上を見上げると、目の前は太陽がすぐそばにあるかのようにまばゆい光を放っている。
見ていることが出来ずに目をぎゅっと閉じた。それでもなお、光は瞼を通り目に刺激を与え続ける。
位置はわからないけど不安はない。だって彼が教えてくれるから。
『なのは、真上だよ。全力全開、手加減なしで!!』
自分のよく知る少年の声が聞こえる。そういえば、6年前にも同じような助言されたっけ。
魔法の世界に足を踏み入れるきっかけとなった彼。わたしのことをよく理解してくれている彼。
彼のおかげでさまざまな人と出会い、多くの経験をすることができた。
危険な時も、悲しい時も、嬉しい時も。いつもそばにいて微笑んでくれた。守ってくれた。
「管理局の人間は……必ず殺す」
敵。魔導師。彼はわたし達を憎んでいる。その瞳は、獣のように鋭く、残酷だった。
殺す。殺される。初めて感じる恐怖と緊張。仲間が絶命する様子なんて想像したくもない。
だから撃つ。最大の魔法を。守るために。止めるために。
少女が真上に杖を構える。
しかしその心は正反対だった。
(駄目!撃っちゃだめ!!お願い、やめて!!!それを撃ったら…)
少女は叫んだ。だが、止まらない。止められない。
『Count zero.Starlight Breaker.』
そして音が消え、光が広がる。桜色と太陽のような暖かい光が。
(やめてえええええええええええええええ!!!!!!!!!!)
*
「はっ!?…はぁ…はぁ…はぁ…はぁ………」
ガバッと起き上がる。体中に汗をかいている。とても気持ち悪い。
コチッコチッコチッ
時計の音が部屋に響く。部屋は薄暗く、時計を見ると夜中の3時だった。
机の上のバスケットに目を向けた。毛並みのようなものが見え、もぞもぞと動く影が見える。
『ああ、なのは、おはよう』
眠たげに目をこすりながら一匹のフェレットが身を起こした。
(ユーノくん!?)
驚いて目を見開いた。しかし、それはバスケットの中の毛布が毛並みのように見えただけだった。
「うっ…くぅ………!」
ポタッ…ポタッ…
枯れたと思っていた涙は、なおも頬を伝い手に落ちる。
悲しかった。悔しかった。気づかなかった自分が。何も出来なかった自分が。
彼はいない。どこにも。あの微笑みは、もう見ることはできない。
「あ、あ、あぁぁぁあああぁぁぁぁあああああああ!!!」
何度目だろうか。何度泣くのだろうか。
なのはの嗚咽は、今日もまた朝方まで続いた。
*
暗い部屋の中、円卓の中央にはホログラムが浮かび、魔導師とジュエルシードのデータが浮かんでいる。
その円卓の周りには光ととも数人の人間がそのデータを見つめていた。
バンッ!!!
クロノは思い切り机を叩いて怒りをあらわにして言った。
「解決済み……だと!?」
それを見て白衣姿の男が続けた。次元管理局の調査員である。
ちなみに、ジュエルシードを保管していた次元管理局と法を行使する時空管理局は別物であり、クロノはその男を見たことがなかった。
「ええ。アースラのレコードを見させてもらいました。…さすがあの高町教官ですね。信じられないほどの魔力量だ」
白衣の男は眼鏡を指先で持ち上げ、手元のホログラムに目を落とした。
「ジュエルシードと強奪した魔導師が消えた件ですが、我々はそれらが次元の狭間、虚数空間に落ちたと結論づけました。
理論上、あの魔力量で次元の穴は生じます」
「理論上はでしょ!!半径一メートルのね!」
重要参考人として呼ばれていたエイミィが唾するように発言した。
「だが事実、それらは姿を消しました。アースラでも残留魔力における転移の痕跡は見つけられない。
おっと、そういえば司書長もいたんでしたね?魔導師の転移を阻害するのはあの状況下では当然でしょう。
…それに、彼自身はバインド以外の魔法が使えない状態でしたしね」
白衣の男が“ある報告書”に目を落としながら言った。
「あれだけ捜索してまだ探すのか?我々も忙しいのだよ。終わった事件にいつまでも人手を割いている余裕はない」
別の艦隊の艦長が冷徹に言った。
すでに事件から二週間。時空管理局が総動員で探したがどこに行ったかまったく検討もつかなかった。
ジュエルシードの機能も回復しているはずであり、さすがにいつまでも変化がないのはおかしい。
そのことを加味した上での発言だとしても、嫌味にしか聞こえなかった。
「次元管理局の高官が辞任したんだ。責任問題も解決したしな」
さらに別の艦長が少し含み笑いで付け加えた。
「お前ら…!!!」
クロノは歯軋りをしてその二人をにらみつけた。自分よりも10歳以上も年上だが、この際関係ない。
「静粛に!!」
老齢の議長が場を鎮めた。
「フム……それで、リンディ提督。君の意見が聞きたい。この件、今後どう扱う?」
皺で重そうな瞼を持ち上げ議長がリンディに視線を送った。
「はい」
