それは、小さな異変だった。
「・・・・あら?」
はじめに気がついたのは、艦の各部を再チェックしていたエイミィであった。
「どうかした?エイミィ」
「あ、いえ。主砲の駆動系に一部異常が」
「変ね・・・?この間整備が終わったばかりでしょう?」
「ええ・・・・まぁ、使用に問題があるほどではないんですが」
「なら、いいのだけれど・・・少し気になるわね」
「詳しく調べますか?」
振り向き指示を待つ部下に、リンディはかぶりを振ってみせる。
使えるに越したことはないが、もとより使う気はない。
「いえ。先に優先事項を済ませてしまいましょう。使えるのなら、それが終わってからでいいわ」
「了解です」
一応のチェックを入れるにとどめ、作業を再開するエイミィ。そして、我が子達の無事を祈るリンディ。
彼女達は知らない。
小さな異変が、外部端末からの強引なアクセスによるものだということを。
そして、気付いていない。
それが行われたのは他でもない艦内の、フェイトの部屋からであったということに。
フェイトを先に行かせてから、幾ばくかの時間が経っていた。
「ユーノ君!!もうやめて!!私やれるよ!!戦えるから!!」
少女の悲痛な叫びの中、少年はたった一人で敵へと立ち向かう。
消耗し、未だ立ち上がることもおぼつかない少女に代わって。
「だからこの結界、解いてぇっ!!!」
二人の間には、少年自身の手によって造られた、強固な壁が立ち塞がり。
少年と少女の距離を、隔てていた。
「お願い・・・ユーノ君、死んじゃうよ・・・!!」
少年の小柄な身体が弾き飛ばされ、壁に激突する度に、幾度となく。
大切な友達の圧倒的不利な戦いを見ていることしかできない歯痒さに、なのはの声には涙が混じる。
手を伸ばせば届きそうな距離なのに、助けに行けない。
なのはを戦闘から遠ざけ結界を張りつつ、辛うじて多数の傀儡兵との戦いを続けているが、一方的に攻撃を受け続けているだけと言ったほうが正しい。
元々戦闘向きでないのに加え、傀儡兵の最初の一撃からなのはとフェイトを護った際に負った負傷の影響が大きかった。
ここからでもユーノの防護服の左肩のあたりが赤く血に染まっているのがわかる。けっして軽くはない傷だ。
このまま、一人で戦わせるわけにはいかない。はやく、なんとかしなければ。
───助けなきゃ。
「レイジングハート、お願い、力を貸して!!」
ブレイカーでこの結界を壊して、ユーノを助けに行く。動けなくても援護射撃くらいなら。
そう思い立ち、自らの愛杖をかかげ命じるなのは。しかし。
『・・・』
忠実であるはずの、手元の意思持つ杖は、うんともすんとも返事をしなかった。
「・・・レイジングハート?」
『・・・』
「レイジングハート!!どうしたの!?スターライトブレイカーの準備を!!」
『・・・sorry,I can't obey this instruction』(申し訳ありませんが、その命令はお聞きできません)
「そんな・・・どうして!?」
『sorry,my master.I can't』
「なんで!?ユーノ君が危ないんだよ!!あなたならできるでしょ!?わたしの言うこと、聞けないの!?」
あんなにボロボロになっても、信頼に応えてくれたじゃない。なのに、どうして。
友の危機と、信じてきた杖の反乱。二つの緊急事態が、半ばヒステリックになのはを叫ばせる。
『・・・Is he an important person for you, my master?』(あなたにとって彼は大切な人ですか、マスター?)
「え?」
『Please answer』
そんな、こと。
「当たり前じゃない!!ユーノ君は私の大切な友達だよ!!だからこうやって!!」
こうやって助けようとしてるのではないか。
『・・・・』
「時間がないの!!レイジングハート!!何が言いたいの!?」
『Then, I cannot obey the instruction all the more』(ならばなおさら従うことはできません)
声を荒げるなのはに対し、レイジングハートの言葉はどこか、諭すようでもあり。
「どう、して・・・!?どうしてなの!?答えて!!」
『If you think of him,please endure it.My master』
彼のことを想うのであれば、ここは耐えて下さい。彼女は静かにそう告げる。
傀儡兵達からあなたを護り、無事仲間達の下へ送り届けるのが、彼の願い。
自分の意志で彼は主を残し、一人戦いを挑んでいるのだから。彼の意志を尊重すべきだ。
ただの従者としてではなく。レイジングハートは、経験豊富な思考型デバイスとしての意見をなのはへと語る。
───あなたの知る彼は、ただ闇雲に戦力差も考えずにつっこんでいくほど愚かな男ではないはずです。
レイジングハートの言葉に、結界の中一人戦うユーノを見上げるなのは。
「っ・・・!!」
見つめた先のユーノが、一瞬こちらを向いて笑った気がした。
(大丈夫だよ、なのは。レイジングハートの言うとおりだ、今は休んでおいて)
(ユーノ君・・・だけど・・・)
(フェイトとの約束が残ってる。なのはを連れて行くって。だから、やられたりしない)
(ユーノ、君)
(それに・・・もう、準備は済んだ)
なのはやフェイトのようにはいかないけれど、結界魔導師にはそれに見合った戦い方がある。
「ここだ・・・!!捕縛!!」
ユーノが着地し右手を挙げると同時に、翡翠色の鎖が傀儡兵達を捕獲する。
設置型の、捕縛魔法。ユーノの使える魔法の中でも、最上位に位置するもののひとつだった。
発動に時間がかかる分、その捕獲力は絶大。足りない魔力を魔法技術で補った大技だ。
それを示すかのように普段ユーノの用いるバインドの鎖に比べこの魔法のそれははるかに太く、また強い光を放っていた。
実際、20体を超える数の傀儡兵の一隊を難なく抑え込んでいる。
(これを外したら、後がない・・・やってしまわないと・・・!!)
開いた右掌を、ゆっくりと閉じていく。
少しずつ軋むような音を立てて巨人達を捕らえる鎖が締まり、一筋、また一筋と鋼の巨体へとヒビが刻まれていく。
「砕けろおっ!!」
そして、ユーノがその拳を握ったとき。
全身ヒビだらけとなった生なき兵士達は圧力に負け、煙をあげる粉々の破片へと姿を変えていた。
重力に引かれ降り注ぐ傀儡兵の残骸の雨の中、尻餅をつくように座り込んだユーノはなのはのほうを向くと、右手の親指を立てて笑って見せた。
「フェイト・・・」
「大丈夫、兄さん」
クロノが上半身を起こそうとするのを手伝いながらフェイトが言った「大丈夫」は二つの意味で。
兄の身体に対する気遣いと、全てを聞き、再び人形と呼ばれた自分への心配に対する返答だった。
「なのはは、無事に助けたよ。今ユーノとこっちに向かってる」
「そうか・・こっちもなんとか、やれたよ・・・あの使い魔も無事だ」
「よかった・・・」
「フェイト、よく来たわね」
「・・・母さん」
「さあ、こっちにいらっしゃい。私のアリシアのために・・・」
「・・・」
「あなたは!!まだそんなことを・・・!!」
辛そうに顔を背けるフェイトに耐えかねたクロノが、叫ぶと同時に。
「・・・ごめん、兄さん」
その言葉に反応する間もなく。
クロノの身体から、急激に力が抜け出ていった。