金色の絨毯のような麦畑が広がり、風がその絨毯に波を起こす。
その一面の麦畑の真ん中にぽつんと小さな一軒家が立っていた。木造二階建て、外装は白いペンキで塗られていたようだが
ところどこと剥げていて、とても長い年月を感じさせた。
「……うっ……」
痛みで目が覚め、ユーノはベッドから身を起こした。胸の辺りがズキズキする。
手には包帯が巻かれていて、乾いた血が薄黒くにじんでいた。自分の愛用の眼鏡はどこにもなく、視界がぼやけて見える。
「こ…ここは…?」
辺りを見渡す。あるのはタンスや机、そしてたくさんの本が散らばっていた。ベッドのすぐ近くの窓からは心地よい風が入ってくる。
立ち上がってとりあえず部屋の中を歩き回った。ふいに机の上の写真立てに気がついた。
目を凝らしてみると、写真立てには黒髪の少年と可愛らしい少女が並んで座っている写真が入っていた。
埃が目立つ部屋の中、その写真立ての周りだけはとても綺麗だった。
写っている二人はともに笑顔で、まるで恋人のようだ。
(喉が…乾いた……)
とりあえず水を飲まなければ…。寝起きなので思考は鈍かったが、とにかく部屋を出て下に続く階段を降りていった。
「……ぷはぁ」
ごくごくと水を一気に飲み干し、一息ついた。ダイニングキッチンに小さなテーブル。
テレビはないが大きなソファーがあり、観葉植物が部屋の中で育てられている。いたって普通の民家だ。
(なんで、こんなとこに…?それに僕は…)
次第に思考がクリアになる。
(そうだ、あの魔導師と戦って、それから……)
思い出そうとしていると、すぐ下に大きな濃い緑色の魔法陣が現れた。
「うわっ!」
突然のことにユーノはその魔法陣から飛びのき身構える。
「ああ、ようやく起きたみたいだね」
どこに行っていたかはわからないが、魔法陣から出てきた魔導師はいたって普通の顔でそう言った。
緊張が走り、ユーノはすぐ防御のために印を組んで魔力を込めようとする。
瞬間、
「ぐっ!あああぁぁぁ!!!」
胸の辺りに激痛が走り、ユーノは胸を押さえてうずくまった。同時に、自分に魔力が感じないことに気がついた。
「ちょっと君!無理はしない方がいい。君のリンカーコアは今修復中なんだから」
そう言いながら、魔導師は開けた冷蔵庫に顔を突っ込みながら続けた。
「まったく、僕も驚いたよ。まさか機能停止中にもかかわらずジュエルシードが君のリンカーコアを修復し始めるなんてさ」
冷蔵庫から取り出したリンゴをこちらに投げてよこした。
「ま、わからないことだらけだろうから少し説明するよ。君の事、それに……僕のこともね」
窓際においてあったリクライニングチェアーにどっかりと腰をおろしながら魔導師が言った。
敵意はまるで感じられない。本当にあの時戦った魔導師と同一人物なのだろうか。
そう思いながらも、目の前のソファーに腰掛けた。どの道魔法が使えないんだから逃げられない。
「…それで、あなたは何者なんですか?」
いぶかしげに見つめるユーノに、魔導師はにっこりと微笑んだ。
*
三つの光源。岩と砂だらけの世界に、なのは、クロノ、フェイト、そしてはやてとヴォルケンリッターの騎士達が、
焼けつくような暑さに耐えながら空中に浮かんでいる。
「なにか変わった様子はない?」
フェイトがモニターで見ているエイミィに尋ねた。
『う〜ん、魔力反応もないし、いたって普通の次元に見えるけど……』
エイミィの芳(かんば)しくない返事が返ってくる。
「しかし、なにか仕掛けがあるのは確かだ」
「やっぱりクロノくんもそう思う?」
クロノの真剣なその顔の両方の頬には真っ赤なもみじの跡のような手形がついており、
尋ねたなのはの片方の頬にもくっきりと手形が残っていた。
――1時間前
「クロノ艦長……かなりきてるな」
局員が嘆いた。
「あんなことがあった後だ。…察してやろう」
他の局員がため息とともに答えた。
捜索続行が決まった会議から数日。まったく手がかりらしい手がかりが見つけられない上、
その捜査を邪魔するように多くの事件が舞い込んでいた。
いつしか怒りはどこかへ行ってしまい、悲しみにくれるようにデータをぼーっと見つめる日が続いた。
(ユーノ…きみは死んだのか?ほんとうに…)
その目にはもはや画面は映っていなかった。
バシュッと誰かが部屋に入ってくる音がした。
「クロノ艦長」
その声に顔を上げると、はやてがじっとこっちを見ていた。
「なんだ?用があるならさっさと…」
パンッ!!!!
言い終わらないうちにはやての平手打ちが思い切りクロノに当たっていた。
驚いてはやてを見ると、目に涙をためていた。
「自分だけ悲しい思うたら大間違いやで!!!!!他にもっとやれることあるんちゃうん!?」
はやてと騎士達はずっとユーノを探し続けていた。気力を失い人形のようになってしまった友人達を見ているのもつらかったし、
ユーノが消えた日、現場にいられなかった自分が悔しかった。そして、みなが頼るべき艦長のその姿についに業を煮やしたのだ。
その言葉を聞き、クロノはようやく自分を客観的に見始めた。
やれること…?……そうだ……まだ自分はなにもしていない。ただ、人の集めた資料に目を通しているだけにすぎない。
やれること。艦長としてではなく、ユーノの友人として。
ガタンッと椅子を倒しながら立ち上がり、はやての肩に手を乗せた。
「すまない。ようやく目が覚めたよ」
はやてが涙をぬぐいながら見上げたクロノの顔は、いつもの頼りがいのあるキリッとした表情だった。
「ほんと、世話のかかる子なんやから」
涙声で微笑みながらはやてが言った。
「エイミィ、今すぐみんなを集めてくれ。例の次元に調査に行く!」
いつもどおりの艦長の様子に局員はぎょっとしてざわめいたが、エイミィだけは微笑みながらそれを見ていた。
「ちょっとクロノくん、こっち」
手招きしてクロノを近くに呼ぶ。
「な、なんだ?」
クロノは不思議に思いながらも言われるままに近づいた。
パンッ!!!!
