夜を越えて
「逃げずによく来たね。」
すっかり夜も更けて、人気の無い大豊神社の境内で、林を背にしてシリンは立っていた。
「鷹通さんを返して!」
神子は必至の顔でシリンに詰め寄った。
「はっ。慌てなくても、そこにいるよ。」
シリンが目線を向けた先、大豊神社をとりまくうっそうとした林の中の一本の木に鷹通は括り付けられていた。
両手は木に沿うように後ろ手に回されている。体を何重にも取り巻く鎖が痛々しい。
しかも、首にも鎖が巻かれている。
胸の部分の胞の色が変わっているのは、血のせいだろうか?
すでに眼鏡と髪留めは無くなっているのか、解けた髪がうなだれた顔にかかって、鷹通の表情は見えない。
「鷹通さんっ!」
ぴくり、と鷹通の体が動く。
ゆっくりと顔をあげる鷹通。二日前とは比べ物にならないくらい、そげた頬。
焦点の合わない瞳が神子のいる方角を見つめる。
「神子…殿?」
優しい、水の流れのようだった声が枯れている。
「なんて酷いことを…。」
神子の目に涙が浮かんだ。
「酷い? 命の恩人だよ、あたしは。死んでもおかしくなかったのに、あんたのために生かしておいてやったんだよ? あんたが鬼に引き裂かれて死んだってことを、報告する人間が必要だろ?」
シリンの凄絶な笑みに、神子は一歩あとずさった。
「バカな奴。あたしがあんたを無事に帰すとでも思ったのかい?」
シリンは、その長く赤い爪を誇示するように手をあげた。
「簡単には殺してあげないよ。じっくりと、痛みを感じながら死んでおいき。」
神子はまた一歩下がる。
「逃げるのかい? いいよ。その代わり、あたしはこの坊やと遊ばせてもらう。八葉を、一人一人殺してあげるよ。」
シリンは鷹通に近づいて、顎を持ち上げると、龍の宝玉のある右首筋に爪を当てた。
「この玉を抉り取ったらどうなるんだろうね? 試してみるかい?」
月明かりの中、赤い爪と白い首筋が妙にはっきりと浮かび上がる。
「いけません…神子殿。こんな…鬼の・いう事な・ど…」
鷹通は掠れた声を振り絞る。
「うるさい。」
シリンは鷹通の頬を平手で打つ。
「止めて! 止めて、お願いだから。」
神子はシリンの元へと歩みよろうと足を踏み出した。
うなだれていた鷹通の顎が、微かに動く。
「止めなさい、鷹通!」
突然の声に、その場にいた誰もが動きを止めた。
鷹通を挟んでシリンと逆側、ほんの一歩の距離にまで友雅が近づいていた。
「なっ・・」
驚きを隠せないシリン。
「自分のことに夢中で、私のことなどまったく気付かなかったようだね。もう少し時間があれば良かったのに。まったく鷹通は間が悪いのだから。」
やれやれと、友雅は首を振った。
「友・・雅・殿?」
目を見開いて友雅を見つめる鷹通。もう半瞬、友雅が声をかけるのが遅かったら、多分、鷹通の自害は成功していただろう。
「忌々しい。一人で来いと言ったはずだね? この取引は不成立さ。天の白虎の命はいただいて行く!」
爪に力を込めるシリン。
「駄目―――――!!」
神子の絶叫が響いた。
その瞬間、鈴の音と柔らかな光が辺りに満ちた。
「くっ。眩しい・・」目を押さえるシリン。
「こ・れは…」顔をあげる鷹通。
「龍神の力? 違う、これはむしろ…」友雅の胸の中に、聞いた事のある声が響く。
『力を貸そう。そなたが、そなた達が想う心の強さゆえに。』
友雅は鷹通と視線を合わせた。
どちらからともなく頷く。今の声を、お互いに聞いていると、何も言わずとも判る。
「西天小陰」
「集うがいい。金の気よ。」
「大威徳明王の力となれ!」
友雅と鷹通の間に、純粋な力が溢れた。
