「・・・う・・・・」
両腕に走る鈍い痛みに、なのはは意識を取り戻した。
「ここは・・・?」
薄暗い、ホールのような場所。壁にはレリーフがはめこまれているが、あちこちひび割れてしまっている。
どこかで見たような、そんな気がした。
「痛っ・・・」
辺りをもっとよく見ようと身体をひねった時、再び両腕を痛みが襲った。
「・・・?」
見ると、両腕が、天井から伸びた鎖によって拘束され、身動きがとれないようになっている。
先程の痛みは、どうやらこれが食い込んだためのようだ。
(・・・そっか・・・・私、プレシアさんの魔法を受けて・・・)
助けに入ろうとするフェイトを止めて。
身体が、言うことを聞かなくなって。
(・・・!!私・・・!!)
無抵抗のフェイト達に、この手でスターライトブレイカーを浴びせた。今鎖に繋がれているこの腕が、自分の意思に逆らって。
意識はしだいに真っ暗になっていったけれど、そのことは確かに覚えている。
(フェイトちゃん・・・)
親友を傷つけたことに、自責の念が湧き上がる。
──────だが、それから。
それから、どうなったのだろう。
ブレイカーの光に包まれ行くフェイトたちの姿、そこでなのはの記憶はぷっつりと途絶えてしまっている。
とりあえず自分の状態を確かめてみる。
(魔力は・・・ほんのちょっとだけど、回復してる。・・・レイジングハートは・・・)
少なくとも、身につけてはいなかった。ボロボロのバリアジャケットもそのままだ。
この状況からして、おそらく────
(私・・・・プレシアさんに捕まっちゃったのかな・・・?レイジングハートも取られちゃったみたいだし・・・)
ユーノから教わったことがある。きっと自分が受けたのは、対象を支配し意のままに操る、精神操作系の魔法。
このタイプは魔力消費が激しいから、必要でない時は対象への支配維持に回す魔力を極力カットするのが普通だと言っていた。
だとすれば、今こうして自分が意識を取り戻していることにも説明がつく。
(ただ、私は・・・・私の身体には・・・)
未だ、楔のように。プレシアからかけられた呪文の術式が残っている。今のうちは考えたり、思ったりもできるが、
プレシアが必要としたときには再び意識を奪われ、彼女の駒として戦わされる羽目になるのだろう。
(みんな・・・大丈夫かな・・・)
フェイト達は無事だろうか。
クロノは、ユーノは。無論アルフも。自分がしたこととは言え、それが気がかりだった。
(フェイトちゃん・・・・ごめんね・・・・)
「気がついたようね」
「!!」
暗がりに浮かび上がった影が、なのはの思考を現実へと引き戻す。
「プレシア・・・さん・・・!!」
自分を捕らえた敵の姿に、自由のきかない体でとっさに身構えるなのは。
「・・・・・なかなか、反抗的な目をするじゃない」
いくら身構えたところで、所詮今のなのはは囚われの身。
プレシアは愉快そうに口元を歪めるだけだ。
「立場を・・・わからせてあげないと・・いけないわね・・・・」
「・・・・!?」
そう言うとプレシアは、右腕の杖を掲げなのはへと向ける。
するとその杖は次第に、別の「何か」へと変化していく。
「ッ・・・・!!」
そして変化が終わったその時、なのはの視界は捉えていた。
プレシアの右腕に、杖に代わって握られる。
なのは自身の手首ほどはあろうかという、荒縄のように太く長い、光沢を湛えた鞭を。
(嘘・・・あんなので、体を・・・・!?)
なのはの脳裏に、フェイトの背にあった痛々しい鞭の痕が蘇る。
「鳴きなさい・・・いい声で・・・・」
─────少女の悲鳴が、暗闇に染まる部屋に響き渡る。
──高町家・フェイトの部屋──
なのはがプレシアによって責め苦を受けている、その頃。
「・・なの・・・は・・・・」
何度、その名を呼んだだろう。
だが、いつだって返事を返してくれた友は、今はもういない。
動物形態のアルフとユーノが心配そうに見つめる中、フェイトは失意に沈んでいた。
──友情ごっこは、終わりよ。
プレシアの言い放った言葉が幾度となくリフレインし、その度に傷ついた心に新たな爪あとを残していく。
(母さんの・・・・・言うとおりなのかな・・・・。私が・・・・私がいたから・・・・)
自分が得られるはずもない絆を求めたから。アリシアのまがいものに過ぎない身で、温もりを欲したから。
大切な友と築き上げた絆を奪われ、周囲の人間を傷つけてしまった。
何もかもが、自分がいたせいで起きたこと。
囚われているなのはとは違った形でだが、彼女もまた自責の念に心を痛めていた。
────コンコン。
「!!」
ドアをノックする音にビクリ、と反応するフェイト。
・・・・誰だろう。もしかすると、クロノだろうか。
だとすれば、会いたくはなかった。会えばきっと辛いに決まっている。
彼を、もう兄と呼ぶことはできない。
(私なんかに・・・・そんな資格、ない・・・・)
人間ですらなく、周囲を危険に巻き込んだ自分にそのような資格があろうはずもない。
────コンコンコン。
再度、ドアがノックされる。
「・・・・」
フェイトは身を固くし、じっと扉を見つめる。
そしてゆっくりと部屋の扉を開き入ってきたのは、あまり予想していなかった人物。
「フェイトちゃん・・・・ちょっといいかな?」
なのはの姉───美由希が、すずかを連れてそこに立っていた。