Kの呟き 昔語

2  懊悩





それから、俺は時折夕食に招かれるようになった。
毎週末になると誘われるが、さすがにそれは頻繁すぎて気まずいので
月に二回程度に応じるようにはしていた。
いい気分転換にもなる。
 
 
そうしている間に、季節は移ろっていく。
俺は二年の夏を迎えようとしていた。

 
幾度か会食をともにするようになり、少しずつ俺は彼女と打ち解けて
いくようになった。
週末になり、仕事が休みになると幸実は兄の部屋にやって来る。
甲斐甲斐しく掃除をしたり、洗濯をしたり、そして食事を作ったり。
入籍こそまだしていないが、事実婚のような間柄といえた。
俺は時折夜に来て、食事をご馳走にはなるが、それ以上のこと……
例えば洗濯物を頼むとか、兄がいない時に食事に誘われても断る
とか、そういう踏み込んだつきあいは避けた。
彼女にしてみれば、もう身内に近い感覚でもあるのかもしれない。
ただ、俺は正直なところ怖かった。
彼女の示してくれる好意を、自分勝手に解釈することはしない。
そう思って一定の距離を保とうとしたのだ。
 
 
 
彼女が甘いものが好きだと知って、小さな菓子類を持って行くこともある。
気を遣わないでと幸実は言うが、手ぶらというのも気が引けるからと
彼女に渡すと、嬉しそうに受け取る。
「幸実、太るぞ」
兄はからかうように言う。
スレンダーな体型をしている彼女が、そう易々と太るとも思えないが。
「いいのよ、気持ちが嬉しいんだもの。それにそう簡単に太ったりしません。
英征さんにふられたりしないようにね」
恋人の睦まじいやりとりを目の前で繰り広げられると、正直こちらは参る。
「まったく……当てられて熱いよ。19の独り者が気の毒には思わない?」
軽口をたたいてみるが、内心は口ほど穏やかではなかった。
「貴征さんは、恋人は作らないの?」
彼女がストレートに切り込んできた。
時々こういうことを直接ぶつけてくる。
「決してもてないタイプには見えないんだけど……相手にしないだけで、袖に
されてる女の子は多そうね」
俺の目を、悪戯っぽく覗きこんで言う。

「袖に、なんて……そんなつもりはないけどな」
以前、俺の試合を見に来たという女の子に告白されたこともある。
その時の俺は、真正直に「今は空手のことで精一杯で、女の子とつきあう
余裕もない」と彼女の申し出を一蹴した。
その女の子本人に特別な感情もなかった。
どこそこの子が俺に好意を持ってる、だとか冷やかされることもあった。
ただ俺は硬派を気取って、女など鼻にもひっかけないという態度で冷たく
あしらった。
そのことを不意に思い出して、少し胸が疼いた。
「見えてないんじゃない?周りのことが……」
ズバリ、言い当てられた気がした。
幸実は何気なく言った言葉だろうが、痛いところを突かれた気になり
俺は押し黙った。
彼女たちの好意に、気づかないふりをしていた。
そうすることでやりすごそうとした。
「貴征もなあ。もうちょっと視野を広げてもいいと思うぞ。まあ、若いん
だから、一つのことに夢中になるのもいいけど……」
「……はいはい。お幸せな人はいいね」
俺は苦く笑った。
人に幸せを当てつけておいて説教かよ。
聞きたかない、そんなお題目は。

「俺、課題残ってるから帰るよ」
俺は素っ気なく席を立つと荷物を取った。
「ご馳走様。また、暇になったら来る」
俺は二人に一礼すると、彼等に背を向けて立ち去った。
ああ……やってられねえや。
舌打ちしたい気分でいっぱいだった。
やり場のない苛立ちが、胸を塞いでいくようだった。


女ってものは、そんなにいいものなのか。
兄の彼女への接し方を見ていると、正直羨む気持ちもある。
大切な女性に、側にいて寄り添って貰えたらきっと充実するだろう。
以前には女性を寄せ付けたい気持ちはなかった。
むしろ遠ざけておきたいほどだった。
それは、自分自身の欲求に歯止めをかけていられる自信が
なかったせいだ。
思春期特有の妙な潔癖さと、そのくせ男の本能が求める
性欲の発散の矛盾には、今でも苦しめられる。
 
 
理性だけではどうにも制御できない、なにかひどく淫らな獣を
身体の奥底に溜めているような気になる。
 
俺にだって性欲はある。今は激しい稽古で発散したつもりになっては
いても、健康な二十歳近くの男だ。
スポーツで性欲を昇華させられるなんて、俺に関しては当てはまらない。
時折無性に、女性に対して穏やかならぬ気持ちになることだってある。
だが、それが優しい形のものではないのだ。
女を押さえつけ、半ば強引に自分のものにする。
暴力を使って、殴ってでも犯すというのではないが、レイプに近いような
やり方で女を抱くというものに激しくそそられてしまう。
時折悪友などから回ってくるその手のビデオには、決まって
その類のものが混じっていた。
だから大半の男は映像や妄想でこんなものを楽しむということはわかって
いる。
実際にレイプを実行してしまう男などほんの少数にすぎないということも。
頭ではわかっていても、こんな卑猥な想像に燃え、あまつさえ
それで射精にまで至ってしまう己の欲望に、嫌悪感を抱くこともある。
幾度達しても、尽きることのないようにも思える。
惨めな気持ちになってしまうとわかっていても、これで処理しなければ
夢精してしまいかねない。
その方が余程始末に困る。
欲望を鎮めるためには仕方がないことだ。
そう自分に言い聞かせても、浅ましい肉体の欲求は飽くことなく
続き、俺を悩ませる。


