「……くん…………ーのくん」
誰かが僕を呼んでいる。それが誰かなんて考えるまでもなく僕はゆっくりと目を開けた。
「もう、こんな所で寝てたら風邪引くよ。ねぇユーノくん!」
「……うん、ごめん。今……起きるから……うん」
だんだんとはっきり聞こえてくるなのはの声に僕は二つ返事で起き上がる。なんだかまだ体の方は寝ぼけているみたいでどうにもはっきりとした感覚が掴めない。空の色が茜色だから今は夕暮れだということがぼんやりと分かるだけだ。
「どうしたの? いつもは家にいるのにこんなところで」
「ちょっとね、気分転換」
「そうなんだ。そうだよね、わたしの部屋にいるばかりじゃ窮屈だもんね」
夕日に照らされる彼女の笑み。茜色に包まれたなのはの顔はなんだかいつもより大人びて見えた。
綺麗。心からそう思い見とれていた。
「そういえば今日の魔法の練習どうするの? もうこんな時間だけど」
「えっ? あっ!」
なのはの言葉に意識が戻される。そういえば朝になのはに約束していたんだった。
「どうしたの?」
「あ、いや……それなんだけど、今日はお休みでいいかな? たまには休んで魔力を回復させないと体にも悪いから……」
しどろもどろで僕は適当な言い訳を並べた。休息は必要だけど毎日魔法の練習をしているわけでもないしそれになのはの魔力量ならあのくらいの練習なら影響はないと思うんだけど。
「そうだね。確かにたまにはお休みしないと体に悪いもんね」
そしてなのはは素直に僕の言葉を受け入れてくれた。
うう、そんなにあっさりと納得してもらえるなんて。ごめん、なのは。
「じゃあ帰ろユーノくん。もう日も暮れちゃうし」
「うん、そうだね。帰ろう」
そうして僕たちは帰路についた。
何気なく見た水平線には太陽がいよいよ沈もうとしている所で空はもう茜色から藍色へと移り変わろうとしていた。
「あっ、一番星!」
「ほんとだ」
二色が混ざり合う境界に輝く淡い光。なのはの世界でもそれを一番星と呼ぶことを知ったのはつい最近のこと。魔法の練習が長引いて今日みたいな夕焼け空になった時だった。
二つの世界を結ぶもの。もしかしたらこの世界とミッドチルダは同じ世界なのではないかと錯覚さえ起こしてしまう。
(でも、違うんだよね)
そう、この世界はこの世界であってミッドチルダではない。それは変えようがない事実。
もしも僕がいなくなったらなのははどんな顔をするのだろうか。悲しむだろうか、泣くのだろうか、それとも……。
いつしかあの時と同じことを考えて僕はまた一番星を見上げた。
ちらほらと空には他の星達が顔を出し大分賑やかになっている。それでも一番星はそれらに負けない光で自分の存在を誇示していた。
一番なのは最初に空に顔を出すだけでなくその輝きも一番なのだとそんなことを思った。
(あの星みたいに僕も……なのはの一番になりたい)
密かな決意、叶わぬ願い。胸に秘めて僕はなのはと一緒に電灯の灯った道を歩いていった。
こんなことばかり考えていたせいでとても大切なことを忘れたまま。