第3章 3 探知 中編

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「もう4時過ぎか……。そろそろ行くか」
ドキッ、と瞬間的に胸が強く拍動する。怖いけど……この人が、いてくれる。
帰って着信記録を見るのが怖い。
また多く入っていると思うから……。
車に乗り込み、外へ出ると早くも夕闇が迫りつつあった。
もう薄暗くなりかけている。
黒澤は明らかに落ち着きをなくしている美香に、いろいろな注意事項を告げる。
「よくテレビとかで見るだろう、部屋に入ったら必要なことはすべて筆談で指示する
から。
もし盗聴器が見つかったとしても、驚くと思うが騒ぐなよ」
「……ええ、見たことあります。黒澤さん、テレビとかには?」
とりとめのないことを喋ってでもいないと、やっぱり不安感が強くなっていってしまう。
「出るわけないだろう?俺みたいな三文探偵。テレビに出るなんて、ほんのひと握り
だよ。あとは地道にやってるだけだ。うちは広告も出してない。
電話帳やインターネットで住所と電話くらいは出てるけどな」

そういえば、そのことを言われて美香は思い出した。
「私、インターネットで検索してきたんです、昨日。
大体の位置を探してあとは下から、看板を一軒ずつ探して……」
「ああ、同じような雑居ビルが多いからな、ちょっとわかりにくいだろう」
「意外にきれいなんで、ちょっとびっくりしちゃった。
もっと古そうで、あまりきれいじゃないのを勝手に想像してたから……」
「よく、そういう風にも言われるよ」
黒澤は苦笑して言った。
「依頼って、どういうのが多いんですか?」
「こういう盗聴探知とか……あとは身辺調査、結婚調査だな。
浮気調査も多い。まあ、このへんのことが主な内容だな」

「おまえの家の近所に、時間貸しの立体駐車場、あるか?」
「ああ……あります。家のちょっと裏手側に」
「ワンルームのマンションか?」
「ええ……うちは1LDKです。リビングが10畳ちょっとあるから広めだけど」
そういえば、充分に掃除はしてあったのか、今になって気になる。
黒澤の自宅が、男所帯なのにきちんとしていたから、なおのこと。
「もうすぐだな……」
黒澤は呟いた。
「外の分電盤とかの調査が先だな。寒いし、おまえは中に入って待ってろよ」
「ええ……」
美香は内心少しほっとしていた。
その間、掃除機くらいはかけておきたい。

美香の指示する立体駐車場に乗り入れて停める。
そこから、トランクを下げて彼女の住むマンションの前に佇む。
まず家の外から調査をするというので、美香だけ中に入る。
おそるおそる電話機を見ると……着信はやはり30件も入っていた。
履歴は非通知が20件に、公衆電話が10件。
一晩家を空けていて、この数字……
時間は、深夜や明け方にも及んでいた。
応答はしたくもないが、やはり気味が悪くていやだった。

溜息をつくと、エアコンを入れて掃除機を引っぱり出してざっとかけ直す。
トイレや風呂場の水回りも、気になって少し洗う。
この部屋に、もうすぐ黒澤が入ってくる……。
昨日は突然思いもかけず彼の自室に誘われて、今日の昼までともに過ごした。
そして今日は、想像もしない形で彼を招き入れることになるなんて……。
不安感も強かったが、期待している部分も大きかった。
ドキドキと胸が高鳴っていくのは、決して盗聴探知のせいだけではない。

10分以上も経った頃、黒澤は紙とペンを持って部屋に入ってきた。
人差し指を口に当てて、「喋るな」というジェスチャーをする。
紙に整った字で「外には異常はなかった。これから室内を調べる」とある。
トランクを開けて、探知機らしい機材を取り出す。
あまり大げさなものではなく、せいぜい縦横20センチくらいの大きさだった。
それを操作して、メーターにあたる部分を食い入るように見つめている。
メーターは振れもしない。

美香のCDコンポのラジオをつけて、しばらくそれも聞く。
間もなく消して、今度はテレビのスイッチをオンにして、砂嵐の画面に変える。
13から17チャンネルの間にして、それらの画面をひとつひとつ観察する。

こういう行為に意味があるのか、探知機ははっきりとした兆候は出さない。
「仕掛けられてないぞ」
黒澤は唐突に言った。
「盗聴だけでなく、盗撮も疑ってテレビも見たんだが……その気配なしだ。
純然たる電話ストーカーか。音声の録音でもして、解析するしかないか……」
黒澤は機材を収めながらそう告げた。
「……じゃ、電話に出なきゃいけないの?」
美香は怯えたような顔をして黒澤の方を向いた。
「そうしなくちゃ、無理だな。もっとも、相手にだんまりを決め込まれたら
ちょっと地道に調査しなきゃならないな」

