第3章 2 誘い 中編
| いちいちこんな技巧を使われただけで、 美香は自分の知っている性行為との違いを見せつけられる思いだった。 もっと感じたい。 もっと……知りたい。 美香の背中から、ゆっくりとワンピースの布が引き下げられていく。 脱がせやすくなるように、美香も身体を浮かせる。 「こっちを向けよ」 言われた通り、起きあがって仰向けになる。 「俺の服も、おまえが脱がせろよ」 「…………」 黒のブラジャーとショーツ、そしてガーターベルトと それに吊られているストッキングの下着姿にされた。 ベッドに膝立ちになっている黒澤に、美香も膝立ちで近寄り、スーツの前ボタンを外す。 両脇から手を入れて、ジャケットを脱がせる。 次にネクタイに手をかけ、結び目をほどき始める。 こんな風に、男の服を自分の手で脱がせるということも、美香には初めてのことだった。 なぜか美香はこのことに興奮を覚えて、手がかすかに震えていく。 ワイシャツのボタンを、丁寧にひとつひとつ外していく。 胸元から、素肌の逞しい胸がのぞく。 シャツを脱がせるために、スラックスから裾布を引っぱり出す。 完全に上半身裸にさせたあとは、どこから手をかけようかと美香は迷った。 靴下は、シャツを脱がせている間に黒澤が自分で脱いでいたのに気づく。 すると、あとに残るのは……。 美香は唾を呑み込むと、唇を噛んだ。 うつむいていた顔を上げると、ひざまずく形でベルトのバックルに手をかける。 すでに彼の股間のものは、布を持ち上げて起きあがっている。 バックルを外そうとしても、なかなか外せない。 女性用のベルトとは、明らかに違う構造だった。 焦れたのか、黒澤が美香の手を握って「こうやって外すんだよ」と導いた。 「男の服を、脱がせたこともないのか?」 美香はその言葉にうなずいた。当たり前よ、と言いたかった。 「そうなのか。…初物尽くしだな。それじゃ、俺が教えてやるよ……」 黒澤はそう言うと、美香の顔を自分の股間に近づけた。 何を…… 「しゃぶれよ。服の上から」 なんてことを、要求してくるんだろう…… 美香は呆然として彼の顔を見た。 「……口紅、つけてるのよ。汚れちゃう……」 美香の想像の範囲を遙かに超える卑猥な性戯を強制する彼に、恐ろしいほどの高ぶりを 感じる。 「いいから。しゃぶれ」 やや強い口調で命じる黒澤に従い、美香は股間の膨隆に唇を寄せた。 先端に口をつけると、布を通しても熱さと固さが伝わる。 どうしたらいいかわからないままに、布とともにそれを含む。 紺色の布地に、暗紅色の唇の跡がつく。 分厚い冬用の仕立てのスラックスに唾液を塗り込めながら、美香は懸命に口唇愛撫の 真似事をする。 こんなことで、感じるんだろうか……? 服の上からの淫らな行為というだけで、快感を得られるのだろうか。 「もう、いい。……ボタンを外せ」 美香は、次にスラックスのボタンを……外して、ジッパーに手をかけようとする。 天を仰ぐ怒張が布を持ち上げていて、美香の白い手が ジッパーを引いて下ろそうとしても、そこにひっかかる。 股間の布には、美香がつけた口紅の赤色がついている。 思い切ってジッパーをすべて下ろすと、スーツと同じ色の濃紺のブリーフが現れた。 美香の唾液のせいなのか、それとも彼自身の先走りの液でか、先端に染みができている。 そのまま黒澤が腰を浮かし、スラックスを脱ぎ去る。 互いに下着姿になったところで、黒澤の手が美香のブラジャーを外しにかかる。 小さな音とともに、美香の形よく盛り上がったCカップの乳房が揺れる。 大きな彼の手のひらにほどよくおさまる大きさ。 黒澤は美香を膝立ちさせたまま、ガーターストッキングを吊っているシリコンゴムを外す。 