「・・・よし」
なのはの姿が、広間を越えて。細く暗い通路の向こうに消えたのを見届けたフェイトは、
改めて金縛りに遭ったように動きをとめる彼女たちの方へと向き直った。
「リインフォース!!もういいよ、お疲れ様」
『はい!!』
ハッキングの維持に疲れたのだろう、はやての肩の上に少女はぺたりと座り込み、
大きく息をつきながらもフェイトの労いに、笑って応えてみせる。
「・・・」
行動を阻害していた外部からの圧力が解除された夜天の書達の周りに、再び狼の守護獣が
その数を増していく。ハッキングを受ける前と、ほぼ同じくらい、いや、それ以上に。
(好きなだけ、ユーノと話してきてね。頑張って。こっちはこっちで、うまくやるから)
だが、フェイト達はその光景にも、随分と落ち着いていた。
行かせるべき人を行かせ、やるべきことをやったという達成感が彼女達を、
これ以上ないというくらいに元気付け、また冷静にさせていた。
「・・・行くよ、みんな。なのはがユーノを連れてくるまでに終わらせる・・・!!それからみんなでこの遺跡を止めて、戻ろう・・・!!」
魔法少女リリカルなのはA’s−変わりゆく二人の絆−
第十六話 独りぼっちの夜の闇が、やがて静かに明けていく
「───・・・ユーノ君っ!!」
最奥の部屋へとたどり着くなり、なのはは駆け出していた。
辺りを見回すでもなく、血眼になってさがすでもなく。
まっすぐ先の、柱と一体になった崩れかけの壁の根元に彼がいるのが、真っ先に飛び込んできたから。
自分では冷静なつもりでも、はやる気持ちは抑えられなかった。
酷い怪我、してないだろうか。
目を開けてちゃんと、自分のことをみてくれるだろうか。
心配は、いっぱい、いっぱい。
色んなことを謝らなくちゃ。
自分の言葉で、言わなくっちゃ。
気付かなくて、ごめんなさい。
守れなくて、ごめんなさい。
伝えられなくって、ごめんなさい。
彼のことが、大好きだ、って。
届けなくちゃならないことだって、いっぱい、いっぱい。
彼の笑顔が見たい。
彼と心行くまでしゃべりたい。
想いが、たくさんありすぎて。
脇目も振らずに彼の元へと駆け寄っていくなのはは、そのわずかな距離さえももどかしかった。
「ユーノ君、ユーノ君っ!!しっかりっ!!」
眠っているように頭を垂れていた彼は、肩を揺すり、呼びかけてくる少女の声に。
ほんのわずかに精一杯顔を上げ、無理をした笑顔をなのはへと返してみせた。
「やぁ・・・きて、くれたんだ・・・」
「ユーノ君!!・・・どこか怪我とか、してない!?」
「だいじょうぶ・・・リンカーコアを抜かれただけだから・・・。動け、ないけどね、ほとんど」
「ほんとに!?無理、してない!?」
「ああ・・・ほんとだよ・・・。平気・・・」
ユーノは、苦しそうにしながらも、震える指先を出来る限り持ち上げて。
涙目のなのはの頬を、包み込むように撫でてくれた。
「ごめん・・・迷惑、かけて。格好悪いところばっかりで」
「ううん・・・いいの。無事でいてくれたから。それに、わたしのほうこそたくさん謝らなくちゃ」
「え・・・・?」
頬をなぞる彼の手の温もりが、愛おしい。
なのはは落ちていきそうに力の篭らないユーノの右手を、大事に両の掌で支え、握って。
万感の思いを込めて、目を閉じて伝える。
「ユーノくんは・・・ずっとずっと、そばにいてくれて。わたし、それが当たり前だと思ってたんだ」
「なのは・・・?」
「だけど、ほんとは気付いてなかったんだ。知らなかった。気付けなかった。だから、ごめんなさい」
レイジングハートが待機状態へと戻り、なのはの首にかかる。
邪魔してはいけない───彼女もまた、気を遣ってくれたのだろう。
ありがとう、そう心中でなのはは愛機へと小さく礼を言った。
「あの日、六年前出会って。魔法を教わって。この子、レイジングハートを受け取ってから、ずっと。
管理局にお互い入って、仕事をするようになってからも、ユーノくんがいなくなるってことはなかったから」
「・・・」
「フェイトちゃんに言われたんだ。『なのははユーノのこと、どう思ってるの?』って」
「フェイト、が?」
「うん・・・。最初、なんでそんなこと聞くのかわからなかったんだ。だけど」
──だけど、今は違う。
「フェイトちゃんに怒られて、はやてちゃんや、みんなにいっぱい迷惑かけて。やっと、わかったんだ、わたし」
「・・・」
「その『当たり前』を、ずっと守っていきたいの。これからもずっと、そばにいてほしい。ユーノくんに。いや、いてくれなきゃ嫌だ」
「なのは・・・」
「わたし、ユーノくんのそばにずっといたいから。守って、守られたい。どんなことがあっても」
それって、つまり。
見つめ返してくる彼のきれいな目は、なのはが何を言おうとしているのかをなんとなく、察しているようにも見えた。
でも、ここで止めてはだめ。
今まで困らせてきたぶん、しっかり、伝えることを伝えないと。
気付いた想いを、言葉にして。
「・・・大好きだよ、ユーノくん。世界中の誰よりも、大好き。ずっと、なのはの大切な人でいて欲しいんだ」
* * *
言った時は、不思議と気恥ずかしさはなかった。
告白だなんて、生まれてはじめて。やったことなんて、あるわけがないのに。