それは白い大きな光となってその場の人間を包み込む。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
シリンの悲鳴。
音も無く砕かれる、鷹通を縛る鎖。
圧倒的な力を持つのに、神子、友雅、鷹通や林の木々にはまったく影響が無い。
太陽の光のように強くて、月の光のように優しい。
「覚えて…おくがいい…次は…必ず…」
光が消えた時、シリンの姿は消えていた。
「おっと。」
縛る鎖が無くなって、ぐらりと前に倒れる鷹通を、友雅は腕に受け止めた。
「鷹通さんっ!」
神子が駆け寄ってくる。
「申し訳、ございません…。ご迷惑を…おかけ・して…」
こんな時でさえ鷹通が紡ぐのは謝罪の言葉。
「何言ってるの! 元はといえば、鷹通さんが私をかばってくれたから!」
泣き出しそうになりながら怒る神子。
「やれやれ。鷹通らしいというべきなのかな。」
苦笑してはいるが、友雅の目には安堵の色が浮かんでいた。
「鷹通、こういう時は謝罪よりも礼だろう?」
「あ…あの………。ありがとう…ございました。」
友雅の腕にすがりつつ立ちあがって、鷹通は頭を下げた。
「いいよ。仲間なんだから。」にっこりと笑う神子。
「神子殿がどうしても行くというものでね。お付き合いしたまでさ。」肩をすくめる友雅。
「また、友雅さんてばそんなこと言って! 心配してたくせに!」
「神子殿のね。」
「もぅ。」
神子は微笑んだ。これも、友雅なりの気遣いなのだろう。鷹通が気に病む必要の無いように、自分に対して遠慮しないように、軽口で気持ちを包み込んで。
「大丈夫かい?」
腕の中、またよろめく鷹通を友雅は支えた。柔らかく、その実細心の注意を払って。
「ええ、あの…なんとか。」
鷹通は額を指で押さえた。
「ふぅん。なかなか、見ようによっては色っぽいいでたちだね? ちょっと今は、線が細すぎるけど。それはそれで儚げと言えなくも…。」
「と、友雅殿っ!」
「はは。冗談だよ。意識はしっかりしてるみたいだね。」
友雅は鷹通の腕を自分の肩に回させて、自分の片手を鷹通の脇から体を支えるように回した。
「ほら、歩けるかい?」
「……はい。」
「早く戻らないと、神子殿の散歩が気付かれてしまうかもしれないからね。」
「うわ。バレてたら大目玉だ。」
神子は舌を出した。こんな風に、茶化して話すことが出来る事態に落ちつけたということが、とても嬉しい。
「では、行こうか、姫君。」
「はい。」
咲き終わろうとする椿の香を運ぶ風が吹いていた。
月は、夜の中をゆっくりと歩く3人を照らし出していた。
「藤姫が言ってた『すごいこと』って、あの技のことだったんだ。」
神子は白虎の2人を見上げた。
「どうやらそのようだね。だけど神子殿。その理屈でいうのなら、他の天地でも技を使うことは出来るように思えるのだが?」
「そうなんですけど…おかしいなぁ。」
「ふふ、神子殿のことだ。おおかた術に頼らないで、自分から攻撃にいっているのだろう? だから気付くのが遅れたのだよ。」
友雅の答えに鷹通は苦笑を浮かべた。まだ話すことは苦痛なので口を挟むことはしないが、いつもの神子の行動を考えると、今の台詞はもっともだった。
「ひっどーい。私は、守られるだけの存在なんて嫌なんです。皆と一緒に戦いたい。それって間違ってますか?」
「いや、間違ってないよ。ただね、君は我ら八葉の…いや、京の、大事な神子殿なのだから、それだけは忘れないでいておくれ。君の身に何かおこすくらいなら、自分が代わろうとする、思い込みの強い輩もいるからね。」
