!!」
魔法少女リリカルなのはA’s−変わりゆく二人の絆−
第十四話 きっと、終わりははじまりの歌
戦闘の最中フェイトは、自身の内にある疑念とも戦っていた。
それは少しでも気を抜けば、全身を覆いつくしてしまいそうに、どす黒く。
夜天の書のバックアッププログラム達と刃を交えながら抗うには、あまりに強大であった。
(私は・・・私は!!どうしたかったの・・・!?なのはと・・・ユーノに・・・!?)
戦闘に意識を遣れば、心が凍ってゆき。
心中の葛藤を押さえ込むことに集中すれば、太刀筋が鈍る。
自然、夜天の書たちの攻撃に押し込まれ、隙を見せることが多くなっていく。
「何やってんだよ、テスタロッサ!!よけーな体力と魔力、使わせんじゃねー!!」
「っあ・・・・!!」
夜天の書の蹴りを間一髪回り込んだヴィータがグラーフアイゼンで受け止め、フェイトを怒鳴りつける。
だがフォローに動き回る彼女の叱責も、彼女を立ち直らせるには、自責を振り払うには至らない。
むしろフェイト自身の疑う己の醜い心と合わさって、余計に彼女にフェイトという少女の器の小ささを
錯覚させ、闇を深めていく。
そしてその深まった闇は、更に彼女の動きを、心を束縛し、戦況を悪化させる。
最悪のループに、フェイトは陥っていた。
(なのは・・・私は・・・なのは・・・)
最低だったのは、私のほうだったのかもしれない。
『sir!!』
「!!」
罠に気付けなかったのも、本来の彼女ではなかったから。
ブラッディ・ダガー。先ほどもシグナムがダメージを受けた、高速で飛来する攻撃魔法。
彼女は360°、ありとあらゆる方向を真紅に染め上げられた短剣に、囲まれてしまっていた。
(しまった・・・!!)
ソニックフォームを──いや、逃げ場がない──そうだ、ディフェンサーで───
鈍った思考回路よりも、夜天の書の放った一撃のほうが早かった。
バルディッシュを翳し、ディフェンサー+を発生させるより先に、翡翠色の鎖が彼を保持する右腕を絡めとっていて。
「ストラグルバインド!?ユーノの!?」
用意しかけていた防御魔法の術式が鎖の付加効果によって、キャンセルされる。
相手の使った魔法がユーノのものであったということに頭が一瞬、真っ白になる。
気がついたときには、次の防御手段を講じるヒマはなかった。
「テスタロッサ!!」
「フェイトッ!!」
「ブラッディ・ダガー・・・穿て」
(なのは・・・ユーノ・・・!!)
来る───フェイトは一瞬の後に自身を襲うであろう衝撃と激痛を予感し、身を強張らせ、きつく目を閉じた。
* * *
「・・・・!?」
────だが、彼女の身を襲ったのは、弾着の爆音と、僅かに揺れる、爆風の衝撃のみ。
覚悟していた痛みもダメージも、くることはなかった。
「・・・・?」
これは一体、どういうことだ。
恐る恐る目を開き、辺りを見渡したフェイトの周囲は煙に覆われ、確かに夜天の書のブラッディダガーが命中したことを告げている。
「え・・・!?」
しかし、爆風の熱さとむせ返るような煙しか、彼女の元には届いてこない。
その理由は、煙が晴れたその先にあった。
いや───いた、と言うべきか。
「あ・・・あ・・・」
二人が、立っていた。
自分の心無い言葉に傷つき、己を責めて膝を折った、純白の砲撃魔導師が。
本来ならフェイト自身がやらねばならない彼女との対話を引き受け、少女の元に残った夜天の王が。
二人の頼れる親友が、周囲に数十個もの桜色の光弾を従え、煙の晴れたその先に立っていた。
フェイトへと迫り来る血濡れの短剣は、
少女達の放った高速の誘導弾──アクセルシューターとディバインシューターによって、一つ残らず、叩き落されていたのだ。
「なのは・・・はやて・・・」
自身へ襲いかかる脅威をすべて撃墜してくれた親友二人の、その名を、呼ぶ。
「───フェイトちゃん!!」
「!!」
自分が傷つけた少女は、笑っていた。
強がりでも、痛々しい我慢の笑顔でもない。強い眼差しの、凛とした表情で、笑っていた。
心からの、笑顔で、フェイトへと伝えるべき言葉を、想いと共に彼女へと向けて放つ。
「フェイトちゃん、わたし!!わたし、さっきの答え、撤回するから!!」
「───え・・・」
「ごめんなさい!!でも、聞いて!!」
レイジングハート・エクセリオン、カートリッジ・ロード。
突入時と同じくエクセリオンモードへと変型したその先端に、今度はストライクフレーム───やはり、桜色の刃が展開する───。
同時に彼女の隣にいたはやては跳躍し、フェイトへとその拳を振り下ろそうとしていた夜天の書を、右手で展開したシールドで遮る。
二人の邪魔はさせない、とばかりに。
(はやて・・・)
(もう・・・大丈夫や。なのはちゃん・・・たどり着いたで)
(・・・!!)
