第3章 6 復讐 2
美香の自宅に着いたのは、夕方5時過ぎだった。 マンションの近所に住んでいる管理人に話を通し、鍵の付け替えを頼むと 快く承諾してくれた。 黒澤が、自分の知っている鍵屋を呼んでくれて、付け替えはものの数分 ほどで済んだ。 あっけなく終わりすぎて、驚くほどだった。 黒澤の薦めで、鍵がなければ解錠が事実上不可能なイスラエル製の 高性能錠にしてもらった。 2万円を超える金額に、予備の鍵を3本……大家用、予備、そして黒澤の為に 合い鍵を作る…それらを合わせると3万円を超える。 黒澤の口利きだから、と負けてもらって2万5千円にしてもらっても、高価な ものには変わりない。 でも彼はそれを支払ってくれた。 遠慮する美香を尻目に、彼は「気を回すな」と言ってくれた。 作業が終わった家に入ろうとすると、管理人が速達を預かっていたと言って 美香の所に茶封筒を持ってきた。 差出人の書いていないB5大の茶封筒に、美香はいやな予感がした。 字は、判別不可能なようにか印刷されている。 美香の、主が5日も留守をした部屋に入る。 慌ただしく糊付けされた封を解こうとする美香の手はすべり、何度もしくじった。 「貸してみろ」 黒澤が簡単に封を開き、中を手で探った。 紙のようなものが触れる。 それを手にとって見た黒澤の眼が、大きく見開かれる。 「見せて!」 その様子を見た美香が、ただごとではないと察して手にとろうとする。 「見るな!」 黒澤が袋を取り上げようとした時、意に反して中身が床に散らばる。 それは写真だった。 それも、ただの写真ではない。 猥褻きわまるポーズをとらされ、目を閉じたままの美香の、あらゆる身体の 部分を写したものだった。 股間を開かれ、局部をアップにしたところにバイブレーターが押し込まれて いる写真まである。 もちろん、男の下半身と繋がっているものさえも。 美香の顔面は見る間に蒼白になり、次いで全身がわなわなと震えはじめた。 唇を、またしても血が滲むほどの屈辱感に耐えようとして噛みしめる。 20枚あまりの写真の中から出た白い小さな紙に、電話番号が記されている。 取り返したければ電話しろ、という意味らしい。 そして、そのことを盾に、また関係を迫られるに決まっている。 美香は声も出せずに座り込んでいると、黒澤は低く呟いた。 「糞が…………」 紙を握りしめ、皺の寄ったそれをポケットに入れる。 「怒らせた相手が悪すぎたと、地獄まで後悔を持って行かせてやる」 刻み込むように、低く、ゆっくりと言う。 うつむいている美香の肩に手をやると、重ねて言った。 「船村とか言ったな。処刑方法は、もう決めたぜ」 青白くなっている美香の顔を向けさせる。 「まっとうな社会生活が送れないように…してやる」 黒澤の、噛みしめている奥歯がギリギリと軋んだ。 まだ呆然としている美香の周囲に散らばる写真を拾い、流しに放り出すと 持っていたライターで火にくべる。 音もなく焼け、溶けていく写真を見ながら黒澤は美香に背を向けて立ち 尽くしている。 「タバコ、買ってきていいか」 美香はその言葉にようやく顔を上げた。 「吸うの?」 美香は驚いて聞き返す。 「……おまえがいやなら、外で吸う」 美香の質問に直接は答えず、間接的にそんな言葉を返す。 「いや……離れないで!置いて行かないで!」 「じゃあ、一緒に来るか」 うなずく美香と、連れだって自販機に向かう。 ダンヒルのものを手に取り、同じくダンヒルのライターで火を点ける。 黒澤がくゆらせる紫煙のゆらめきを、美香は不思議な思いで見つめた。 「煙、苦手か?」 美香の視線に気づき、唇からタバコを離す。 「ううん……」 美香はゆっくりと頭を振った。 「あまり好きとはいえないけど…私、タバコの似合う人が吸ってるところを 見るのは好きなの。あなたには、やっぱり似合うわ」 感心したように言う美香に、黒澤は苦く笑った。 「似合うとか、そういうのがあるのか?」 「サマになる、っていうか、男前が上がる……って思うの」 くく、と低く笑う黒澤を彼女は怪訝な目で見る。 「よせよ。弱気の誤魔化しと、場を持たせられない繋ぎだ。こんなのは」 フィルター近くまでを吸うと、自販機近くの灰皿に押しつけて消し、捨てる。 「私にも、ちょうだい」 美香は明るい声でそう言って手を出した。 「やめとけ。むせて咳き込むのがオチだぜ」 「一本だけ。試してみて、どんなものかわかったら、やめるわ」 「わがままで、不良のお姫さんだな」 黒澤はもう一本を自分の口にくわえて、点火して吸う。 それを美香に渡すのかと思ったら、さらに新しい一本を彼女の唇にくわえ させて、自分の火口を近づける。 それでうまく火がつくと、「ねえ、タバコ同士の間接キスね」と美香は笑った。 「どうすればいいの?」 戸惑って聞く美香に、黒澤が答える。 「少し、浅く吸い込んでみな」 美香は吸い込むと、途端に喉の奥がいがらっぽくなってむせる。 風邪をひいて喉を痛めた時の、数倍の不快さに美香は咳をする。 「ほら、だから言っただろう」 美香の背中をさすると、隣のジュースの自販機で缶ジュースを買って、彼女に 与える。 「これ飲め。喉が落ち着く」 プルタブを開けてある中身を、美香はお礼も言えずに流し込む。 飲み終えても、まだ喉の不快感があって、しきりに喉元に手をやる。 