「それにしても二週間も寝ていてなんともないなんて、ジュエルシードは万能だね」
魔導師が紅茶をカップに注ぎながら言った。
「願いを叶える力がある、と言われていましたから」
ユーノがカップを受け取りながら答えた。
真相を語られてから十日ほどが過ぎていた。しかし、ユーノのリンカーコアは依然修復中で魔法は一切使えなかった。
そのため魔導師との奇妙な共同生活が続いていたが、魔導師の人格がいつ変わるかわからなかったので緊張は解けなかった。
名前は教えてくれなかった。聞いてみると、
「僕は一人で生きていたから、名前がある必要がなかったんだ。もう忘れてしまったよ」
と返された。
魔導師は向かい側の椅子に座っている。あの日の命のやり取りを考えると、なんとも奇妙な光景である。
「すべてのジュエルシードが僕の中にあるんですか?」
ユーノは試しに聞いてみた。もしそうだったら止めるなら今しかない。
「いや、今僕の手元にあるのは6つだね。つまり半分も君に奪われたってことだ」
ユーノの心を知ってか素直に答えた。そもそもこの魔導師には執着や危機感というものがないらしい。
だが、真実を知った今それもしかたがないかもしれないとユーノは思った。
「そろそろ、彼らが来る頃だな」
魔導師が窓の外を見ながら行った。外は曇り空で今にも雨が降りそうだ。
「彼ら?もしかして…クロノ達?」
そうだったらチャンスだ。ジュエルシードは半分はユーノの中にあり今は取り出すことは不可能だ。
「君は勘違いしているな。アドバンテージはこちらにある」
目に希望の光が輝き始めるユーノを見て冷静に魔導師が言った。
「君の命をどう扱うか…。彼が勝つのか君達が勝つのか。僕は傍観させてもらうよ」
そう言って魔導師はゆっくりと目を閉じた。開いたときには、あの鋭い冷酷な瞳がユーノをまっすぐ見つめていた。
*
「遅かったな」
暗雲の下、魔導師は空中に浮かびながら腕を組んで言った。
風が吹き荒れ、真下の麦畑が不規則な波を作り出している。
「あの巨大ストレージデバイス…。かなりのプロテクトをかけてくれたおかげで解析するのに時間がかかったよ」
クロノが魔導師を睨みつけながら言った。
クロノの後ろにはなのはをはじめ全員がそろっていた。戦闘準備は万端だ。
「それはそうだ。いったい何百年費やしたと思っている。あの開発に」
(…何百年?組織的な集まりだったのか?)
未だに相手の目的と素性がわからなかったクロノは少し緊張した。仲間がいるという可能性も視野には入れていたが。
「そんなことより!!!」
なのはが叫ぶように言った。とにかく、まず第一に知りたいことがある。
「ユーノはどこ!?生きてるの?」
フェイトが続けた。彼の救出が最優先だ。
「…………」
魔導師が無言で指を差すと、一軒だけあった小さな民家の裏手から半透明の正4面体の檻が浮かんできた。
クリスタルケージで捕縛されたユーノがその姿を現す。
「ユーノくん!!!」
「ユーノ!!!!」
なのはとフェイトが同時に叫ぶ。よかった。生きていた!二人はその事実にまず安堵した。
しかしユーノの真上にはいつか見た光の槍が浮いていた。
「…条件はなんだ?」
クロノが聞いた。ただ、返ってくる返事はすでに予想できていた。
「私がお前達の命を奪おうとしている以上、人質に意味はない。よって条件を出しても成立しない」
魔導師は静かに言った。
「じゃあどうするつもりなんや!?関係ないなら今すぐ返して!!!」
はやてが叫ぶように尋ねた。
その発言を待っていたかのように魔導師は暗く、残酷な笑みを浮かべた。
「愛するものを目の前で失う苦しみを、お前達に味あわせるためだ!」
バッと手を掲げ勢いよくふり降ろす。あまりに早い展開にみながはっと息を呑む。同時に光の槍がユーノに高速で舞い降りた。
