「うっ…あ、あっ、あっ、あっ…ああっ」
慣れたリズムで、知られている場所を突き動かされ、スパイクは喘いだ。
止めど無い快楽と、終わらせてもらえない苦痛に、頭の中がボーッとして目の前が霞む。
(ジェット…?)
朦朧とする意識の中で、スパイクはふと相棒の声を聞いた気がした。
怒っているような、泣いているような…悲痛な響きを持つ叫び声だった。
スパイクの心臓が、ドクンッと大きく脈打つ。
まさか……まさか。
(傍に、居るのか!?)
いくらネットの中でとは言えど、ビシャスに好き勝手に犯されている自分。
違う男に抱かれている自分を…例え別の世界からでも、ジェットには絶対に見せたくなどはなかった。
(クソッタレっっ!!)
スパイクは、狂った笑みを浮かべながら自分を犯す男に、必死で目の焦点を定めた。
思い通りにならない両腕を、全霊の力を込めて動かし…覆い被さる相手の身体を、押し退けようとする。
「…!?」
思いがけない抵抗に、ビシャスの口元から笑みが消え、驚きに両目が見開かれる。
スパイクの意識は、完全にビシャスのコントロールの範疇におさまっている。
ビシャスに対して攻撃的な行動や反抗的な行動を取ろうとしても、指一本たりとも動かす事はできない筈なのだ。
それなのに…両腕を動かした、だと!?
「プログラムは正常に作動しているか?」
ビシャスは、ハッキングプログラムによってこの場を管理している、組織の技術者たちに向かって問いかけた。
「はっ。問題ありません」
技術者からの返答に、ビシャスは口元を歪める。
その表情には、憎しみ、自嘲、哀しみ…様々な感情が入り混じっているように見えた。
こんなにも俺は、お前だけを渇望し続けているというのに。
お前は違う何かを求め続けて、俺の手の中から逃れようと、いつも足掻く。
あの時も…そして今も。
蛇の肌よりも冷たいと言われたビシャスの心に、もう何年もの間忘れ去っていた、身を焼き尽くされてしまいそうな程の熱が沸き上がる。
ビシャスはギリッと歯ぎしりし、必死で抵抗を示すスパイクを怒りに燃える目で睨み付けると、渾身の力を込めて己の楔を打ち込んだ。
「〜〜〜っっ!!」
声にならない叫び声を上げて、スパイクは背を撓ませる。
最奥を力任せに突き上げられる、その強い衝撃に、僅かな抵抗をも不可能な状態に追い込まれた。
そのまま幾度も幾度も、壊れる程の勢いで貫かれ、まともに呼吸もできない。
「スパイク…っ!」
ビシャスは低い唸り声を上げ、スパイクの奥へと熱いものを一気に放出した。
同時に、スパイク自身の根元を戒め続けていた左手を、緩める。
「あ、あああぁぁぁっっ…!!」
途端に、ビュクッビュクッと、大量の精液がスパイクの先端から迸った。
ずっと塞き止められていた為か、かなり長めの絶頂に、スパイクの身体はガクガクと痙攣する。
ビシャスはその様子を、血走った眼で瞬きもせずに見つめた。
「…っふ、は…ぁっ!はぁっ!はぁっ…!」
やがて全てを解放し終え、全身からぐったりと力が抜けたスパイクの中から、ビシャスはズルリと己を引き抜いた。
苦しげに荒い息を付き、呆然と虚空に視線をさまよわせているスパイクを、先ほどの怒りに満ちた目つきとは打って変わり、冷ややかに見下ろす。
シュィンッ…と、乾いた金属音が小さく響いた。
ビシャスが、腰に携えたカタナを抜いたのだ。
周囲の空間の揺らめきを反射して、蒼く輝く鋭い刃先を、スパイクの右胸に定める。
「狂った堕天使に相応しい、罰と報いを与えてやろう」
静かな声音で、ビシャスは云った。
「かりそめの天国の中で、お前の望むままに、醒めない夢を見続けるがいい。…永遠に」
「……」
未だ整わぬ呼吸を繰り返しながら、スパイクはビシャスに焦点を合わせた。
強い疲労と脱力感に、うっかり意識が暗転しそうになるのを懸命に堪えながら、口元に皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「天国だとか…天使だとか…お前の言ってる事こそ、いちいち夢みたいな戯言だ…ビシャス」
力無く呟いたスパイクの言葉に、ビシャスは僅かに片方の眉を跳ね上げた。
「お前にとっての天国は何処なんだ…?お前にとっての地獄は何処なんだ…?