「ありがとう……ごめんなさい」 「慣れないことは、するもんじゃない。もうやめておけ。女がタバコ覚えても いいことなんてないぜ」 「あなたは、吸ってもいいっていうの?昔、やめたんじゃなかったの?」 食い下がる美香に、黒澤は言った。 「俺はいいんだよ。吸うのが似合う、ってお墨付きもお姫さまからいただいてる からな」 笑い合って、二人は腕を組んで駐車場のボルボへ向かう。 やっと、いつもの調子に戻りかけてくる。 車に乗り込み、黒澤の自宅へと向かう。 今の二人にとって、それが当然の成りゆきだった。 「外で、飯食って行くか?それとも、二人で家で食うか」 「そうね……」 問いかける黒澤に、美香は少し考えた。 「二人でいたい。……あ、でも駅ビルに寄ってくれる?買いたいものが あるの」 「わかった。じゃ、行こう」 駐車場に停めて、週末で賑わう美香の地元駅に降り立つ。 二人でショッピングは、これで何度目だろう。 美香は黒澤に買ってあげるものがある、と言って男性向けの小物を扱う 店に入った。 「ね、どれがいい?」 ショーケースに並ぶサングラスの類を示して彼を見る。 「おまえなあ…」 黒澤は半分呆れたように笑った。 「ほんとにやらせる気かよ」 この前、美香が黒澤にサングラスをかけた方がいい、と言ったことを実行 させようというのを指している。 「いけない?ほんとよ。タバコもあるし、それで完璧じゃない?」 美香は笑って言った。 「じゃ、これだな。やっぱり」 レイバンの、黒の四角いレンズの形でわずかに目尻が吊り上がっている タイプを手で示す。 店員に出してもらい、それを掛ける黒澤の秀麗な横顔に、美香は見惚れた。 「……似合うわ、やっぱり」 思わず溜息をつく。 切れ長の、やや鋭いけれど深い瞳が隠されると、やはりある種の凄みを 感じるほどだった。 スーツ姿なのもいいけれど、美香としてはやっぱりもう少しラフな格好の 方が決まると思った。 「じゃ、これください。プレゼントなので、包装して」 美香は嬉しそうに店員に言うと、若い店員もにこやかに応じる。 「どうせ、すぐ帰って開けさせるんだろ?包装なんかいらねえじゃねえか」 「いいじゃない。気分なんだから」 ややむっつりしている黒澤の腕を掴んですり寄る。 なぜ彼が不機嫌そうなのか、美香にはよくわからなかった。 でも、それが以前言っていた「女に払わせるわけにはいかない」という彼の ポリシーに拠るのかと思って、合点がいった。 そこで、美香はまた笑いの衝動に駆られる。 「…なに、人の顔見て笑ってるんだよ?そんなに可笑しいか?」 ますますムッとしたような、美香のことがわからない、というような表情に なって彼女を見下ろす。 「私に払わせるのが、いやなんでしょ」 彼は一瞬黙った。 「…………ああ」 そうは言うものの、美香は「さっきの鍵のお礼。だから受け取ってね」と わざわざ店員の前でそう言ってフォローしてやる。 このプライドの高い男に、美香が図星を突けたことが快感だった。 店を出ると、黒澤は美香に言った。 「ありがとう。…でも、変な気を遣うなよ。俺より稼ぎがある筈がない 8つも下の小娘に、奢られるなんて…どうにも居心地が悪いよ」 はにかんだように笑って、美香の腰を抱き寄せる。 そのまま二人は、すぐに食べられる総菜の類を買う。 美香にとっては、黒澤の嗜好を知るチャンスでもある。 でも、和洋中、なんでも買う彼の好みは絞りきれない。 家に食材もあるにはあるが、美香の負担を考えて、黒澤は総菜で済ます ことを提案して、彼女も同意した。 車で、30分もしないうちに彼の自宅マンションに着く。 「疲れただろうし、腹も減ったな。食事にしよう」 黒澤と隣り合って、テレビの前のテーブルで食べる。 すぐに食事を終えると、入浴できるように風呂を沸かす。 ただ、美香は食後はのんびりしたいタイプだというのに、なぜか早めに 準備をしてしまう。 黒澤は夕刊を見ながら、熱心にテレビのニュースを見る。 彼女はゴミの後始末などをして、歯を磨き、あとまた彼の書斎から本を借りる。 美香は黒澤の寝室に入ると、ベッドに座った。 「ねえ、黒澤さん。さっきのサングラス、出してみてよ」 「ん?ああ」 彼は美香のプレゼントを開けて、かけて見せようとした。 「そうじゃなくて。…それに似合う格好、してみてよ」 「……それもかよ」 黒澤は呆れ顔で、でも笑って美香を見た。 「やっぱり、黒ずくめでしょ。上は、黒のレザーのジャンパー。こないだ着てた でしょ。で、下はできればレザー。なければブラックジーンズ。上着の下は 黒いTシャツでも」 美香の言うことを聞きながら、黒澤は服を脱ぎ始めた。 いつ見ても、惚れ惚れするような男性美だと思う……。 スーツとシャツを脱ぎ、手早く半裸になる。 美香の注文通りの服を出し、それに着替える。 全身が黒ずくめになると、ただでさえ長身でバランスのとれた体格のいい 彼が、威圧感をはらんで、全身から野性の精気を発散させているようだった。 街中で出会ったら、危険そうな雰囲気に避けて通ってしまいそうな、でも 興味を惹かれて振り返って見てしまいそうな……。 「これでいいか?」 美香ははっとして、彼の目を見た。 「そう。あとはそれ、掛けて」 黒のサングラスをかけて、スーツのポケットにあるタバコに手を伸ばす。 「美香。