ストッキングを脱がせるために彼女の足を前に伸ばさせ、ゆっくりと片方ずつ脱がせていく。 ガーターベルトのホックを外して取ると、あとはショーツただ一枚になる。 つい胸を手で覆ってしまうけれど、ただちに「隠すな」と手をどけられる。 美香の腰に手をやると、黒のシースルーのショーツの尻から手を入れて、ゆっくりと押し 下げていく。 全裸に剥かれていく途中、美香は恥ずかしさで目を閉じる。 今日は、さきほど一度抱かれてはいたけれど、服を着たままでのことだった。 先週、黒澤につけられたキスマークのほとんどは消えかけている。 今夜もまた、つけられるに違いない…… 熱い溜息をつきながら、美香は生まれたままの素肌を男の目にさらしていた。 「俺のも、脱がせろ」 彼女の右腕を掴み、自分の下着を指さす。 美香は小さく首肯すると、濃紺のビキニタイプのブリーフを下ろしていく。 獰猛なほどに反り返ったその姿は、とても30の男のものとは思えない角度を保っていた。 若者と比べても遜色のない……別れた恋人は23歳だったが、それにも勝るほどの角度と 硬度、そして回復力。 これが美香の感じる膣内の襞を的確に突き、途方もない快楽をもたらす。 その快美な記憶を思い出すと、見ているだけで濡れてきてしまう。 美香は突然横抱きにされて、そのままベッドから床へ運ばれる。 「シャワーを浴びよう」 美香は抱き上げられたまま、浴室へ連れられていく。 まるで下手なラブホテルよりも広くできていて、青系統の色で統一されていた。 シャワーと同時に湯船にもお湯を溜めていくと、たちまち蒸気がたちこめる。 黒澤は、美香の身体をボディーソープで丁寧に洗ってくれる。 乳房を念入りに手で愛撫され、つい声が出てしまう。 「あんっ……。あ……」 その下の黒い翳りの部分にも、男の手が近づいていく。 黒澤は美香の足元に座り込み、彼女を仰ぎ見る。 「あ……いや。そこは……」 恥じらって隠そうとした手をどけられて、両膝を広げられる。 指先が、恥毛をかき分けて濃いピンク色の襞の奥に触れる。 「はぁっ……。ああ……」 顔を反らして喘ぐ美香を見上げながら、黒澤はくく、と笑った。 「もう、濡れ濡れだな…。かわいそうに……」 手の指で秘所の襞をめくり、さまざまに指先を使って拭われる。 そのたびに美香はきれぎれに声をあげ続けた。 シャワーをかけて洗い流されても、彼女はまだ息を乱していた。 美香を洗い終えると、黒澤は湯船の縁に腰掛けて彼女の方を向いた。 どういう意味かは、わかっている。 美香は黙って男の身体を洗い始める。厚い胸板、弾力のある筋肉質な腕。 触っているだけで、美香の情欲を刺激してやまない。 見れば見るほど、長身でバランスよく鍛えられた、肉体美というべきものを持っている。 そして…美香を狂わせる源、男を示す逞しいもの。 そこも、よく丁寧に泡立てたスポンジで拭ってみせる。 こんな中にいてもそこは熱く息づいて、美香の手の動きにときおり震えるような動きを 見せる。 シャワーでよく洗い、それが終わってふと黒澤の目を見る。 真顔でいた彼が、唇の端に笑みを浮かべた。 その笑いが意図するところは…… ああ……もうだめ。 美香は彼の広げた膝の間に顔を近づけ、怒張の先端に口づけた。 躊躇いがちに唇に含み、吸ってみせる。 はじめて自分から、積極的にフェラチオを仕掛けてしまった。 しゃぶりたい……と、思ってしまった。 これでいいんでしょう、と言いたげに彼の目を見上げた。 相変わらず、黒澤は笑みを湛えたまま彼女を見下ろしている。 彼の目に見つめられていると、どうしようもなく淫らな自分になる。 心底までを、美香のマゾの性癖を知られてしまってもいる。 黒澤に命じられるまでもなく、自分から奉仕を望んでしまった。 