「待たせたね、フェイト」
「兄さん」
フェイトの顔がぱっと輝き、クロノに走り寄る。
「・・・」
「・・・」
2人のクロノはじっとお互いを見合っている。
予想通りというかなのはは、え?え?と双方のクロノを見比べる。
「ふぇっ?あ。あれ??く、クロノくんが・・・え、あれ?ちょっと違くて・・え??」
なのはに寄り添うクロノがそっとなのはの肩に手を置く。
「・・・いいかい、なのは、よく聞いて」
「え・・・うん」
目を閉じ、言葉を選ぶクロノ。ややあって。
「なのは・・・ここは、僕たちが居た世界じゃないんだ」
「へっ?」
「はいぃい??」
「まぁ・・・そういうことだったの」
上からなのは、エイミィ、リンディの反応であるが、予想の付いていたフェイトとク
ロノに驚きはない。
「私たちの・・・世界?」
「そう、パラレルワールド、っていう言葉を知っているかい?」
「ぱられる・・・わーるど?・・・」
「・・・そう、平行世界とか、別の可能性の世界とも言うね。なのはが知る世界とは異
なる世界」
「え・・・よく・・・わからない・・・」
困惑の表情のなのは。
「・・・そうだね、簡単に言うと、なのはが朝起きたとしよう」
「・・・うん」
「たとえばそこでどういう風に目が覚めた?普通にぱっと目が覚めた?目覚ましの音で
起きた?それとも朝寝坊した?」
「えっと・・・今朝は目覚ましで・・・」
「つまり今ここに居るなのはは今朝目覚ましの音で起きた世界のなのは、ということに
なるんだ、わかる?」
「えっと・・・うん・・・なんとなく」
「うん。そうするとこれで今朝なのはは少なくとも朝寝坊をしなかった。でももしかし
て目覚ましが壊れてたりしたら、もしかしたら朝寝坊したかもしれないよね?」
「うん」
「今朝朝寝坊したなのはが居る世界、それが平行世界と言うんだ」
「え?!え、で、でも私今朝は・・・」
「そう、寝坊しなかった。つまり今ここにいるなのはは朝寝坊しなかった世界の存在だ。
でも朝寝坊したなのはもどこかに存在している可能性があるんだ。そういう可能性の世
界のことを平行世界というんだよ」
「平行・・・世界」
「そう、同じ世界でありながら違う可能性が生じている世界。違う世界でありながら同
じ可能性が生じている世界。決して交わることのない世界。あるはずがないけど、どこ
かに存在している世界・・・」
「・・・」
「ぼくらはそのとある1つの可能性の世界に紛れ込んでしまったんだ・・・」
「・・・クロノくんやリンディさんが私の世界に来たのとも・・・・違うの?」
「・・・別の次元の世界という話では・・・ないね、僕が2人いることで少しはわかる
だろうけど、次元間移動とかそういうレベルの話じゃない。本質的に『僕たち』が存在
していない世界だから・・・」
「・・・違う・・・世界・・・」
不安そうにうつむくなのはの手をクロノがそっと握る。
「大丈夫、なのは、必ず僕が元の世界に戻してあげるから。だから心配しないで」
「・・・一緒だよ」
「え?」
「クロノくんも一緒じゃないと私いやだよ、2人で一緒に戻れるよね?ね!」
潤んだ目でクロノを見つめるなのは。クロノはそっとなのはを抱き寄せる。
「うん・・・一緒だ、約束する」
「クロノ・・・くん・・・・」
「オッホン!」
と、咳払いするリンディ。なのはとクロノは弾かれたように離れる。
「そろそろよろしいかなー、お二人さん♪そういうのはもう少し人目のないところでや
りましょうねー」
「・・・」
「・・・」
真っ赤になってうつむく2人。
《ははぁ、これはあれかー、あっちの世界ではクロノくんとなのはちゃんがくっついて
るのかー》
《ど、どうやらそうみたいだな、い、いや、そんなことはどうでもいいんだ。エイミィ
つまらないことで念話を使うな》
《ほー、つまらないことなんだー、ふーん、へー、ほー、ほほぉー》
《なっ、なんだよ》
「クロノ執務官、あとでゆっっっくりお話がありますので!お覚悟を」
「ななな、何言ってるんだ、エイミィ!べっ、別に僕はなのはのことをどうこう言って
るんじゃないぞ!」
「「は?」」
全員の視線が一気にクロノに集まる。
「うわー!わー!なんでもない!なんでもない!!!」
「クロノ、エイミィ、なんだかあなたたち最近2人でひそひそ話しが多くないかしら?」
「ちっ、違います!何言ってるんですか艦長!!」
「すいませーん、クロノくんが職務中に話しかけてくるものでー」
しれっ、と言い放つエイミィ。
「エイミィ!!それは君だろう!昨日だって!!・・・はっ!!」