食器棚の下に、客用のガラスの灰皿があるから、取ってきてくれ」 「はい」 美香はそれらしい、小さな灰皿を持ってくる。 ベッドの端にそれを置くと、ライターで火をつけてゆっくりと吸う。 立ちのぼる煙の不可思議な動き、そして彼の圧倒的な、危うげな男の醸す 雰囲気に酔ってしまう。 「サマになってるか?」 笑いを作って美香に言う。 「ええ……すごく、はまってる。このまま、写真を撮ればハードアクション 小説の表紙、飾れそうね」 半分冗談だけれど、半分本気で美香はそう言った。 「黒澤探偵事務所、ってキャプションでもつけるか?」 「女性や、そういうのに憧れる男性依頼者が増えるかもね」 美香は笑いながらも、ふとひらめくことがあった。 「待って。描きたくなったの。あなたを描きたい」 「描くって、絵を?おまえがか?」 黒澤は少々驚いた様子でそう言った。 「ええ。昔真剣に、その道目指してたの。画材も安く買えるから、あそこで 正社員になったのよ」 スケッチブックと鉛筆を、手荷物から出しながら彼女は説明した。 「おいおい、頼むぞ。ハンサムに描いてくれよ」 美香の腕を信用していない調子で笑っている。 「そのまま描けば、充分ハンサムよ」 美香はとりすまして、そう言ってのける。 自分の腕に自信があることと、彼の素材のよさを暗示する。 「グラサン、外した方がいいか?」 「そうね、外しかけて……手で持って。そう、その目線をこっちに向けて」 黒澤にポージングを指示する美香の目が輝いている。 さらさらと鉛筆を走らせる美香の真剣な表情を、これまた真面目な顔で 黒澤は見つめていた。 30分くらいも経って、さすがに黒澤が音をあげる。 「まだかよ……どれ、どこまで描けてるんだ?」 「もうちょっとよ」 そう言う美香のスケッチブックを横取りする。 「ほう…………」 思わず、彼の口から感嘆の声が出る。 彼の肖像画が、深い陰影を使って描かれている。 美香の好きな鋭さを帯びた瞳、額にパラパラと垂れかかる髪、通った 鼻筋に、意志の強そうな硬い唇。 彼の特徴が、見事にそこに写し取られている。 「おまえ、これで食って行けるんじゃないか?うまいな、本当に。俺は こんな風に映ってるのか……」 しみじみと、自分を熱心に描いてくれた美香と、彼の肖像とを見比べる。 「まだ途中なのよ。理想は、モノクロ写真みたいにリアルに描くことなの」 美香は、黒澤が誉めてくれたことに照れながら言った。 「ほんとに、引き出しの多い女だよな。まだいろいろなのを、隠し持って るんだろ?」 「黒澤さんには、負けるわ。あなたこそ、私なんかよりずっとずっと、まだ いろんな面を持ってるんでしょ?」 黒澤は笑ったまま、それには答えずに美香ににじり寄った。 サングラスを外し、美香の顔の近くに頬を寄せる。 「タバコの匂いのキス、嫌いか?」 「わからない……してみなくちゃ」 唇が軽く合わさり、次いで深く重なり、黒澤の舌先が入ってくる。 少し辛いような、でも不快ではない味。 美香はベッドにゆっくりと倒れ込み、彼の首に腕を回す。 「ん…………」 久しぶりに、ネッキングを交わす。 美香の方から積極的に、彼の喉元や首筋に唇をつける。 不意に悪戯心を起こした美香は、そのまま首筋を強く吸う。 「こら…美香!」 黒澤が、声をひそめて彼女を叱る。 「ついたわ。ひとつ」 美香は嬉しそうに、その唇の痕を指でさする。 「どうするの?絆創膏でも貼る?それとも、私のファンデーション貸す? 塗ってあげましょうか」 さもおかしそうに、美香は笑み崩れた。 「まったく……。悪戯娘だな」 呆れたようにしながら、吸われた右の首筋を手で撫でる。 「あなたも、私のものよ」 美香は半身を起こして言った。 「誰にも、渡したくない……」 美香は黒澤の胸に飛び込み、彼の深い懐に甘えた。 「おまえもだ、美香」 呻くように、彼は囁いた。 「おまえがどんなことを考えてるのか知らないが、おまえが汚れたなんて、 俺は思っちゃいない。おまえはおまえだ。何も変わっちゃいない。俺だけの ものだ。今までも、これからも……」 再び熱い口づけが始まると、二人は渾身の力でお互いを抱きしめあった。 黒澤の言ってくれる、甘い言葉が美香を幸せに酔わせてくれる。 けれど、全身に広がる赤黒い、汚れた男につけられた瘢痕が消えるまでは 身体は見られたくない。 このことが、どれほど黒澤との行為に乱れていきそうになっても、途端に ブレーキをかける。 美香が男の立場なら、やはり直視したくないと思う。 彼女の服を脱がそうとする黒澤を、必死で押しとどめる。 「だめ……だめよ……」 「気にしないよ」 優しくそう言ってくれるけれど、やっぱりだめだった。 「いや……せめて、あと3日。それまで、身体を見ないで……」 すすり泣きに近いような声をあげて、美香は拒絶した。 「いいよ。わかった、美香の気のすむようにする。……待つよ」 黒澤が、そんな風に優しく言ってくれるのを聞き、美香はいたたまれない 気持ちになった。 彼のものは、もうそそり立っているのを確かに感じていた。 美香の身体から離れると、彼はシャワーを浴びに行く。 ひとりにはされたくない、でも、この身体を見られたくない。 美香は少し葛藤するけれど、ベッドに寝そべって彼を待つことにした…… まもなく、黒澤が上がってくるのがわかった。 