どうせなら、思いきりいやらしい女になってしまいたい……そんな密かな思いも抱いて しまう。 強く吸いながら、右手で陰嚢部分も刺激するのを忘れない。 裏筋の根元から舌を這わせていき、歯を軽く立ててこする。 「うっ……」 黒澤の唇から、快感の呻き声が漏れる。それこそが、美香の望むことでもあった。 もっともっと、感じさせてあげる……。 もっと声をあげるほど、よくさせてあげるから。 幹の部分を奥までくわえて、口全体で締め付けるようにする。 彼の、アナルのすぼまりにも指を伸ばす。 さっきの、お返しよ……。 そう思いながら、指先でそこをこする。 「くっ……」 男のこらえきれない声が、美香の耳を心地よく刺激する。 上目遣いで黒澤の表情を見ると、顔を歪めて感じ入っているように見える。 まだよ。もっと、気持ちよくさせてあげる……。 口から男根を一旦引き抜くと、手でしごきながらアナルに舌を這わせる。 舌先を使って、小刻みにそこを突つくようにする。 「……うっ……。う……」 溜息混じりの、掠れた声が彼の快楽の強さを示しているようだった。 こんなことを、自分から積極的にしているなんて…… 誰にもしたことのない行為を、この男にはしてみたくなる。 美香の髪を、黒澤の手が確かめるように撫でてくる。 「ああ……もういい。危うく、出しちまいそうになる」 どことなく照れたような笑顔になって、彼は立ち上がった。 「フェラは、凄くうまいな……。誰に仕込まれたんだ?」 にやにや笑いに変わって、美香の乳房に手を伸ばす。 「あ……」 せっかく優位に立てていたのに、ここでまた美香は屈服を強いられる。 「言えよ。どんな男に、どんな風にやるように言われた?」 「……そんな……。そんなこと、ありません……」 「年上の男か?そうだろう?いちいち口で、こうしろ、ああしろって言われたのか?」 乳房を揉みしだかれ、乳首をつままれながら訊かれる。 たまらなくなって、美香はとぎれとぎれに答え始めた。 「……あ……そんな……ふうに、です……」 「何番目の男なんだ?」 「……二人目……です……」 「年上だったのか?」 「……そうです……私より、4つ上の……先輩……」 美香の性遍歴を訊くことで、より一層興奮度を高めるつもりなのか。 「飲むようになったのは、いつ頃からだ?」 「……三ヶ月くらいして……飲んで欲しい、って……言われて……」 「嫌だったんじゃないのか?」 黒澤の声も、次第にうわずっていくように思える。 「……ええ……。いや、でした……」 「なのに、なんで飲んでやったんだ?」 美香を責めるような口調で畳みかけ、そうしながら乳首への刺激も続ける。 「……喜んで、くれるから……。それが、嬉しくて……」 「どんな味だったんだ?言ってみろ」 「……苦い……すごく、苦くて……でも……」 「でも?でも、なんだ?」 「……好きだった、から……」 そこで、黒澤は唐突に美香への愛撫をやめた。 美香は浴室内の熱さと、責めの激しさで頭がくらくらした。 「顔が、真っ赤だな……湯当たりしたか?……出よう」 美香を脱衣所に立たせると、バスタオルで拭いてくれる。 確かに、黒澤に指摘されたように湯に当たったのかもしれない。 「そこで待ってろよ」 彼はそう言うと寝室に行った。 少しして、手に服を持ってこっちにやってくる。 「シャワー浴びたのに、着替えないんじゃ嫌だろう。俺のシャツでも着てろよ」 彼のワイシャツを渡される。 かなり大きいそれを着てみると、太ももまでを覆う形になる。 ちょうどミニ丈のワンピースのような感じだった。 長すぎる袖口をまくりあげないといけない。 洗濯洗剤の匂いと、それとはまた違う匂いが入り交じっている。 