しかし、槍は軌道を変え家の外壁に突き刺さった。
「なに!?」
魔導師は予想だにしない結果に驚いた。
ユーノはぎゅっと閉じていた目を少しずつ開けた。目の前には懐かしい二人がこちらを見て微笑んでいた。
「リーゼアリア!!リーゼロッテ!!」
クロノ達が来る前にリーゼ達はこの次元に先行し身を潜めていたのだ。
ユーノが驚いているとリーゼアリアがクリスタルケージを解き、落下するユーノをリーゼロッテが抱きかかえた。
「よおユーノ!ひっさしぶりぃ」
リーゼロッテがユーノに頬擦りしながら言った。
「わ!ちょ、ちょっと!!」
いきなりの抱擁にユーノは状況も忘れて赤くなった。
「「むぅ!!」」
それを見たなのはとフェイトが頬を膨らました。
『作戦成功だ、アリア』
『護衛は私達がするから安心して』
クロノが念話でアリアに伝え、リーゼ達は魔導師から距離をとった。
「もうやめましょう!こんなこと続けたって悲しいだけだよ!!」
なのはが必死に抗議した。
「それにこの人数。もはやお前に勝ち目はないぞ」
シグナムがデバイスを構えながら言った。
そして続けるようにクロノが言った。
「ロストロギア強奪の罪であなたを逮捕します。…大人しくジュエルシードを渡してください」
魔導師は静かにそれを聞いていた。確かにこの人数では自分には勝ち目がないこともわかっている。
この次元にはなんの仕掛けもなかった。……だが……止まれない。この憎悪は自分ひとりの行動概念ではない。
今まで生み出されてきたクローン達の歪んだ意志なのだ。
「これは理屈ではない」
魔導師はクロノ達全員をゆっくり見渡しながら言った。
「生きた証を。人を殺し、次元を消し去り、心に、空間に、存在を刻まなければならない」
自分の命と引き換えにしても。
「……故に!!!」
バッと両手を左右に突き出すと6個のジュエルシードが円状に魔導師を囲む。
次に自分の指の皮を噛み千切り、胸元から赤黒い液体の入った袋を取り出すと空中に撒き散らした。そして印を組み呪文を唱える。
赤黒い血文字が呪詛のように魔導師を包んでゆく。
「お、おい!なんかやべーぞ!!」
ヴィータが慌てて言った。
「まずはあたしがこの前の礼を返す番だよ!!!」
アルフが飛び出し高速で魔導師に向かっていく。
「バリアーーブレイク!!!!!」
アルフはパンチと同時に、バリア生成プログラムに割り込みをかける魔力を付加した。
しかし、まったくその効果は現れず、魔導師の鋭い瞳と目が合った。
「な…なんだいこの魔法は!?」
一見バリアか結界のように見えるが、アルフのバリアを干渉・破壊する攻撃は全く通じなかった。
「あ…あの魔法は……」
クロノが呟いた。報告書で見た、ユーノが作り出した新しい魔法。血液を媒介にリンカーコアの魔力と器を反転させる魔法だ。
すでに球状に血文字に包まれた魔導師がこちらを見ているのが見える。
その中で魔導師の周りをジュエルシードがぐるぐると回っていた。
(血液は事前に用意していたのか…)
先ほどの袋は魔導師の血が入っていたようだ。その時遠くからユーノの声が聞こえた。
「あれは他のクローンの血だ!!」
「なに?」
クローンという単語にクロノは驚いた。全員に聞こえたらしくみんなが驚きの表情をしている。
「詳しく話してる暇がないけど、あいつもクローンの一人で、たぶん自分ごと次元を消して生きた証を残そうとしてるんだ」
リーゼロッテに抱えられながらユーノがこちらに来た。
「僕のリンカーコアは6個のジュエルシードが修復中で魔法が使えない。残りの6個でこの次元を虚数空間に飲み込ませるつもりだ!」
念話が使えないので叫ぶように話すユーノ。すると魔導師がこちらをまっすぐ見て言った。
「あと15分程でジュエルシードは溜め込んだ魔力を解放するだろう。一瞬の爆発的な力ではたとえリンディ・ハラオウンといえど