「電話に出るのが、こわいの……。悪意のあるものかもしれないし」
ためらいがちに言う美香の両肩を掴んで黒澤は励ました。
「それはわかるけど……向き直らなくちゃだめだ。こういうのは、知人によるものが
多いんだ。
いやがらせにしろ好意にしろ、おまえに自分を注目させるための手段なんだ。
相手を特定できたら、次にその相手との現実での関係を改善させる手がかりになる。
もっとエスカレートする前に、こうして手を打たなくちゃならないんだ」
「……そうすれば、こういうのは止むの?」
「ああ。その相手との和解ができれば自然と止む。相手は対話を求めてる。
だからこそ電話をかけてくるんだ。おまえと話したいんだよ。
ただ単純に、おまえの声が聞きたいのかもしれない。
電話を受けないでいたら電話の回数が増えただろう。出て欲しいんだよ。
その意志を、何度もかけ続けることで表してるんだ」
それは意外なことだった。
黒澤のことだから、強硬に拒否する手を使うのかと思いきや、
柔軟ともいえる細やかな対応をしろというのだから。

「下手に出なきゃいけないの?」
美香は悔しそうに唇を噛んだ。
「誰だって、居丈高に見下されたり、最初から拒否されたら頭にくるだろう。
そこで逆切れして、ストーキングの相手を殺したりとかの刃傷沙汰になるんだ。
家族が遮断すれば、その家族も恨まれる。被害者の知人も、逃げた被害者を
匿ったばかりに逆恨みされて、ストーカーに殺されたりもしてたな」

美香の身体は震えはじめていった。
「悪かったな……脅かすつもりじゃなかったんだ。俺がいてやるから、
出てもいい時間帯にかかってきたら、出て録音ボタンを押してみるんだ。
夜中や明け方には出る必然性がないから、拒否して大丈夫だ。
一旦出ればそんな時間に電話が来ることも減るだろう」
美香の身体をきつく抱きしめながら、黒澤は軽く口づけた。

そのまま電話に向かうと、設定の変更を始める。
非通知拒否の解除、公衆電話拒否の解除をする。
「これで、また夜の10時頃にでも拒否に戻せばいい。それか、
ずっと留守電にしておくんだ。相手の声が録れればしめたもんだがな……」

「今夜は、そばにいて……。こわいの」
美香は黒澤に抱きつき、強くしがみついた。
「ああ。そばにいてやるよ。不安なら、ずっとこうしててやる。だから、無闇に怖がらなくてもいい。
……案外と、小心な男が告白したくてかけてきてるだけかもしれないぞ」
黒澤は笑って美香の顔を撫でた。
黒澤の身体の厚みと、暖かさが美香を包んでいく。
すると、胸が押しつぶされそうなほどの嫌な気分の塊が、溶けていくような気がした……。

「告白されたりしたことも、あるんだろう?」
「……何度か。お店の前で待ってて、好きですとだけ言って、走っていった人もいるし、
携帯の番号の紙を渡されたこともあったわ……」
「相手にしたのか?」
「いいえ……だって私、その時にはつきあってる人がいたから。断ってた」
「今言い寄られたら、どうする?」
黒澤が意地悪げに声をひそめて尋ねた。
「どうする、って……」
美香は上体を起こして、困惑顔で黒澤を見上げた。
「なんていうんだ?」
「……それは……」

美香は、まだ素直にこの男のことを恋人だと認められない。
傍から見ても、状況からいってもそうだとしか思えないのに。
始まりのきっかけがあんなことだからといって、こだわりを持ち続けている。
そんな頑なな自分が、少し嫌になる時もある。
身体も、そして心さえもこの男に向かっているのは確かなのに。
「……つきあってる人がいるから、って言うわ……」
美香は恥ずかしさで、顔を彼の胸に埋めて言った。

「俺のことか?」
承知の上でいるくせに、わざわざ聞き返す。
「……そうよ。そう……」
美香は顔を上げられずに、彼の身体に回した腕の力を強めた。
「俺のことが好きか?」
重ねて確認するように畳みかける。
「……意地悪!」
美香は顔を伏せたままでいようと思っても、黒澤の手に顔をぐっと持ち上げられてしまう。
「俺の顔を見て言えよ。好きか?」

いつになく真剣な表情の彼に、そう問いつめられては答えるしかない。
「……好きよ。好きになっちゃったの。……ばか、私……」
それだけようやく言い終えると、再び彼の胸に顔をつけて黙り込む。
最後の一言は、自分を責めるものだった。