リンディは伏せていた目を開き、静かにその場に立ち上がった。
「司書長、魔導師、それとジュエルシード…。これらが消えたのは事実です。
方法・原因はまず置いておくとして、その行方が未だはっきりしないのは決して無視できない問題です。
12個のジュエルシードは悪用されれば次元断層を引き起こされる可能性がある以上、野放しにはできません。
よって再度、ジュエルシードを指定遺失物とし、件の魔導師とともに捜索は続行すべきです。
人手がないならアースラの局員が探します。それで満足でしょう?」
キッと上官に睨まれ、先ほどの二人の艦長は目をそらした。
「ウム。その通りだな」
「さすがにあれは危険な代物だしな」
「後々問題になられても困る」
ぼそぼそと賛同意見が聞こえてくる。だが、だれも捜査に協力しようとは言い出さなかった。
「静粛に!!」
再び議長がざわめきを鎮める。
「ではその捜索、アースラ艦長、クロノ・ハラオウンくんを中心にやってもらおう」
静かにクロノを見て言った。
「言われなくても、そのつもりです」
吐き捨てるように言ったが、議長は気にも止めなかった。
「これにて解散。各自任務に戻れ」
パッっと部屋が明るくなり、ぞろぞろと人が出口へと向かった。
静かになった部屋にはクロノ、リンディ、エイミィだけが残っていた。
「クソッ!!」
クロノが今まで座っていた椅子を蹴ると椅子は脚を曲げながら吹っ飛んでいった。
「あいつらといい次元管理局といい、なんであんなわからずやばかりなんだ!!」
普段は冷静なクロノだが、ここ最近はまったく抑制できていなかった。
「クロノくん、落ち着いて!どうせあいつらは出世したクロノくんを妬んでるだけなんだから…」
「次元管理局もいい厄介払いができたとしか考えてないのは驚きだわ。みんながみんな悪い人ではないのだけれど…」
エイミィがクロノをなだめ、リンディが悲しそうに嘆いた。
クロノはズンズンと大股で歩いていくと出口に向かった。
「ちょっと、クロノくん!どこ行くの?」
あまりの勢いにあわててエイミィが止めた。
「決まってる!探すんだよ!!魔導師とジュエルシード……それに、ユーノを」
そう言うと部屋を飛び出してしまった。
「困ったわね。あの子も」
ふぅっとため息を吐きながらリンディが言った。普段顔をつきあわせると憎まれ口ばかり叩きあっていたユーノとクロノ。
数少ない男友達であったユーノとの会話は、表面上はいがみ合っていたけど本当は楽しくてしょうがなかったのだ。
ただ、艦長であるクロノにはもう少し冷静さを取り戻して欲しかった。
(あと数日すれば少しは落ち着くのかしらね…)
たとえ何日すぎようと心の傷は決して癒えないだろうが。
迎えに来たレティとともにリンディもその後静かに部屋を出た。
一人残されたエイミィは机に置かれたままの報告書に目を通した。
『ユーノ・スクライア司書長と使用した魔法に関する報告書』
ユーノ司書長はジュエルシード強奪事件にて魔導師と戦闘。現在行方不明。
戦闘状況の報告より、ユーノ司書長(以下:甲)は魔導師(以下:乙)に対し拘束魔法を使用したとされている。
乙の能力を鑑(かんが)みれば解除は容易であったはずだが、甲のバインドは数分間乙を拘束。
その特殊な魔法に関する記述を司書長室および甲の自室にて発見したので以下に記す。
その研究は4年前より始まっている。当初の目標は絶対に破られない防御呪文の開発であったと判明。
3年前、ミッドチルダにて行われた学会で甲は無限書庫で発見した古代魔法に関する論文を発表。
その古代魔法とは、現段階でも未知とされるリンカーコアを制御するものであるとのちの研究で明らかになった。
あまりの複雑さゆえ全ての解読及び再現が不可能であったが、どうやら甲はその一部をミッドチルダ式の魔法に組み込んだものと思われる。
リンカーコアに内包する全魔力と器を反転させ、血液を媒介とし一つの魔法に込める、というものであった。
魔力の器であるリンカーコアの強度は計り知れなく、
防御・拘束魔法に転化できれば最高の硬度をほこることは間違いないが、同時に、非常に危険な魔法といえる。
リンカーコアの破壊が及ぼす影響は現時点では6年前の闇の書事件での防衛プログラム以外に例がなく、
防衛プログラムはリンカーコアの破壊により消滅している。
性質上、他の魔法は使えないこと(念話や飛行などの単純な魔法は例外)と使用中に多量の血液を失うという欠点があげられる。
以降、この魔法を禁魔法に指定し、生成方法及び術式を門外不出とし使用の一切を禁じることとする。
以上
エイミィは報告書から顔をあげた。
(ユーノくん、悔しかったんだね…。だから一人で頑張ってたんだ)
4年前のあの時から、ユーノが何を想いながら戦闘を見てきたかが痛いほどわかった。
(でも…こんな守りかたって……ないよ……)
震える報告書にいくつかのシミができた。