止められまい。…これは命を賭けたゲームだ。次元を巻き込む爆弾と化した私を止められるかな?」
アースラで待機していたリンディが唇を噛んだ。相手はそこまで読んでいたとは。
『ちょっと、どうするのクロノくん!』
エイミィがその様子をモニターで見ながら言った。
「そんなの決まっている」
クロノはポケットからカードのデュランダルを取り出し杖に変える。
「「「「カートリッジロード!!!」」」」
なのは、フェイト、ヴィータ、シグナムがそのデバイスを最強の形へと変える。
「やるしかないんやな…」
『やりましょう!マイスターはやて!!』
はやてが十字の杖、シュベルトクロイツを構えた。
「行くぞ!!!!!」
クロノが叫び、全員が魔導師を取り囲む。
「悠久なる凍土 凍てつく棺のうちにて 永遠の眠りを与えよ!!」『Eternal Coffin.』
「エクセリオンバスター、ブレイクシュート!!」『All right. Barrel shot.』
「撃ち抜け、雷神!!」『Zeus Zamber.』
「轟天爆砕!!」『Gigantform.』
「翔けよ、隼!!」『Sturmfalken.』
「響け終焉の笛」『ラグナロク!!』
全員の同時攻撃で辺りは光に包まれる。
すさまじい爆風が衝撃波となりその場にいる全員を吹き飛ばす。
リーゼ、シャマル、アルフ、ザフィーラはユーノを守るようにバリアを張っていた。
徐々に煙が晴れていく。
「馬鹿な!?」
クロノは驚きをあらわにした。
煙の晴れたその場所で、魔導師はまるで攻撃などなかったかの如く赤黒い球の中でたたずんでいた。
「む、無傷…!!あれだけの魔力攻撃に!?」
なのはもその頑丈さに絶望を予感した。
「たとえリンカーコアでもあの魔力攻撃に耐えられるはずは………まさか!!」
ユーノがはっと気づいた。
魔導師は不敵な笑みを浮かべながら答えるように言った。
「……そう。私には複数のクローンがいて、それらもリンカーコアを持っている。私はその全てを一つの体に入れたのだ」
同じ体、同じ意志であるからこそ可能なことだった。
「これならどう!!クラールヴィント!!!」
『Jawohl』
シャマルが旅の鏡を作り、手を入れようとした。
その瞬間、魔導師が高速でシャマル目掛けて突っ込んできた。
「きゃああああああああああ!!!!!!」
シャマルは魔導師の入った赤い球に弾き飛ばされ落下していく。
「シャマル!!」
ザフィーラがそれを助けるために降下した。
キュンッとUターンした魔導師はそのままザフィーラに突っ込んでくる。
「させへんで!!!」
ザフィーラをかばうようにはやてが前に飛び出してシールドを張った。
「な!?」
「うおおお!?」
しかし、魔導師ははやてごとザフィーラを吹き飛ばし、はやてとザフィーラは地面に突っ込んだ。
その衝撃はまるで巨大な鉄球が高速でぶち当たってきたかのようだった。
「はやて!!!おわっ!?」
「主!!くっ!!」
救出に向かおうとしたヴィータとシグナムにも赤い鉄球と化した魔導師がそのスピードにのせ突っ込んでくる。
二人はぎりぎりのところでそれをかわした。
そのまま飛び上がり、高い位置から全員を見下ろしながら魔導師が言った。
「さあ、どうする?残り時間は5分をきったぞ」
最大の防御力をそのまま攻撃に転化してくる。みなが避けることしかできなかった。
(どうしようもないのか…?このままだと……)
ユーノは歯軋りした。リーゼロッテに抱えられながら何もできずにいる自分が悔しかった。
みんなが死ぬ。この次元に住む人も。なのはも。フェイトも。
………そんなのは、絶対嫌だ。自分の非力さに泣くのは、もう嫌だ!!!!!
ドクン!!!!!
その時、ユーノの中にあるジュエルシードが脈打った。