とうとう、言ってしまった……。
これでもう、戻ることはできない。
自分で、黒澤の虜になってしまっていることを告白するなんて。
このつかみどころのない、謎めいた男にこんなにも夢中だなんて。
「俺も、好きだ。美香……おまえに惚れてる。
……最初に見かけた時から、おまえのことが気になって仕方なかった。
どうやって近づけばいいのかもわからないで、強引に
おまえをものにしたことは、悪かったと思ってる。
あのとき、ほんとに衝動的にあんなことしちまったんだ。
それでも……セックスだけじゃなくて、
おまえに惹かれてる。いい年して、みっともないほど」
黒澤は美香の身体をぐっと抱きすくめながら、耳元で熱く囁いた。

美香は胸が詰まって、何も言えなくなってしまった。
ちょっと気を抜くと、涙が浮かんでしまいそうになる。
「美香……」
低く、甘くそう言われると、無言のまま美香は目を閉じて顔を上げた。
優しいキスが与えられる。
そのまま座り込んで、リビングのスペースになっているカーペットの上に
身体を横たえられる。
美香は自分から彼の首に腕を回して、キスをねだった。
黒澤もそれに応じてキスしたまま、美香の乳房の膨らみをセーターの布ごしにまさぐる。

唇を夢中で合わせて、こらえきれない溜息をつく。
好きよ……好き。
いつのまにか、こんなに好きになってたの。
はじめて抱かれた日から、ひと月も経ってないのに。
だから認めることができなかった。
まだ数えるほどしか会ってない男を、しかも身体の関係だけで繋ぎ留められて
いる男を、好きな筈がないと否定していた。
そうしないと、自分が淫乱な女だと思ってしまうから。
でもそれだけじゃない、セックスでいたぶられる時以外にも惹かれていたのに。

昼間あんなに抱かれるのはもうたくさん、と思っていたのに。
気持ちがわかった途端に、こんな……
愛撫を受けているだけで、もっと欲しくなってしまう。

静寂が包んでいた部屋に、不意に電話のベルが鳴り響いた。
美香は跳ね起きて、途端に現実の恐怖感に引き戻された。

「出てみろ。普通に名乗るんだ。録音ボタン、だぞ」
黒澤も仕事の顔に戻る。
表示は公衆電話になっている。
美香はふるえる手で受話器を取って、のろのろと耳に当てた。
「もしもし。朝倉です」
努めて平静を装いながら、美香は録音のスイッチを押した。
受話器の向こうでは、公衆電話特有の「プーッ」という音がする。
「もしもし。朝倉ですが、どちらさまでしょうか?」
もう一度言っても、相手はまだ無言のままだった。
小さな呼吸の音が聞こえる。
「もし……」
その前に、突然電話は切られてしまった。
「切られたわ」
受話器を置くと、美香はほうっと大きく溜息をついて天を仰いだ。

「どれ、着信履歴を見せてみろ」
最後の電話は、およそ1時間前だった。
「ご丁寧に、定期的にかけてきてやがるな」
黒澤は吐き捨てるように乱暴な口調で言った。
「まあ、もっともこれでどうなるかわからないが。…回数は減ると思うけどな。
向こうが野郎なら、今頃おまえの声でも録音してて、それを聞いてるかもな」
「やだ……」
美香はゾクッと背筋に怖気が立ってしまう。
「次にかかってきたら、また出なきゃいけないの?」
「つくづく、電話にいいところを邪魔されるな。昨日といい……」
黒澤はにっと笑って美香にそう言った。
「昨日のあれは、邪魔にしてなかったじゃないの。ひどいことしてくれたわね」
美香は拗ねたように腕を組んで横を向いて見せた。
「あいつ、おまえのこときれいだって誉めてたぜ。惚れてるかもな」
「……そんなことして、楽しいの?」
はあ、と大げさに息を吐く。
「わかんないわ……あなたって人。真剣かと思えばふざけてて、
優しいのかと思えば底意地が悪いことも平気でできるのね」
呆れ果てて、そんな言葉を投げかける。

「興が殺げたな……。外に何か食いに行くか?」
美香の文句を黙殺して、しれっとした顔でそんな話題をふる。
「そうね……。でも飲むなら、車は置いていかないと……」
「それはそうだ。バス停が近くにあったな?」
「駅前まで出れば、いいところたくさんありますよ。案内しましょうか?」
「この辺なら、俺だってよく知ってるよ」
電話を留守電にして、二人は夜の街に出ることにした。

