パーティー開始から数時間がたったとき、はやてがふいに立ち上がった。
(そや!うちにはやらなあかんことがあったんや)
急いで部屋を出て十字架型のアクセサリーとなっているデバイスに向かってはやてが囁いた。
「リィンフォース!出番やで」
『マイスターはやて!あれですね』
半透明の小さな少女が浮かび上がる。
「そうや、あれや」
いたずらっぽい笑顔を浮かべて魔法陣とともにはやては姿を消した。
「あれ?はやてちゃんは?」
急に見当たらなくなった主の行方をシャマルが尋ねた。
「トイレに行くって言ってたぜー」
そろそろ飽き始めたヴィータが眠そうに答えた。
「そういやあんた昔トイレにもついてきたよーな…」
トイレの単語を耳に入れたアリサがジト目でユーノを睨みつけた。
「行ってない行ってない行ってない!!!ちょっとアリサ!過去を捏造するのはやめてよ!!」
明らかに冤罪だがユーノは慌てて弁解してしまう。
その様子がおかしくてついついいじめてしまうアリサだった。
「…どうしたのなのは?」
ちょっと元気のない友人を心配してフェイトが声をかけた。
「え!?う、うぅん!別にどうもしないよ?」
びくっと反応するなのはだったが、同時に、心配させるほど自分の様子がおかしいことに改めて気づいた。
(なんなんだろ…ほんと)
ふぅっとため息をつくなのはに、フェイトは少し思い当たる節があった。
そのことを口にしようとした瞬間、部屋に三角形の魔法陣が出現する。
「え?こ、これって…」
フェイトが驚きながら床を見下ろした。
「ん?この魔力は…」
「はやてじゃん。なにやってんだ?」
すぐに気づいたシグナムとヴィータ。シャマルとザフィーラも不思議そうに魔法陣の中央を見つめている。
「なになに?なにが起こるってのよ」
魔法にさっぱりなアリサがユーノに尋ねた。
「これはベルカ式の転移魔法だ…。誰か来るみたい」
みなと同じ方向を見つめながらユーノが答えた。
しばらくすると人影が現れた。
「やーやーお待たせいたしました。本日のシークレットゲストの登場や!!」
オーバーにはやてが片手を上げると、同じく魔法陣から二人の人影が現れる。
「フェイト、おめでとう」
「まったく、なんて強引な…」
姿を現したのはリンディとクロノだった。
「母さん!!お兄ちゃん!!」
手を口に当ててフェイトは驚きをあらわにした。今日は忙しくて来れないと聞いていたからだ。
「今までいられなくてごめんなさいね。私としても最後までに間に合えばとは思ってたんだけど…」
「強引に連れてこられたよ」
ジロリとクロノがはやてを見たが、はやては気づかないふりをした。
今頃会議中にクロノとリンディが姿を消したことで局員が大いに慌てていることだろう。
(はぁ、始末書書かないとな)
と思いつつもあまり妹に変な気を使わせたくはなかったので微笑みながら言った。
「あらためて、合格おめでとう」
「うん、ありがとう」
少し目に涙を浮かべてフェイトが答えた。
「うんうん、よかったよかった。ええ話やないかー」
フェイトの後ろで涙をぬぐうふりをしながらはやてが言い、クロノの笑顔に青筋がたった。
「主はやて、私は感動しました!」
「なんか拉致に近いっぽいけど、ほんとにいいのかしら…」
シグナムが本気で涙をみせ、シャマルがいぶかしげにその光景を見ていた。
「リィンフォースも内緒にしてたんだなー」
『主の命令はぜったいですから!』
手を頭の後ろに組んで言うヴィータに、半透明のリィンフォースが秘密を守ったことを自慢げに話した。
「そんじゃ、仕切りなおしといきましょうか!!」
アリサがパチンと指をならすとシェフやらボーイやらが次々と現れ、空いた皿を片付けて新たな料理を運んできた。
そして夜遅くまでパーティーは続き、バニングス家の豪邸から賑やかな声が響いた。
*
「ふぃ〜もう食べれないよ〜」
満腹のアルフはぐにゃ〜と床に這いつくばった。
「ほら、アルフ、もう帰るよ」
フェイトがアルフを抱き上げながら言った。今日は久しぶりに家族で過ごせる日だ。足取りも軽くなる。
「今日は本当にありがとうね。うちのフェイトのために」
リンディが深々とアリサに頭を下げた。
「い、いえ!いいんです。あたし達もみんな自分のことみたいで嬉しいですから」
急にあらたまって言われたのでアリサもこれまた深々と頭をさげた。
「………」
自分に対するものとはあからさまに違うその態度にユーノはジト目でアリサを見た。
「なによ!文句あんの!!」
「…すいません」