美香は彼と入れ違いに、身体を洗いに行く。 電気はつけたままでも、浴室内の鏡は見たくない。 まだ、あの汚らしい痕が残っているから。 否応なく、忌まわしい記憶が蘇ってしまうから。 美香はボディソープで身体を洗うと、シャンプーで長い髪についたタバコの 匂いを消した。 せめて記憶も消すことが、できたらいいのに……。 美香は顔を覆って、深く深く息を吐いた。 上がってきた彼女は、新しいネグリジェに着替えていた。 口をすすぎ、薄く化粧をして口紅を引いている。 黒澤はベッドに座って、間接照明の中でスコッチを飲んでいた。 「つきあうか?」 美香にグラスを向ける。 「ん……自分でやるわ。ありがとう」 美香はそう言うと、昨日の飲み残しを出して適当な薄さにする。 酔って、すべてを忘れるには、美香にとっては気分が悪くなる程度まで 飲まなくてはならない。 ただそうなると、黒澤にまた心配をかけることになりかねない。 でも……。 軽くそれを煽り、身体に火照りを感じる。 黒澤の近くに座り、かまわれたい猫のように甘えに行く。 彼の膝の上に顔を寄せて、ふう、と溜息をつく。 「……どうした?」 「黒澤さんの脚って、強そうで……それでいて、格好がいいのよね。 乗っても壊れなさそう。乗ってみたくなったの」 「いつでもいいよ。乗ってみな」 美香の頬を、暖かな手で愛おしげに撫でてくれる。 ぬくもりが心地よくて、つい眠気を誘うほどに思える。 美香は視線をずらすと、彼の股間が既に大きくなりかけているのを見た。 「感じてるの?」 率直に、彼に向かってそう尋ねる。 「こんなことされて、感じない男がいたらお目にかかりたいね」 声は平静を装ってはいても、身体の反応は正直すぎる。 美香はそこに、そっと手を添えてみた。 「いい、無理しなくて。我慢するから」 黒澤が穏やかな声で、美香の白い手をそっと握り、そこから外させる。 「我慢なんか……」 この男が、そんな風にして自分の欲望を引っ込めるなんて。 それも美香のためを思って、無理に奉仕しなくていい、という意味だろう。 「無理じゃない。私が、してあげたいの……」 「…………」 黙っている彼のズボンを下ろし、大胆に、男の下着の中に手を入れる。 こんなことは、もちろんしたこともない。 興奮のために顔が赤らんでいくのが、自分でも見えるようだった。 熱く太いものが、美香の掌に直接触れた。 どうしようもない欲情が、美香の腰を熱く重くさせていく。 火曜日に味わって以来の感触が、急激に彼女の内部で妖しく蠢きはじめる。 つけたばかりのショーツの奥が、既に濡れていくのがわかる。 「ああ…………」 感じ入っている、艶めかしい溜息が、彼のその逞しいものに吹きかかる。 「しゃぶってあげる」 今から行う行為を、わざと黒澤に宣言することで、彼女もまた高ぶっていく。 欲望で潤む瞳を彼の目に絡め、髪をかきあげて、フェラチオの最中の顔が よく見えるように仕向ける。 先端を、舌先でそっと刺激する。 亀頭部分までのくびれまでを、口に含んで軽く歯を立ててこする。 「う…………」 美香の顔を撫でながら、興奮を隠しきれない様子で黒澤が声を漏らす。 唾液を塗りつけながら、喉の奥までそのものを収める。 舌を裏筋に這わせながら、指でも根元を握ったり、指先でしごいたりする。 黒澤の蟻の途渡り、狭いけれど男の感じやすい部分に、白く美しい指が 愛撫を加えにいく。 「ああっ……」 耐えられない快楽の呻きが、よく通る低めのセクシーな声が、美香にも たまらない刺激になっていく。 もっともっと、感じて……。 あなたのその声を、私に聞かせて。 それだけで、もう濡れていく。疼いて、身体中で、あなたが欲しくなる。 「……出ちまいそうだよ。でも……」 美香の身体を抱きしめ、フェラチオのせいで軽く息を乱している彼女に呟く。 そこで何か続けようとする黒澤の言葉を遮って、美香が囁く。 「私が……もう、我慢できないの……」 黒澤の手をとって、美香の恥ずかしい部分へと導く。 ショーツの上からでもわかるほど、そこは濡れそぼっていた。 「……フェラで、こんなに感じてたのか?」 やや嬉しそうな響きが、黒澤の声に混じっている。 美香は軽くうなずくと、「そうよ……」と熱い吐息まじりでせつなげに言う。 「抱いて…………」 美香の方から、積極的にこんな誘いをかけるのも、初めてのような気がする。 「身体を、服の上から愛撫して。裸にはしないで。服を着たまま…抱いて」 美香の哀願に、黒澤は応える。 「そうしてやるよ」 美香の耳元に唇をつけると、耳孔の奥に舌先を入れてくる。 「あ…………」 震えるような声で、意外な攻撃に応じる。 「入れることだけが、セックスじゃないんだぜ。それを俺が、教えてやる……」 美香の唇を塞ぐと、のけぞる喉元をゆっくりと舐めあげた。 「あ……あ…………」 薄いネグリジェの上から、美香の細い肩を、腕を、大きな手で優しく撫でさする。 指で肩と首の境目のあたりをこすられ、彼女は大きく喘いだ。 「あ、ああ……ん……」 敏感な彼女の身体の弱点を探るために、手と指、そして唇が服の上から 這いまわっていく。 一枚の布が邪魔するようなじれったい感覚が、かえって彼女の性感を刺激 して強めていく……。 うつぶせにされて、背中のくぼみに沿って、首筋からだんだんと下に黒澤の 唇が這って下りていく。 