ドアの前、立ち止まること数秒。
話すべき言葉はおろか、自分の考えすらまとまらぬままに、クロノはドアをノックした。
「エイミィ、僕だ…ちょっと、いいか」
「クロノ君? どーぞぉ」
いやにあっさりと迎えられると、既にエイミィが複数の画面を見ながら、キーボード
を操作していた。
クロノは部屋の中央で立ち止まると、背中越しに彼女へと話しかける。
「…本当に、やるつもりなんだね」
「トーゼンでしょ。何いってるのさ、今更ぁ」
返ってくるエイミィの声は明るい。いつも通りに。
…だが、今は既に『日常』ではない。
「そーだ、昨日の夜はゴメンね? 確かにあたし、執務官補佐として、ちょっと自覚が
足りなかったかも。いやはや、反省してます」
「いや、僕の方こそ…言い過ぎた。すまない…」
違う。そんなこと、今はどうだっていいのに。
「…クロノ君も、早く降りた方がいいよ。今回は、あたしが何とかするからさ」
普段と同じであること自体、不自然に相違ないのに。
「エイミィ…」
「そんな、深刻な声出さないでよ…だーいじょうぶよ、あたしなら」
どんなに、声が明るくても。凛とした姿勢をとっていても。
―君は、一度も僕の方に顔を向けてくれないじゃないか。
「…相手は、ものの10分で管理局のシステムをダウンさせる程の能力の持ち主だぞ。
いくら艦のシステムを熟知している君でも、今回は余りに分が悪い…それどころか、
可能性は限りなくニアリーイコールゼロだ。君にだって、それくらい…!」
「うん。…分かってるよ、勿論」
先程までとは違う、落ち着いた響きだった。
「でも…やらなきゃいけないの。それがあたし達、アースラチームのやり方。違う?」
「だけどっ…」
「昨日のことがあるから、偉そうなコト、言えた義理じゃないんだけどさ…
たまには信じて、あたしのことも」
止めようとして、ここに来たわけ訳じゃない。
何でもいい、どんな些細なことでもいいから、彼女の力になりたかった。
それでも、目の前にいる彼女は…自分よりずっと大人で。
何も出来ず、何も言えず、ただ立ち尽くすだけの自分が、情けない。
部屋の中には、エイミィが作業をする音だけが響く。
ところが…しばらくすると、クロノはあることに気がついた。
それは、普段はほとんど聴くことのない、奇妙な『音』。
エイミィのパソコンから度々聞こえてくる…エラー音だった。