彼の……黒澤の匂い、なんだろうか。 「ソファに座ってろよ。何か飲むか。ポカリスウェットでいいか?」 「あ……はい」 グラスに氷を入れて、飲み物を持ってきてくれる。 手渡されたそれを、いっきに飲み干す。 浴室での戯れは、予想以上に美香を消耗させていた。 なんだか、眠気が差しかけてきてしまう。 はじめて来た家……しかも、黒澤の住む自宅へ誘われて来たのに。 今日一日だけでも、頭が混乱するほどの数々の出来事があった。 黒澤の探偵事務所に行き、そこで抱かれた。 電話で黒澤の部下の青年に絶頂の声を聞かれ、そのあとに食事。 そして電車内での痴漢プレイに、本物の痴漢に対しての黒澤の激高ぶり。 今はこうして、彼の自宅マンションについてきている。 今日の朝には、まったく考えられない展開だった。 黒澤は、全裸のままビールを煽っていた。 美香は、黒澤の猛々しかったものが、今はもう萎えかけているのを見た。 彼は美香の視線が自分の股間をかすめたのを見逃さなかった。 「……見てたのか?俺のを……」 卑猥な笑いを浮かべて、美香の側に寄る。 美香は首を振るけれど、黒澤の目は誤魔化せない。 「あんなになってたのに、どうして今はこうなったのか……悔しい。そう、顔に書いてあるぜ。 ……違うか?」 図星、だった。 どうしてこうまでも、美香の考えていることが向こうには筒抜けになってしまうのか。 美香が軽く手玉に取られてしまうほど、黒澤の経験が深そうなのは間違いない。 でもそのことを考えると、嫉妬が渦巻いてくるのがわかる。 だから、考えたくない……。 顔が近づいてきて、唇を奪われる。 すると、喉の奥になにか苦い液体が流し込まれた。 「んっ……!」 そのまま、飲み込んでしまう。 ビール……? 美香は、ビールの苦い味もあまり好きではなかった。 飲めないこともないけど、積極的には飲まない。 口移しで酒を飲まされるということも、美香には初体験だった。 黒澤は、黙って美香の様子を見て笑っている。 その顔を見ていると、なんだか馬鹿にされたような、子供扱いされているような気分になる。 「私、ビール苦手なんです。……ひどいわ」 「こうすれば、飲めたじゃないか?」 8つも年上の黒澤からすれば、まだ22の美香は幼い存在なのだろう。 「じきに、こうしてれば好きになるさ」 意味ありげな笑いが、なんとなく美香の胸にひっかかる。 いつもこうして、思わせぶりな態度とセリフで美香の心をかき回す。 そのたびに、美香は揺れる。 優しく扱われていたかと思えば、セックスの快楽の最中にはひどいと思えることまで されてしまう。 そして、また美香を懐柔するためか優しい素振りを見せる。 どれが黒澤の真の姿なのか、わからなくなる。 それとも、優しげな中にどこか冷たさが混在するのがほんとうなのか。 ビールを飲まされたせいか、美香は腹部に熱のようなものを感じた。 酒類全般に弱い美香は、すぐにも酔いがまわってくる。 気分の悪くなるような量ではないが、今日は既に黒澤と外で食事した時にもワインをグラス 2杯近く飲んでいた。 いつもの美香なら、とうに限界の量なのに、アルコール分が低いのかあまりひどく酔わずに 済んでいた。 立ち上がると、少し身体がふらつくのを感じた。 「ベッドに、横になっていい……?」 「ああ、いいよ」 黒澤が、リビングで何かしているけれど、美香はそれにかまわずベッドに身を投げ出した。 なんだか、身体の芯が疼いてくる。 今頃になって、疲れが出てきているのに……。 美香がうつぶせになっていると、リビングの灯りが消えた。 ベッド脇の、淡いオレンジの間接照明がともる。 黒澤が、美香の身体に寄り添うようにベッドに寝そべる。 「疲れたのか?」 