ひとしきり抱き合って、互いのぬくもりを感じあったあと。
どちらともなく二人はゆっくりと身体を離し、想い人の顔を見つめ、頷きを共有した。
──行こう。みんなが戦っている。
友達の待つ自分達の居場所へ、二人で帰ろう。
二人の心には皆に対する、深い感謝だけがあり。
なのはとユーノの間に、言葉はいらなかった。
目と目、心と心で通じ合う二人には。
はやく合流して、みんなを安心させてやらなければ。
なのはは受け取ったリボンを髪に手早く結び、彼の脇下に入れ込んだ身体に、力を込めて立ち上がり。
ユーノもそれにあわせるようにうまく両足に踏ん張りを利かせて、腰を持ち上げる。
「さあ・・・行こう、なのは」
「・・・うん、ユーノ君」
魔法少女リリカルなのはA’s−変わりゆく二人の絆−
第十七話 帰り道
「これでっ・・・!!」
「終いやっ!!」
フェイトのプラズマランサーが、はやてのブラッディダガーが、残った夜天の書、
最後の一体の周囲を、蟻の這い出る隙間もないよう、余すことなく全方位から囲んでいく。
既に相手は身動きをとれない。
フェイトのライトニングバインドに、ストラグルバインド。
そしてはやての、レストリクトロック。
三重の拘束魔法が女性の身体を、やりすぎとさえ思えるほどあらゆる角度から縛り上げており、
指一本動かせはしない。
「はやて・・・いいね?」
「うん・・・大丈夫。心の準備はとっくに、できとるよ。あの子を、止めたろ」
「よし・・・それなら」
「ああ、ほな、いくでっ!!」
待っててな。痛いのは、ほんの一瞬やから。
主として責任を持ってすぐまた、落ち着いて眠ることができるよう、するから───・・・!!
「「いっけえっ!!」」
全弾、発射。銀髪の女性は爆煙の中に消え、少しの間をおいて
他の三体がそうであったように、機能を停止した一冊の魔導書へと姿を変えて落下してくる。
「ザフィーラ!!」
「御意・・・!!」
慣性重力のままに落下する魔導書を一体の蒼い狼が背中で受け止め、人型へと姿を変える。
彼の周囲には同じようにそれぞれに魔導書を手にした守護騎士の仲間達が既に待機していた。
「さあ・・・仕上げや!!みんな、頼むで!!」
空中において、魔法陣を展開。
術式準備をはじめた主を中心とした守護騎士たちが四方を囲み、
空白の夜天の書を開きはやてのほうへと向ける。
『マイスターはやてと夜天の書、及び夜天の厩の魔力回路、エンゲージ開始。システムチェック、オールグリーン・・・』
蒼天の書を広げたリインフォースが各回路の状況をチェックし、はやてと夜天の書たちとの間を文字通り
「繋いで」いく。四冊の書から発現した黒い三角魔法陣が次第にはやてのものと同じ、
やわらかな白い光へと変わっていく。
「我、夜天の王・八神はやて。そなたらが主、ここにあり。その名において、汝ら夜天の書へと命ずる!!」
はやての掲げた剣十字の先端から放たれた四条の光が開かれた書のページへと、到達し、文字を刻んでいく。
『──エラー報告なし、各部クリアー、接続、シンクロ。共に良好・・・』
「我が命に従え!!今一度その身を、安らぎの中に眠らせたまえ!!」
開かれた四冊の、光を放つページは、眩しくて見ていられないほどで。
S2Uをカード状の待機形態に戻したフェイトは手を翳し、彼女達の発する、見れば目が焼きつきそうな量の光を
遮って、目を細めた。
「八神はやて・・・夜天の主の、名の下に!!」
* * *
「艦長!!遺跡内から、高出力の魔力波動、来ます!!種別確認・・・・ッ、はやてちゃんのですっ!!」
「続いて遺跡が発していた夜天の書の魔力、徐々に低下していきます!!概算では、波動完全消失まで20秒!!」
戦闘の終了は彼らの母艦たるこのアースラでも、捉えていた。
興奮気味の若いオペレーターの報告を聞き、クロノとエイミィは顔を見合わせ、安堵する。
どうやらみんな、うまくやってくれたらしい。
「エイミィ、本局医療施設に連絡。ハタ迷惑な阿呆司書長が、もうすぐそちらに入院予定──と、な」
「りょーかいー。いい部屋、押さえときましょうかね。ドクターもトップを」
「新米の藪医者で十分だ」
「はいはい」
* * *
「ユーノくん、大丈夫?」
広間を眼前に望む細い通路の開けたその場所で、
ユーノはなのはに肩を支えられて立っていた。
つい先刻まで白く輝き、視界を埋め尽くしていたはやての魔力光はだんだんとその発光量を減らしてきている。
もう間もなく中心部の5人も、その向こうのフェイトたちの姿も確認できるようになるだろう。
「うん・・・平気だよ。大丈夫」
「辛いなら、座っても」
「いや」
想い人の心遣いは嬉しいけれど、これは見届けねばならない。
その責任が自分にはあるから。
「彼女たちを起こしてしまったのは、僕だからね。また彼女たちが眠りにつくところまで、確認しないと」
「そう・・・そう、だね」
「それに───」
「それに?」
「そ、それに。好きな人の前でへばってなんかいたら、恥ずかしいもの」
「───あ・・・」
恥ずかしそうにユーノが目を逸らした途端、なのはも彼の言葉を理解し、顔をぽうっと赤らめる。
(そ、そう、なんだ・・・わたしとユーノ君は、もう)
友達ではなく、好きな人。
恋人なのだ。
この世で唯一の、互いが互いにとって、かけがえのない存在。
(ど、どうしよう・・・こ、こ、こんなに密着して・・・)
告白の時は全く持って感じることのなかった気恥ずかしさが、
今更に認識すると同時に体温を急上昇させていく。
今までとやっていることはなんら変わらないはずなのに、言葉ってなんて不思議なんだろう。
(そっか・・・こ、恋人・・・なんだ、わたし達・・・。やだ、なんかすごく熱い、なんで?どうして?)