熱い吐息がかかり、そのたびに美香も小さな声をあげる。 特に弱い脇腹部分を指でこすられた時には、もう声を殺すこともできなく なって、あからさまに喘ぎ続けた。 服の上からでも、充分に感じる……。 息を弾ませながら、美香は腰をくねらせて黒澤に快感を知らせようとした。 「……ねえ、お願い……」 欲情に掠れた声が、美香の唇から出る。 「なんだ?」 「……イかせて……お願い……」 尻の上を触る彼の手を、ネグリジェの裾の中に招き入れる。 すぐにその手は上を目指し、滑らかな肌の感触を楽しむように這い上がる。 もう濡れきっているショーツの中にゆっくりと忍び入り、尻の膨らみの間から 手を下に持っていく。 さっき美香が黒澤にしてやったように、彼もまた美香のアナルから責めて いこうとしている。 そして、他の指で濡れきっているはざまをくすぐり、クリトリスの周囲を 手で探りながら膣口もごく浅く入れられる。 2回、3回と繰り返されると、美香はベッドのシーツを掴みしめて快感に 悶えた。 「ああ……あ……。あ、あん……あ、イク……ああ、イクっ……」 「イかせてやるよ……ほうら、イきな……」 美香の耳元に唇をつけて、甘く囁かれる。 その瞬間、美香はいっきに絶頂に突き上げられていった。 「ああ……あああっ!…………」 久しぶりの快楽の凄さに、彼女は長く長くあとを引く余韻にひたりきって、 動けずに息を整えていた。 美香の呼吸がだいぶ落ち着いてきた頃合いを見計らって、黒澤が コンドームをつけて彼女の方を向き直った。 抱き合い、キスを交わしながら彼女の口腔内に存分に舌を入れてかき回す。 美香の方からも、積極的に彼と舌を絡めて、彼の唇を舐める。 息をつくこともできないほど、激しいディープキスが続く。 苦しくなって息を吐く彼女が、黒澤の胸の中にずり落ちる。 恍惚としたままの表情で、彼の方を見上げる。 美香の願いを、彼女のせつない目で訴えかけていることを、わかっている くせに彼自身からは仕掛けない。 「……して…………」 美香は自分から、黒澤を直接言葉で誘うしかない。 「ん?なんて言った?」 わざとらしく、聞き返してくる。 「……いや……。……して……。入れて……」 もっと恥ずかしいことを、繰り返して言うはめになる。 「それじゃわからない」 焦らしを、嬲りを加える、黒澤のお得意のパターンへ持って行かれそうになる。 「お願い……入れて。あなたのが、欲しいの……ああ……」 うつぶせになったまま、自分で乳房に手を当て、濡れた秘所にも手を伸ばす。 このまま、オナニーをしろと命じられるなら、それに従ってもいい。 恥辱よりも、切実な快楽の欲求には勝てそうにない。 「いやらしい女だな」 美香の姿態を後ろから眺めながら、それでも声には笑いが含まれている。 「あなたにだけよ……あなたに、だからよ……」 絞り出すような彼女の声に、苦悩と情欲がこめられている。 「そうだ。おまえは、俺の女だ。忘れるな。俺から離れられないはずだ」 今美香を支配しているのは、凄惨なレイプの記憶ではなく、卑しい男の ことでもなく、ただ黒澤と彼に与えられる快楽に身を任せて燃え上がりたい ……その欲望だけだった。 彼との激しい情事こそが、あの記憶を忘れさせてくれる。 美香の狭間は濡れそぼって、恋しい男を迎え入れる歓びに溢れていた。 「いくぞ……」 囁きとともに、いきなり奥までそれは突き当たった。 「あっ……あ!」 火がついたように熱いそこを、固く太いものが幾度もこする。 濡れたいやらしい音が、二人を繋ぐ辺りから響く。 激しい突きに、美香はきれぎれに声を絞った。 「あっ!あ、あっ!ああ……あっ!」 黒澤が蠢くたびに、美香も自分から身体を揺すって応える。 枕に顔を埋めるような形になって、乳房もベッドに押しつぶされている。 「美香……」 黒澤の声がする。 「……はい……」 「おまえの、感じてる顔……見せてくれ」 「え……」 「手をついて、もっと腰を上げろ」 言われたように、膝で身体を支えるようにして身体を起こす。 美香の身体をそのまま後ろから抱き上げると、抜けないようにしながら 背後から、膝の上に美香を乗せた形になる。 「そのまま、こっちを向けよ」 「はい…………」 彼女もまた、内部を埋めている黒澤の男根を離さないようにして、少しずつ 彼の方に身体を向けていく。 脚がひっかかる時に、彼の身体をまたぐようにして超え、対面座位の形に なった。 「きつすぎるくらいだな……」 黒澤は苦笑いしながら、美香の身体をゆっくりと横たえた。 座位でいたのでは、彼女の締め付けが激しいままなので、正常位に 移ることにしたらしい。 そのまま、ゆっくりと美香の中で動きを再開させる。 「あ……ああん……あ……」 快感が、すぐに戻ってくる。 奥まで突かれ、すぐまた戻されていく感覚がたまらない。 彼は美香がどうすれば歓ぶのか、知り尽くしているからこそ焦らしていく。 美香の服の上からでもわかる、乳房の膨らみを黒澤が撫でてくる。 「……張ってるな。もうすぐ生理だからか?」 「……わかるの?」 美香は驚きながら、そう聞き返した。 「随分、大きくなってる。痛くないか?」 「あまり触られると、痛いの……」 「それじゃ、こうだな」 美香の敏感な部分、乳首の先端だけを指で丁寧につまんで擦る。 