「できるのか…その作戦」
クロノがユーノを見て言った。
「…やるしかない。今はこの作戦にかけよう」
ユーノがその場にいるみんなを見渡しながら言った。
「あのー、でも、相手をバインドできるの?あの人、拘束解除得意そうだよ?」
なのはが学校のように挙手をして質問した。なんだか緊張感のない感じだが、少しみんなの心が和らいだ。
「うん。みんなに言ってなかったけど、とっておきのバインドがあるんだ」
そう言ってユーノがなのはに微笑んだ。魔法のように見るものの心を安心させる、そんな笑顔だ。
「なのは、残りのカートリッジは?」
フェイトが残りの戦力を把握するために聞いた。
「最初使いすぎちゃったけど、あと2本残ってる。これで一気にかたをつける」
強く、それでいて少し悲しげな顔で答えた。それを見てクロノがたしなめるように言った。
「向こうは本気で殺す気できている。生半可な気持ちじゃこっちがやられるぞ」
「う、うん…」
いちおう非殺傷設定ははずさないが、これから行う攻撃はおそらく最大規模。純粋な魔力攻撃とはいえ、相当な
衝撃が相手を襲うだろう。エネルギー量から言って何が起こるかわからない。
「なのは。あいつの防御を破るにはしかたがないんだ。やろう」
フェイトが静かに言った。みんなわかっている。できればこんな手荒で危険な方法をとりたくないことぐらい。
「うん!」
今度は力強く頷いた。相手を傷つけたくないけど、仲間や自分が殺されるのは一番あってはならない。
決意とともにカートリッジを強く握り締めた。
「そろそろ、死ぬ準備もできただろう」
魔導師が4人に向かって言い放った。5分というわずかな時間だが待ってくれたのは自信からくる余裕か、
はたまた他になにか意図するところがあるのか。誰にもわからなかった。
「誰も死なないさ」
クロノがS2Uを回転させ持ち替え、フェイトに目配せした。
「うん。行くよ!バルディッシュ、ザンバーフォーム!!」
『Yes, sir.Zamber form.』
バルディッシュが輝きを放ち大きな金色の刀のようにその形を変える。
そして戦いの火蓋がきって落とされた。
*
「スティンガースナイプ!!」
クロノが放った魔力光弾が魔導師を追いかける。魔導師はうまく体を移動しそれをかわしていく。
(体術も相当なものだな…)
クロノは攻撃しながら相手を分析した。
(これならどうだ!)
『スナイプショット』
光弾の速さがぐんぐんあがり魔導師のまわりを目にも止まらぬスピードで周回する。
高速の周回運動の後、突然軌道を変え魔導師の真後ろから光弾が襲い掛かる。
ドン!っと魔導師に当たり煙が立ち込める。
「よし!」
手ごたえを口にした瞬間、クロノの真後ろから魔法陣を伴い無音で魔導師が姿を現す。
「撃ち抜け、雷神!!!」
巨大な剣でフェイトが真上から斬りかかった。
魔導師はぐいっとクロノを引っ張り放り投げる。
「うわ!?」
急に引っ張られ目の前のフェイトに驚くクロノ…と見せかけ、すでにこの反撃は予期しており
申し合わせたようにフェイトの攻撃を回避、フェイトはそのまま斬りかかった。
魔導師が片手で張った強固なシールドがそれを防ぐが、結界・バリア破壊効果を持つその攻撃にシールドは
破壊された。割れたシールドのすき間からギラリとした魔導師の鋭い目がこちらを覗いている。
『やっぱり届かないか…兄さん!!』
魔導師が体勢を立て直す前にすでに空中には数百もの光の剣が浮かんでいる。
「スティンガーブレイド・エクスキューションシフト!!!」
クロノがS2Uを振り下ろすと一斉に光の剣が舞い降りる。
「くっ!!」
さすがの魔導師も転移の暇もなく、先ほどとは逆の手で形成していたシールドを振りかざした。
全ては盾の前にはじかれる。
(無駄なことを…)
そう思い周りを見渡した瞬間、先ほどと同等の数の光の剣がこちらにむいていた。
「まだまだーーーーーー!!!!!」
青き光の剣が雨の如く降り注ぐが、一本として魔導師には届かなかった。
シールドを貫けないとわかっていながらもまだ攻撃を繰り返す相手に魔導師は少し呆れた。
とにかく息つく暇もなく攻撃を続けるクロノ。
「とどめだ!!デュランダル!!!」
『OK, Boss』
すでに逆の手に持っていた白きデバイスを振りかざす。
「悠久なる凍土 凍てつく棺のうちにて 永遠の眠りを与えよ!!」
『Eternal Coffin.』
魔導師を中心に巨大な氷が包み込む。
「くっ、はぁ…はぁ…はぁ…!!」
自分の中の最大の攻撃を連続して使用してクロノの魔力は限りなく消費されていた。
(やっぱり…駄目か…)
クロノの詠唱中に防御呪文を唱えたのか、巨大な氷の中心に球状の空間があり、その中から魔導師がこちらを見ているのが見えた。
とにかく転移される前にかたをつけなければならない。一回限りの短期決戦がこの作戦の中身だ。
「フェイト!!!!!」
クロノが叫ぶと、すでにフェイトは氷の真上で巨大な魔法陣を作り詠唱に入っていた。
「アルカス・クルタス・エイギアス。煌めきたる天神よ、今導きのもと降り来たれ。バルエル・ザルエル・プラウゼル。
撃つは雷、響くは轟雷。アルカス・クルタス・エイギアス…」
目を見開き、バルディッシュを振り下ろす。
「フォトンランサー・ファランクスシフト、ファイヤー!!!!」
30発以上のフォトンスフィアよりフォトンランサーが繰り出され、魔導師ごと氷を破壊する勢いで飛んでいく。
直撃と同時に、巨大な氷が細かな欠片となって空中に散った。
当然のように威力の弱まったフォトンランサーは魔導師のシールドを貫けなかった。
(本当に無駄なことを…)
魔導師がそう思った刹那、辺りがまばゆい光に包まれた。
(ぐっ!?)
