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[406]430 ◆uhdacqdci6 2006/02/19(日) 16:17:26 ID:hRU//XkB
[407]430 ◆uhdacqdci6 2006/02/19(日) 16:18:54 ID:hRU//XkB
[408]430 ◆uhdacqdci6 2006/02/19(日) 16:19:27 ID:hRU//XkB
[409]430 ◆uhdacqdci6 2006/02/19(日) 16:19:59 ID:hRU//XkB

カルマ 4.つのるおもいと

 メートヒェンにとって、僅かな例外を除けば、世界とはユーノのことだった。
 ユーノを主に選ぶことによって、彼女の意識が芽生えた、と言い換えてもいい。
 いや、あるいはそんな難解な言い回しをしなくても、単純にこう説明することが適切かもしれない。

 メートヒェンはユーノのことが大好きだった、と。

 だから、2人以外には何も存在しない空間で、少女は毎回ユーノに話をねだった。
 隣に腰掛け、胸にもたれて、首を仰いだ体勢で彼の顔を見上げながら、ユーノが様々な話をするのをいつも嬉しそうに眺めていた。
 少女はユーノが話をしているのを見るのが好きだった。
 話の内容はもちろん、話しているときに彼がふと浮かべる楽しそうな表情や、悲しそうな表情。
 そうした感情の一端が表れるのを見ると、彼の感じてきたことを我がことに出来るような気がした。
 ユーノのことを1つ1つ理解していくことの出来るこの時間が、少女は大好きだった。

 けれど、話が最近のことになる時や、じっと少女の栗色の髪を見つめている時。
 そうしている間、ふとした時に思い出を振り返る彼の眼に、寂しさや親しさ、それらをない交ぜにした強い、強い想いがよぎることがあった。
 届かないことを知っていて、それでも星に手を伸ばしている。そんな切ない瞳だった。

 なぜだろう。理由は分からないけれど、その瞳を見ると少女の胸がちくりと痛んだ。



 無限書庫での仕事を片付けて自室へと帰ってくるなり、ユーノは倒れこむようにベッドに寝転んだ。
 身体が重く、意識にもやがかかったようにぼんやりとしている。それに何より、胸の中で何かが物凄い勢いで渦巻いていた。

 時刻はいつも帰ってくる時間に比べれば、遥かに早い。
 そういえば、最近は定時に仕事を上がっていなかったことを思い出す。
 莫大な無限書庫の蔵書の数に、膨大な検索依頼。
 いくらユーノが優秀であろうとも、決して定時までには終わらせられなかった仕事。
 けれど、今の彼はいつも一緒にいる相棒がいる。そのおかげで、こうして定時に仕事を終わらせることが出来た。
 この分なら、そう遠くないうちに休暇を取れるだけの余裕もできるだろう。
 そうなれば、久しぶりに彼女に会うだけの時間を作ることもできる。

 ユーノは手元の端末を操作した。中空に表れる画面に、短い文章がいくつも表示される。
 それは、なのはからのメールの数々だった。
 最近はこちらの仕事の忙しさを察してくれているからか、なのはからの連絡の多くはメールで送られてくる。
 今日は4人で遊んだとか、仕事がんばってだとか、その内容は様々だったが、それら全てに自分への気遣いが感じられる、そんな優しい文章だった。

 なのはからのメールが来るたびに、毎回のように浮かれる自分がいた。
 なんの変哲もない文面を何度も何度も読み直して、手紙だったならぼろぼろになるくらいに何度も何度も読み込んだ。
 ユーノをそうさせた何かが自分の中で渦巻き、吹き荒れて心をぐちゃぐちゃにかき乱していく。

 ――ユーノ君。

 まだ、はっきりと覚えている。
 屈託なく笑う彼女の笑顔も、優しさと芯の強さを兼ね備えた声も、まっすぐな瞳も。
 そして、その度に締め付けられる胸の痛みも。
 今も思い出すなのはの声は優しくて、本当に優しくて。