「ああん……あ、あん!」 つい、美香は露骨な声を出して悶えてしまう。 指で乳頭の先を、触れるか触れないかくらいに柔らかく触られていく。 黒澤が腰の動きをゆっくりにさせても、膣内のものを勝手に締め付けて しまうほど、感じる……。 「いい声を出すんだな……。俺も、感じてくる……」 美香の喘ぎ乱れる様子を見下ろしながら、黒澤が抽送を早めていく。 「ほら……いいか?ん?感じるのか、これが……」 美香は彼の首に腕を回して、自分からも彼の動きに同調していく。 腰が密着して、クリトリスを彼の下腹部が擦りつけてくる。 感じる……。 美香の中で蠢くものも、彼女の弱点を的確に突いてくる。 「あ……イク。あ……イっちゃう……。ああ……あ、貴征……さん……」 はじめて、美香はクライマックスに彼の名を呼ぶ。 「イクか、美香……。俺も、いくぞ……」 最後は激しく、無言のまま快楽を呼ぶ動作に夢中になる。 美香が彼に力をこめて抱きつき、その仕草が黒澤に絶頂を知らせる。 ああ、と大きく息を吐き、彼もまた美香の頂点に合わせて、彼女の中に 欲望を解き放つ。 互いを離すまいとして抱きしめ合う二人は、愛し合う恋人たちそのものだった。 そのまま、美香は放心を続けていて…間もなく眠りに落ちる。 黒澤も、始末を終えると美香に寄り添って、肩を抱きながら眠る……。 黒澤と激しく愛し合ったせいか、美香は悪夢は見ずに済んだ。 彼の厚く広い胸に甘えて、すっぽりと身体を預けていられる幸せ。 自分は女なんだと思い知らされ、そしてこの強い男に護られているのが嬉しい。 あのことは、いつか悪い夢だと忘れられるように思える。 この人の側にいたい。 ずっとずっと、このまま、彼とともに暮らしていけたらいい、とまで思う。 ただ、彼はそんな美香をどう思っているのかはまだわからない。 好きだとは言ってくれた。 美香を汚し、心身共に傷つけた船村には報復すると彼は誓ってくれた。 ただ…… 眠っていても、どこか張りつめたような顔つきをしている黒澤を、美香は 複雑な思いで見つめた。 濃密な彼とのセックスの繰り返しによって、美香はすっかりこの男に 馴らされてしまった。 彼の男としての強烈なアピールに魅了されて、ここまできてしまった。 彼は美香の、どんなところに惹かれているんだろう。 過去の女性とは、どう過ごしていたんだろう……。 とりとめのないことを考えていても、彼に問いただすことは今はできない。 美香が昨夜、彼につけた首筋のキスマークを指でなぞる。 この身体にも、黒澤に愛された証拠がいくつも残されている。 けれど、美香を強引に奪ったあの男…船村のものが、今は汚らしい痣として 赤黒くつけられてしまっている。 美香の男……黒澤への嫉妬と対抗心、そして二人へ精神的な打撃となるように。 それに加えて昨晩美香の卑猥な写真を送りつけてきた。 陵辱は船村一人にしか行われていない筈だった。 写真のネガが欲しければ……そして、美香の鞄や財布、そして黒澤に貰った ネックレスまでも奪われて、それと引き替えに、きっと身体を要求される。 美香はネックレスは、あの黒澤の事務所で抱かれる前に、彼につけてもらった 時から外してはいなかった。 それがついていると、彼の存在を感じられるような気がしていた。 それさえも、きっと卑劣な欲求と交換に供される。 我慢ならない。 どうにかして、船村に一撃でも見舞ってやらなければ、美香の気も済まない。 起きて、黒澤を見つめている美香の視線に彼が気づいて目を開く。 「ああ……起きてたのか」 照れたように笑いながら、欠伸をひとつする。 「寝顔、まじまじと見るなよ……恥ずかしいだろ」 「素敵だな……と思って」 美香は衒いもなく、素直にそう言ってみせる。 「自分じゃ、よくわからないよ……眠ってても、乱れるところはあまりない、って 言われたことはあるけどな」 美香はその言葉を聞かされて、多分女性に言われたことだと直感する。 胸に、小さな錐で刺されたような痛みが走る。 「……女の人に?」 小さな声で、思い切ってそう尋ねてみる。 美香は唇が少し震えてしまう。 「妬いてるのか?」 黒澤は、わざと美香の質問には答えないつもりらしく、そう切り返してきた。 黙って唇を噛む彼女に、彼は続ける。 「昔のことだよ。それでも、嫉妬してるのか?」 「……そうよ。嫉妬してる。凄く!」 彼の胸に、顔を埋める。 「焼きもち焼きなの、私。別れた彼とも、遠距離で疑って、他に彼女ができる んじゃないかって、嫉妬に疲れちゃうからさよならしたの。独占欲が強いの。 あなたにも嫉妬してることに、気がついたの。そしたら、好きになってた……」 半泣きでそうまくし立てる美香は、そう言いながら恥ずかしくて顔が上げられ なくなっている。 「泣いてるのか?」 少し困ったような声で、そう言われる。 「泣いてなんかいない……いや、見ないで!」 顔を伏せて、彼の身体に腕を回してしがみつく。 「意地悪……嫌い……」 よりによって、身体を他の男に汚されたあとでこんなことを言われるなんて。 消えてしまいたいほどの激しい羞恥と悔悟の念が、美香を責める。 「泣くなよ。俺だって、嫉妬してる。それも、ものすごく……」 美香は目尻に浮かんだ涙を指で拭うと、彼の顔を見上げた。 「おまえをここまでにさせた男達に、凄く嫉妬してるよ。