「ただいまー」
「ただいま」
家につく頃にはちょうどよく晩御飯の時間だった。
いい匂いが鼻をついた。多分これはシチューの匂いだ。なのはの話によればいろいろな野菜を牛乳で煮込んだ食べ物らしい。ほとんど毎日、フェレットフードばかり食べている身としては一度は食べてみたいと思う料理の一つだ。
そう思っていると遠くの方から足音が聞こえてきた。
「お帰りなさい、なのは」
「うん、ただいまお母さん」
「さっ、もう晩御飯できてるわよ。早く手を洗ってきてみんなで食べましょ」
「うん」
元気よく頷くなのは。それを見つめるなのはのお母さん――桃子さん。二人のやり取りはいつ見ても微笑ましいものがある。僕にも両親がいたらこんな風に笑顔になるのだろうか。いまいち実感が沸かないけど。
と、桃子さんの視線が僕のほうに向けられた。それはいつもとどこか違っていてまるで初めて僕を見た時の目に似ている。
「ところでなのは、この子はどちら様?」
「へ?」
「え?」
なのはの声と僕の声が綺麗に重なる。
そして思い出す、すっかり忘れていた一番大切なこと。
僕、元の姿のままだ。
「あっ、えと、この子はユーノくんって言って」
「ユーノくん? どこかで聞いて名前だけど……」
「あ、あのですね僕はなのはの友達でなのはの学校の友達で、それで最近知り合った隣のクラスの友達なんです!」
慌てるなのはに僕はすかさずフォローする、つもりがフォローになっていなかった。
口から飛び出したのは無茶苦茶な説明というかでまかせというか、とにかく滅茶苦茶。これじゃ何が何でもまずいだろ。
首を傾げる桃子さん。もしかしたら僕がフェレットの姿でお世話になっていることがばれたかもしれない。いやでもさすがにそれは考えすぎかもしれないど。
「そ、そうなのお母さん。ほ、本当はもっと早い時間にお母さんに言うつもりだったんだけど、実はね」
話題をそらすようになのはが続ける。
「え、えっとね、ユーノくんの家族が旅行でしばらく家を空けるっていうからよかったらわたしの家の夕食にご招待しようかなんて思っちゃっていきなりなんだけど駄目? お母さん」
「は、はい! たまには両親をのんびりさせてあげようと思って僕一人家に残ってそこでなのはが晩御飯に誘ってくれたのでそれでいきなり押しかけて、あの迷惑だったらいいんです!」
自分でも驚くほどになのはとの息が合い、それは見事な連携を見せる。
嘘はついてない、なんていったら大嘘の僕たちの言い訳は桃子さんに果たして通じるのか。曲がりなりにもなのはのお母さん、なのは以上に鋭い所があるかもしれない。
でもそんな考えは希有に終わった。
しばし、きょとんとしていた桃子さん、その顔が不意に崩れ口元が綻んだ。
「ふふ、そんな迷惑なわけないじゃない。優しいのねユーノくんは。いいわよ、晩御飯食べていきなさい」
「ほんと? お母さん」
「ほんとよ。娘のお願いを無碍に断る母親なんていないわ。それになのはが男の子の友達を連れてくるなんて初めてじゃない」
「ふぇ?」
なにやら言い含ませるような言葉とともに桃子さんは奥へと入っていく。なんだか足取りが妙に軽やかでご機嫌みたいだった。
それに比べて僕たちはなんとかこの場をしのいだ安心からか玄関にしばし立ち尽くしていた。
そうして先に口を開いたのは僕。
「ごめん、僕のせいでなんかすごいことになっちゃって」
「ううん、気づかなかったわたしも悪いわけだし。取りあえずご飯食べよ」
「そうだね」
反省していてもしょうがない。こうなったからには桃子さんの好意に甘えるようにしよう。礼儀としても多分それが一番いい。
僕らは靴を脱ぎ桃子さんに続いた。
思えば初めてだな、この姿でなのはの家に上がるって。