ああ、……この手が女性のものだったら。
俺はあらん限りの想像力を使って自らを慰める。
女の白く繊細な手に俺のものを握らせ、動きを加えさせる。
扇情的な唇の持ち主に先を突きつけ、舐めさせる。
ビデオの中の女優が、男に施していた口戯を強制させる。
恥ずかしがろうが、嫌がろうがそうさせてやる。
女の紅い唇から、桃色の舌先がのぞく。
俺の憤ったものの先を、その舌が嬲り尽くす。
いつしか女は抵抗も忘れ、フェラチオに没頭していく。
舌と手を駆使して男を歓ばせようと、熱心に淫らな行為に励んでいく。
柔らかそうな舌が、どうやってここに快感を及ぼしていくのか。
快楽に溺れそうになる女が、自分からそうしたいと望むものなのか。
まだ生身の女を知らないままのものが、急速に膨らむ。
腰が痺れるほどの快感が襲い、精液を放出させる。
何度も男根が蠢き、先端から白濁の液を迸らせていく。
射精の快楽に支配されながら、荒い吐息をつく。
二度……三度、まだそこは液体を絞り出そうとして震える。
すべて出し尽くしたと思っても、痛みにも似た鋭い愉悦の余韻が、まだ
俺のものを固くさせたままでいた。
駄目だ、今夜は二度続けてしないとおさまりそうにない。

 
 
誰かと抱き合ってキスをする。
身体を摺り合わせるごとに、また熱っぽく下肢をもたげてくるものが
あった。
女の服をはだけて胸を剥き出させる。
大きすぎず、小さすぎない形よい乳房が揺れる。
それは俺を誘う合図のように思えた。
優しく揉みほぐしながら、手の中で固く乳首がそそり立っていくのが
わかる。
女も感じている証拠だ。
舐めると、女は喉を鳴らして甘く喘いだ。
もっとして欲しいのか、俺の頭を胸元に引き寄せてくる。
俺は積極的に、女に快楽を与えてやることにする。
女のあげ続ける声に、俺は欲望を激しくそそられる。
もっと、もっと感じさせてやる。
俺に夢中にさせてやる。
濡れている箇所に手を近づけると、女は自分から脚を開く。
誘われるまま、俺は女の中へと腰を沈める。
女の声が一段と高くなる。
手で緩く握られているような暖かさと、そしてぬめりが感じられる。
俺は急激な射精感に襲われ、引き抜いて女の口許に近づけた。
「嫌」
そうは言っても、唇は拒まなかった。
「嫌……ああ……」
女の唇に押し当て、我慢できずにそのまま放出する。

上気した頬を汚す白濁の液。
嫌がりながら、それでも男の卑猥な行為を受け容れる女。
「飲め」
俺は女に命令する。
女は黙って従う。
俺の精液に唇を汚されても、それでも表情は恍惚としている。
この女は欲しがっている。
望む通り、何度でも犯して、汚してやる。
一晩中でも、俺の欲望が尽きるまで可愛がってやる…………






自慰の時にはこんな想像を続けながらする。
ビデオを見、そして写真にそんなストーリーを組み立てて。
こんなふうにするのは自分だけなんだろうか、と自己嫌悪に陥る。
セックスに関することはバカ話を交えてもできるのに、これが自慰の
ことになると途端に口をつぐみたくなる。
中にはそうでない男もいるが、女などいらないと強がってはいても
実際の俺の欲望ははちきれんばかりになっているのが事実だ。
女性と恋愛関係になる云々の前に、即物的な性の対象として
想像の中とはいえ、さんざんに弄んでいる。


幸実の白い顔が浮かぶ。
兄とはもう寝たのだろうか。
そんな生々しい考えを起こしそうになり、懸命に頭から振り払おうと
してしまった。
外からは硬派を貫こうとしていても、中身はこんなようなものだ。
平素は真面目を装っているだけに、内実のこの欲望が穢れたものに思えて
仕方ない。
女をとっかえひっかえしているような輩は軽蔑の対象だが、俺とて決して
誉められたものでもない。
女性を愛したいと真摯に願う気持ちと、凌辱し、思うさま情欲をぶつけて
やりたいという、相反する欲求が交錯する。
それは相容れない質のものだろう。
それらを同時に満たせる訳もない。
そして俺の行き場のない想いが、また陰鬱に身体の深奥に沈み込んでいくのだ。
どろどろとした、やるせない粘塊が渦巻いて腰椎にまつわりつく。
意志の力ではどうにもならない、男の肉体の持つ性が恨めしく思える。
欲情と愛情をともにぶつけあえる間柄、それがきっと理想の関係
なのだろう。
その矛先は、……許される訳もない女性へと向けられていきそうだった。
押しとどめなければならない。
いつか、もう数ヶ月前になる……
幸実に差し出した黄薔薇を兄に「嫉妬」と揶揄されたことが、現実味を
帯びて身に迫り、茎から棘がまき散らされるように突き刺さっていった……






3 白薔薇 へ


1 兄の恋人 へ


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