ほんのり顔が火照っていたけれど、恥ずかしさよりもただ、言うことができたということに、
満ち足りていた。
今までさんざん気付かなくて、何を今更と思われるかもしれない。
ふざけるなと、断られる可能性だってある。
それはそれで、自分の蒔いた種なのだから、仕方ない。
けれど自分がユーノのことが好きであると気付いた事実は、変わらない。
そのことを伝えられただけで、満足だ。
彼がどんな返答をしようと、それを自分はきっと受け入れるだろう。
「・・・なのは」
しばらく、だまりこくっていた彼が、小さくなのはの名を呼んだ。
「もう・・・少し、こっちに、きて」
「・・・うん・・・」
頬に当てていた彼の右手をそっと下ろし、なのはは既にずいぶん近かったユーノへと、
更に身体を近づけていく。二人の距離はほぼ、密着しているといってもいい状態になった。
「く・・・」
「ユーノ、君・・・?」
距離が近すぎて、彼が何をしようとしているのか一瞬、わからなかった。
「───え?」
するり、と音を立てるように、髪をサイドでまとめていたリボンが解かれ、
横ポニーの髪形がさらさらの、本来の長いストレート・ヘアーにほどけた。
「これ・・・」
「え、と・・・?ユーノ君・・・?」
そして彼は覚束ない手つきながらも、懐に手をやり、一つの長方形の包みを取り出す。
もぞもぞと彼の手が懐をまさぐる感覚が伝わってきてわかったが、手伝ってやろうにも身体が近すぎてできなかった。
「本当は、帰ってから・・・渡そうと思ってた・・・」
わずかに身体をユーノから離し、彼の見せようとしているものを確認する。
その小さな包みは、埃だらけのこの場所において、すごく異物感を感じさせるくらい汚れひとつなくて。
きれいにラッピングされたリボンと包装紙の色は、彼の魔力と同じ、やさしく淡いグリーンだった。
「開けても・・・?」
彼が頷いたので、なのははリボンをほどき、包み紙を破らないよう気をつけて包みを開く。
「・・・・あ・・・」
そこには、一本のピンク色のリボンが、髪の箱に納められた形で入っていた。
包み紙が彼の魔力の色であったように、今度はなのはのものと同じ、桜の花びらにも似た、柔らかなピンク。
「・・・・っあ・・・」
恐る恐る、手にとってみる。
その瞬間に彼女は、このリボンがただの布きれでないことに気付き、微笑みを浮かべるユーノのほうを見る。
「この、リボン・・・ひょっとして・・・・」
「・・・うん。魔力・・・込めたんだ。僕がなのはの側にいない時、代わりに守ってくれるように」
リボンからは、微かに彼の魔力が感じられて。
なのはの問いに、ユーノは頷き、答えた。
「憶えてる・・・?ほら、もうすぐだから」
「もう、すぐ・・・?」
「うん・・・。六年前」
「あ・・・!!」
「もうすぐ、僕となのはが出会ったPT事件、ジュエルシードの事件が終わってから丁度、六年だから・・・」
あの頃は、守られることしか自分はできなかったから。
フェイトと出会い、戦い。傷ついていく少女に、何もしてやれなかったから。
自分もなのはも15歳になった、節目のこの六年目に、贈りたかった。
贈って、決意を。想いを、伝えようと思った。
「なのはは言ってくれたよね・・・背中があったかいから、戦える、って」
「うん」
「だから・・・自己満足でもこれで、僕がいないときも守りたかった。でも・・・」
なのはの手のうちにあるリボンから、込められた魔力が抜け出ていく。
それらの魔力は、ユーノの身体へと、まっすぐに戻っていき。
「そんな必要、なかったんだ」
「え」
「いない時のことなんて、もう考えない。絶対に離れないよ。離れるもんか」
「ユーノ君・・・」
「代わりなんていらない。必要ないよ。なのはが僕のことを守ってくれるように、僕もなのはを守るから」
片時だって、離れやしない。大切な人を危険な目になんて、遭わせない。
「僕も・・・なのはのことが好きだから。この世の、誰よりも大切で。六年前のあの時から、ずっと」
───僅かに回復した魔力のおかげだろうか、彼は今まで身を預けていた壁面から、身体を離し。
その両腕で、なのはのことを抱き締めてくれた。
強く、強く。
全身に残っている、全ての力で。
彼のその抱擁は、中性的な外見に似合わず、いつの間にこんなに大きくなったんだろうと思うくらい。
普段の彼とは別人のように広く、しっかりしているように思えた。
「好きだよ、なのは・・・」
「・・・・・うん・・・うんっ!!」
涙がもう一度、溢れてくる。
心からの、嬉し涙が。
今日は後悔の涙で視界が潤むばかりだったけれど、反対に嬉し涙って、なんだか凄く気持ちがいい。
彼の力強い抱擁に、なのはもまた気持ちをいっぱいに込めて、抱き締め返す。
想い人と心が繋がった喜びを、両腕にありったけ、注ぎ込んで。
傷ついているであろう彼の身体に響かないよう、なるべくやさしく、いたわりながら。
「ユーノ君・・・大好き、だよ・・・」
大好きな人との、心ゆくまでの抱擁。
それは乱れた髪の毛が、ちょっとくすぐったくて。
暖かい涙の源泉となっている、その心もどこかほんのり、くすぐったいような気がした。
そのくすぐったさが、心地よかった。