背中をさする手が、心地よさとともに美香の性感を刺激する。 美香は自分から仰向けになって、目を閉じた。キスをせがむつもりでもあった。 案の定、彼の方から唇を重ねてくる。 口をゆすいだのか、ミント系の香りがする。 肩に手を回して、唇を少し開いて舌の侵入を受け容れる。 でもすぐに、黒澤の唇は離れていってしまった。 「おまえが、俺の上になれよ。自分から、俺を責めてみろ」 ここに来てからの美香の積極性を見抜いたのか、そんなことを言ってくる。 でも……今夜は、そうしてもいい。 今まではそんなことも、恥ずかしがってできなかった。 あの事務所の中での淫らな行為が、美香の何かを壊したのかもしれない。 そんなことを考えながら、美香はおずおずと黒澤の身体の上に乗る。 美香の着ているシャツのボタンを、下から外されていく。 黒澤から借りたシャツを脱がされ、全裸をさらす。 まだシャワーとアルコールの所為で火照りが残る素肌が触れあう。 下から、じっと美香の瞳を見つめられる。 責めろと言われても…まずはキスからしようと思ったけど、この視線が美香の羞恥心を 呼び起こす。 「お願い……。目は、閉じてて……」 「ああ」 彼の瞳が閉じられると、美香はそっと唇を近づけた。 軽くキスをして、次にもっと深く、自分から黒澤の唇を求めていく。 なぜだか、今心臓が早鐘を打っていくのがわかる。 目を閉じている黒澤の顔を、上からまじまじと見つめる。 整った、それでいて男らしい容貌をしている……。 彼の耳元を、自分がされているのと同じように唇と舌で舐める。 そう……自分が感じることを、やり返せばいい。 逞しい、筋肉の束が盛り上がった胸元にも唇を寄せる。 小さな、男には何のためについているのかわからない部位……乳首にも、舌で愛撫を 加えてみる。 すると。意外な反応があった。 「ん…………」 溜息をつきながら、顔を動かしている。 もしかして、と思いながら反対の乳首にも同様にしてみる。 今度は明確に、声が漏れた。 「う……」 「乳首が、感じるの……?」 小さく、耳元でそう囁いてみる。 「……ああ。弱いんだ。続けてくれ……」 それは意外な発見だった。 男の乳首なんて、意味なんかないじゃないか、とも思っていた。 そこが感じる男がいるという話は聞いていたけど、まさかこれほど気持ちよさそうにしている なんて……。 しかも、この男に限って。 両方の手の指で、乳首の先をつまんではさむ。 いつも黒澤にされていることを、そのまま彼にしてやる。 声にならない呻きが、黒澤の唇から漏れ出てくる。 彼の下半身に目をやると、萎えかけていたものがすっかり屹立しているのがわかった。 そこから、腹筋がうっすらと浮いて見える引き締まった下腹部に愛撫を移動させる。 手で筋肉の弾力を楽しむようにさすりながら、顔を寄せる。 そして、逞しい姿を取り戻した男根にも手をのばす。 指先で亀頭をつついてやると、ビクン、と幹が跳ねた。 伸ばした爪の先で、つまむように先端をこすりあわせる。 「うっ……。あ……」 美香の愛撫がもたらす快感に耐えられなくなったのか、腰をわずかに蠢かせている。 こんなに感じている黒澤を見るのは、今が初めてだった。 そこまで気持ちよくなっているのかと思うと、美香も嬉しかった。 先走りの半透明な粘液がこぼれてくるそこを、美香の舌が舐め取った。 いやな味ではなく、むしろ逆に好きな味と感触だと思う。 本格的なフェラチオに移る前に、それまで黙っていた黒澤が声をかけた。 「待てよ、美香。こっちに尻を向けろよ」 「……え?」 「シックスナイン、しようぜ。お互いに舐め合うんだ」 「……ええ」 これは、負けになるかもしれない……。 美香はちらりとそんなことを思う。 