未開の土地に地図はない。いつだって冒険者達は古来からの知恵と己の勘を頼りに古代の栄光をその手にしてきた。
だがそこに至る道は必ずしも到達点が設けられているとは限らない。果てには時に命を奪うような罠が仕掛けられていることだってあるのだから。
「なめやがってーーっ!」
鬱蒼と茂った密林の空に怒声が響き渡る。
次の瞬間には奇怪なオブジェが鉄球の直撃を受けて盛大に爆散した。
空に飾られる灰色の雲。ふわふわと漂うこともなく風に流される中を緋色の騎士が軽やかに降りてくる。
「歯ごたえないくせにちょろちょろ出てくるんじゃねぇよ」
物足りなさげに鉄槌を振り回してヴィータは千切れゆく雲に毒づいた。
「なぁユーノ〜、一体いつになったら大魔王に会えるんだよ」
「大魔王って……」
「だってドラポンクエストじゃ敵倒して洞窟もぐって山を越えると魔法の城なんだぜ」
誇らしげに胸を張るヴィータ。気分はまさにゲームそのまま、世界を救う勇者様だ。
「はやても来りゃよかっのにな。こんなに面白いのに」
「駄目よ、はやてちゃんだって勉強忙しいんだから」
ヴィータをたしなめながらシャマルは今日ここに来てしまった自分の不運を呪いに呪った。
これなら医務室でお茶を飲みながら日がな一日ワイドショーでも見ていたほうがずっとマシなはず。いくらそれに対する報酬を前払いで貰っていてもだ。
ちなみにクロノ執務官の口座よりこれらリベートは支払われている。
「通信が取れなくなってもう二時間か……」
職員達の安否を気遣いながら悪い予感が当たってしまったとユーノは手元の方位磁針を見た。
くるくる回るご機嫌な針にこめかみを押さえずにはいられなかった。
「クラールヴィントはどうですか?」
「ダメ、方位どころか通信からなにもかも全部」
デバイスでも結果が同じならもう諦めるのが得策と思うしかなかった。晴天の空は窓から見るには嬉しくなるほど澄み切っているというのに今はこの世界の主の嘲笑に見えて胸糞悪い。
「まんまと誘い込まれたわね。どうするのユーノ君」
「そうですね……僕たちに残されている選択肢は少ないと思います」
「だったら行くまでだ。とっとと魔王倒して帰ろうぜ」
口を挟む選択肢が現状で最善となり得るものか。危険は多いが本来の目的に沿うならこれほど単純明快なものはない。
「ヴィータの言うとおりそうした方がいいかもね」
「じっとしててあの変なのと戦い続けるわけにいかないし」
二人の策士の意見はほどなくして噛み合った。選択肢はひたすらに前へ、ゴールへ進むこと。目指すべき場所は実際方位など分からなくても魔力反応であらかた検討はつく。
自分の居場所をご丁寧に教えてくれるのは明らかに罠なんて見解はこの際置いておく。行き先はわかっても相変わらず帰り道は分からないのだから。
「だろ!? じゃ早速出発しようぜ」
「そうだね、ぐずぐずしてられないし」
休憩がてらに腰掛けていた木陰を立つ。木々の隙間から差し込む容赦ない太陽に目を細めた。
既にヴィータが先陣を切り後にシャマルが追走している。ここではぐれたらそれこそ冒険はおしまい。遭難してサバイバルだけはご勘弁。
「それじゃ行こうか、なのは」
同じく休憩していた隣の彼女にユーノは出発の合図を送った。
青空を覆う枝、垂れ下がるつる、足元を隠すシダ、突き出た木の根……。
テレビで見るだけの世界の居心地は――最悪だった。
ジメジメと擬音が飛び出しそうな湿度に上がり続ける気温は既に40℃はあるやもしれない。耐熱耐寒耐電と三拍子揃ったバリアジャケットもあっさり敗北した。
熱けりゃ冷房、寒けりゃ暖房。スイッチ一つで自然を捻じ曲げ生きる都会っ子のなのはにこの気候は異常気候そのものだった。
ならば魔法で、と思いたいところだがこの森に入って進むごとにどんどん魔法が使えなくなりそれど頃ではない始末。
最初は自分が全ての魔法を使えなくなった。レイジングハートも今は喋る宝石だ。何かに襲われたらひとたまりもない。
二人だけならユーノが守ってくれたのだろうけど今は
「なめやがってーーっ!」
ご覧の通りハンマーを振り回した物騒極まりない少女が社会科で見たハニワのような物体と奮戦している。
まさか一緒に行く仲間がヴォルケンリッターの二人だなんて想像が出来なかった。いろいろと時空管理局と交流が深まってからは彼女達と顔を合わす機会も多く顔馴染みであることは確かなのだが。
以前のことは水に流しても手痛い敗北を喫した相手と体に手を突っ込まれた相手とならば身を固くするほかなかったりする。
「なぁユーノ〜、一体いつになったら大魔王に会えるんだよ」
馴れ馴れしくユーノに話しかけるゲートボール少女、もといヴィータ。何の因果か無限書庫にお使いに行ったのをきっかけにヴィータはユーノを酷くお気に入りだ。
年上に囲まれ子ども扱いされるヴィータには一人の人間として真摯に付き合ってくれるユーノは格好の相手だったらしい。我が強い彼女に大人しいユーノは話し相手としてはぴったりだろう。
「だってドラポンクエストじゃ敵倒して洞窟もぐって山を越えると魔法の城なんだぜ」
この場合ユーノは最高の子分なのだろうけど。
それなら自分はユーノの恋人、ヒロインだ。
なのにやっぱり
「そうですね……僕たちに残されている選択肢は少ないと思います」
自分よりも周りなのは相変わらず。咎めているわけではないが少しぐらいは目を向けて欲しい。
ヴィータだって今にすぐ魔法が使えなくなるのだ。シャマルも魔法が使えなくなったみたいだしユーノにはチェーンバインド程度しか魔法が残されていない。時間の問題だ。
「それじゃ行こうか、なのは」
立ち上がるユーノに一拍子置いてなのははゆっくりと腰を上げた。表情は心なしか重い。
「あっ、ユーノくん」
「なに?」
せめて手を取るなりしてくれてもいいだろうに。
思ったけど口には出せない。
「……暑いね」
はぐらかしてなのはは笑った。
そんな愛想笑いで暑さが和らいだら少しは気分は晴れるだろうか。
「もうすぐ一番反応の大きい場所に着くと思う。そうすればきっとみんな解決するよ」
笑顔で彼は答えてくれた。額を流れる汗が陽光にきらりと光った。
もうこうなったら映画みたいに次々に困難が降りかかって欲しい。何もかも忘れて目の前のことだけに必死になりたい。
胸のもやもやを旅のお供になのはは一歩踏み出した。