「はっ!」
幾度目かの少年の斬撃。シグナムは、それを巧みに捌き…はじき返す。
「くっ…!」 ズサァ!
衝撃を足先から床に滑らせ、少年はこらえた。摩擦力と彼の脚力が衝撃に上回った瞬間、
彼は再びシグナムに飛びかかっていく。
無謀、ともいえる突進だった。度重なるその攻撃を、シグナムは的確に避け、捌き、
受け流し…そして反撃に転じる。
此度の少年の肩口からの一振りも、しなやかに身体を反転させてかわす。
「紫電…一閃!」
捉えた、とシグナムは思ったが…炎を帯びた剣からは、何の手ごたえも伝わってこない。
少年の姿は、部屋の隅にあった。
(…やはり、速いな。この速さ、或いはテスタロッサ以上かもしれん…)
「はぁ、はぁ… 強い、ですね…」
やや息を荒くしながら、少年は感嘆に満ちた眼差しで言った。
「諦めろ。その程度では、我が身に傷を与えるのは不可能だ」
シグナムが言い放つ。確かに、少年は速い。だが、それだけなのだ。
斬撃の型はでたらめ、そして何の駆け引きもない単調な突進。
度重なる歴戦を生きてきたシグナムの技・経験・読みは、「速さ」という一項目
のみで埋められる程、浅いものではなかった。
少年はもう一度飛びかかるも、シグナムに完全に見切られる。
「…もう一度いう。諦めて、あの魔導師の向かう場所を言え。
今のお前より、私の方が上だ」
「そうみたい、ですね… とてもじゃないけど、敵わないや」
少年は苦笑いすると、僅かに湾曲している剣を鞘に収める。
―諦めたのか、とシグナムは思った。
しかし次の瞬間、少年の剣を中心に、静かに魔力が集まっていく。
「…すみません、先生。コレ使わないと、ちょっとムリみたいなんで」
俯きながら薄く笑うと、鞘に収めたまま、少年が身構えた。
「レヴァンティン」
シグナムの声で、カートリッジをロードしたレヴァンティンが再び炎を纏う。
先程までとは異なる、少年の隙のない構え。
空気が、変わった。
「行きます。…僕の、唯一の『技』」
すっ… 少年の姿が、シグナムの視界から消えた。