腰を、黒澤の顔に跨らせるようにしてそれに応じる。 先を口にくわえ、激しく吸いはじめる。それとほぼ同時に、熱いぬめりが美香の股間で蠢く。 「あ……」 つい、口を離して喘いでしまう。 ぬるぬると滑る男の舌が、これまで責めてばかりでいた美香の、征服される歓びを掘り 起こしていく。 「はあっ……」 それでも、美香は快感に溺れていきそうな中で男の肉の棒に奉仕をしていく。 「噛むんじゃないぜ」 からかうような黒澤の声が、既に美香の口唇愛撫の呪縛から逃れたことを意味している。 「ん、んっ……」 美香は懸命に意識をフェラチオに集中させようとしても、 どうしても下半身から甘く溶け崩れていってしまいそうな感覚に襲われる。 腰に、力が入らない……。 黒澤の舌と唇が、美香のあらゆる襞という襞をかきわけ、クリトリスをそっと嬲り、膣の口に 入り込む。 そのたびに美香は腰を震わせて、あられもなくよがり声をあげた。 「ああんっ……!あ、あん……。ああ、ああっ……」 あそこからじんわりと溢れていく蜜を、男の口が派手に啜りあげていく。 あまりに卑猥な音をたてられて、美香は聞きたくないとばかりに首を振る。 「美香…下りろよ。俺が、上になってやるよ……」 クンニリングスのせいで、フェラチオがほとんどできなくなった美香は黒澤の言うとおりに 彼の身体から下りた。 優しく唇にキスをされると、次に胸を揉まれながら、乳首を舐められる。 「あっ……。あ、ああ……」 さっきから、触れられたくてたまらなくなっていたそこは、黒澤の手と唇にかかるともう ひとたまりもなかった。 柔らかく、優しく……文字通りの愛撫に、美香は声を放って悶えまくった。 これで、今まで何度焦らされてきたか……。 事務所での電話の最中にイかされたこと、そして電車内で痴漢の真似事。 浴室でも、こうしていながらセックスには至っていなかった。 美香の肉体が全身で男の攻撃に応え、秘所が知らず知らずに蠢いて勝手に愛の蜜を こぼしてしまう。 これ以上、焦らさないで……! 美香はそう叫びたかった。 お願い、もう入れて………!突いて、あなたの太いので、固いので。 そんなことを考えていると、美香の秘所に再び黒澤の顔が近づいた。足を開かされる。 無防備になったそこに、男の熱い舌のぬめりが伝わる。 クリトリスの近くを上下に微動を加えられて、美香はついに達してしまった。 「あ!ああっ!!あ、あんっ!!ああ、いくぅっ……!」 美香は顔を思いきりのけぞらし、足のつま先までも突っ張らせて、快感を身体中で 受け止めた。 意図的に膣を締めつけ、ひくつかせて深い快感を貪る。 首を横に向けて余韻にひたろうとしても、黒澤は美香に休息を許さない。 さきほどと変わらない調子で、達したばかりの美香を責め苛む。 ねっとりとした男の舌先が、唾液を塗り広げながら確実に美香の弱点を突いていく。 そうすると、すぐまた二度目の大波にさらわれていってしまう……。 「ああっ!ああ、あああっ!…いや、いや……ああ、ああ〜っ!!」 美香はうわごとのように叫び声をあげた。 美香のまだ息が静まらない唇に、黒澤のものが押し当てられた。 「いや……」 さすがに、それをしゃぶる気にはまだなれない。 それでも避けようとするところにこすりつけられ、ついに美香は屈した。 亀頭の周囲とカリ首のくぼみに舌を激しく使った。 また、精液の上澄みがこぼれてくる。 入れて……と、美香は口の中で小さく呟いた。 「今、なんて言った?」 黒澤は明瞭な声で美香に尋ねた。 ……聞かれた……?! 美香はぎくりと身体を震わせた。 まさか、あんな小さな声で言ったのに。 聞こえるわけがないと思ったのに……… 「お願いしたいなら、はっきり言わないとだめだろう。