エイミィの平手打ちが先ほどとは逆の頬にクリーンヒットしクロノの脳を揺らした。
「えっ?」
あまりの衝撃に少し眩暈がした。クロノは叩かれた頬をさすりながらエイミィを見た。
「遅い!!!」
エイミィは怒りながら椅子に座った。
「ご……ごめん……」
エイミィも自分を心配していたんだ。クロノは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
その様子を見ていた局員達に笑いが起こり、アースラはいつもの活気を取り戻した。
ところかわって高町家。
クロノからの召集を受けたフェイトは直接なのはの家に来ていた。
案の定なのはは召集命令にもかかわらず部屋に引き篭もっていた。なのはの母である桃子はまるでこの時を待っていたかのように
フェイトを出迎えなのはの部屋に通した。高町家の人々は、今までなのはに何も口を出さなかったらしい。
なんとなくだが、フェイトにはその意図がわかるような気がした。
「なのは……行こう」
フェイトがベッドの上でうずくまっているなのはに少し強い口調で言った。
「わたしは…きっと何もできない…。行ったって、また傷つけるだけなんだ…」
自分を抱きしめるようにひざに顔をうずめるなのは。これ以上現実を突きつけられたくないという意志が感じられた。
フェイトはその様子を無言で見つめた。まるで、つい先ほどの自分の姿を見ているようだ。アリサが怒るのも無理はないと思った。
だって、自分にも怒りの感情が沸々とわきあがっているのだから…。
「なのは……」
フェイトがなのはの頬に手を差し伸べ顔を上げさせる。
パンッ!!!!
乾いた音が響き、なのははフェイトを見上げた。頬の痛みで自分がビンタされたことがわかった。
「わたし達が探さないで、だれがユーノを探すの!?」
叩いた手を押さえながらフェイトが叫んだ。なのはは目を見開いてフェイトを見た。
フェイトは怒っているようで、とても悲しい顔をしている。なのははまるで自分が叩いたような錯覚に陥った。
そしてあらためて理解した。
(そっか…。やっぱりフェイトちゃんも、ユーノくんのこと…)
そう思ったら、一人で悲しみを背負っていたような自分が馬鹿らしく見えた。みんなだって悲しいのに。
自分だけじゃない。それに、悲しむには早すぎるんじゃないか。
……こんなところで自分は何をしているんだろう。やれることをやらなくちゃ。気がついたら、とにかく行動に移りたくなった。
バッと起き上がりレイジングハートを手にした。
「ごめんね。心配かけて」
微笑みながら言うと、赤い宝玉がキラリと光った。
『No problem.I have trusted my master.(問題ありません。私はマスターを信じていました)』
ぎゅっと緑の髪留めで髪をしばり、服をバリアジャケットに変える。
「行こう!フェイトちゃん!!」
「うん!!」
手を繋いでなのはとフェイトは転移魔法陣の中に姿を消した。
――そして現在
「デバイスもなしにあの転移は理論上不可能だ。いや、あったところで普通はあそこまで早くはできないんだが…」
クロノが全員を見渡しながら言った。
「でも、あの魔導師はなにも持ってなかったし、使った様子もないよ?」
フェイトが思い出しながら言った。そもそも彼は結界魔導師。デバイスを必要としない。
「んじゃよー、シャマルのクラールヴィントみたいにすっげーちっちゃいんじゃねーの?」
ヴィータがグラーフアイゼンを肩に乗せながら思いついたことを発言した。
「いや、それはないだろう。一般的にデバイスの大きさと性能は比例関係にある。小型のデバイスにそれほどの
機能があるとは思えんな」
シグナムが静かに答えた。
黙って考えていたなのはがその言葉を聞いて思いついたように言った。
「じゃあ、逆は?」
「どういうことだ?」
クロノが驚き、みんながなのはに注目した。
「あの、えっと、だからね?持ってないんじゃなくて、持てなかったんじゃないかなって。とっても大きくて」
なのは自身、とんでもない考えを言ったようで少し恥ずかしくなった。
みなにしばしの沈黙が降りた。
「ばっかでー!!そんなんどこにあるんだ……よ…?」
ヴィータが馬鹿にするように下を見下ろす。あたり一面は砂だ。
「ま、まさか……」
みんなが気づき始めたとき、すでにシグナムはデバイスを構えていた。
「レヴァンティン!!!」
『Jawohl!!』
バシュッとカートリッジがロードされる。
「はぁぁぁぁ!!紫電一閃!!!!!!」
高速で地面に向かって突っ込み思い切り攻撃を加える。
衝撃が走り、大量の砂が一気に空中に舞い上がった。
「あ…あれは…」
はやてが砂のすき間から見える巨大な黒い物体に気づく。
その黒く巨大な四角い物体は、一見建物のようにもみえるが、回路のような光が全体に走っている。
複雑な魔法陣がその真下に描かれており、シグナムの攻撃に半球状の結界がその姿を現していた。
「遠隔操作型の…巨大デバイス…」
クロノが呟いた。
その圧倒的な、そして今までに見たこともないデバイスの大きさに、みなが黙ってそれを見下ろした。