───右側への対応が、少し遅い・・・かな───
流石にフェイトは、場慣れしている。
魔法戦闘に不慣れなアリシアに代わって己が身体の魔力をうまく制御しながら、その動きに気を配ることも忘れない。
───バルディッシュ、アリシアは左利きだよ。右への反応、お願い───
『yes,sir』
眼前で起きている出来事に、クロノは正直驚いていた。
杖と杖が交差し、火花を散らし。
金髪の少女は黒衣の大魔導師──正確にはその姿や能力をロストロギアによって再現されたコピーではあるが──とほぼ互角に戦っている。
理性を失っているとはいえ、その力は本物のプレシア・テスタロッサとはさほど変わりはないはず。むしろそれ以上だろう。
万全の状態のクロノやフェイトならともかく、随分消耗しているその身体でしかも素人のアリシアがこれほど戦えるとは、クロノも思っていなかった。
(本当に・・・戦っているのは「アリシア」なのか・・・!?)
その動きに戦闘を行っているのが自分の妹のままであるかのような錯覚すら覚えるクロノ。
残された記録では彼女はプレシアの魔力資質を大しては受け継いでいなかったはず。
ミッドチルダの人間である以上魔法が使えないということはないだろうが、ほぼただの一般人と言っていい。
クロノの驚きもその意味では至極当然であった。
(・・・あるいは、資質が単に眠っていただけか・・・?母親のプレシアすら気付かなかったほど、奥深く・・・?)
『Difencer』
「く・・・!!」
プレシアの光弾をシールドで受け、衝撃に後退したアリシアの心にフェイトが注意を促す。
───アリシア、できるだけ避けて。魔力にもうあんまり余裕がないから───
「わかってるっ!!」
更に飛んでくる数発の攻撃をぎりぎりで避けつつ、アリシアはその声に叫び返す。
あまり感情を露にしないフェイトに比べ、彼女はいささか熱くなりやすい性格をしているようだった。
「っ・・・く!!これじゃ・・・・!!」
───うん・・・やっぱり「母さん」は、強いね・・・・───
「だからわかりきったこと、言わないでよ!!っ・・・と!!」
振り向きざまに放ったフォトンランサーはシールドに弾かれ、そのまま四散していく。
舌打ちする間もなく(これがフェイトならば元からほとんど舌打ちなどしないのだが)着弾する光弾をかわすため跳躍するアリシア。
母の心をこれ以上傷つけないため。願いを汚さないため。そう決意し戦うアリシアは、戦闘経験のない彼女としてはよくやっている。
だが、どうしても決め手に欠けているということもまた、事実。そのことについて彼女がいらつきはじめていることはフェイトも把握していた。
戦闘が初めてのアリシアが焦りを感じるのも仕方のないことではあるとは思うが。
「あーもう、硬い!!フェイト、何かないの!?」
───この状況じゃ、どうにも・・・・母さんの攻撃さえ、しばらく止めることができれば・・・───
「・・・無茶言わないでっ!!」
魔力の残量からファランクスシフトは無理にしても、ある程度の大技なら使える。
しかしそれでも母のバリアーを抜くのは厳しい、フェイトはそう考えていた。
「けどこのまんまじゃいつかやられちゃうよ!!?」
───アリシア、落ち着いて。今は冷静に───
「だけど!!」
苛立ちと共にフェイトに叫ぶアリシアだがどちらにせよ状況は厳しい。
立ち回りをアリシアが担当し、
魔法の制御やバルディッシュへの意志伝達にフェイトは集中して。
そして更に防御などの総合的な補助をバルディッシュが行っている、そんな状態で。
三人がかりでやっとここまでプレシアと互角に戦えているのだ。これ以上を望むのは贅沢と言えよう。。
とにかくまずはアリシアの頭を、冷やさないと。
そう思い立ったフェイトであったが。
「・・・・ア・・・」
「!?」
「アリシ・・・ア・・・」
遅かった。彼女が語りかけるより先にプレシアのつぶやきが、アリシアの意識をそちらに向けさせる。
「・・・アリ・・・シア・・・私と・・・・一緒に・・・・」
「く・・・・言わないで!!お母さんの姿で、そんな・・・!!」
「アリシア・・・」
「しつこい・・・!!この、黙りなさいよっ!!」
光弾の嵐をかいくぐりながら、「母」の言葉にアリシアは一層苛立ちを募らせていく。
ただでさえ彼女は冷静さを失いかけているというのに。
埒の開かない戦況に加えプレシアの言葉はアリシアの神経を余計ささくれさせるのに十分だった。
「我が望み・・・愛しき者の再誕・・・我が望み・・・愛しき者との永遠・・・」
「この・・・言わないでって・・・!!」
───アリシア!!落ち着いて・・・!!───
「我が望み・・・贋作の、抹消・・・」
「!!言うなって・・・・」
───アリシア!!───
「言ってるでしょっ!!!」
フェイトの止める声も、聞き入れることなくつっこんでいく。
贋作、その致命的な一言に完全に頭に血を昇らせて。
フェイトは贋作なんかじゃない。大切なもう一人の私。そしてかけがえのない妹。
フェイトが贋作だというのならば、母の姿を模したお前は何だというのか。
言わせない。
もう、これ以上お母さんの顔でそんな言葉、吐かせてなるものか。
お前とフェイトは違う。この子はちゃんと意志のある、人間だ───・・・・!!
「贋作の抹消・・・・愛しき者との永遠・・・・」
だがアリシアの怒りを意に介する風もなく──既に理性というものが存在しない以上当然だが──目の前に迫る「母」は無機的につぶやき続ける。
自分の思い通りにならぬ娘、アリシアさえもを紛い物と認め、その抹消をすべく魔力を行使する。
「ってえええぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
両手に構えたバルディッシュを、横薙ぎに打ち据える。
バリアーと斧の纏った魔力が干渉しあい、火花を散らすも、強固なバリアーはびくともしない。
「フェイト!!もっと、もっと魔力を!!」
───アリシア!!お願いだから冷静になって!!───
「はやく!!これじゃこの盾破れない!!」
『Please become calm,sir』(落ち着いてください)
───アリシア!!───
「まずい・・・!!あの距離じゃ・・・!!」
妹達の迂闊な攻撃。今までは動き回っていたから当たっても防げる程度の攻撃しか受けていなかった。しかしあの至近距離で動きを止めてしまっては。
「仕留めてくれって言っているようなものだぞ・・・!!」
だがそれを助けようにも、クロノの今の身体では、碌に身動きも出来ない。
まだフェイトから受けた電撃による麻痺が残っている。見上げることが精一杯だ。
(く・・・こんな時に・・・!!)
「フェイト!!アリシア!!離れなさい!!」
「「・・・え?」」
響いた女性の声に、クロノが、アリシアが、同時に振り向く。
そしてその声に合わせクロノの横を抜ける紅き姿は、徐々にその身体を人型へと変化させゆく彼女の従者。
「フェイト!!」
「っ・・・リニス!?アルフ!?」
───アリシア、よけて!!───
アルフの跳躍に、声の主は再び叫ぶ。
彼女達の意図を汲み取ったフェイトの指示を、リニスの登場に半ば混乱しつつあったアリシアは今度は素直に聞く。
「アルフ、今です!!」
指示に従いアリシアが身を翻した直後、後退した彼女と入れ替わるように。
「砕けろおぉっ!!!」
プレシアの展開するバリアめがけ、渾身の魔力を乗せた拳が叩き込まれた。
バリアブレイク。
主の攻撃を通す、ただそれだけのための、アルフ必殺の一撃が。