天国なんて存在しない。地獄も、天使も悪魔も…。
そんなものは人間が作り出した、おとぎ話だ。
リアルから逃れたい、何かにすがりたい…そんな人間が作り出した、愚かな幻想なのさ」
スパイクの呟きに、ビシャスの表情がみるみる険しくなる。
「…だまれ」
掠れた声で低く言うが、スパイクは構わず言葉を続けた。
「昔俺たちが居た場所は、天国なんかじゃない。
俺は堕天使でも、お前は悪魔でもない。
お前はそれを認めなくないんだ」
「黙れ…!」
カチャカチャと、小さな金属音を立てて、ビシャスのカタナの刃先がぶれる。
酷く動揺しているビシャスの、何かに脅えているような切羽詰った目を、スパイクの澄み切ったオッドアイが、ひたと見据える。
「一番、醒めない夢を見たがっているのは…ビシャス、お前だ」
ビシャスの中の熱い感情の塊が、一気に膨張し、爆発した。
「黙れぇえぇっっ!!」
絶叫したビシャスの腋が引き絞られ、カタナの刃先が鋭く煌く。
スパイクは、そっと両目を閉じた。
諦めのような、どうでもいいような気持ち…夢、現実、過去、現在、失ったもの、失いたくないもの…その何もかもを捨て去れる事への開放感が、スパイクを穏やかに包む。
閉じた左の瞼の裏に、ジュリアの優しい微笑が浮かんだ。
結局、最後まで会えなかったなと、自嘲気味に笑む。
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---------------。
--------------------不意に。
何かが、右の瞼の裏に、突如として浮かび上がった。
それは。
跳ねっ返りのオンナが、音痴な鼻歌を歌うさま。
能天気なガキの、無垢で無邪気な笑顔。
懐っこいケダモノが、エサを食ってる姿。
そして……口やかましくて、世話焼きで、困ったような呆れたような顔をしながら、いつも優しい目で自分を見守っている、苦労性の相棒。
温かで力強い腕…穏やかな声…オレの…オレの居場所…。
「!!!!」
スパイクは、弾かれたように両目を開けた。
(違う…ここは…こんな終わり方は、違う!!)
声にならない叫びを上げたスパイクの左胸を、ビシャスのカタナが貫く…正にその直前。
ヴヴゥン…ッ。
微かな電子音と共に、スパイクの姿が不自然に揺らめいた。
「!?」
何が起こったのか解らず、困惑するビシャス。
閃かせたカタナの刃は、スパイクの左胸を確実に捉えた筈なのに、まるで立体映像を貫いているかのように手応えが無かった。
「び、ビシャス様っ!!」
現実世界では、ビシャスの後方で組織の技術者たちが慌てふためいている。
「ハッキング先のコンピューターが、逆にこちらをハッキングし始めましたっ!
恐らく、送り込んだウィルスも駆除されたものと思われます!」
「ハッキング先から奇妙なウィルスが…!な、何だこの黄色い妙な顔はっっ!?」
「ゲームサーバーへのハッキングプログラムが、送られてきたウィルスによって破壊されましたっ!
コントロール不能…ゲームサーバーが正常な状態に修復されていきます!」
(組織の最高技術者に開発させたウィルスを駆除した上に、逆にハッキングし返すだと!?)