洒落た西洋居酒屋風の店に入り、美香も珍しく酒を飲むことにした。
いやなことを忘れるには、こうしているのが一番楽だった。
アルコールに溺れる人の気持ちが、少しわかるような気がする。
気がするだけで、実際には美香は深酒をしすぎると気分が悪くなる。
心地よく酔いたい。
食事をとりながら、ゆっくりしたペースで飲み続ける。
かなり甘いカルーアミルクを一杯飲むと酔いが回ってくるのがわかる。
顔も身体も、どこもかしこも熱くなっていく。
とりわけ下半身が疼いてきてしまうのが、美香を戸惑わせた。
さっきの電話の前、床の上で愛撫を受けていた余韻に、今更ながらアルコールが火を
つけたようだった。

黒澤の整った顔を、潤んだ瞳でまじまじと見つめる。
美香は熱い吐息を漏らした。
なぜだか、今急に抱いて欲しいと痛切に願っている。
優しく抱かれるよりも、なにもかも忘れるほど、激しく責めて欲しい……。
「なんだ?見惚れてるのか、俺に?」
からかうような声を聞いても、美香は視線を逸らさないで彼の目を見つめる。
“……抱いて”
ほとんど唇の動きだけで、そう伝える。

それを瞬時に悟ったらしいのは、この男の鋭い洞察力の故だった。
「そろそろ、行くか……」
美香はうなずくと、彼の腕にもたれかかった。
会計を済ませて、黒澤がタクシーを拾う。
お互いに無言のまま、肩を寄せ合って座っている。
まもなく美香のマンションに着き、黒澤に腰を抱きかかえられるようにして部屋に辿り着く。
「大丈夫か?」
ベッドの上に身体を伸ばして美香は言った。
「大丈夫……。少し、身体が熱いの。気分は悪くないから、心配しないで」
黒澤がちらっと電話を見る。
「何も用件も、履歴もないぞ」
「そう……」
黒澤がエアコンを入れて、ホットカーペットもスイッチを入れる。

「冷蔵庫、開けるぞ。何か冷たいものでも飲むか」
「ええ……ありがとう」
美香の作り置きしてある十六茶をコップに注いで持ってきてくれる。
その冷たさが、身体に浸みとおって気持ちがいい。
「熱い……」
美香はそう言うと、自分から大胆にセーターを脱ごうとする。
「おい……」
美香が決して普段見せないような素振りに、黒澤は動揺していた。
「だいぶ酔ってるみたいだな」
「酔ってて悪い?……あなたの言ったとおりね。私、酔うとしたくなるみたい」
そんな男を誘うような言葉さえも、唇から出てきてしまう。
「忘れたの?……きのう、あなたが言ってくれたじゃない」
美香はそう言いながらも、スカートを脱ごうとしている。
黒澤の手にかかると、それがあっけなく床へ滑り落ちた。
ストッキングも脱がされて、白のスリップと下着の上下だけになる。

黒澤も、自分の服を脱ぎ始める。
今日は青のブリーフだけになると、美香の下着を外してシャワールームへ
抱きかかえていく。
狭い浴室に、シャワーの暖かい湯気が満ちていく。
彼が、美香の身体を優しく洗ってくれている。
快さに浸りながらも、心の内では激しい愛撫を待ち望んでいる。
美香の身体をタオルでくるんで、ベッドに運んでくれる。
黒澤は、自分の髪を拭いながらその様子を見ている。

美香の寝ているベッドに腰掛けると、近づいて唇を合わせてくる。
「縛って……」
美香の口から、耳を疑うような言葉が出た。
「激しくして。お願い……。何もかも、忘れさせて……」
可憐な唇から続くのは、哀切な響きのこもった願望。
黒澤は美香の裸体に覆い被さると、すぐに情熱的な唇での愛撫を始める。
「あっ……。あ……」
美香の両腕を背中に回させ、身体に押さえつけながら、ベッドの側に
落ちていたストッキングを拾い上げる。

黙ったまま、美香の両手首を片方の足部分で縛る。
そうして、残った片側で彼女の腰まわりに一周させる形で結びつける。
美香の手首は後ろ手にされ、固定されてしまった。

「これでもう、動かせなくなったぜ」
黒澤が、耳元に囁いてくる。
美香は拘束されているというだけで、既に軽く息が弾んでいる。
「……初めて自分から、縛ってなんて言ったな。
次にはどうして欲しい?どうされたいのか言ってみろよ」
「……そんな……」
黒澤が、美香の困惑の表情を背中側から覗き込むように見つめている。

