Virgin break 2 デート
ファッションビルで時間をつぶすけれど、唐突な展開に気持ちがどうしようも
なく昂揚していって、身体が浮き上がっているような気分だった。
しばらくすると、携帯の着信音が鳴る。
黒澤さんの携帯からで、出ると「今そっちに向かってる」と言われた。
本屋の通路側、雑誌コーナーに立っているとまもなく彼がやって来た。
彼はダークグレーのスーツ姿でいて、周囲にいるどの男性よりも
鮮やかに私の目に飛び込んできた。
場所を移動し、喫茶店でいろいろな話をした。
女の子でもひどく酔っぱらって交番で服を脱ぎだしたりする人に
遭ったこと、酔った労務者に絡まれて説教したこと、暴走族に目を
つけられて何度も嫌がらせをされたことなど。
彼の話は仕事上のことだけに過激で、しかもこれまでの私には
知り得ない世界のことで、とても興味を惹かれ、私も話を聞きながら
たくさん笑って、感嘆させられた。
表面上は平和そうに見えても、いろいろな場所で、それこそさまざまな
事件や事故を見て、彼はいったい何をどう感じてきたのか……
「すごいんですね……」
私はそれだけ言うと嘆息した。
「こんな経験は、地域の現場にいる警察官なら誰でもしてるよ」
笑いながら彼は言った。
私は、もうその頃には彼に心酔している状態といえた。
彼は「今日のお礼」と食事をご馳走してくれると言った。
私は喜んで彼の好意に甘えることにする。
お互いの趣味や好きなことを話し……彼は読書や映画鑑賞が好きで、
それこそ自宅は多くの蔵書やコレクションでいっぱいらしい。
ミステリー系の小説が好きなこともわかって、そんな話で盛り上がる。
「今度貸してあげるよ」と彼は言ってくれた。
本なんか口実、あなたに少しでも近づきたい。
私……あなたのことが、もうどうしようもなく好きになってしまった。
あなたのことが知りたい。あなたにも私を好きになって欲しい。
そんな思いで彼を見つめ、彼の話を聞く。
向かい合って目を合わせて話をしている。
それだけのことなのに、身体の中から熱い気持ちの塊が持ち上がり
彼に向かって流れ出していってしまう。
優しげな黒い瞳の奥に、吸い込まれそうな光を湛えている。
見つめられ続けていると、もう身体の芯に力が入らなくなって、彼に
身を投げ出してしまいたくなる。
こんな激しい感情が私に潜んでいるのを、知らなかった。
「また会える?」
彼の方からそう言ってくれた。
私ははっとして、すぐに「はい」と答えた。
私の方からもこんな風に誘おうと言葉を捜していた時だった。
彼に気に入ってもらえたと思うと、また身体が浮き立つような気持ちに
なってしまう。
次のお休みは5日後、その日にまた約束をする。
タクシーで家に送ってくれることになって、二人で並んで立つ。
外は意外なほど冷えこんでいて、上着を着ていない私は寒さを感じた。
「少し冷えるな」
「ほんとですね。昼間暖かかったのに……」
彼の手が、私の肩にまわされる。
一瞬、心臓が跳ね上がるような感覚になる。
私は彼の身体の方に引き寄せられて、肩にもたれるような姿勢になった。
急に脈が速くなっていくのが自分でもわかる。
気分が高まりすぎてしまったせいか息苦しさを感じ、それを逃すために
小さく息を吐いて目を閉じる。
彼の手が私の顔に近づき、顎を持ち上げられて、唇が重ねられた。
……軽くだけれど、キスされたことに驚いてしまった。
腰が砕けてしまいそうになるのを、彼の腕にすがりついてこらえる。
恥ずかしさで顔が上げられずにいるところに彼が囁いた。
「驚いた?ごめん」
謝らないで、と言いたかったけれどタクシーが来て私たちは乗り込んだ。
彼は私の肩を抱き、私はそのまま彼に身体を預けた。
こうしているのが自然であるかのように。
きっと傍目には恋人同士に見られるだろうな、とぼんやりと考える。
まさかキスされるとは思っていなかった。
期待していた部分もあったけれど……
彼も私を憎からず思っていてくれる、そんな確信はあった。
急に照れくさくなって、なにを話したらいいのかわからなくなる。
軽く唇を合わせるだけのキスでも、好きでなければできないはずだと
思いたい。
まもなく私のマンションに着き、彼はまたエントランスまで見送って
くれた。
「今日はありがとう」
「そんな……私こそ」