ビシャスは、驚きを隠せない。
スパイクの乗る船に、伝説のハッカー、ラディカル・エドワードが同乗しているらしいという情報くらいは掴んでいた。
だからこそ、わざわざ最高技術者にウィルスの開発までさせて、向こうの動きを封じたというのに。
まさか、ここまでやるとは…正直、計算外だった。
「……???」
左胸を貫かれているというのに何の苦痛も無い事や、陽炎のように揺らめき始めた自分の姿に、スパイクは戸惑いの表情を浮かべる。
周囲に渦巻いていた蒼い光は、徐々に消え行き…元あった景色の色を取り戻そうとしていた。
「要らぬ邪魔が入ったようだ」
カタナを鞘に収め、ビシャスは立ち上がった。
どんどんと揺らぎを増し、徐々に霞みがかって消えて行くスパイクの姿を、睨み付けるように見下ろす。
「スパイク…お前は夢を見続けようとする裏側で、そうやって夢から逃れようともがく。
しかし、泳ぐ術を知らずに溺れる者は、必死でもがけばもがくほど、深く溺れていくのだ。
覚えておけ。お前の目を醒めさせてやれるのも、夢を見続けさせてやれるのも、この俺しか居ないという事を」
言い終わった瞬間…スパイクの姿は、ネットの海から完全に消えていた。
ゆっくりと周囲を見回してみると、空間の蒼い揺らぎはすっかりと無くなり、無数の墓石がビシャスを取り囲んでいた。
「……」
ビシャスは無言で頭のバイザーを外し、ユニットチェアから降りる。
「び、ビシャス様っ」
部屋のドアに向かって、無表情でつかつかと歩いていくビシャスに、技術者たちは深々と頭を下げる。
「大変申し訳ございませんっ!何らかの策を練って、もう一度…」
「もうよい。この件は捨て置け」
「でっ、ですが…!」
何とか取り繕おうとする彼らに一瞥もくれる事無く、ビシャスは部屋を出た。
人通りの無い静かな廊下を早足で歩きながら、コートの内ポケットから通信機を取り出し、耳に当てる。
「…シンか。予定が変わった、宴の準備を早急に進めろ。お前は用意が整い次第、奴を直接出迎えに行ってやれ」
静かに言って、通信を切る。
(せいぜい今のうちに、夢の名残を惜しんでおくがいい。
もうじき、嫌でも目覚める事になる…)
心の中で呟くビシャスの瞳には、暗く冷たい炎が、ちろちろと燻っているように見えた。
* * * *
重たい瞼をゆっくりと開けると、見慣れた景色が視界に入った。
ノイズ音を出しながら、天井で重苦しく回るファン。煙草の煙ですすけた壁…。
「…!スパイクっ!?」
「あー、スパスパおはようさんだぁ!」
「わんわんっ!」
男とガキが、スパイクの顔を真上から覗き込み、足元からはケダモノの声が。
「おいっ、スパイク…おい!大丈夫か!?」
ソファに寝かされた状態のまま、ボーッと虚ろな目をしているスパイクの頬に両手を当てて、ジェットは焦燥し切った様子で声を掛ける。
(ジェット……?)
スパイクは、自分の左頬に触れる温かな体温と、右頬に触れる冷たい金属の感触に、深い安堵を覚えた。
(帰って来れたのか…)
ほうっと大きく息を吐き、その感触に身を委ねる。
…しかし、そんな穏やかな心地になれたのも、一瞬の事だった。
突如として、身震いする程の『恐怖』が、腹の底から沸き上がって来たのを感じて、スパイクはぎくりと表情を強張らせる。
ここは、夢の中なのか?
それとも、現実なのか?
この暖かな空間が、またさっきみたいに、たったの一瞬で歪み、霞がかって……
何もかも初めから無かったかのように、自分の前から姿を消してしまうのではないか?
どこからがホンモノで、どこからがニセモノなんだ?