「じゃあ、しないで欲しいことを言ってみろ。これなら言えるだろう?」
そんなことを言って、きっと逆にそれをされるんじゃないか……
美香はそんな危惧を抱いた。
でも、ここは言葉通りに解釈して嫌なことを言ってみる。
「……痛いこととか、苦しいことはしないで…。」
黒澤はそれを聞いて笑った。
「俺が今まで、そんなことしたことあるか?
大丈夫だよ、女に肉体的に苦痛を与えるのは俺は嫌いなんだ。
どちらかといえば、辱める方が燃えるな……」
それはとりもなおさず、精神的な屈辱は味わわせたいという
ことの暗示としか思えない。

「……まあいい。泣くほど嫌がることじゃなけりゃ、いいんだろう」
「…………」
美香は何も言えず、黒澤が背筋に唇を押しつけてくるのを感じた。
それだけなのに、快さに産毛が逆立っていくような感覚になっていく。
顔を後ろにねじ向かされて、唇を奪われる。
吸いつく音が、チュッと響く。
乳房を両手で愛撫されていき、両方の乳首を指先でつままれ、こすられる。
「あっ……。……あ……」
せつない吐息が喉の奥から震えて出る。
黒澤の唇が、美香の右の首筋をねっとりと舐める。
強く吸いつかれる感触に、痛みに近いものが混じる。
けれど、それは彼の自分を独占したい気持ちの顕現だとわかる。
そう感じると、痛みでさえ歓びにすり替えられていくような気がした。

耳にまで舌がぬるぬると這い回る。
異質な感覚だけれど、そこが快感を呼ぶ箇所であることに気づかれている。
ときおり黒澤の熱い吐息が吹きかけられると、美香は腰が砕けていきそうに
思える。
「……感じるか?」
低く甘い響きの囁きが、美香の性感をいっそう刺激する。
この男の声さえも、美香の情欲をそそるもののひとつだった。
「……感、じるわ……。ああ……」
いつもならこんな風に、黒澤の言葉に応じることもできない。
今日の彼女は、大胆に振る舞いたいと思って行動している。
 

美香をうつぶせにさせたまま、黒澤は一度彼女から離れた。
「あ……」
愛撫を突如中断されて、美香は失望の声をあげる。
黒澤は美香に「目を閉じてろよ」と言いながらリビングにある手荷物を持ってくる。
彼女は不安な気持ちがあって、薄目で彼の動作を盗み見ている。
小さなものを、手のひらに隠し持つようにしている。
それが何かはわからないが、コンドームにしては少しおかしい。
かといって、前回バイブを泣いて拒否した美香に再びバイブは考えられない。

美香の足を広げさせ、濡れている秘所を手で撫でてくる。
やや濃いめのヘアをかき分けられると、なにか冷たい感触のものが当たる。
途端に、なにか振動が加わるのを感じる。
「やっ……何?」
振り向いて自分が何をされているのか確認したかった。
「何だと思う?当ててみろよ」
黒澤の、笑いを含んだ声が耳元にかかる。
美香のクリトリスに、低い小さな音とともに小刻みな動きが伝わる。
それは男の舌とも、指とも違う快感に変わっていく。
「あっ……!あ……。ああん……」
それはモーターの音で、美香の秘所をかき回すようにいやらしい音をさせながら
クリトリスとその周囲に沿って動かされる。

「これなら、バイブと違って気持ちいいだろう?」
黒澤が薄く笑いながら、悶える美香を見下ろした。
もう、それがなんなのかは美香にも察しがついていた。
ピンクローター、あるいはパールローターとも呼ばれるもの。
主にクリトリスや、乳首などを責めるためのものだということは女性誌や
なにかで知っている。
それを見ることすらも、ましてや使われることも初めてだった。
低い機械音を立てながら、微細でいながら力強い振動を感じる。
それがクリトリスの周囲に、強烈な快楽をもたらしていく。
「ああ……!あ……。あ、はぁ……」
人工的なもので、自分の意志とは関係なくいかされそうになっている。
縛られて転がされ、ローターで強制的に感じさせられ、喘ぐ美香を背後から
黒澤が見つめている。

「気持ちよさそうだな……。俺の指と、どっちがいいんだ?」
「…………」
美香は答えられない。
あと少しで、いきそうなほど高められている。
続けてもらって、イってしまいたい……。
黒澤の指がいい、とも思うけれど、もう焦らされたくない。
答えずにいると、ローターの振動が止まってしまう。
「ああ…………」
ひどい……。ここまできて、やめるなんて。
無意識に腰をくねらせてしまうほど、美香は快楽に酔っていた。
「ほら、答えろよ。どっちがいいんだよ?」
黒澤の声にわずかに苛立ちの響きが混じる。