言わないでいると、ほら……いつまでも このままでいるぞ。いいのか?」 美香のイったばかりの秘所を、また指が執拗に這い回る。 「あっ!もう、だめ……!もう、いけないの。いやっ……!」 さすがに、三度目にそこで達するにはまだまだ時間がかかる。 自分でする時にも、気持ちいいにはいいけど、それから先へは進めない。 時間をおかなければ、二回以上はイクことができない。 「いやじゃなくて、言うことがあるだろう?」 黒澤は笑みを浮かべながら、美香の足を開かせた。 「どうやってほしいんだ?…後ろからか、それともこっちからか?」 「………うしろから……お願い、バックから……して……」 体位をこちらから望むなんて、それだけでも恥ずかしかった。 「後ろから、どこに、どうしてほしいんだ?」 「……うしろから、あなたのを……わたしの……あそこに、入れてください……!ああ! もうだめ……」 最後は羞恥心と激しい欲情のために、思わず出た言葉だった。 「ほしいのか?そんなに、入れてほしいのか?」 「ください……。入れて、ください……」 まともに、黒澤の顔を見ることができない。 目を半分閉じかけて言うのが精一杯だった。 黒澤はベッドの引き出しからコンドームを取り出すと、美香の前に男根を見せつけるような 形で、ゆっくりと装着させた。 美香はそれを薄目で見ながら、腰をひねってうつぶせになりやすくした。 男の手が、軽々と彼女の腰をひっくり返した。 「好きなように、ポーズをとってみろ」 肘から先をベッドについて、尻を男に向かって持ち上げる。 大きな手が、美香の白く丸い尻のふくらみを引き寄せる。 亀頭が、秘裂をそっとつつきにくる。 「はあっ……」 熱い吐息が、美香の口から自然にこぼれる。 浅く先だけが入り込むと思うと、すぐに抜かれた。 次にはもう少し深く、棹の部分までが押し入れられるが、じきに出ていく。 そして次にはもっと深く入るけれど、少し動いただけで抜かれてしまう。 それが焦らしを加えられているということに気づき、美香は失望と哀願の声をあげた。 「いやっ……抜かないで!お願い、もっと……」 髪を振り乱して喘ぐ美香に、黒澤は嘲笑を浴びせた。 「そんなにいいのか?もっと、なんだ?」 「……抜かないで、中で……動いて!突いて……!お願いだから……」 半分泣きかけているような声で、美香は訴えた。 「いいぞ……。ほら。もっと泣け。もっと、もっといい声を出させてやる……」 ようやく、焦らされきったあげくに、それは深く美香の内部に突き刺さった。 「あああっ……!ああ!ああっ!……あっ……あっ……!」 黒澤のものがGスポットに突き当たり、美香は感泣の声をあげてよがり狂う。 「ああっ、いい……!ああ、そこ、いいのぉ……。もっと、お願い……」 もう、恥も外聞もなく、美香は男に与えられる快楽だけを追い始めた。 ゆっくりとした動きがあると思えば、素早く何度も突き引きをされる。 ときどき奥の子宮口近くの感じる部分までを突かれる。 男の腰が、自分の尻に当たる。 黒澤も、背後で息を弾ませている。 もう、彼も時間をかけて美香を弄んだあげくの挿入に、長くは保たないかもしれないと 思った。 乳房がベッドのシーツに擦れて、それが刺激になっていく。 突然美香のクリトリスが、黒澤の指でいじられる。 「あっ……あ!ああ!ああ、だめ、イキ……そう……」 その一撃だけで、美香の内部は急速に絶頂へ向けて収縮を始めた。 「よし……イけ。ほら……イかせてやる。ほら、声出せ。もっとよがれ。いいならいいって 言え。ほら、いいか……いいのか!」 畳みかけるように、黒澤の欲情に掠れた声が後押しする。 突然、黒澤の言葉が変わった。 「俺のことが好きか?」 「……好き!好きよ……ああ……。