自分に触れているこの手は、本当にこの男のものなのか…?
「…スパイク!?おい…っ」
みるみる青ざめていくスパイクの顔色を見て、ジェットは更に慌てる。
「悪ィ…ちっと、気分が良くねぇだけだ…心配すんな」
額にびっしょりと冷や汗をかきながらも、スパイクは必死で口元を笑みの形に作り、極力冷静な声で言った。
こんな見っとも無い、情けない自分の『弱さ』を、人前に曝け出したくは無い。
しかも、よりにもよって『あの男』に引っ掻き回された心のスキマ…だから、ジェットには絶対に…。
(馬鹿野郎っ……そんなワケあるか!!
無茶して、酷でぇ怪我を散々こさえた時なんぞよりも、よっぽど辛そうな顔しやがってるクセによっ!!)
スパイクの、誰の目から見ても明らかな強がりに、ジェットは怒りさえ覚えた。
(こんなに苦しい思いをしている時に、辛い思いをしている時に、お前は俺を頼ろうともしないってのか!?
一体お前は、俺を何だと思ってやがる…何の為に、俺がお前の傍に居ると思ってんだ!!)
「大丈夫だ。心配すんなョ…」
ポタポタと、額から冷や汗が滴り落ちている。
それでも尚、懸命に平静を装おうとするスパイクの様子を見て、ジェットの心の叫びは、喉元まで出掛かって止まった。
スパイクの態度は、心の中から溢れ出て来る何かを悟られまいと、必死で自分の中に封じ込めようとしているように見える。
それはきっと、スパイクの中にずっと在ったもの…時折、何かの拍子にその片鱗を垣間見せ、普段のスパイクの小憎らしいまでの冷静さを呆気無く奪い去り、過去へ引きずり戻そうとする、何か。
「スパスパ、お顔真っ青だよぉ…だいじょうぶ?」
「あぁ。平気だ…もしかして、お前が助けてくれたのか?…サンキュな」
心配そうに顔を覗き込むエドに小さく微笑んで見せ、赤茶色の髪をクシャッと撫でてやる。
「えへへ〜。エド頑張りましたっ!
ウィルスちゃんと全部やっつけて、壊れたプログラムも補修したから、トマトの中の『んぴゅー』も無事だよ〜っ」
「そうか…良く解らねぇが、よかったな」
青ざめて冷や汗を流しつつも、つとめて平静な口調を装い続けるスパイクを、ジェットは複雑な表情で見つめる。
「うんっ♪でもねでもね、ジェットがトマトをハッキングしてる場所を教えてくれたから、スパスパを助けられたんだよ〜」
エドはニコニコ笑いながら、ジェットを振り返る。
「ねぇねぇジェット、スパスパの脳波をコントロールしてる場所が『レッドドラゴン』だって事、調べてもいないのに何で解ったのぉ〜?エドびっくりぃ〜!」
無邪気なエドの問い掛けに、ジェットは「うぐっ」と短く呻いた。
「そっ、それはだなぁ…つまりそのぉ、何だ…」
思い切り狼狽えるジェットの様子に、スパイクの脳裏に嫌な予感が…考えたくもない可能性が、浮かぶ。
「ま、まぁそんな事はいいとして、だ。
ゆっくりと身体を休めるにゃ、ソファじゃ何だからな…スパイク、部屋に行くぞ。掴まれ」
ポンポンと、自らの左肩を叩いてジェットが言った。
「…ここでいいよ」
「ダメだ、ベッドでちゃんと休め」
「ここでいいって」
「ダメだっ!」
ジェットの頑固な態度に、スパイクは根を上げた。
ジェットの手を借りて、のろのろとソファから起き上がり、その肩に掴まりながら、アインに噛まれた左足を軽く引きずるようにして自室に向かう。
「スパスパ、おやすみなさ〜い♪」
「わんっ!」
アインとエドの声に、スパイクは片手を軽く挙げて応え、ジェットと共にリビングを後にした。
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