「あなたの、指……指で、お願い……」
いきそうになっているというのに、中途でやめられてしまって美香は乱れた。
「それがいいのか?」
静かに彼がそう言った。
「そうよ……。そう……。あ、お願い……もう、私……」
「もう、どうしたんだ?」
嘲りながら、黒澤は美香に指一本触れてはいない。
太ももを閉じてしまって、こすり合わせたい。
そうしたら、クリトリスの快感ですぐにいける。
そうしよう。
閉じてしまおう……。

広げられた足を閉じようとしたその時、美香の身体は仰向けにされた。
美香の両足を伸ばしてくっつけさせ、そのままぐいっと膝頭を彼女の
胸に着くほど持ち上げる。
いわゆる、まんぐり返しという形になる。
卑俗な名称が指すように、女性の秘所が男性側に自由にされてしまう体位。
美香の股間に、黒澤の顔が近づき、舌先で嬲られる。
「ああんっ……」
声とともに、足腰が震えるほどの愉悦が彼女を襲う。
でもすぐに彼の顔は遠ざかってしまう。
指先で、ゆっくりとそこを触れるか触れないかくらいの微細な愛撫を仕掛ける。
感じるには感じるけれど、もっと激しくされないと、イキそうにはない。
「はあ、あ……」
美香は思わず、溜息まじりの吐息を大きくついた。

また、焦らされている。
「いやぁ…………」
黒澤に対して甘えるような、媚びたような声をあげて抗議する。
「何がいやなんだ。言えよ」
黒澤の顔が、余裕の笑みを浮かべて美香を見下げている。
「ほら……どうした。何をして欲しいんだ。言え」
美香は、恥の感覚と戦って下唇を噛んだ。
「……イかせて……。お願い…………」
蚊の鳴くような、か細い声で美香はようやく言った。
「イキたいのか?」
美香の霞がかかったような瞳を、まっすぐに黒澤が見返す。
「もう、あと少し……なの。ねぇ……。お願い……」
腕が自由になるなら、ここで黒澤の首筋に手を回してキスを仕掛けたい。
そうして彼の興奮を誘い、望むならフェラチオでもしたい。

「イかせて、やろうか」
待ちに待った、黒澤のその言葉。
でも彼は、まだコンドームをつける様子はない。
それどころか、そのまま男根を美香の股間に当ててくる。
「ああ……」
少し擦ると、ゆっくりと潜りこんできた。
「あ!あああ…………」
美香の唇から、生々しい歓喜の声が湧き出てくる。
あくまでもゆっくりと、奥まで入れて、少しずつしか動かない。

かと思うと、それが急に抜かれてしまう。
「ああ、いや!」
美香は悲痛に叫ぶ。
彼女の口許に、さっきまで膣内に挿入されていた怒張を近づける。
美香の膣が分泌していた、白濁した粘液がこびりついている。
あまりに淫猥なそのものを、まともに見ることができない……
「ほら。しゃぶれ」
美香の唇にそれが押しつけられる。
「いや…………」
震える声で、彼女は精一杯の拒否をこめて黒澤の顔を見た。
その表情は、美香を一瞬恐れさせるほど真剣だった。
「舐めろよ。ほら、おまえの汁も、舐めろ」
美香の髪を、そう力を込めずに掴むと屹立するものに引き寄せた。

美香はただ、首を横に振って無言で拒んだ。
黒澤は、美香の膣に指を入れて動かすと、すぐに引き抜いた。
指先についたものを、彼女の唇を割って強引に含ませる。
「んんっ…………」
美香は驚きつつも、半分諦めながら彼の指を吸った。
自分の愛液を舐めさせられる。
しかも、男のものにたっぷりと粘り着いた状態のものを。
指を抜かれると、ついに目の前にそのものが寄せられる。
ここで逆らったら、いかせてはもらえない……。
黒澤はそのことをエサにして、実に狡猾に猥褻極まる要求を満たさせようと
している。
美香は目を閉じて、なるべくそれを直視したくなかった。
でも……

「見ろ!おまえの汁がついてるところを、見るんだよ。こうなってるんだ。
いつも、抜くとこうなる。おまえが本気でよがってる証拠だ」
嘲笑の混じった、勝ち誇ったような声音で高飛車に言われる。
美香は屈辱を味わいながらも、黒澤の怒張を唇で愛撫し始めた。
根元までを、舌で舐め取りながら丁寧にする。
するとまた、美香の足を抱えて挿入してくる。
何度か浅く、少し動くと抜かれる。
そして、またフェラチオを強要されてしまう。
仕方なくそれに応えると……

