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[607]640 2005/12/02(金) 21:13:39 ID:vlNYmfc9
[608]640 2005/12/02(金) 21:14:26 ID:vlNYmfc9
[609]640 2005/12/02(金) 21:18:01 ID:vlNYmfc9
[610]640 2005/12/02(金) 21:18:34 ID:vlNYmfc9

She & Me  第三十六話 なくしたもの

「いいわ。その取引、飲みましょう。・・・さあ、いらっしゃい」
プレシアの返答は、フェイトの予測した通りのものだった。


「・・・・はい。ありがとう、ございます」
「ダメだ!!行くな!!もどってこい、フェイト!!」

クロノの叫び声を背に、母と娘であった二人は一歩一歩、その距離を縮めていく。

歩を進めながらフェイトは胸元に手を伸ばし、借り物のマントを外して文字通り身一つとなる。
防護服の胸の破損は魔力によって修復がなされていた。

「母さん」
「・・・・何かしら?」
「・・どうか、アリシアと幸せに」
「ふん・・・」

お前に言われるまでもない。プレシアの目と反応はそう返してきていた。
感謝の言葉を期待していたわけではないけれど、なんだかやっぱり、少し寂しい気がした。

プレシアが右手を掲げると同時に、二人の足元に紅い魔法陣が姿を現す。

「フェイトォッ!!!」
「っ・・・!!」

────ダメ。

振り向いちゃダメだ。振り向いたら、笑ってまでみせた決意が鈍ってしまう。
きっと、この世界と別れるのがつらくなる。

────決めたんだ。笑って、みんなと別れよう、って。

アリシアが笑顔でこの世に戻ってこれるように。そう願って誓った決意だった。
だからこそ、フェイトは愛しき人達への未練を断ち切るように。
自分を消し去るべく近づいてくる母の右腕を、じっとみつめていた、その両の瞳を。
そっと、静かに閉じた。もう、この眼を自分が開くことはないとわかっていた。

そして、プレシアの手がフェイトの頭部に置かれた、その時。
クロノの必死で伸ばした右腕の先で、彼女の身体は。

紅き閃光の中に、消えていった。








─同時刻・海鳴市・すずかの部屋─

「!!」
「すず、か・・・!?」

突如として全身を襲った悪寒に、思わずすずかは身を抱いてうずくまった。
体中の毛が逆立ち、極寒の氷風呂に浸けられているような寒気に、身を震わせる。

「すずか!?大丈夫!?顔、真っ青よ!?」
「う、うん・・・平気・・・ただ・・・」
ひょっとして。
俯くすずかに、アリサは動揺を隠さなかった。
「ちょ、ちょっと、まさかなのはやフェイトに何か・・・!?」
アリサにいたわられながらソファへと身を沈めたすずかは、小さく首を振る。
「わからない・・・だけど、なんだか・・・」
無意識のうちに右腕は、ポケットの中のピンク色のリボンを掴んでいて。
「なんだか、すごく嫌な予感がするの・・・」
「そんな・・・やめてよ・・・」
夜の一族である彼女の感覚は、他の人とは違う。明確に感じたわけではなくても、
すずかの感じた「嫌な予感」が現実のものである可能性が高いということは、すずか自身が一番良くわかっていた。

「・・・」
震えるすずかの背中をさすってやりながら、アリサの心は自分の無力さに沈んでいた。
(私だけ・・・なんにもできてない)

フェイトが、本当の自分をはじめるきっかけを作ったなのは。
フェイトが困っていた時、立ち直らせたのはすずかの言葉。
───なのに、私は。

(まだ、なんにもフェイトのためにできてない・・・けど)

それならせめて、信じよう。そしてなのはと帰ってきたフェイトを、笑顔で迎え入れてやろう。
自分に出来ることがそれくらいなら、その出来ることを目一杯やるだけ。

(だから・・・はやく帰ってきなさいよ、フェイト、なのは)

(すずかに、こんなに心配させちゃって。迎え入れた後は、うんと叱ってやるんだから)

想いを、胸に。

(絶対に、怒鳴りつけてやる)

アリサは大切な友人達が危険の真っ只中にいるであろう、はるか遠くの空を見上げていた。









何が、時空管理局執務官だ。
何が、AAA+クラスの魔導士だ。
妹一人、助けられないで。彼女一人を犠牲にして。

何が、アースラの切り札だ。

「くそおぉっ!!!!」

叫んで事態を変えられるものなら、どれほど良かったことか。
守るべき存在であった少女を奪われ。
消えゆく紅い光に、クロノは絶望していた。

───結局守られたのは、自分の方だった。

「なんでだ・・・なんであの子ばっかりが・・・」

言って、どうにかなるものではなくても。
「どうしてフェイトばかりが自分を犠牲にしなくちゃならない・・・!!」
言わずにはいれなかった。

彼には、わかっている。
光が消えたその場所に佇む後姿の主は。いままでと寸分違わぬ姿形をしていても、
自分を兄と呼んでくれたあの少女ではもうけっしてないということを。

なぜなら彼女の使い魔を除けば、他の誰よりも彼女の魔力の波動を知っているのは彼だったから。

フェイト・テスタロッサは、誰も手の届かない遠いところへと行ってしまった。
アリシアというもう一人の自分に、その身体だけを残して。

そのことが誰よりもわかるのが、彼だった。

「・・・・アリシア・・・」

もうクロノには、ようやくプレシアの発した娘の名を呼ぶ声も、
「さあ、いらっしゃい、アリシア・・・」
それに対し応えるであろう少女のことも、なにもかもがどうでもよく思えた。
ただ俯き、自らの力不足をひたすらに悔いるだけ。
執務官としての任務さえも、もはや投げ出してしまいたかった。




しかし。

───らしくないよ、クロノ───

「!?」
幻聴が───彼女の、声が聞こえた。と同時に。

「アリシア!?」
黒衣の魔女の驚愕の声に、彼は顔をあげる。
「──え?」
少女は、ただ無言で首を振り。
彼女を抱きしめるべく母の差し出した両腕を静かに、それでいてはっきりと、拒絶していた。

「だめだよ、お母さん。それじゃあ、私だけじゃない」

開かれた瞳は、雲ひとつない空のように澄んだ、深くきれいな蒼だった。
手袋と装甲に包まれた少女の両手が、その胸の上で重なり合う。

「フェイトはまだ、ここにいるから」


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