sinfulrelations


x'mas night



 牡丹雪が、ちらちらと宙を舞う
 きらびやかなイルミネーションが目に眩しいクリスマスイヴ。
 恋人たちは寄り添い、歩いてゆくが俺には生憎そんな暇はない。
 今日中に仕上げておきたい仕事がある。
 別に急がなくてもいいのだが、やり始めたことは
 なるべく早く片付けたいではないか。
 研究室の窓から、空を見上げ、ぼんやりと腕時計を見つめる。
「急がなければな」
 世間で言う恋人ほど近い距離にはいない、
 もう少し遠い、つかず離れずの関係だ。
 彼女との約束の時間は8時半だったが、
 未だパソコンのキーを叩き、文字を打ち込んでいた。
 医学部を卒業してもうすぐ何年だろうか。
 家業である病院を継がなければいけない立場の俺は、
  期限付きかもしれないが自分で選んだ職についていた。
 今は医師ではないものの医学とは全く無関係ではない。
 恐ろしくマニアックで一般人からすれば理解しがたいことをしている。
 専門的と言えば聞こえはいいかもしれないが。

 ふと隣を見れば、同僚がいた。
「お疲れ様、ねえ終ったら食事しない?」
 同じ部署の同僚が声をかけて来る。
 クールな女を気取っていたはずが、クリスマスになって本性を現した。
 下心と寂しさが混じった表情で俺を見つめている。
 さして興味もないというのに。
「へえ、こんな日に一人なんだ」
 抑揚のない声でそんな返事を返す。
「あなたを誘えないかと思って」
 色目を使う女に、俺は吐き捨てる。
「気持ちは嬉しいが先約があるんだ。
 今後もOKは出ないから俺のことは諦めてくれ」
本当は何の感情も沸かなかった。
 彼女はきつい眼差しの美女で、仕事もできるが、
 男を寄せ付けない雰囲気を持っていた。
 俺に興味を持つなんて思わなかったが、興味はないのでどうでもいい。
   ずっと会いたくて仕方なかった沙矢と今日は
 会えるのだから、他のことなど目が向くはずもなく。
 昔の俺のままなら、彼女の誘いに乗っていただろう。
 軽い楽なつき合いを好んでいたあの頃の俺ならば、
 欲望を満たすだけの虚しい関係さえ好んでいたが、
 沙矢と出会い、欲望を消化させるだけの愚かな
 関係を持つことは二度としないと心に誓ったんだ。
 未だ彼女には告げられないけれど。
「素っ気無いのね。藤城くんって格好良いのに、冷たいんだから」
 少し寂しげな瞳で言い、同僚の女は去って言った。
 誘われることは多くても自分から誘うことなどない。
 あの時が初めてだったのだ。
 沙矢は知らない。大人の男で女に慣れていると
 きっと誤解をしているだろう。
 強固な仮面を被っているんだ。
 素直になれないから冷たさを武器にして、
 大人になりきれない自分を誤魔化しているだけ。
 パタンとノートパソコンの蓋を閉じて、席を立ち上がる。
 足元に置かれた鞄を手に持ち、コートをひっかけると会社を出た。
 地下駐車場に向かい、愛車に乗り込む。
 一気にアクセルを踏み込んだ。
 待ち合わせ場所のホテルに、彼女は来ているだろうか。


 ロッカールームで着替えた私は、急いで会社を出た。
 まだ約束の時間まで2時間もある。
 彼に会えるのが待ち遠しくてどうしようもない。
 待っていてくれるだろうか。
 来てくれるかな。
 あの朝、彼がくれた真紅のピアスを今日は身につけている。
 コートも赤を着て、合わせた。
 白しか着なかった私が赤を着るようになったのは、
 ピアスをくれたあの日からだ。
「青……」
 そっと呟いて、一瞬瞳を閉じる。
 浮かぶのは冷たいくらい整った顔のあの人。
 綺麗で、ナイフのような眼差しで私を見つめる彼は、
 素顔を見せてはくれない。
 今日はどんな顔を見せてくれるの。
 酷い人ってだけなら、すぐに忘れられたのに、
 期待を持たせる振る舞いばかりするんだもの。
 離れられなくなってしまう。
 考え事をしていた私ははっとした。
 タクシーを呼び、ホテルに行かなければ。

 手を上げ続けても、他にもたくさんの人がタクシーを
 待っていても私の前で中々止まってくれなかった。
 彼はまだ仕事中だ。
 降り始めた牡丹雪を見つめて、タクシーを待ち続ける。
 雪に濡れていたいから、傘は差さない。
 左右を確認すると、客を乗せていない車が、目の前で止まった。
 私はそれに、乗り込み、行き先を指定する。
 彼と会える場所に向けて車はゆっくりと走り出した。