長身の彼を見上げて話していると、彼がまた私の肩先に手を置いた。
抱きしめられると、また唇を奪われる。
今度は最初に軽く、次には唇の中に彼の舌先が入り込んでくる。
本格的なディープキスになり、私の口内を彼の舌が自在に這った。
私の舌にからみつき、口の奥まで侵入してくると思うと、歯の裏側
までも突ついてくるような、執拗なキスに私は陶然と身を任せていた。
こんなの、はじめて…………
今はもう、はっきりと濡れていくのがわかった。
腰から下が痺れたようになって、快感が私の気を遠くさせていく。
なにも考えられなくなっていく。
ただ、このままこうされていたかった。
長い長いキスが終わり、彼の唇が離れる。
私はすっかり虚脱したようになってしまい、一人で立っていることも
できないくらいに感じていた。
彼の胸の中に抱かれたまま、熱いため息をそっともらした。
「また今度。電話するよ」
彼は微笑を浮かべながらそう言った。
私は黙ってうなずくと、また彼が軽くキスをしてくる。
「おやすみ」
「おやすみなさい……」
私の声までが欲情で潤んでいるような気がする。
部屋に入って服を脱ぐと、もう身につけていたショーツはぐっしょり濡れて
いるのがわかった。
タクシーに乗る前にキスされた時にも驚きはあったけれど、ここの
玄関で抱きしめられてキスされるなんて……
それに、彼のキスは他の誰のものとも違っていた。
キスだけであんなにも感じて、立てなくなるほどの経験なんて。
あとにも先にもこんなことはない。
身も心も奪われていく予感が、まだ誰にも触れさせていない密かな
部分をわななかせた。
そして、また彼との約束の時が来た。
不安よりも期待がはるかに大きかった。
それほど、彼の唇は私を夢中にさせた。
あのときの彼の熱い抱擁が、甘いくちづけが忘れられなかった。
彼になら、私の全てを奪ってもらいたい。
彼のものになりたい。
あの人の腕の中で、女にさせて欲しい。
逢いたくてたまらなかった。
彼の話を聞きたい。
また私が知らないことを彼に教えてもらいたい。
それはもちろん、セックスに関することでも。
何を着て行こうか、迷いまくってひとりファッションショーをしてしまう。
下着の色を上に着るものに合わせたり、寒くないか、暑くないか
靴はどうするか、アクセサリーは……
結局おとなしそうな、でも身体の線が浮くようなフィットしたシルエットの
ニット、そしてミニのタイトスカートにする。
約束の時間より10分は早くその場に着く。
それが私のいつもの習慣でもあるし、待つのも楽しい。
間もなく彼がやってきた。
今日の彼は黒のジーンズと黒のジャケットだった。
黒が似合う男の人だと思う。
体格がいいから、ぱっと目立つ。
映画を観て食事、それから公園を散策。
はじめは晴れていたのに、歩いている途中で天気がおかしくなって
きてしまった。
そのうちにぱらぱらと大粒の雨が降ってきて、私は彼に肩を抱かれ
ながら雨のかからない場所へ移動した。
公園の片隅にある藤棚の側のベンチに座る。
ここなら屋根があるから、雨をしのぐことができる。
「濡れなかった?」
「ええ、私は……でも、黒澤さんが……」
彼は私を濡れさせまいとかばってくれていたけど、そのかわり彼自身が
雨粒を浴びてしまっていた。
私はハンカチを取り出すと、ベンチに座っている彼の顔や服を拭った。
「ありがとう」
そう言うと、彼は前に立っている私の腰に手を回してきた。
彼の膝の間に引き寄せられる形で抱かれ、唇を塞がれた。
唐突なことに驚きを感じながらも、彼の差し込む舌に、おずおずと
自分から舌先をからめていく。
彼の手が私の背筋をまさぐるように動き、私の方からも彼の広い
背中に腕を回す。
薄暗がりの中で抱き合いながら、互いの唇を貪り続ける。
彼の唇が一度離れるけれど、すぐに今度は首筋に吸いつかれる。
「あ…………」
思わず声が出てしまう……
そこはすごく感じてしまう部分で、声と一緒に下肢にぬるみが伝う。
彼の手が、私の胸元にのびる。
優しい動きで、そっと私の乳房の膨らみの上を確かめるように
撫でられていく。
私は恥ずかしさと心地よさで、喘ぎ声を懸命に押し殺した。
少し力を入れて乳房を揉まれ、さらに唇が重なる。
私の声さえも彼の唇に吸い取られてしまう。
気持ちいい……
もっと……もっとして。