 けど、それだけで。

 ユーノはこみ上げてくる何かを押さえ込むように、強く強く目を閉じた。

 昼間の会話が思い出されて、仕事に忙殺されていた毎日によって目を逸らしていた自分に、今更ながら気が付いた。


 ――同日。時空管理局本局。

「A班、旧062号次元の崩壊当時の難民リストはどうなってますか?!」
「現在作業進行率およそ60%! あと3時間ください!」
「分かりました! B班、指定した棚の整理の進行状況の報告を」
「既に8割がた終わっています。あと1時間で終わらせてみせますよ!」
「お願いします! それが終わり次第、D班のフォローに回ってください」
「こちらC班、検索する内容が多すぎます! このままでは期日に間に合いません!」
「……B班のうち3名をC班のフォローにまわして下さい! 僕もそちらを担当します!」
「了解!!」

 名の通りの無限を感じさせる、果てなく続く塔のような無限書庫。
 かつては人が立ち入ることもまれだったこの場所が、今は喧騒にまみれていた。
 その中の人々に次々に指示を与えながら、ユーノ自らもすぐに資料の検索に移る。

 年上の部下達の頼もしい返事に頬を緩ませると、ユーノは体重を感じさせない羽のようにふわりと身体を立たせ、ゆっくりと手のひらを前にかざした。
 足元に生まれる魔法陣。どこからか書物が浮かび上がり、彼の周りに集まってくる。
 ユーノ自身が組み上げた検索魔法によって集まった書物。その数、15冊。
 魔法の名手であるリーゼアリアをも驚かせたその数全てがひとりでに開き、ぱらぱらとページを捲っていく。

 初めそれに対して、メートヒェンはうっすらと輝きを保ったまま沈黙を保っていた。
 ただじっと仄かな明かりをともして、それが稼動していることを示している。
 魔法の補助を担当するデバイスとしては明らかにおかしな行為。けれどその主たる少年はその事を疑問にも思わない。
 なぜなら彼女はまだ生まれたばかりの子供で、今自分が使っているそれをじっと見つめて覚えようとしているのだから。

 やがて、メートヒェンは一区切りつけるかのように一度淡く輝いた。

 ――stand by ready.

 その声が響き渡ると同時に、ユーノの身体に異変が起きた。
 彼の魔力の源たるリンカーコア。そこから流れ出る魔力が一気に増える。
 その脱力感に眉をしかめて耐えながら、しかし口元は微笑みの形にゆがむ。
 放出される魔力は二倍。けれど、その中で制御する量は変わらない。

 そして、彼の足元の魔法陣の更に下に、もう一つの魔法陣が燐光を伴って浮かび上がる。

 ユーノの周りに浮かぶ本の数はそのままに、さらに次々と書物が浮かんでは開かれていく。
 その数、10冊。更に時間がたつにつれ、一冊、また一冊と検索される本の数は増える。
 最終的には、その数は15冊に及んだ。
 ユーノ自身の手による本の数とあわせれば、その数は2倍に及ぶ。
 消耗は激しいものの、もとが検索魔法であり魔力自体はそう使わないことも手伝って、そこまで辛いわけでもない。

