目を覚ました義妹は────ただひたすらに、うわ言を繰り返すように謝ってきた。
「兄」に対してではなく。
ただの「クロノ」という人物に対して。
巻き込んだことを。傷つけたことを。そして、なのはを奪われたことを。
クロノにできたのはただ呆然と、義妹の語る謝罪の言葉を聞き続けることだけだった。
─高町家・リビング─
「・・・全ては、私たちが至らなかったためです。その事に関して、申し開きのしようもありません」
私服姿のリンディが、テーブルの反対側へと、深々と頭を下げる。
その先には、沈痛な面持ちの士郎と桃子、そして恭也と美由希が座っていた。
プレシアの下になのはが連れ去られて、丸一日。
少し離れた家族用のソファにもアリサとすずか、クロノが座しており、リンディの話す内容を静かに聞いていた。
クロノは頬の傷に絆創膏を貼っていた。ユーノとアルフは自室に閉じこもっているフェイトに付き添っていて、この場にはいない。
「・・・・・・・そうですか・・・うちの子が・・・・」
魔法のこと。時空管理局のこと。なのはが連れ去られたことについてもすべて。
リンディは包み隠さず、あらゆることを話した。
ただ、フェイトとプレシアの関係に関する、「あること」を除いて。
「・・・・・なのはが、何か私達に隠してやっていたことは、薄々気付いていました。しかし、まさかあの子が・・・」
魔法、だなんて。
「・・・・その割には、あまり驚かれないんですね?」
「・・・これでも、以前はかなり修羅場をくぐってきたのでね・・・自慢にもなりませんが」
確かに。
以前この家にお邪魔したときもそうだったが、この一家───なのはの母親である桃子は別だが───どこか、
普通の人間とは思えない身のこなしをしている。たとえそれがただ階段を登るといった一般的動作であったにしても、
一般人と場数を踏んだ人間とでは、見る人が見れば違いが見えてくるものだ。
───となれば桃子も当然、幾度と無く相応の覚悟を迫られたことがあったのだろう。
「・・・・おそらくは、娘さんは我々の前に立ちはだかってくるでしょう」
そうなれば当然、矛を交えることになる。その場合、最悪・・・・・なのはを倒さなければならなくなるかもしれない。
「・・・万一という可能性も、確かに否定はできません。ですが娘さんの救出には、我々も全力を尽くします。ですから────」
「大丈夫ですよ」
どうか、ご安心を。リンディの次の言葉を読んでいたように、士郎が割り込ませてくる。
「・・・心配してないわけじゃありません。できることなら私が行って娘を助け出したいくらいです。
ですが・・・・・あの子は、強い子です。私と妻の子で、恭也と美由希の妹なんですから。だから、大丈夫ですよ」
なぁ、桃子。そういう士郎に桃子は、黙ってうなずいた。
強くやさしい、いい家族だ。そして何より、深い絆で結ばれている。
この人たちの下にフェイトを預けて、正解だった。リンディはその光景に、心からそう思う。
「・・・あの、ひとついいですか」
会話が一旦途切れたのを見計らい、アリサが学校でやるように右手をあげつつ質問する。
「・・・・何?アリサさん」
「フェイトの・・・・フェイトのお母さん・・・・プレシア?さんのことなんですけど・・・」
それはアリサらしからぬ、おずおずといったような口調だった。
「・・・どうしてその人は、フェイトにばっかり冷たくするんですか?その、死んだアリシアって子を取り戻したくて必死なのもわかります。けど・・・・」
「フェイトだって実の娘じゃないか。アリシアとフェイトで、取る態度がそんなに違うのはおかしい。・・・そんなところかしら?」
「・・・・はい・・・。同じ自分の娘なのに。フェイトが・・・かわいそう・・・・」
「・・・・そうね・・・」
─────言わねばならないのだろうか。
できればこのことは、言いたくはなかった。
きっとフェイトは彼女達に、知られたくない。もっと言えば、このことは思い出したくもないはずだ。
言えば、せっかく彼女達と築いた友情が、崩れてしまうかもしれないから。
彼女たちのフェイトを見る目が変わってしまうのではないか。そんな危惧がリンディにはあった。
いつか、フェイトが自分でこのことを明かす勇気が持てるようになったら言えばいい。それまでは、この傷に触れるべきではないと考えていた。
(母さん・・・まさか、フェイトの「あのこと」を・・・言うんですか・・・?)
(・・・)
クロノもまた、どうすべきか悩むリンディへと念を送ってきていた。
このことを自分の口から言っていいものだろうか。自分が明かせば、フェイトはそれを責めるかもしれない。
だが────彼女達にこれ以上のごまかしを重ねることを、フェイトは望むだろうか。
「アリサさん、すずかさん。・・・・・・よく聞いてください」
数瞬の後、リンディは腹を決めた。正しい選択かどうかは、わからないけれど。
きっとこの子達なら、この家族なら。きっと、受け入れてくれる。
「士郎さん達も、どうか。・・・あの子は。フェイトは────────」
「────────・・・フェイトは、人間ではありません」