「ひどい・・・こんなの、ひどいよ・・・・!!」
アースラ艦橋に、エイミィの叫び声が響く。
何度もコンソールに打ちつけた右の拳は既に内出血で真っ赤に染まっていた。
クロノを間一髪、送り出してから。
彼らは戦闘の一部始終をモニターしていた。
それは必然的に、先程までのフェイトとプレシアのやりとりを。
フェイトの心の砕かれていく様を見続けねばならなかったということ。
エイミィだけではない。艦橋、いや、艦のクルー全員が、彼女と同じ、やりきれぬ思いを抱えていた。
彼らはみんな、フェイトのことが大好きだった。
みんなフェイトを娘や妹のように思っていたし、彼女が高町家に移ってからは、
それこそクロノがアットホーム過ぎるのも考え物だと頭を抱えるほど、逐一彼女の身を案じていた。
なのに、彼らの手の届かないところで。
妹や娘同然であった少女が、兄と友を傷つけられるところを見せつけられ、
その上で今までの自分のすべてを、再び実の母親によって否定されているのだ。
おそらく戦う力さえあったなら、その場にいる多くの者が我先に飛び出していったことだろう。
「フェイトちゃんは・・・あんな親に対してさえ、何の恨み言も言わなかったのに!!なのに!!どうして!?」
嗚咽を漏らし始めるエイミィを慰めるかのように、隣席の女性オペレーターがその肩を抱く。
「どうしてあの人は、あんな事を平気で言えるの!?」
「艦長・・・・」
誰とも無く言った一言に、一同の視線がリンディへと集まる。
「・・・」
彼女とて、辛くないはずはない。今では彼女にとってもフェイトは大切な娘であるのだから。
現に、いつもの作戦中と変わらぬように見えるその姿勢は、怒りによって微かに震えていた。
「・・・・エイミィ」
エイミィが少し落ち着いたのを見計らって、つとめて冷静な口調で尋ねるリンディ。
「・・・・大丈夫ね?」
「・・・はい」
「現在結界内にいるのは、プレシアとその使い魔を除けば、恭也さんも含めて六人だけですね?」
「はい。・・・・間違いありません。フェイトちゃん達五人と、取り残された恭也さんだけです」
「・・・わかりました。体勢を立て直します。ゲート展開。六人をアースラへ強制転移させます」
「でも、それじゃあ恭也さんに魔法のことが・・・」
「・・・・承知の上です。けれど、他に手はありません。・・・すべてを話すしか、ないでしょう」
時空管理局提督としては、あまりベターなやり方とは言えないかもしれないけれど、と。
リンディは心中でひとりごちた。
「・・・プレシア。もうあまり時間がありません。そろそろ」
「・・・・わかっているわ」
復讐よりも、今は目的を遂げることが先決。
堕ちたとはいえ、かつて相応の地位を掴んだ黒衣の大魔導師の頭脳は、狂気に歪んでいながらも聡明だった。
あとは───あとはアリシアを復活させてから、ゆっくり復讐の機会を伺えばいい。
ああ、そうだ。アリシアの手で奴らに止めをささせるのもいいかもしれない。
娘の復活を邪魔した連中を、娘自身の手で。我ながら、素晴らしいことを思いつくものだ。
「きっとアリシアもよろこぶわ・・・・」
狂った微笑みを向けるプレシアに対し、フェイトは逃げようともしない。
傷つききったなのはをその膝に抱えたまま、全ての感情を失ったような目で、己が母を虚ろに見上げ続ける。
「あらあら・・・・壊れてしまったようね・・・・・」
プレシアの指先に、赤い光が灯る。
それは先程リニスがフェイトの頭にしかけようとしたものと同質の光。
「楽になりなさい・・・これからは母さんがあなたの身体を使ってあげるから・・・・」
微笑みが、禍々しいほどに口を歪めた、悪魔の笑みに変わる。
「安心して、我が物になりなさい・・・・!!」
何ら、することもなく。
フェイトはただ、自らへと近づく終焉の赤い光を、見つめるだけだった。