「沙矢?」
 喫茶店の奥にある席に座っている女に声をかける。
 幾度も夜を越えながら、未だに心を告げぬままにいる女。
 彼女は俺の見せかけの偽りを信じたまま傷ついている。
「……青」
 艶やかな黒髪が振り返る。
 大きな瞳が瞬きした。
「会いたかった」
 心底、嬉しいといった顔で彼女が笑う。
「俺も会いたかった」
 何の下心もない本心。
「座って」
 沙矢は俺を隣の席へ誘った。
「いらっしゃいませ」
 すかさず店員がやってきてメニューを手渡してくる。
「コーヒーを」
「かしこまりました。」
 会釈して店員が去って行く。
「待たせてしまったな」
 苦笑いを浮かべ、見つめる。
 彼女の前には空になったティーカップがあった。
 2度目のオーダーの分も、飲み干してしまったのだろう。
 約束の時間より30分も遅れているのだ。
 もしかしたら、それよりも前にここに来ていたとしたら。
「会えただけでいいの」
 けなげな言葉。
 次第に罪悪感に苛まれてくる。
 そして耐えがたい苛立ちも。
「帰ってしまえば良かったんだ」
 静か過ぎる声音は一層冷たさを呼び起こす。
 内心の想いとは裏腹に残酷になれる俺は醜い。
「来なければ帰ってくれと言わなかったか。律儀に待たずに
 帰ればそれで終わりにできたのに」
 その時、彼女が微かに目を伏せたのが視界の端に映った。
 違う。終わりになんてしたくない。
 始めたいんだ。
 平静を装うとしている俺に気づいてくれ。
「お待たせしました」
 コーヒーが、運ばれて来た。
 香ばしい匂いが鼻腔をくすぐられる。
 俺はかちゃりと音をさせてカップを傾けた。
「言ったわよね。もう一度会えるならいつまでも
 待ってるって。心の中で決めた事だから、
 あなたが今日来ても来なくてもどっちでも良かったのよ」
 強気に笑って彼女はカップを掻き混ぜた。
 彼女の思い込んでいることと俺の考えていることは違う。
「……馬鹿だな」
 言いたい言葉が空回りして上手く伝えられない。
「馬鹿よね。自分が一番よく分かってるわ」
 鋭い眼差しで、沙矢を見つめる。
「あなたから突然連絡が来て、驚いたけど。
遊びだとしても私のことを忘れずに
 いてくれた事がどれだけ嬉しかったか
 あの時の私の喜びを知らないでしょう?」
「確かに知らなかった」
 彼女が俺と会う事をそんなに喜んでくれているとは。
「あなたにとって私の事は遊びなんでしょ? 」
「遊びなんかじゃないって言ったら?」
 なんて滑稽な物言いだ。
「……えっ」
 沙矢は目を大きく見開いた。  飲み終えたコーヒーをテーブルに置く。
「青」
 真っ直ぐ視線がぶつかってくる。
 そのまま彼女は俺を見ていた。
「行こうか」
 こくりと頷いて、俺の後ろを歩き始めた。

 レジで支払おうとしている時、彼女は横から、自分の分の代金を
 トレイに置こうと手を伸ばした。
 それを遮るかのように、紙幣をトレイに置く。
「ありがとうございました」
 釣りを受け取り、歩きだす。
 少し早い速度なので、彼女は、後ろから慌てて走って来る。
「ありがとう」
「いや」
 ホテルのフロントで鍵を受け取る。
 予約していた部屋へ向けてエレベーターに乗り込む。
「青、さっきの言葉……」
 沙矢は俯き黙り込んだ。
 俺は手のひらを強く握り締める。
 痛いくらいの感情がきっと伝わるはず。
 ふるふると見上げてきた沙矢の肩を抱いて口づける。
 密室。言葉よりも単純に本能で伝え合える場所へと俺たちを運ぶ。
「未だ言葉では表現できないなんて愚かだな」
 沙矢が隣にいるのに独りごちるように苦笑いをした。
 不思議そうな顔が目の前にある。
「まだ決意はできないが、次に会う時は答えを出す。
 お前の望む答えを。だから受け止めてくれるか」
「うん」
 こくりと頷いた沙矢は部屋に着くまでずっと腕にしがみ付いていた。
 電子音が響き、目指す階へと辿り着く。
 彼女の耳元では、あの日贈った真紅が揺れている。
 部屋に入った俺達は、ベッドの縁に腰掛けていた。
「シャワー、先に行くね?」
「……ああ」
 座ったまま、動かない俺に、沙矢はそう告げて浴室へと消えた。
 背中を見つめる。
 彼女は出会った日から女だった。
 少女は女だったけれど決して大人ではなく。
 だからこそ俺との関係を続けられたのだ。