「・・・勤務中の念話の私的使用は禁止にしないといけないかしらね・・・」
「母さんっ!!」
こめかみを押さえるリンディにクロノが食ってかかる。家族モードになっていること
にも気づいていないようだ。
「あ、あの、すいません」
フェイトがおずおすと手を上げる。
「ん?何かしら。フェイト」
「あの、話がずれてる気がするんですけど、その、こちらのなのはたちの話は・・・」
キュッ、っとバルディッシュを握る手に力を込め、平静を装い話題を変えることしか
フェイトにはできなかった。2人のそんな話をこれ以上聞きたくなかったから。
「あ、あら、そうだったわね、ごめんなさい」
「(エイミィ、後で覚えてろ)」
「(あーら、なーんのことかしらー)」
視線を交わさず横にならぶエイミィに小声でささやくクロノ。そっぽを向いているエ
イミィは気にしたそぶりもない。
その間にリンディはなのはともう一人のクロノの方へ歩み寄る。
「話が遅くなって申し訳ありません。ようこそ、次元空間航行艦船アースラへ、私は艦
長のリンディ・ハラウオンです」
「あ、高町なのはです。た、助けていただいてありがとうございました!」
(・・・リンディさんと同じ名前・・・でも普通の大人の人だし、羽もないし・・・)
ぽーっとそんなことを考えていたなのはを緊張したのと勘違いしたリンディは笑みを
浮かべ、なのはの前でひざまずき、そっとその両肩に手を添える。
「そんなに緊張しないで、なのはさん。こちらこそ、うちのフェイトを助けていただい
てありがとうございます」
(声は・・・ちょっと違うけど、でもやっぱり同じ感じがする。やっぱりこの人がこっ
ちのリンディさんなんだ)
変わってクロノが答える。
「こちらこそ結局助けられることになってしまい申し訳ありませんでした。クロノ・・
ハーヴェイです」
「ハーヴェイ?ハラウオンじゃないんだ」
エイミィがもっともな疑問を投げかける。
「もしかしてそっちの世界ではクロノくんと艦長は親子じゃないの?」
「えっ?リンディさんとクロノくんが?!」
びっくりして自分の知るクロノを振り向くなのは。
「クロノくん、リンディさんのこと知ってたの?」
「え・・いや、そ、それは・・・」
口ごもるクロノ。と、もう一人のクロノが助け舟を出した。
「エイミィ、平行世界の話だ、自分の常識が向こうの正解とは限らないぞ、僕と艦長が
親子でない可能性だってあるんだ。名前が違う時点でそれくらいは察するべきだろう」
「んー、それもそうね、ごめんね、変なこと言っちゃって」
「あ、いえ、そんな・・・」
「と、それより自己紹介がまだだったね。クロノ・ハラウオン。時空管理局執務官を任
されています。よろしく」
「こちらこそ」
《あれでよかったかい?》
《ええ、助かりました。なのはには・・・まだそういう事情を話していなかったので》
《それはよかった。自分のことだからなんとなくわかったのかもしれないな》
《そうですね、ありがとうございます、後でちゃんとご説明しますので》
《了解した》
にっこり笑ってごく自然に2人は握手を交わす。
「うわ、クロノ君・・・っていうか2人とも度胸あるわね」
エイミィがぎょっとする。
「ん?何がだ?」
「何か、まずかったでしょうか?」
「い。いや、ほら、よく言うじゃない。もう一人の自分と接触したら死ぬとか存在が消
えるとか」
「ああ、なんだ、そんなことか、あんなものただの噂だよ」
「そういうことですか、あれは自分と同じ容姿をした相手に驚いて心肺機能に障害が発
生した、簡単に言うとショック状態になるだろう、ということの推測にすぎませんよ」
おっ、とお互いを見やるクロノ。
「さすがだね、付け加えるなら検証した、もしくは実際に消えた、亡くなった。という
人物の記録が一切ないことも噂の粋を出ないということだね」
「そうですね。流石です、クロノさん」
「いや、最初に具体的な説明を僕は出せなかったからね、流石だよ」
「いえ、そんな、実例が無いことのほうが証明としては有用ですよ」
なにやら緩やかな空気が漂う。お互いに通じ合うものがあったようだ。
ついでエイミィが前に出る。
「まぁまぁ、お二人さん、ナルシストの誉めあいはそれくらいにして」
「誰がだ!」
「ちっ、違います、そんなんじゃありません!」
ほっといてエイミィは続ける。
「私はエイミィ。エイミィ・リミエッタ。時空管理局執務官補佐・・んー、簡単に言う
とこっちのクロノくんのお守りかな」
スパーン!
