―ミッドチルダ某所―
彼は、静かに目を閉じ、ゆっくりと右手を前に出した。
フィィイイ…
掌の前に、黄色の光球―大きさはソフトボール程だろうか―が現れた。
彼は意識を集中させ、更に魔力を注ぎ込んでいく。しかし、その小球の大きさは全く
変化することなく、形状を維持したまま魔力密度を急速に高めていった。
「…アクセル」
彼が静かに呟く。初めの数秒、光球や周囲には何の変化も見られなかった。
しかし、次第に光球を中心として小さな風が流れ始め…瞬く間に、強い渦となって
彼の束ねた長髪をなびかせた。
もし、この場になのはやクロノ達がいれば…一見何の変哲もないこの一連の動作に、
驚愕し…感嘆したであろう。
超高密度の魔力球を、高い真円度を保ったまま、全くブレることなく高速回転させる。
彼―ディノ・ストラインの実力は、紛れもなく本物だった。
ふと気配を感じ、彼は目を開いて右手を下ろした。
圧縮されていた魔力が霧散し、周囲には瞬間的な突風が吹きぬける。
「きゃっ!」
背後にいた女性が、驚きの声をあげた。
「…失礼、驚かせてしまいましたね」
穏やかな笑顔で、彼が振り返る。
「魔法のトレーニングって、もっと派手な感じだと思ってたんだけど。
意外と地味なのね」
僅かに乱れた髪を手櫛で整えながら、女性が言った。
その言葉に、魔導師は苦笑いをしながら答える。
「魔法っていうのは、極論すれば生成・圧縮・変換・制御の4つの組み合わせに
すぎないんですよ。だからこそ、こういう基本的訓練を突き詰めていけば、
自ずと高みへと近づく。何も、魔法に限った事じゃないと思うがね」
「ふ〜ん」
得心した、という表情で女性がうなづいた。
「…ところで、何かご用ですか? ランチのお誘いには、いささか早いと思うんですが」
「せっかく真面目な事言ったのに、自分で台無しにするなんてね」
今度は呆れ笑いで、女性は魔導師に言葉を続けた。
「…さっき、レーダーが捉えたわ。このままのコースなら、おそらく1時間後に
近くの次元航路を通過するハズよ。どうする?」
「そうですか。なら勿論、決行ですよ。ためらう理由はどこにもない…とまでは
言わないが、どれも取るに足らないものばかりなのでね」
「クライアントにこんな事聞くのはルール違反なんだけど、聞いてもいいかしら?
『これ』を手に入れて、貴方一体どうするつもり?」
「…気が向いたらお話しますよ。今はとりあえず、お互いやるべきことに集中しないと。
ま、自分で二番煎じを淹れる分には、誰に文句を言われる筋合いもないのでね」
そう言うと、魔導師は彼女の脇を通って部屋を後にする。
やれやれ、という表情で、彼女は彼の横に付き従った。