アリサに対して謝る癖が染み付いてしまったユーノだった。
「それじゃあ、またね」
すずかが車に乗り込みみんなと別れを告げた。
「また今度な〜」
騎士達を引きつれはやてもまた帰宅の途についた。
「それじゃあ私達も帰りましょうか」
リンディが肩に掛けたスカーフを直しながらフェイトに話しかけた。
「うん。…あ、ちょっと待って」
そう言ってフェイトはユーノの方に走った。
「ん?どうしたの?」
玄関でアリサに憎まれ口を叩かれ、ようやく解放されたユーノが走ってきたフェイトを見て尋ねた。
「えと、あのね、わたしが合格したのって、ユーノが勉強を教えてくれたおかげだからちゃんとお礼が言いたくて…」
しばらく一緒に勉強した仲だが、あらたまってこういうことをいうとさすがのフェイトも少し恥ずかしかった。
「ううん、僕は自分にできることをやっただけで最後はフェイト自身が頑張った結果だよ」
素直に自分の思ったことを口にした。
「うん。でも、本当にありがとう」
そう言って微笑むフェイトに、ユーノは鼓動が高鳴るのを感じた。
「あ、う…うん」
直視できなかったのですこし目線をはずしながらユーノが答えた。
「それじゃあまたね、なのは、ユーノ」
フェイトが元気に手を振りリンディ、クロノとともにマンションへと向かった。
例によってユーノがなのはを送ることとなったが、何故か沈黙が続いていた。
「…………」
「…………」
深夜の歩道、お互いの足音があたりに響いた。
(なんだろ、この空気…)
ユーノはよくわからない雰囲気に少々気まずさを感じていた。
黙々と歩くなのはに何か話さないととは思うが、話題が全く思い浮かばなかった。
とりあえず何か言おうと口を開いた瞬間、先に話しかけてきたのはなのはだった。
「あ、あのねユーノくん!」
「は、はい!」
出鼻をくじかれた上に逆に話しかけられたので、ユーノは変な返事をしてしまった。
しかし今のなのはにはそんな細かいことは気にならなかった。
「わたし達って、最近全然会えてないよね?」
こちらを見ずに歩きながら話すなのは。
「え…う、うん。そうだね。僕は司書長になったし、なのはも学校があって、最近じゃ厳しいって有名な教導隊研修を
受けてるから…。なかなか時間が合わないよね。今日みたいなことでもないと」
おかしな緊張感のせいもあってかユーノはベラベラと話した。
ただ、元々思ったことを素直に話すタイプだったので不思議と内容に違和感はなかった。
「…………」
「…………」
(あ、あれ?)
再び降りる沈黙にユーノはどうしていいかわからなくなった。
(あぅ…何をやってるんだ僕は…)
久しぶりに二人っきりだというのになに一つ気の聞いたことを言えなかった。
…もうすぐなのはの家に着いてしまう。
その時、意を決したようになのはがこちらを向いた。
「あ、あの、あのね…。司書長になったお祝いもかねて、これを受け取ってほしいの」
そう言って髪をとめているリボンの片方をはずしこちらに差し出した。
「え、いいの?」
驚いたようになのはの手にある緑色のリボンに目を落とした。
ユーノはリボンを渡すことの意味を知っていた。絆の証…ユーノはそう理解していた。
「ユーノくんじゃなきゃ、駄目なの」
真剣な表情で言うなのは。きっと、何かが絆を形に残さなければならないと思わせたんだろう。
その何かがなんなのかユーノにはわからなかったが、しっかりと受け取ることでその気持ちに答えた。
「ありがとう。大事にするよ」
そう言ってユーノは微笑み、なのはもようやく表情がやわらかくなり笑顔を見せた。
*
「それじゃあまたね!」
「うん、また」
家の中に入るなのはをユーノは最後まで見届けた。
そしてしばらく一人で夜道を歩いた。人がいないところで魔法を使うつもりだったし、ちょっと散歩もしたかったからだ。
(なのはもフェイトも、それにはやても。みんな将来に向けて歩き出したんだよね…)
闇の書事件以降少しずつ現実味を帯び始めていた将来の姿。今まさにみんながそのスタートラインに立ったといえる。
自分も司書長に就任して間もない。これから覚えることがたくさんある。
みんなに負けていられないな、とユーノは思った。
「さむ…」
急に吹いた北風に肌寒さを感じポケットに手を入れると、先ほどなのはからもらった緑のリボンが手に当たった。
「髪の毛、もっと伸ばさないとなぁ」
空を見上げると夜空には雲ひとつなく、たくさんの星がきらめいていた。
―――そして3年後
―――それぞれがそれぞれの道を順調に歩んでいく最中
―――事件は起こった。