「なのは!!」
「は、はいっ!?・・・・へ?」
彼女を呼ぶ声は、軽いパニックのなのはを思考の世界から呼び戻し、ユーノのほうをもう一度向かせたものの。
今の声はどう考えても彼のものではなかった、ということに気付く。
振り向かれた当のユーノは吹き出そうとするのを恋人の手前である以上、必死に抑えようとしていて。
「違うよ、なのは。前、前」
「へ?・・・・あっ」
親友が広間の向こう側から手を振っていた。
こちらに向かって駆け出しながら溢れるような笑顔で、フェイトが力いっぱいに、その右手を。
「フェイトちゃん・・・!!」
「なのはちゃん」
はやてたちも封印の儀式を終え、二人の元へと降りてくる。
彼女達もまた二人の姿、その様子に一様に穏やかな表情で笑っていた。
(・・・なのはちゃん、うまくいったみたいやな。よかったで、ほんま)
(はやてちゃん・・・)
(おめでとう、なのは)
そして、フェイトとはやて、二人の親友からこっそりと届く念話。
きっかけをくれた友と、教えてくれた友。どちらも自分が、いっぱい苦労させてしまった友だ。
彼女たちからユーノには気付かれないよう、こっそり贈られた祝福のメッセージ。
(・・・ありがとう、二人とも・・・。ごめんなさい・・・)
(謝ることなんかないて。迷惑だなんてこれっぽっちも思ってへんよ)
(そうだよ、だからもっと、喜んで。そのほうが、私たちも嬉しい)
───うん。
なのはは二人へと小さく頷くと、ユーノへと改めて語りかける。
心持ち、彼を支える身体に込める力を強めて。その感触を、味わうように。
「さ、帰ろっか、ユーノ君。みんなと」
「そう、だね・・・。・・・なのは」
「なあに?」
「ほんとに・・・ありがとう。それから・・・これからも、よろしく」
「ふぇ・・・・!?」
改めて面と向かってそういうことを言われて、またもや顔に熱が戻ってくる。
そんな、まっすぐ目を見て言われるとすごく恥ずかしい。「これからも、よろしく」だなんて。
「一番、大切な人として、ね」
だから、反則だってば。
体温が、際限なくあがっていくようだ。
大好きな人の言葉って、スターライトブレイカーより破壊力があるかもしれない。いや、あるんだろう。
「恋人」、そういう関係なら当たり前のことを言っているだけなのに、言葉がまるで光り輝いているみたいだ。
その当たり前が、強力すぎる。
・・・でも。すごく嬉しい。すごく、心地良い。だからなのはも、真っ赤な顔でユーノに答える。
彼にもこの素晴らしさを味わって欲しいから。
「・・・もちろん、だよ、ユーノ君。・・・・大好き」
さあ、みんなといっしょに帰ろう。
「もう、離さないよ」
帰ったら、まずユーノ君をお医者さんに診せよう。さしあたっては、シャマルさんが診てくれるだろうけど。
そしていっぱいみんなにお礼を言って。
たくさん謝って。きちんと報告して。
それからユーノ君に、おもいっきり甘えよう。二人とも胃もたれするくらい、うんとたくさん。気が済むまで、ずうっと。
「・・・うん、僕も」
「絶対に絶対。二度と、離さないからね」
それはきっと、破られることのない約束。
* * *
「アースラ、こちら現場、フェイト・T・ハラオウンです。対象の封印完了、要救助者確保。帰投します」
シャマルがユーノへの応急処置を済ませてから。
フェイトの報告を兼ねたアースラに対しての通信が終わり、彼らを転送魔法陣が取り巻いていく。
右端にいたシグナムから一人、また一人と。
掻き消えるようにアースラへと移送されていき、
偶然か、はたまたエイミィ辺りの計らいかはわからないが最後に残ったのは、なのは達二人だった。
余計なお世話?いやいや。それは二人にとって・・・主になのはにとって、実に好都合であった。
「・・・あ、そうだ」
「なのは?どうかした?」
「忘れ物」
「え?」
怪訝そうな顔をするユーノを上目遣いに見上げ、なのはは忘れていた大事な一言で彼を「迎え入れた」。
「おかえりなさい、ユーノ君」
元々今回は、彼を助けに。迎えにきたのだ。それならこの一言なしにははじまらない。
頬はまだほの赤かったけれど、言ってみてからなのはは、すこしいたずらっぽくユーノに笑ってみせる。
「・・・・・ただいま、なのは」
彼は一瞬、きょとんとしたような表情の後に───、苦笑と、むず痒さの混じった表情で言って。
恋人の言葉を、心から喜んだ。
愛しい人を迎え、支えることのできる喜び。
大切な女性に迎えられ、支えられる喜び。
二人は淡い光に包まれて、それぞれに相手から与えられ、与えている喜びを噛み締めながら。
砂と埃だらけの遺跡を静かに後にした。
二人の絆が少しだけ変化するきっかけとなったこの事件は、こうして終局を迎えたのだった。