(だから・・・フェイトちゃんももう、赦したって・・・、な?)
「わたし・・・ユーノくんが好き!!だけどそれは友達としてじゃない!!ユーノくんのことが、世界中の誰よりも、大切な人だから!!」
「なの・・・は・・・!!」
「高町なのはは・・・・ユーノくんのことが、大好きですっ!!」
* * *
──好き。
やっと、言ってくれた。
なのはが、気付いてくれた。
濁っていた心が、すっと、透き通っていくような気がした。
なのはが、ユーノのことを好き。
その、なんでもないような一言で。
(これで・・・よかったんだよね・・・)
自分の心のもやもやが何だったのか、わかったように思えたから。
結局自分は、中途半端が嫌だったんだ。
なのはのことも、ユーノのことも大好きだったから。
フェイトだってユーノのことを、友達としてではなく、好きだ。
なのはのことは親友として、同じくらい、好きだ。
だから二人の事を応援していたけれど、同様に一方で、二人に対する想いに、心のどこかにある軸がわずかに歪んでいたのだろう。
二人が、いつか幸せになってくれるまで。
自分はただ、応援し続けよう。
そう、納得したつもりになっていたせいで。
宙ぶらりんな自分を嫌悪する心があったことに、気付けなかった。
好きな人達を応援しながら、一方通行の好意を、諦めきれない自分が嫌だったということに。
未だユーノに対するほのかな想いを抱えていながら、二人の事を応援するという欺瞞に、蝕まれていた。
あの歯痒さはなのはに対するものであったのと同時に、自分自身に対してのものでもあったんだ。
自分の想いに決着をつけられないままだったことが、すごく中途半端で、嫌だったんだ。
だからあの時、なのはがユーノのことを「友達」と言った時、終わった。そう思った。
あの開放感は、一応の決着がついたことによるもので。
爽快感がなかったのは、きっとユーノもなのはも、望んだ結果にならないであろうことがわかっていたから。
もちろん、私も。
ユーノが自分を選ぶなんてこと、あり得ない。そんなユーノだったら、好きになってない。
なのはをただ好きなユーノだから、好きになったんだ。
うん。これで、いいんだ。
これでいい。
決着が、ついて。終わって。
やっと、はじめられる。
私も、なのはも、ユーノも。きっと。いや・・・絶対に。
なのはが気付いてくれたから。
私もこの想いを、終わらせることができる。
二人の親友として見守る、素直に祝福することのできる自分をもう一度、はじめられる。
零れた涙は九割の喜び、祝福と、一割の、失恋の悲しみ。
けれどそれに辛さはない。すごく、すっきりした涙が頬を伝っていた。
───さあ、ユーノが、待っている。なのはを・・・彼の元に、送り届けよう。
それが今の私が二人のために望み、できることで。
やらなければならないことだから。
彼女の道を切り拓く、剣として。
彼女と自分にとって、大切な人のもとへの道を、開けてみせよう。