友雅は鷹通の顔を見た。
鷹通はバツが悪そうに苦笑している。
「けれど…神子殿のためならこの身など少しも…」
鷹通の言葉は神子にさえぎられた。
「ダメです。自分を犠牲にしちゃ。お互いに助かる方法を考えましょう?」
「…はい…神子殿…」
鷹通は柔らかく微笑んだ。やつれてはいても、鷹通の温和な雰囲気は変わらない。
「神子殿もだよ。あまり無茶はしないでおくれ。護るのも大変だ。」
友雅が苦笑する。
「はぁーい。」
しぶしぶ、という感じで返事をした後、神子は吹き出した。
「皆、幸せになれるといいですね!」
神子の明るい笑顔に、そこだけ闇が薄くなったような気さえする。
白虎の2人もつられて微笑む。とても穏やかで、満ち足りた顔で。
明けない夜は無い。
いつか、この夜を越えて。
皆が幸せになる日まで、この絆は失われることは無いだろう。
了2000.08.18
713キリ番 中原あお様に捧げます。
「囚われの鷹通」です。
ヒロインは攫われるもの。そう、ごもっとも! そしてヒーローが助け出すのです!
なーんてつらつら考えていたら、思いもよらぬ方向へ話が流れてしまいました。
すでに「囚われの鷹通」は話の一部であってメインでは無くなってしまっている模様です。ごごごご、ごめんなさーーーーい。
でも、囚われてる鷹通は、そりゃあもう、色っぽいです。(あんましそういう記述にしてないけど(^^;) いじめがいありました。
シリンにムチ持たせたくて持たせたくて(笑) ああっ、女王様っ!
シリンごめんね。貴方が純粋で可愛い人だってことは、重々承知しているのよ。
今回はちょぉっといじめっ子だったけど、それは神子が羨ましいからしてしまう、やつあたりだもんね?(爆)
でも、「囚われてる」っていうリクエストなのに「囚われて、さらにはいじめられてる」なんて風にしてしまったのはヤバかったでしょうか?
痛いの嫌いだったら更にごめんなさい(平伏)
このSS中で、神子が友雅に惚れました(笑) ヒーロー(白馬の王子様?)は格好よくあらねば! という理論に基づいたらこうなりました(^^;
友雅と鷹通の関係は…決め兼ねているので、ご想像にお任せします。
そして補足説明。SS中で理解できない設定なぞつくるな! という気もしますけどご勘弁を。
オリジナルで、シリンに鋼針持たせてしまいました。八葉にかばわれる神子に、素手で襲いかかっても無駄でしょう。
太刀ってのでもいいんだけど、漫画ならともかく、ゲームのシリンは刀持って無いし。
敵の意表をついて、さらには致命傷っていうと、飛び道具(毒付き)。鋼針のイメージは焼き鳥の串をちょっと太くしたくらい。
シリンとセフルは暗器だっていう気がするのです。
物忌み最中なので、神子は自分の力が上手くコントロールできません。(でも、龍神の存在は強く感じる)叫んだ時、それを無意識のうちに感じて、龍神そのものでは無く、明王に助けを求めるわけですよ。
協力技を最初に出す白虎…ってのが書きたかっただけという話も(笑)
何のきっかけも無くあんな大技が突然使えるようになるよりは、こっちのほうが真実味があるかと…(ねぇよ)
今回の事件はシリンの単独犯です。
あ、神子を藤姫の邸に送った後、自邸に戻ろうとする鷹通を言いくるめて(その傷で戻っては怪しまれるうんぬん)自分の邸に鷹通を招き入れる友雅。
物忌みとか理由つけて内裏休んで看病してくれると楽しいな(ドリー夢)
最近、キリリクを利用して自分の書きたいように書いている気がしてなりません(笑)
これに懲りずにキリ番踏んだ時にはご報告してくれると嬉しいです。