「クロノくん痛ぁーい」
「うるさい、まったく君ってやつは」
「むぅー、重ねて覚えてろー。で、それはそうと、そうかー、違う世界のクロノくんと
なのはちゃんかー」
「リリーチャー、と言ったところかしらね」
リンディの呟きにこちらのクロノが答える。
「リリーチャー・・・異なる世界か・・・なるほど」
クロノもふむ、とうなづく。
「リリ・・・んー、なーんか小難しいなぁー、2人ともこっちの2人より若いんだし、
クロくんとなのちゃんでいいよね♪」
「こら、エイミィ、それは失礼だろ」
クロノがエイミィを小突く。
「え、あ、僕は全然かまいませんけど」
「あ、私もです、ていうかそう呼ばれてましたし」
「ほらー、私の勝ちー」
えへん、と胸を張るエイミィ。
「(・・・2人とも、あんまりこいつを調子付かせないように)」
小声でささやくクロノ。当の2人はどうしていいかわからず苦笑いするしかない。
ついでフェイトが、
「えっと、改めて、フェイト・テスタロッサです。時空管理局の嘱託魔道師です」
「Master. I ask for my thing」(マスター、私のこともお願いします)
後から到着組のぎょっとした視線がフェイト、ひいてはバルディッシュに集まる。
「うわ、私バルディッシュが普通に喋ってるの初めて聞いたかも」
「そ、そうだな、僕も呪文詠唱と応答以外の言葉を聞いた記憶が・・・」
「やっぱりバルディッシュ、もう少し喋ったほうがいいかもね」
にこやかにフェイトが言う。
「・・・I make an effort」(努力します)
おぉー、という感嘆の声が漏れる。照れるかのようにバルディッシュは沈黙・・・
「あははっ、高町なのはです。よろしくお願いします。バルディッシュさん」
「Thank you Ms.Nanoha」(こちらこそ、ミズ・なのは)
・・・していなかった。
「クロノ、面白い事例ね、デバイスが人間に興味を持つなんて、ちょっとした事件よ」
「んー、デバイスすら惑わすなんて、なのちゃんてば小悪魔予備軍♪」
(完全に楽しんでるな、この2人・・・杖相手にさん付けの方は無視か・・・)
半ば呆れるクロノ。
そのときふとエイミィが気付いた。
「あれ?そういえばなのはちゃんとユーノくんは?」
「えっ?」
目の前のなのはが不思議そうな顔をする。
「あ、ううん、なのちゃんじゃなくて、こっちの世界のなのはちゃん・・・」
言ってふと固まるエイミィ。
「むー、なんだかやっぱりややこしいぞー」
「んー、確かにそうね。私たちより先に出たはずよね。なのはさんとユーノくん」
「えっと、その・・・こっちの私?・・・」
「そうだよ、なのは、こっちにクロノさんが居るように、なのはも・・・居るんだ」
「私・・・もうひとりの私・・・」
場に慣れかけたなのはであったが、もう一人の自分という存在に不安を隠せなかった。
と、バルディッシュがすかさず、
「Don't worry Ms.Nanoha. Another you are a tenderly,fine girl.
Of course you are so, too」
(心配しなくても大丈夫です、ミズ・なのは。彼女は優しくて素敵な女性です。
もちろん、あなたも)
「・・・バルディッシュさん・・・うん、ありがとう」
「You're welcome Ms.Nanoha」(どういたしまして、ミズ・なのは)
「(ねぇ、あれって口説き文句に聞こえない?)」
「(聞こえなくは・・・ないな・・・)」
と、そのとき。
「居たぁぁぁ!!!」
「どわあぁぁ!!!」
という叫びと、
ごがらがっしゃぁぁん!!
という景気のいい音がドアの向こうから響いてきた。
何事かとドアを振り向くとそこには高速機動魔法アクセルフィンを展開しつつ浮遊中
のなのは。
そしてなぜか廊下の角に鎮座していた「整理整頓してね Byリンディ」と張り紙がさ
れた掃除用具入れのロッカーに頭から突っ込んで目を回しているユーノの姿。
(無論こちらは皆の視界には入っていない)
「フェイトちゃぁーーーーーん!!」
こちらの世界のなのはが全力全開全速前進で部屋の中に突入してきた。
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