秘唇を嬲り、浅く入れて、そして深く突き上げる。
美香が歓びの声をあげると、たちまちそれは外に出ていってしまう。
クリトリスの性感は高まったまま、絶頂に達する前に寸止めされている。
あと一歩でイク寸前だった筈が、もう少し可愛がってもらわないといけない
ところまで後退してしまった。
美香は、ここでようやく黒澤の意図に気づいて半泣きで訴えた。
「いやあ……もう、いじめないでぇ!お願い、イかせて!ひどい。
ひどいわ!こんな……」
黒い澄んだ瞳にも、薄く涙が浮かんでくる。
それが逆に、男の加虐心を刺激するとわかっていても、言わずにいられない。

ふっ、と黒澤がおかしそうに笑った。
「そんなに感じるか?」
「いやよ……いや。焦らさないで!意地悪……」
美香の非難の声を軽く受け流す。
「そうだ、俺は底意地が悪いさ。さっきおまえが言った通りにな。
女が泣いて、感じて、悶えるところを見るのが、何よりも好きなんだ。
もっと泣けよ。ほら、もっと。俺を感じさせてみろ。ほら!」
美香の髪を掴んで、顔を上に向かせる。
黒澤は自分の言葉に興奮を覚えるのか、サディスティックな振る舞いに酔って
いるようにも見える。
それでも、美香の唇にディープキスをしてくる。
舌先が激しく絡みあい、掴んでいた髪を離し、彼女の肩を抱き寄せるようにして
長いこと唇を合わせていく。
言葉で罵られながらも、こんなふうにされるともうひとたまりもない。

優しさと、苛烈ともいえる責めの混在するセックス。
どちらにも惹かれるし、どちらにも感じる。

キスが終わると、美香は息を弾ませている。
「そろそろ、いくぜ」
美香の耳元にそう囁くと、黒澤はようやくコンドームを着ける。
後ろ手に縛られた状態で、長い長い間焦らされ、弄ばれて、やっと……
美香の足を思いきり広げさせると、いっきに奥まで貫いた。
「あっ!ああっ!!」
美香は、それだけですぐに快感が戻ってくるのを知った。
黒澤の腰の動きがクリトリスにも伝わり、美香の膣内を満たす熱いものが
さらに残り火を燃え上がらせる。
黒澤の逞しい身体に組み敷かれながら、自分から彼の動きに同調させる。
幾度か大きく前後にスライドされた、その時。
「あああっ!!だめ、ああ……ああ、イクっ!あ!」

抱きしめたい……。
この快感を、逃がしたくない……。
美香はそう思いながら、長く深く続く絶頂感に浸っていった。

彼女の内部で、まだ黒澤のものは激しい締めつけに耐えていた。
そのまま、美香にかまわず突いてくる。
「あっ……。あ…………」
美香は息も絶え絶えになりながら、快楽の余韻を味わっている。
そこに黒澤の突きが加わる。
「凄いな……美香。俺のを締め付けてくるぜ。まるで、手で握りしめられてる
みたいにな。よほど、感じてるんだな……」
黒澤がリズミカルに腰を動かしながら、感嘆したように言う。
そのあと、美香の艶めかしく喘ぐ唇を吸う。
「ん……んっ、ん…………」
キスの最中でも、彼の動作は遅滞なく続いていく。
そのうちに、早く突いてくるようになる。
美香も、再び昇りつめようとしていた。
黒澤の唇から漏れる息も、荒くなっていく。

唇を合わせたまま、彼が放出していくのを感じた。
すっかり慣れてしまった、膣の奥で男根が膨らみ、次いで脈打つような感覚。
黒澤に遅れて、美香の中にも小波が訪れる。

これで昨夜から、何度目の射精になるんだろうか……
そして自分は、一体何度達したのか……
もう、そんなことを反芻するのも億劫だった。

初めて、キスしたままの状態で繋がったまま、イってしまった。
美香が自分から縛って欲しいと頼んだけれど、やっぱり両腕が自由でいたなら
黒澤に抱きついていたいと思う。
次には、そうして欲しいと願う自分がいた。

唇を塞がれ、声を出すにも出せない中で達した絶頂の快楽。
暫く黒澤は無言で美香の上に覆い被さっていた。
勿論、キスは続けたままで。

ようやく唇が離れ、美香と繋がる部分を引き離す。
内部から、どっぷりと熱いものが引き抜かれる感触に、美香は喘いだ。
後始末を終えると、美香の両腕を縛っていたストッキングを解く。
そして、動けない状態でいる美香を横抱きにすると、バスルームで
軽くシャワーを浴びせてくれる。
そのまま二人は、激しい情事の余韻か、疲労感のせいか、あまり口を
開かずに眠ることにする。
エアコンを効かせ、加湿器をかけておく。
黒澤は美香に腕枕をしたまま寝息を立て始めた。
美香も、胸に広がる満足感と安心感を抱いたまま、眠りに落ちていく……