フェラを仕込まれた 話なんかは、もう聞いていたくなかった……」 ぽつりとそんなことを言う。 そういえば、そんな風に過去の男性経験の話をさせられている時に、相手の 精液を進んで飲んだ話になった途端、彼が愛撫をやめた時があった。 「でも、おまえのMとしての資質を見抜いて育てたのは、俺だ」 そうとまで断言する黒澤の言葉に、つい美香もうなずきそうになる。 「これから先にも、おまえが考えられないほどのことを、教えてやるよ。 俺のことが好きなら、もっと好きにさせてやる。おまえに、言わせてみせる」 言い終えると美香の唇を奪い、キスを繰り返す。 彼女の乳房を握ると、美香は痛みに顔をしかめる。 「悪かった……張ってるんだったな」 美香の身体から離れて、黒澤は起きあがる。 中途半端に火をつけられてしまった美香は、少し残念な気分だった。 「まだちょっと、今日も調査したいことがある。知人にも頼みたいことが あるから、また事務所に行かなくちゃならない」 黒澤が言葉を続ける前に、美香は「私も連れて行って!」と強く要望する。 「わかってるよ。ひとりで置いておけない。俺の側にいろ。いいな」 美香はうなずいて、ベッドから起きあがった。 それからいそいそと、朝食の支度をする。 黒澤は顔を洗うと下から新聞を取ってきて、テレビをつけて見る。 朝の習慣としてこれは決まっているらしい。 日曜日であろうとも、彼のリズムはそれほど狂わない。 関心のあるニュースの場合は、カウンターキッチンではなく、ソファの前に 置いてあるテレビが見られるように、そちらのテーブルで食事をする。 食事が終わると、美香が後かたづけをしている間にシャワーを浴びる。 美香は出かける支度をして、着替えて化粧を済ませ、彼とともに事務所に 連れて行ってもらう。 今日も黒澤のボルボで事務所に向かい、10時頃に着くと、既に八巻が 待っていた。 彼には今日のスケジュールをざっと説明して、黒澤は自分であちこちに 電話をかける。 それは彼の知人か友人にあたるらしい雑誌記者だったり、別な興信所の 調査員らしき人物だったりもした。 何件かそういった電話をかけたりファックスを流して、調査の協力を求める。 「女癖の悪さは、一部で知られてるらしいな」 美香は身をすくませてそれを聞いていた。 「大丈夫だ。おまえのことは、そういった媒体には出さない。何件かに 話を聞いただけで、悪い噂が伝わってくるってことは、逆に奴の尻尾を 掴みやすいってことだ。叩けば、埃だらけで中身がなくなっちまうかもな」 黒澤は美香に対して、なんともいえない笑みを向けた。 「二日くらいすれば、また新たな情報がいろいろ手に入るだろう。俺には 協力者がいるからな。聞き込み相手に、必要なら金も握らせる。そいつの 弱みも握ることも厭わない」 美香は言葉もなく、黒澤の顔をじっと見つめた。 「汚い裏も、見せるかもしれない。呆れるかもな。軽蔑するんなら、しても かまわない」 「軽蔑なんか……」 美香はする筈がない、と言いたかったがその先を続けられず、黙ってしまった。 「俺のところから、尻に帆かけて逃げだしたくなるかもしれない。……俺の 姿を知ったらな……」 黒澤は、唇だけで苦く笑いを作った。 瞳は真剣そのもので、美香を見つめたあとで視線を落とす。 そんな二人を、八巻はただ黙って見ていた。 昼食を二人で外で済ませたり、日曜日の雑踏を気分転換に歩いたりする。 二人で書店に行ったり、CDやDVDの物色をしたりと、暢気なデートの 気分も味わえる。 明るい陽射しが降り注ぐ中、黒澤に肩を抱かれて歩いていると、金曜の ことがほんとうに白日夢のように思える。 もしくは、高熱にうなされている時に見る、不条理な幻覚めいた夢にも似て 非現実的な思いに至る。 でも、黒澤の仕事がやっと一息つけた後で、稼ぎにもならない個人的な 理由から、彼は動いてくれている。 事務所に戻る途中に、黒澤の仕事用の携帯が鳴る。 「ああ、八巻。なにか進展があったか?」 会話の端々から…といっても、黒澤の喋る断片的な言葉から、彼の知人の 興信所の調査員が調べを進めているところだとわかる。 「一両日中には、か。わかった」 「面白い情報が、手に入るらしいぞ」 意味深な笑いを浮かべて美香を見るが、彼女はどんな反応を示したらいい のかわからずに、黙って彼を見返す。 そのまま事務所に帰り、黒澤と八巻が立ち働いている合間に、美香はお茶を 淹れたり掃除をしたりする。 情報収集は、明日もかかるらしい。 夕方になり、これ以上は待っていても仕方ないので、一旦黒澤宅に引きあげて 外部に依頼した船村の情報を待つことにした。 レストランで軽く食事を済ませて、二人は車で帰宅する。 美香が陥れられて、拉致された舞台となってしまった職場には行きたくない。 それに、由理が気を利かせたつもりなのか……余計なことをしてくれたせいで 重要な手荷物の財布などが、船村の自宅に置かれたままになっている。 それらも気にかかるけれど、黒澤から貰ってずっと肌身離さずつけていた ネックレスが、おそらく船村に奪い去られていたことも、彼女に激しく落胆 させた。 取り返しに行かなければ。 シャワーを浴びて部屋着に着替えた後、考えに沈んでいる様子の美香に 黒澤が視線を走らせる。 ふと目が合った拍子に、美香は彼に訊いてみる。 