あまりの閃光に目を閉じたが、何が起こったのか魔導師には理解できなかった。
ゆっくりと目を開ける。今もなお光の中に自分がいて周りは何も見えないが、開けずとも感覚でわかっていた。
自分が今拘束されていることが。
「どうやった?」
一言魔導師は後ろにいるであろう少年に話しかけた。
「簡単ですよ。魔力で生成された氷の欠片はフェイトの電撃で電気的な性質を帯び均等に分散、今も僕らの周りに浮かばせてある。
さらにこの次元の特徴である三つの恒星による強い光が氷の粒子の中で乱反射して強い光をこの空間に閉じ込めている。
あまり目を開けていると目がいかれますよ」
「…そうか」
あの大技の連続は今この瞬間、バインドを掛けるためだけの囮だったとは。
その無謀さと派手さに全く魔導師は気づかなかった。
「しかし、もう大技は撃てないだろう。私のシールドはバインドされていても使えるぞ」
魔導師がそう言うとユーノは静かに言った。
「感じませんか?この魔力」
確かに感じる。自分の真下に莫大な魔力が収束していくのが。
「まさか!?」
「そうです。こちらには術者の魔力に加えて、周囲の魔力を集積することで得た魔力を一気に放出する収束攻撃魔法の
使い手がいます。まあ僕が教えたんですけど。先ほどの大技の数々、ただの目くらましだと思いましたか?」
「くっ!!」
さっきの自分の考えが読まれたように否定され、さすがに少し頭に血が昇った。
先ほどの強力な魔力攻撃はシールドで防いだことによりここら一帯の空気中に散っている。もちろん自分の魔力も含めて。
その魔力が十分なチャージ時間により一点に収束していくのがわかる。
(あの魔法をくらうのはまずい…)
転移をしようと集中する。…しかしギリギリとバインドに締め上げられ集中できない。
「無駄ですよ。転移は集中力を必要とする。僕だって結界魔導師の端くれだ。それくらい知っています」
「これならどうだ!」
いらだちからか声を荒げ、バインドを外そうと解析しながら魔力を込める。
しかし、あることに気づいた。まったく術式がわからないのだ。
(なんだ、この魔法は!)
長年の経験と研鑽(けんさん)を積んだ自分は現存するほとんどの魔法を知っているつもりだった。
しかしどうだろう。今自分が拘束されているバインドは自分の知るどの魔法とも類似しない、まったく未知のものだった。
(くっ!!解けん!!!)
うっすらと目を開け自分の体を見ると、見たこともない文字が自分にまとわりついているのが見えた。
その文字は血と同じ色だった。
「そう、このバインドは絶対に解けません。あなたはここで僕と…」
少年が耳元で囁くのが聞こえた。
*
クロノとフェイトは空中から光の空間を見つめていた。あまりに強い光のため長く直視することができないが。
フェイトもクロノもほとんど魔力を使い切り、飛んでいるのがやっとの状態だった。
(なのはのスターライトブレイカーのチャージももうすぐ終わるな…)
魔導師が姿を現さないところを見ると、どうやらユーノのバインドは成功したらしい。
「兄さん…」
フェイトが不安そうにこちらを見てきた。
「大丈夫。あいつならできるさ。絶対に」
そう言いながら細目で光の先を見つめた。作戦では、バインドしつつスターライトブレイカーの射程外に移動する手筈になっている。
もうすぐカウントダウンが始まる。ユーノの姿はまだ見えない。
ためしに念話で応答をとってみた。
『ユーノ!ユーノ!!』
しばらくすると返事が返ってきた。
『ああ、クロノ。作戦は成功したよ。今拘束してる』
言っている間にレイジングハートのカウントダウンが始まった。
『Count 9, 8,...』
『おい、早く離脱しろ!巻き込まれるぞ!!!』
クロノが叫びにも近い強さでユーノに呼びかけた。
『……このバインド、実は長く持たないんだ。有効距離も限りなく短い。僕の血液を媒介にしてるから…』
『な、何を言ってるんだ?』
ユーノの言っていることが理解できなかった。カウントダウンは止まらない。
『6, 5,...』
『なのはには一番嫌な役目をさせちゃって…。謝っておいてね。クロノなら、きっと支えになってあげられる…』
(!!!!!)
『フェイ……三年前……あり……う…』
発射直前の魔力攻撃の影響で念話がうまく繋がらない。
ようやくわかった。ユーノは最初から………
次の瞬間クロノは思い切り叫んでいた。
「なのはーーーー!!!!撃つなーーーーーーーーーーーーー!!!!」
「え!?」
声に反応するまもなくレイジングハートが合図を告げる。
『Count zero.Starlight Breaker.』
桜色の光の柱が輝く光の空間を貫くようにそびえ立った。
スターライトブレイカーは魔導師が作り出した強固な結界をもたやすく突き破る。
衝撃で散った氷が粉雪のように舞い降り、辺りは幻想的な景色となった。
―――――そしてその光の中、少年と魔導師、12個のジュエルシードはその姿を消した。