 閉じた瞼の裏に、一生懸命になって手伝ってくれている幼子の姿を幻視して、ユーノは微笑んだ。

 瞳を開けて、周囲で開いていく資料全てに目を走らせる。自分ひとりでは追いきれない情報量も、今なら問題なく行っていける。

「頼んだよ、メートヒェン」
『All right.』

 胸元のデバイスに信頼をこめた視線を一度送る。それに応えるように、メートヒェンは元気よく輝いて見せた。

「……あれ?」

 視線は胸元を越えて足元へと向かう。その先に、見慣れた金色の髪の姿が見えた。

「久しぶりなのにごめんね、手伝ってもらっちゃって……」
「そんなこと気にしないで。おかげでこうやって話せる時間が出来たんだから」

 フェイトがユーノと会うのは、実に2週間ぶりほどになる。
 ミッドチルダからは近いといっても、本局は現在フェイトたちが住む世界とはかなり離れている。
 最近はアースラから任務で呼び出されることもあったが、その際にもあらかたの調査を終え、実力行使の段階で呼び出されたため、本局に寄ったことはなかった。
 その帰りにしたところで、フェイトの立場を気遣ったリンディやクロノによって、すぐになのは達の元へ戻っていったため、ユーノと会う機会がなかったのだ。
 執務官試験の関係で本局を訪れることになり、空いた時間で久しぶりに会おうと思ってやってきたのが先ほどのことになる。

 端的に言ってしまうと、フェイトは驚いていた。
 ユーノの検索魔法のことはクロノから聞いていたので知ってはいたが、まさかこれほどとは思っていなかった。
 と、いうよりも、常識的に考えてありえない検索速度だ。
 考えてみれば当然の話である。
 なのはのバスターを受けきるだけの能力と技能を持ったリーゼアリアですら、検索魔法においてはユーノに並ぶことは出来ない。
 ユーノ一人でそれだけの技量を持つというのに、さらに彼自身が制御できる書物の二倍の量を検索しているとなれば、それはもうありえない量といってよいだろう。
 まあ、認識に齟齬があるので別の意味で当然の話なのだが。

「そんなことがあったんだ……」

 彼がデバイスを得るまでのでいきさつを聞いてフェイトは頷く。
 なんともまあ間の抜けたいきさつではあるが、こういったことでユーノが嘘をつくとも思えない。
 彼の首元にかけられたメートヒェンに視線を移した。
 ちょうどジュエルシードのような形をした栗色のデバイスが紐にかけられて胸元にぶら下がっている。

「この子が?」
「うん。この子がメートヒェン」

 頷いて、提げていた紐を首から外してフェイトに差し出す。
 主の手のひらの上で、メートヒェンは淡く光って挨拶した。

『Nice to meet you.』

 礼儀正しいデバイスの挨拶に、フェイトの口元がほころぶ。
 優しい顔で、フェイトは挨拶を返した。

「こちらこそはじめまして。私はフェイト。よろしくね」

 応えてメートヒェンが輝くのを、二人は微笑ましく見つめていた。

 あれ、と、フェイトはおかしな点に気が付いた。
 何がおかしいのか、はっきりとは分からない。ただ、違和感があった。
 なんだろう、と視線を走らせる。ユーノの姿に変わりはない。穏やかな顔も連日の仕事の疲れか少しだけ顔色が悪いが、気にするほどでもない。
 メートヒェンにしたところで、胸元の栗色のクリスタルにも似た小さな姿は今日初めて見た時から変わっていない。

 ……変わっていない?

 フェイトは違和感に気が付いた。フェイトがユーノを見たとき、彼は魔法を使っていた。それも、かなり複雑な検索魔法を。
 にもかかわらず、その時もメートヒェンはこの小さなクリスタルの形をとっていた。
 このデバイスが別の形をとるところを、フェイトは見ていないのだ。
 それなのに、あれだけの魔法の使用を管制しきれている。それが疑問となってフェイトの胸のうちにわだかまっていた。

「うん、それが、メートヒェンにはいろいろあって……」

 そのことを尋ねると、ユーノは困ったようにそう答えた。
 聞かれたくないことというよりも、答えるのが難しい質問らしい。
 事実、ユーノは説明に迷っていた。メートヒェンは開発者の性格そのままに、かなり特殊なつくりになっている。
 それをどう説明するか、ユーノは散々迷った末に、自分が開発者から聞いた説明をそのまま伝えていくことにした。
 元々、レーゲンとフィーゲルの2人はインテリジェントデバイスの管制システム、つまりAIに並々ならぬ興味を持っていた。
 主と心通わせ、状況に応じてその場その場で最適な行動を選択するインテリジェントデバイス。
 それを更に発展させれば、AIは更に深く人間と心通わせ、戦闘以外にももっと汎用性をもたせることができるではないかと考えたのだ。
 そうした考えの先に行き着いた果ては――当時の本人達は知らなかったのだが――リィンフォースの設計思想であった。