 キィ。
 服を脱ぎ、浴室の扉を開ける。
 冷えた浴室内で、ぶるりと震えてしまう。
「寒い……」
 温度設定のダイヤルを回すと、シャワーの蛇口を捻る。
 心地よい温かさが身体に降り注ぐ。
 私は、彼の事が本気で好きだ。
 死ぬほどといってもいい。
 遊びじゃないと呟いた彼。
 真摯な眼差しは嘘偽りなど一つもないとこちらに信じさせた。
 私の望む答えを青はくれるというの?
 いつも冷静で燃えることなんてないと思えたあなたが、
 彼は瞳に宿った切なさを隠しもしないで私を見つめていた。
「信じたい」
 瞳を閉じて熱いシャワーを浴びながら、彼の事だけを思い描いていた。



 シャワーを浴び終えて、部屋に戻ると、
 シャツを肌蹴た姿の彼とすれ違った。
 微かに香る苦くて甘いコロンの香り。
 長身痩躯という表現がぴったり当てはまる体型。
 けれど胸も背中も広く力強いことを私は知っている。
「……待ってるね」
 そのまま青は浴室へと姿を消した。
 何だかこの静寂がやりづらい。
 とりあえず、またベッドの縁に座ると、
 煙草の箱が置かれていることに気づく。
 また喫煙のまねごとをしたくなったけれど、思いとどまる。
 煙草って吸い始めたら止められなくなるっていうけど。
 何だか似てるね、私と青に。
 寒い。
 暖房入れようかな。
 何で彼は入れてなかったの。
 こんな寒い部屋の中で震えていたの。
 そうね。これから温まるのに暖房なんて必要ないもの。
 互いの肌があれば、暖房より温まれるよね。
 身体は正直だから、すぐ熱くなる。
 私はぎゅっと自分の身体を抱きしめた。
(青……早く来て。私を満たして)
「沙矢」
 小さな声で呟く。
 シャワーの飛沫に身体を打たれ、瞳を閉じる。
 両手で髪に触れ何度もかき上げた。
 先程まで沙矢が、使っていたこともあって、室内の湿度が上がっている。
 外の温度の低さもあり、咽返るような感じがした。
 まあ、むせ返るのはこれからか。
 ふっと口元に笑みが浮かんだ。


