(それからのことは、フェイトも覚えてるよね)
本当に、色々なことがあった。
アルフの誕生、リニスとの別れ。
なのはやクロノ達と出会い、ぶつかり、背を預けて戦った日々。
そして、母・プレシアとの別離。
それらすべてを、アリシアはフェイトと共に歩んできた。
フェイトが笑っているときも、辛い時も。いつもアリシアはフェイトのことを、彼女の心の奥底から見守っていたから。
(だから私を復活させようとしたお母さんの計画は、ある意味失敗。私は復活したのでもなんでもなく、最初から「ここにいた」んだから)
ただ何一つ出来ない裏の存在であったのがフェイトと入れ替わったことで、表にでてきたというだけのこと。
───アリシア───
その証拠に、フェイトもこうして「ここにいる」。
───ごめん、ずっと気付けなくて───
(ううん、いいの。だって私は、本当ならもういないはずの人間なんだし)
あの時。
プレシアがすべてを無に帰する闇へと落下していった時、自分も消えるつもりだったとアリシアは言う。
(フェイトにはもうあの白い子が・・・なのはがいてくれる。だからきっと大丈夫だと思ったから)
本来の、自分の居るべき場所に帰ろう。ひとりぼっちのお母さんの下へ。そう思っていた。
側に居るのが実の娘の骸だけ、そんな世界に母一人を捨て置くことなどできようもない。
(だけど・・・できなかった。お母さんが言ってたから。くるな、って)
奈落に吸い込まれ行くプレシアの、母の視線がフェイトの身体を越えて、自分に語りかけているような気がした。
フェイトと一緒に、生きて行きなさい。そう言っているようで、ほんの一瞬彼女が見せたやさしい視線。
フェイトさえも気付かないほどわずかな瞬間であったし、その解釈は身勝手で誤ったものかもしれないけれど。
それは精神だけの存在、言わば感覚の塊であるアリシアの知覚には確かに届いていた。
「・・・だから私にはわかる。あなたは私とフェイトのお母さんじゃない」
「な・・・アリシア・・・?」
「さっきの紅い光に包まれた時、お母さんの記憶が流れ込んできた・・・あなたはお母さんの願いを利用してるだけ」
目の前にいるのはロストロギアの生み出した単なる幻影で。
古代遺産に過ぎないそれに悪意や意図があって母の想いと繋がっているわけではないのだから。
悪用しているとは言わない。不可抗力だった。
あくまでこのロストロギアはその持っていた機能に従って起動しただけなのだ。
言い方は厳しかったけれどアリシア自身、そのことはちゃんと理解している。
──フェイトとアリシアが「入れ替わる」瞬間、彼女達が見たもの。
それは暗闇の中に漂う深紅の宝石と、その中へと吸い込まれゆく九つのジュエルシード。
虚数空間とは思えないほど高すぎる濃度の魔力、その紅き光を全身に浴びて生を終えんとする母の見た、最期の光景だった。
「これ以上、お母さんの想いを傷つけないで」
「それ、は・・・違う、違うわ、アリシア、私は・・・・!!」
「違わない!!あなたがお母さんなら、どうして私の眼は青なの!?フェイトと同じ、紅い眼だったはずだよ!?お母さんが娘の眼を間違えたりしないよ!!」
「アリシア・・・!!」
「確かにお母さんは、最期に私との生活を願ったのかもしれない。けど・・・もう、やめて・・・」
「・・・・」
本当に、そうなのか?
最愛の娘が言うように、自分はただの幻だったのだろうか?
紅き宝石と出会い庭園で目覚めるまでの、空白の時間をプレシアは自問する。
「私、は・・・私は・・・あなたの・・・」
だが、その記憶からは。
何も、出てこなかった。
自分の身に起こったであろう何かが、全くの白紙のページとなってしまっている。
私は、誰。
アリシアの、母。プレシア・テスタロッサ。あるいは・・・・ロストロギアによって作られた虚像?
わからない。
自分は、誰なのだ?
・・・わからない。
・・・・わからナイ。
・・・・・わかラナイ。
・・・・・・ワカラナイ。
「グ・・・」
「もう、お母さんを自由にしてあげて・・・!!」
疑問に荒れる心。そして脳髄を掻き回されるような激しい頭痛がプレシアを襲い、彼女は頭を抱え苦悶する。
それと同時に紅き人外の魔力がその全身から噴出し、膨れ上がっていく。
(あと・・・少し)
ロストロギア──母の魔力の噴流が起こす風を頬に受けながら金髪の少女は、じっと時を待っていた。
目の前の母が、母でなくなる、その時を。
───アリシア・・・いいの?───
(言わないで、フェイト。言っちゃ・・・ダメ。私だって、辛いよ)
フェイトの声が、心配そうに語りかけてきた。その声もまた、アリシアの今の気持ちと同じく辛そうな響きが含まれていて。
(うん、ダメ・・・・だね、やっぱり。違うって頭ではわかってても、「お母さん」が苦しんでるところを見るのは)
───・・・・うん・・・───
姿形はどこをとってみても「プレシア・テスタロッサ」そのもので。実体なきかりそめの肉体、精神とはいえ、
その根本となったのは彼女達の愛おしき母親の想いなのだ。狂い悶える姿に二人の心が痛むのも、当然である。
───アリシア、代わろう。やっぱり私が───
ああ、また。どうしてフェイトは、この子はこんなにも自分を犠牲にしようとするのだろう。
いつもいつも辛い役目を背負ってきたのは、この子のほうだというのに。
(やめてよ)
(一人で抱え込んじゃうのはもうやめて)
───だけど・・・───
(なにもできないのは、見てるだけはもう嫌なの。フェイト、お願い)
(私にも、やらせて。私にもお母さんを止めさせて)
フェイトにばかり辛いことをさせる自分はもう、たくさん。
だからせめて、自分が原因となったことくらいは自分の手で落とし前をつけたかった。
生きていた頃のアリシアには魔法を使う資質はなかったけれど、今の身体はフェイトのものだ。
フェイトほどの力ではなくても自分にだって使えるはず。
(バルディッシュのほうをお願い。この子の主は、あくまでフェイトだから。私じゃ、扱えない)
───アリシア・・・───
改めて両手で持ちなおした漆黒の斧は、ただ見ているだけだった自分の想像していた重さより、もっとずっしりとした手ごたえがあって。
自在に彼を扱っていたフェイトの凄さを再認識させられるけれど。
もう、フェイトだけに辛い思いをさせはしない。
自分のように見ているだけの者の気持ちも味合わせたくはない。
だから。
(やろう、フェイト。私達で・・・二人でお母さんを、止めよう)
───・・・・・───
(お願い)
フェイトが返事を返す代わりに。
『scyth form』
「バルディッシュ?」
寡黙な鋼色の戦斧が、その姿を光の大鎌へと変え主の意を代弁する。
(・・・ありがと。いくよ、フェイト・・・!!)
───うん、アリシア───
彼女達は、一人ではない。孤独に死んだ少女でも、孤独に生まれてきた少女でもない。
フェイトと、アリシア。彼女達は、二人で「ひとつ」。その身体も、そのうちに秘めた、想いも。すべてが重なっている。
「・・・・・」
時は、きた。正面に見据える女性にはもはや母としての意識はない。
ロストロギアによってつくられたそれは母の姿を模しただけのただの操り人形。討つのに迷いはない。
あれを討って、母の記憶を忌まわしき古代遺産から解放する。それこそが二人の願い。
その想いを叶えるべく。金髪の少女は光の刃を、黒き魔女へと向けた。