大きな建物の中は塔のような構造になっており、ご主人の家はその一角にあった。
我輩は部屋に連れ込まれると、いきなり水桶の中に放り込まれた。
そして妙な液体をつけてゴシゴシと擦られ、全身が泡まみれになってしまった。
正直言って気持ち悪いのだが……空腹で逃げる気力も湧かない。
にゃっ!? ご主人、何処を触ってるんだにゃ!?
「ほんと可愛いわね。思わず食べちゃいたくなるわ。」
ご主人が嫣然と微笑んだ。
我輩は空腹で肉付きも悪いから、食べても美味しくないと思うが……。
我輩の腹の虫がグーと鳴る。いざとなったら逆にご主人を喰ってみようか……。
「ふぅ。これで大分綺麗になったかしら。」
どうやらゴシゴシはお終いらしい。我輩は水から出されると体を揺さぶって水滴を飛ばした。
周囲を見渡して探す。何か食べ物は無いだろうか……?
それを見て取ったのか、ご主人が金庫の中から肉塊とミルクを取り出してくれた。
我輩はそれに夢中でがっつく。やはり満腹に勝る幸せは無い。たちまち皿は空になった。
そういえば『武士は食わねど高楊枝』とかいう言葉があるらしい。
お侍にだけは為りたくないものである。
「速いわね……。まだ少しあるから、食べる?」
ご主人が金庫から更に肉を出してくれた。我輩はそれを……待てよ? なんで金庫に肉が!?
もしかして新手の冷蔵庫なのかと思ったが、中を覗くと指輪やら装身具やらが入っていた。
よくみると服や鎧まで……。色々なものが雑然と放り込まれている。
一体これは何なのだろうか?
……よもや猫族に伝わる伝説の秘宝『ヨジゲンぽけっと』ではあるまい。
だがご主人はその金庫(?)にも疑問を抱かず、今度は自分の身繕いを始めた。
鏡を見ながら何やら顔に塗りたくってる。見るとご主人の横に白い液体の入った小瓶があった。
ミルク、他にも残ってたのかにゃ?
我輩は腹は膨れたが喉はまだ渇いてる。それを少し頂戴しようと前足を伸ばしてみた。
「こらっ、駄目よ。」
むむ……くれないのか、ケチめ。食べ物を粗末にしてはならぬと習わなかったのだろうか?
顔に塗りつけるなんて言語道断である。
そんなことに使うくらいなら渡してくれても良さそうなものを。
「これは飲み物じゃないわ、乳液よ。
G&M製薬の[Destiny]って言って、『お肌っゃっゃ』になるって評判なんだから。」
よく解らんが……『miss』しそうな商品名だな。とりあえずそれを聞いて諦めることにした。
「それじゃユキトラ、おやすみ〜。」
ご主人は寝巻きに着替えるとベッドの中に潜り込んだ。我輩はその上に登って体を丸めた。
こうして、ご主人と我輩の最初の一日は終わりを告げ……
「サーチに掛かった!」
ガバッ!
突然、ご主人が跳ね起きたにゃ!
その手にはMADE IN □eと書かれた通信端末が握られている。
冒険者の動向はこれで逐一監視されているらしく、またそれは他人の居場所の把握などにも使えるとの事。
ストーカーに最適。この世界にプライバシーの概念は無いのだろうか。
ご主人は金庫から鎧と斧を取り出して装備し始めた。
そんなに急いで一体何を……。
「ユキトラ、行くよ!」
慌ててその後を追うと、ご主人はチョコボ厩舎へ駆け込んでいく。
我輩は遅れないように、ご主人の借りたチョコボのお尻に跳びついた。
二匹の猫を乗せたチョコボは走り出す。夜の荒野へと……
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