 カチャリ。
 浴室の扉の開く音。
 私はドキドキした。
 青と過ごす夜はいつだって初めてのような気分だ。
 自然に鼓動が高鳴る。
 身体が震え出していた。
「寒い?」
 バスローブ越しに彼が抱きしめてくる。
「少し」
「寒さだけで震えてるんじゃないんだろ?」
心臓が跳ね上がった。
「……え……その」
「期待に応えてやるよ」
 かあっと頬に熱が顔が集まった。
 唇の端を上げた彼は例えようもないほど色っぽかった。
「……青」
 彼のバスローブの肩に頬を寄せ、凭れかかった。
 強く抱き返される。
 甘い抱擁に時を奪われる。
「好きなの」
 呟いて、自ら唇を重ね合わせた。
 言葉は返らなかったけど、激しい口づけで応じてくる。
「……っ」
 彼の唇が私を追い求め、私は口づけを返す。
 高度の熱が入り込み、身体の震えは増すばかり。
 瞳を閉じて彼の背中にしがみつく。
 ふわりと抱き上げられてベッドに降ろされた。
 視界に映るのは、私を抱きしめる彼の顔。
 狂おしくて、心を隠しているかに見える。
 彼の瞳の中、情欲の炎が熱くて、私は溶かされてゆく。
 柔らかな広いベッドが私の身体を受け止めている。
 崩れ落ちてしまった理性はどこを探しても今は見当たらない。
 あるのは女の欲望だけ。
 私は彼の物なんだ。
 どくん。どくん。心臓が早鐘を打つ。
「沙矢、好きだ」
 囁いて、彼は唇を舐めた。
 首筋を滑る感触に甘い感覚が沸き起こってくる。
 反ってしまった首筋を彼は吸い上げる。
 谷間に指を這わせ、キスをされた。
 白い肌に花びらが散っていく。
 自然と胸を突き出す形の格好になっている私に
 彼はふっと目の端と口元で笑みを刻む。ぞくっとした。
 始まる胸への愛撫。
 巧みな指先のせいで何度となく形を変えていく。
 敏感な頂点に指と唇で触れられた時、
「ん……あっ」
 たまらず声が漏れてしまった。
 気をよくした彼は頂を舌で転がし吸い上げ
 きつく甘噛みしたり、指先で捏ねては弾く。
「んふ……」
 喘ぐ唇が塞がれる。
 艶めかしい舌の動きを追うように舌を絡めた。
 キスを交わす間にも、彼の愛撫はエスカレートしていく。
 胸元に当てた手はそのままに、足の付け根に触れる。
 卑猥な耳元に思わず瞳を閉じた。
 唇へのキス、胸と秘所への愛撫。
 その壮絶な刺激に朦朧とする。
 腕の中で体を震わせて背中に腕を回した。
 溝の辺りを撫でていた手のひらが突起を弄りだす。
「……っん」
 キスから解放された途端に喘ぎ声が漏れる。
 つぷ……と湧き出る泉の中へと指が沈む。
「シーツまで濡らしてしょうがないな」
 卑猥な言葉に顔を赤く染めながらも感じている自分に驚く。
  「増やすぞ」
 卑猥な台詞とともに秘所の奥へと難なく侵入してきたそれを無意識で締め付ける。
 奥深くを突いた後、浅い場所を往復する。
 ピストンする指の動きは段々と早くなっていく。
「や……っ……も……だめ!」
 同時に突起に熱く柔らかな粘膜が触れる感触。
 意識が霞む。達してしまったのだ。
 暫くして気がついた時、彼が手を強く握り締めていた。
 息を整えながら見つめると声が降って来た。
「いいか」
 と耳元で囁かれてぴくんと反応する。
 準備を終えた彼自身が、あてがわれている。
 ぎゅっと手を握り返すことでイエスの答えを返すと
 ゆっくりと、彼自身が内へと入ってきた。
 圧倒的な存在感が私を満たし、その確かな温もりに吐息を吐き出した。
 ぺろりと耳元を舐めた舌。
 耳朶を甘噛みされたと同時にゆるやかに彼が動き出した。
 揺れる私の世界。
 眩さで何も見えなくなっていく。
 息つく余裕も与えてくれないのは、もっとあなたに夢中にさせようとしているの?
 もう充分参っているというのに。
 繰り返される愛撫に、わけが分からなくなり、
 意識を集中させて溺れるしかできない。
 律動を刻みながら激しく揺れる胸の膨らみを揉みしだいて、煽る。
 部屋に響き渡るほど高らかな嬌声をあげながら昇りつめていった。
 二度目の絶頂に体中が弛緩する。
 意識を取り戻した私は抱き上げられて彼の膝に乗せられる。
 今度は自分から腰を動かして彼を導いた。
 さっきよりも強烈な快感が体中を襲う。
 結合が深いという事は彼がもっと近くにいるという事だ。
 下から突き上げられ、背中に爪を立てる。
「……ああ……青っ」
「……沙矢……くっ」
 耳にダイレクトに響く低音。
 元から囁くような低く甘い声だから、抱き合う時は半端じゃなく妖艶に聞こえる。
 揺さぶられ続け、やがてがくんと彼にもたれる格好で  三度目の限界に達した。
 奪うように手を引かれて、ようやく天国に辿り着いた。



「これからも好きでいさせて」
 声が濡れていると思い頬を見れば涙が落ちていた。
 まぶたは閉じているのでどうやら寝言らしい。
 彼女の感情の起伏の激しい所は嫌いじゃなかった。
 俺みたいに感情を殺して生きてきた人間から見ると新鮮だ。
「沙矢……」
 黒髪を掻き分けピアスに触れた。
 似合うようになったな。
 贈った日より、ずっと馴染んでる。
 今日は外れたりしなくて良かった。
 隣りに横たわりそっと抱き寄せる。
 視線を彷徨わせ、煙草の箱を探す。
 置いた場所と別の所にそれはあった。
 彼女の行動に自然と笑みが漏れた。
 ジッポで火をつけてくわえると紫煙が宙に立ち上る。
「ちゃんと言うよ、約束する」
 煙草を灰皿の縁で叩いて消し、くしゃくしゃと潰した。
 彼女を腕の中に抱え込んで瞳を閉じる。
 次に会った時は、心からの言葉を言えるだろうと確信した。



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