「ねえ、黒澤さん……昨夜、写真と一緒に入ってたメモは……あいつの電話番号 だったんでしょ?」 「そうだ。ご丁寧に、自宅と携帯の二つともな。もっとも、これは俺の調査で 昨日の昼には割れてたけどな」 「あ……そうだったわね」 美香はそのことにも気づかないほど動転していた。 「……財布とかは、いいんだけど……あなたの名刺とか、電話とか……そういう ものも一緒に入ってたの。気づくわ、あの男。私の恋人が、あなただってことに」 恋人、と自分から言う時に、心臓が強く拍動する。 真摯な表情をしている彼の黒い瞳を見つめて、そう言った。 「気づくだろうな。…ただ……」 薄く笑いを浮かべながら下を向く黒澤に、美香は焦れた。 「ただ……なに?」 「野郎が単独で動いてるなら、俺のことはよく知らない筈だぜ。多少鼻の利く 犬でも飼ってれば、話は別だがな」 「…………?意味がわからないわ……どういうこと?」 美香は、黒澤の言葉が暗号のようなものに思えて困惑顔をした。 「そのうち、いやでも知ることになる」 嘲りをおびた冷笑を刻むのは、誰に対してのことなのか…… 結局、それ以上のことを訊く勇気がない美香は、彼に煙に巻かれた気分に なってしまう。 恐ろしいことを聞かされる気がして、不気味な波乱の予感がする。 押し黙ってしまった美香に、黒澤が近寄ってくる。 「恋人、なのか?」 囁くような優しい声で、美香の肩に手をかけながら言う。 「私にとっては……そうよ」 恋しい人、という意味ではまさしく言葉の通りだと思う。 「あなたにとっては、どうなの?」 まっすぐに彼の目を捉えて、真剣に問う。 彼の顔が近づいてきて、そっと唇が重ねられる。 すぐに離れると、今度は美香の首筋に唇が這わされる。 「あ…………」 ぞくぞくするような、妖しい感触がたちまち快感を呼び、真新しいショーツが 濡れていくのがわかる。 「これが答えだ」 ワンピースの胸元に手を差し入れられて、耳元に熱い吐息がかかる。 「いや……ごまかさ、ないで……」 愛撫とともに、言葉の尻までもが溶けていく。 膝下のスカート部分がめくられ、太ももの合わせ目のきわどい部分に黒澤の 熱い掌が伸びる。 「恋人だよ」 舌で耳たぶを舐め、甘噛みしながら囁かれる。 それを、ショーツの上から感じやすい部分を責めながら言われるのだから、 もう美香はたまらない。 「ああ……あん…………」 まだ始まったばかりなのにイキそうに感じるほど、異様に高ぶっていく。 「俺にとっても、おまえは大事な女だ。ただひとりの女だ」 嬉しさと、前戯の快感に霞む彼女の瞳を、黒澤の深い双眸が覗き込むように してくる。 「あ……嬉しい……。……ねえ……好き?」 美香は微笑を浮かべて、黒澤の指戯に耐えながら言った。 ショーツの上からだというのに、もう頂上が見えかけているほど感じている。 「好きだ……美香」 甘くセクシーな声が、美香の性感を急激に燃え上がらせる。 クリトリスの周囲に這わせた指の絶妙な動きが、それに拍車をかける。 「あ、ああ〜〜〜ん……だめ、もう……あ、イクっ……ああ!」 せつない声をあげながら、美香は大波にさらわれていった。 早くも達してしまった美香を見下ろしながら、黒澤はほくそ笑んだ。 「もう、イっちまったのか……こんなに、濡れまくって……」 ショーツの中に、じかに指をすべりこまされて、美香はまた感じていく。 こんな男に、こんな風に睦言を囁かれたら、ひとたまりもない。 乳房は生理の前で張って痛むから、そっと乳首のあたりを指で探る程度。 そのかわりに、下半身への攻撃を強めていくつもりかもしれない。 美香はカーペットの上に押し倒されて、ただ黒澤のなすがままにされる。 「暗くして…………」 船村に犯された時につけられたキスマークを、どうしても見られたくない。 そんな美香の気持ちを尊重して、彼はテーブルの上のリモコンでライトを ごく暗い照明に変えた。 通常の豆電球よりも暗く、かろうじて相手の表情が見える程度だった。 暗闇に近くても、真の闇ではないから恐怖はない。 黒澤に抱きしめられて、ディープキスをされる。 滑らかな舌の蠢きが、美香の身体の芯を疼かせていく。 彼女のほうから彼の身体に抱きつき、積極的に応じていく。 もう、彼のものが激しく勃起しているのがわかる。 そのものを彼のズボンの上から手でさぐると、声にならない溜息が漏れる。 美香の方からキスを仕掛けて、彼の首筋にお返しに唇を当てる。 服の上からでもわかる、厚い胸板に手を這わせ、Tシャツの裾から手を 入れてじかに乳首を指で撫でる。 「ん…………」 押し殺した声が、黒澤の口から出る。 彼の上になって、シャツをめくって胸をはだけさせる。 彼の感じる部分の小さな乳首をそっと舌先で舐めると、今度は明白な 快楽の声が聞かれた。 「ああ…………」 「……そんなに、いいの?ここ……」 嬉しい気持ちと、黒澤が素直に声をあげることの意外さが、美香の声に 少しの笑いを混じらせる。 「……可笑しいか?男が声あげて悶えるんだから、よほど感じるんだって わかるだろう……」 そう答える声すらも、掠れた響きになって美香の耳を刺激する。 「おかしくなんかない。……すごく、あなたの声……いいの。聞いてるだけで 私も感じてくるの……」 美香の手が大胆に、服の上から黒澤の男根をさすり始めた。 |