好き……」 美香は息も絶え絶えにそう言った。 心底から、そうだと思った。だから素直に言葉にもした。 そう、自分はこの男に惹かれている。好きになりかけている。 はっきりとは言えなくても、今ここでそれを認めてしまわなければ……。 「……好き……!あっ!ああ!イク……イっちゃう!」 美香はそう叫んで、全身を激しく震わせていった。 瞬間、美香は心の中で“貴征さん……”と強く念じてしまった。 黒澤が低く呻いて、美香の内部に熱いものを放出する。 それを感じたあと、彼女の意識は薄れかけていった……。 どれくらいの時間が経ったのか、美香にはわからなかった。 ふと横を見ると、黒澤の姿はなかった。 寝室の灯りは変わらずに点いたままだった。 やがてシャワーの音がしていて、黒澤が浴びているのがわかった。 なんとなく、気恥ずかしい。 あんなにも乱れて悶え、叫び、あげくには黒澤に誘導されたとはいえ、好きだとまで 言ってしまった。 そして美香はよがり狂い、自分からバックをねだった。 そういえば、まるで好き同士の恋人のようなセックスだった……。 おそるおそる浴室へ向かうと、ちょうど彼が出てくるところだった。 「ああ、目が覚めたのか。汗かいたから、シャワー浴びろよ」 「ええ……」 美香はそう言うと、黒澤と目を合わせられなくて、逃げ込むように浴室内に入っていく。 彼が行為を終えてからシャワーを浴びたとして、どれくらいの間眠り込んでしまったのか。 好きだと言ってしまった。 詰問されたからだけではなく、彼に強く惹きつけられているのは確固たる事実だった。 さっきの、ここでの戯れを思い出す。 フェラチオの体験を告白させられていたときのことを。 「好きだったから」だから苦くても精液を飲んであげていた。 そう言ったあとに、美香の乳房を責め立てていた黒澤は突然愛撫をやめた。 ……もしかすると。 嫉妬……したんだろうか。 誰に? その男に対して? それとも、美香に対して? そんなことを考えながら、ぼうっとしてシャワーを浴びている。 だからこそ、イク寸前のあのときに好きか、と訊いてきたのか。 好きだとは言ったけれど、まだ何も知らない。 探偵としての彼の仕事ぶりのほんの一部しか知らないし、ここに今日連れて来られたのも 成りゆきにすぎない。 ただ、美香に触ってきたあの中年男に対して怒りを露わにした黒澤にときめきに似たものを 感じていた。 それは彼とのセックスに対して積極的になってしまうほど、美香を高ぶらせていた。 どうかしている……私。 いいえ、もう……とうの昔に、どうかしてしまったのかもしれない。 あの日、黒澤と出会い、彼に囚われた日から。 美香はそうひとりごちると、脱衣所に用意されていたタオルで身体を拭った。 寝室の方を見ると、黒澤がベッドに寝そべっているのが見えた。 タオルで胸から下の身体を巻いて隠し、テーブルに置いてあるポカリの残りを飲む。 やがて黒澤の静かな寝息が、美香の耳に届く。 まさか……ほんとうに、寝入ってしまったの? この前みたいに、寝たふりをしているのかもしれない。 ベッドの近くにそろそろと足を忍ばせて近寄り、彼の顔を見つめる。 目を閉じて、下半身を布団で覆っている。 両腕を頭の下で組んで、上半身を少し浮かせている。 エアコンが効いているとはいえ、裸の胸をさらしている彼が寒さを感じるのでは、と思った。 寝息はあくまでも静かに、そして規則正しく続いている。 眠り込んでしまったのは確かなようだった。 きっとこのあとも、続けざまに抱かれるとばかり思っていたのに。 美香はベッドの脇に腰を落として彼を見ている。 他の部屋を見て廻りたい気持ちもあるけれど、それではこそ泥みたいでどうにも気が引ける。 |