目覚めた時は、既に朝の眩しい陽光が部屋に差し込んでいた。
隣の黒澤は、まだ眠っている。
美香の部屋で、セミダブルのベッドで窮屈な思いをしているに違いない。
黒澤の自宅のベッドは、彼が長身なせいかキングサイズといわれる、ダブルより
大きいものだった。
多分、女性との激しい情事に備えてああなのは間違いなさそうだ。
どろどろとした嫉妬の感情が渦巻いてきそうになるので、そのことはあまり
考えたくない。
自分もまたこの男に好意を抱き、既に愛着を……独占欲を抱くまでになっている。

美香は彼を起こさないようにそっとベッドを下りて、顔を洗って歯磨きすると
髪を梳き、薄く化粧した。
部屋着の、身体のラインがわかるワンピースに着替え、朝食を作る支度をする。
昨日は彼の家で洋食だったから、今朝は和食にしてあげたい。
そんな思いから、ありあわせのものを使って調理を始める。

美香の好きなワカメのみそ汁、レンジで炊ける炊飯器を使って米飯を炊き、
卵焼きを作る。これはたまに家族や友人に振る舞っても、誉められる。
冷凍してあったほうれん草でお浸しを、塩鮭を焼く。
そうこうするうちに、黒澤が起きて伸びをしているのがわかる。
「ああ…また食事を作ってくれてるのか?悪いな……」
照れたように笑いながら、彼は洗面所に入る。
「シャワー、借りるぞ」
どうぞ、と美香は言って小さな折り畳みのダイニングテーブルを出す。
普段友達が泊まりにくる時にしか出さない。
椅子は普段から使っているものにする。

しばらくして、黒澤がタオルで身体を拭きながら出てくる。
新しい着替えがないので、昨夜着ていたスーツのワイシャツとスラックス姿に
なる。
そんな黒澤の姿を見て、なぜか美香はときめきを隠せない。
席について、二人で向かい合って食事を始める。
「料理、上手いんだな。いつも作ってるのか?」
「いえ…ひとりきりでいる時は、週に2・3回、食べたいと思うものを作るだけ。
友達とかが、ここに来たりしたら作るけど」
やはり黒澤の食事のスピードは速い。
美香の作ったものを、あっと言う間に平らげていく。
男性に食事を作ることは、家族に対して慣れているけど、これで足りるだろうか。

「若いのに、感心だな。今時はコンビニとかに頼る女だって多いじゃないか」
「私だって、頼ることあるけど…買いかぶりすぎです。それに、黒澤さんだって
まだ若いくせに……おじさんみたいなこと言うんですね」
黒澤は、くっと笑って美香を見る。
「ただでさえ、老けてる、とか老成してる、とか言われるけどな。おじさんには
参るな。おまえみたいな娘から見れば、そりゃそう映るだろうな」
「老成というよりも、達観してるみたい」
美香は思っていることを、素直に言ってみた。
「達観……か。おまえ、ほんとに時々驚くようなこと言うな。まだ悟りを開いてる
訳でもないよ。気が逸ることだって多いしな。それこそ、買いかぶりだ」
苦笑しながら、黒澤はほぼ食事を終える。

美香は洗い物をして、黒澤は美香の持っている客用の歯ブラシで歯磨きを
する。
ひげ剃りに戸惑って、彼女の持っている女性用のシェーバーでなんとか剃る。
黒澤はあまり髭も濃くないが、それでも女性用ではやりづらいと言っている。
美香はそんな彼の様子が微笑ましくて、つい笑ってしまう。
洗い物を終えると、美香も身支度をする。
薄化粧をしているところは見られたくなくて、黒澤に外に出ていてもらう。
それを終えて外に出ると、黒澤はテレビをつけて見ていた。

「なあ。俺以外に、ここに男を泊めたこと、あるのか?」
美香の顔を真顔で見つめながら、そんなことを尋ねてくる。
「父や弟なら、ありますけど」
美香はとぼけてそんなことを言ってみた。
ほんとうは、ある訳がない。
かつての恋人とも、外で泊まりがけのデートもままならなかった。
家族が5人暮らしている中でどうにも窮屈だったし、美香が画材店で任せられる
仕事が多くなって昇給したことをきっかけに、昨年一人暮らしを始めたばかり
だった。
美香は皿を拭いて収納するために、流しに向かう。
「黒澤さんだって、女性のところに外泊したことあるんでしょ?」
美香の声に若干の棘が混じる。
「ないとは言わないよ。今もこうしてるしな」
美香の顔を見て、笑いながら答える。
「でもこれは、昨日おまえから言われて泊まったんだぜ。そういうふうに、男を
誘ったことが、他にもあるのか?」



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