もっと私を求めて。もっともっと。
人影もまばらな夕暮れの公園で、愛撫を受け続けている。
彼の手が、私のお尻に当てられた。
思わず息を飲む。
彼の腰にまたがるような形で座らされ、キスを続けられる。
そのうちに、私の腰に少しの違和感を感じた。
それが何故なのかはじめはわからなかった。
けれど、私の太腿あたりに熱い塊を感じとる。
彼の男性が欲情を示しているということに、そこで初めて気づいた。
恥ずかしいけれど、彼が私を欲しがってくれていることを嬉しく思った。
でも彼の手は、私の乳房に服の上から触るだけ、そしてスカートの
中に入ってくることはなかった。
大胆なことをする人なのかと思ったら、キスと軽いBまで。
それでも私にとっては充分に刺激的だった。
私はひどく興奮していて、ショーツの奥が愛液で濡れ、もう溢れて
いるのがわかる。
きっと下着ごしに触られても濡れているのがわかってしまう。
このままどこまでエスカレートしていくのかと畏れたけれど、さすがに
人気がないとはいえ日中の屋外ではこれが限度かもしれない。
いつのまにか雨がやんでいることに気づく。
周囲に気を配ることすらも忘れて彼の愛撫に夢中になっていた。
「雨、やんでたんだな……」
彼もぽつりと言って苦笑する。
「ええ……」
なんだか気恥ずかしくて、彼の顔をまともに見られない。
でも彼の頬に、私の口紅が少し移ってしまっていた。
「待って。口紅が……」
立ち上がろうとした彼を制して、私はハンカチでそこを拭った。
「とれた?」
「ええ、とれました。ごめんなさい……」
「謝ることないさ」
彼は微笑んで私の頭を撫でてくれた。
「落ちにくいのをプレゼントしようか」
そう囁く彼に、私は頬が熱くなるのを感じた。
「落ちにくいのを塗ってたんです。でも……」
「でも?」
聞き返す彼が悪戯っぽい表情で私の顔をじっと見つめてくる。
夢中になりすぎて剥げてしまったんだ、とは言いにくい。
わかってるくせに、意地悪なこと聞くのね……
心の中でそう呟く。
「じゃ、行こう」
彼の表情からは、もうさっきまでの欲望に身を焦がしそうな影は
落ちている。
普段話をする時の彼と、まったく別人のように思えてしまう。
いい意味で、彼が男なんだという実感が、強く身に迫ってくる。
その夜にまた食事をして別れた。
もう見送る時のキスは習慣のようになってしまう。
性急に身体を求めてくるのではなく、段階を追って私の心を、そして
身体を開かせるように導いていく。
彼に抱かれたいと思っているのは事実だけれど、やっぱりまだ
怖かった。
はじめての時の話はよく友達からも聞くけれど、痛いといったり
全然痛くないという話もあるし、人によってばらばらだった。
生理の痛みの程度が人それぞれ違うように、相手と自分との相性も
あるし、こればかりは体験してみないとわからない。
ペッティングまで許した以前の恋人は、黒澤さんに比べると焦って
気が急いていたように思える。
それだって、大事な部分は下着の上からしか許さなかった。
処女の友達の中には、我慢できなくなった彼氏にフェラチオを求められて
それを許すかどうかで喧嘩になったという話もあった。
一度許したら毎回それをしなければならないというのは、確かに腹が
立つかもしれない。
でも、私は正直なところ、怖いけれどそういう行為に興味はあった。
男の人のあれに、唇をつけてしまうというのはどんな気分だろう。
私ならきっと、彼に求められたら応じてしまう。
飲めと言われたら、それもしてしまいそうだった。
どんな感触で、どんな味がするんだろう……
女性誌なんかではよくセックスの特集もあるし、経験済みの友達から
いろいろなことを吹き込まれていて、耳年増になっているのかもしれない。
自分がセックスのことばかりを考えている、いやらしい女になってしまった
気がする。
でも、そのこと自体よりも、あの人だから……彼にだからこそ、性的な
ものに関して教え導いてほしい。
きっと彼は未経験なんかじゃない。
処女にだって性欲はあるし、自慰の経験もある。
それでクリトリスでイクことも知っている。
今度はどういう風に私にキスするの?
次はどこ?私のどこに触れてくれるの?
せつない期待が、私の胸を少し疼かせる。
次はまた、一週間後……
それが長く長く、途方もなく待ち遠しかった。