 メートヒェンのデバイスとしての種類を正確に表現すると、完全自律式半融合型デバイスということになる。
 だから、正確に言うとインテリジェントデバイスじゃないんだよね、と開発者は笑っていた。

 融合型デバイス。
 それは、ベルカによって開発された意思持つデバイスが状況に応じて術者と融合することによって魔力の管制・補助を行うデバイスの事を指す。
 直接精神とリンクすることにより、他のデバイスを遥かに凌駕する感応速度が得ることができ、また、夜天の魔道書の場合、魔力を蒐集すると言う特性のためか、魔力量も大幅に上げることが出来た。

 とはいえ、ロストロギアである夜天の魔道書をそのまま再現できるほどの技術力はもちろん2人にはない。
 そもそも、開発段階の時点ではその存在も知らなかったのだ、真似することは不可能であった。

 それでも、不完全とはいえメートヒェンは確かに融合型デバイスであった。
 その機能のほとんどを主と融合させることにより従来のデバイスを凌駕する感応速度をたたき出し、また、より深い主とのシンクロナイズを可能とした。
 メートヒェンは主であるユーノの中にいることにより、彼とより深く繋がり、理解し、彼の扱う魔法を自ら覚えることが出来た。
 このため、デバイスをあまり必要としない結界魔法の類であろうと、管制補助だけではなく、先程のようにメートヒェンが自らの意思でユーノのリンカーコアか魔力を引き出し、並列に魔法を行使することを可能とした。

 しかし、開発中であったこのデバイスには一つの大きな問題があった。
 それは、インテリジェントデバイスよりも主と直接繋がることになるこのデバイスは、主の選定の基準が非常に厳しくなってしまうことだ。
 単純に魔法資質や魔力量だけの問題ではない。融合適性やそのほかの数え切れないほどの条件を全て満たさなければ、メートヒェンはその相手を主と選ぶことが出来なかった。
 そのため、メートヒェンが自らの意思で主を選んだことに、二人は非常に驚いて見せたのである。

「要するに、この子はどちらかというと、リィンフォースみたいなデバイスなんだ。
 このデバイスを通してメートヒェンが僕の中に入ってきて、魔力の管制や補助に協力してくれるし、場合によってはさっきみたいに僕とは別個に魔法を展開してくれる。
 ……こんな感じの説明で分かる?」
「分かったけど……」

 ユーノは説明をそう締めくくるのを、フェイトはなんとも言えない顔で聞き終えた。
 さきほどと同じ違和感がもやもやとわだかまっている。今回はその疑問が何なのかは分かっていたので、素直に尋ねた。

「それって、インテリジェントデバイスじゃなくて融合型デバイスじゃないの?」

 説明を聞く限り、これは完全に融合型デバイスだ。インテリジェントデバイスと呼ぶ理由が分からない。
 ユーノは苦笑した。奇しくもそれは、彼がフィーゲルに説明を受けたあとに尋ねたものと同じ質問だった。

「うん。僕もそう思ったから聞いてみたんだけど……」

 その時の答えを思い出すと、おかしさがこみ上げてくる。
 それを不思議がるフェイトに、その時のフィーゲルの返答を教えた。

 ――だって、インテリジェントデバイスの方が、この子が生きてるって感じがするじゃないか。

 その時のフィーゲルの顔を忘れることはきっと出来ないだろう。
 それは、子供が自分の宝物を胸を張って自慢するときのような、無邪気で誇らしげな表情だった。


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